元マラソン女王・原裕美子が「万引き逮捕」の壮絶過去を明かす理由

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2007 世界陸上 大阪大会 女子 マラソンでの原裕美子氏  写真:築田純/アフロスポーツ

万引きを繰り返し、2018年12月に前橋地裁太田支部で2度目の執行猶予つき判決を言い渡された、女子マラソン元日本代表・原裕美子氏は、当時の公判で、長年摂食障害に苦しんできたことや、万引きがやめられない『窃盗症(クレプトマニア)』であることを明かしていた。

このほど刊行された原氏の著作『私が欲しかったもの』(双葉社)には、こうした経緯に加え、執行猶予判決後の生活、そして2018年当時に明かしていなかった逮捕歴についても赤裸々に綴られている。

2000年に京セラに入社したのち、厳しい減量指導を受けるなかで、原氏はふとしたきっかけで“食べ吐き”に目覚めた。

「吐けるってことは体重は増えないのかな、そうしたら今まで我慢していたものも好きなだけ食べられるんだ、ラッキー」(2018年のFRIDAYデジタルインタビューより

食べたいという欲求と体重制限という目的、両方が叶えられる手段だと当時は思っていたが、徐々に貧血や骨密度低下などの症状が現れ、胃酸で歯も溶けた。こうした変調はマラソンにも影響を及ぼし、年月とともに怪我をしやすくなり、また回復しづらくなった。

厳しい体重管理や行き過ぎた体重管理から、食べ吐きを伴う摂食障害を発症、食べ吐きする食べ物欲しさに万引きを繰り返すようにーー。

プライベートでは、実業団選手引退後に仕事で関わった男性に多額の金銭をだまし取られ、結婚を約束した相手から婚約を破棄されるなどの出来事が続く。そして2018年、万引きによる7度目の逮捕。専門医療機関への入院ののち、公判やインタビューで、自身の窃盗症や摂食障害を公表した。

「現役の時が痩せすぎで、写真見ると自分でも気持ち悪いですね」と語る原氏

原氏は現在、千葉県に住み、通院を続けている。平日は物流倉庫で事務の仕事をしながら、夜は居酒屋でアルバイト、コロナ禍以前の2020年春まではマラソン大会を手伝い、ラン友と食事に出かけるなど、アクティブな毎日を過ごしている。著作に込めた思いや、執行猶予期間中の生活の変化について聞いた。

——ご著書を拝読し、現役時代の体重制限の壮絶さに胸が苦しくなりました。あれだけ長期間追い込まれると、その後も常に体重のことを気にしてしまいそうだなと怖くなったのですが、原さん自身、いまも体重は気になりますか?

「いまは体重計を捨てちゃって、一切乗ってないです。体重は昔からだいぶ増えていますが、何キロかは気にしていません。少し増え過ぎたなと危険信号を察知した時に、長めに走ったりするくらいです。

休日はマラソン大会のお仕事をさせて頂いてるので、仕事に支障のない程度だったら増えてもいいかなと考えています。現役の時が痩せすぎで、写真見ると自分でも気持ち悪いですね。でも当時はまったくそうは思っていなかったから不思議です。過酷な体重制限に加え、私は食べ吐きをやっていたので本当に細くて。それでよく走ってたなって今思います」

——体重は気にしなくなったいまも、食べ吐きの衝動はありますか?

「まだ完全には治っていなくて、ときどき衝動があります。自分で考えても解決に至らないようなことがあった時や、性格的に、ちょっとしたことで結構思い悩んじゃったりするところがあり、そういう時に多いです」

——食べ吐きしたいとき、いまはどうしていますか?

「最近、効果があるなと思ったのは、休みの日に家で音楽を聴くことです。そうすると落ち込んでいても、いつの間にか歌詞を口ずさんでいる自分がいて……それが息抜きになったり。あとは走りに行ったり。

でも、それでもダメなことがあったんですよね。そういう時は思い切って友達にメールして『今から会える?』と頼るようになりました。友達も、仕事がまだ片付かないと言いながらも、飛んで来てくれて。あとは保護司さんもすごく良い方なので、電話やLINEをして話を聞いてもらっています。

私はすごく恵まれていて、2人も保護司さんががついていて、しかも近所なんです。まだ押しかけたことは一度もありませんが、頼れる人が近くにいると思うだけで心強いです」

——マラソン選手に課される厳しい体重制限をご著書で知ると、原さんだけでなく他にも同じように摂食障害で苦しんでいる方がいるのだろうと想像します。

「先日、高校時代の陸上の友達に会ったんです。その子も、ものすごく強くて、大学では全国大会などに出場したりもしたんですが、卒業前に摂食障害になり、1ヵ月で20kg増えちゃってーー。彼女の場合は過食に走ってしまったんですね。内定していた実業団も『重すぎて走れないから』と辞退したそうです。

あと言葉が悪いかもしれませんが、私と“同類”だということで、『あの人も摂食障害だよね……』ってすぐ分かるんです。話の内容、食べる物やその食べ方、それらを見ているだけでなんとなく。『きっとその人も誰にも言えず苦しんでるんだろうなぁ』って思います。

摂食障害だけだったらまだ……それでも辛いことは辛いんですが、でも私みたいに窃盗症まで併発したら自分だけでなく周りの皆が苦しむので、そうならないように、アスリートの摂食障害問題について声を上げ続けていきたいです」

——千葉で仕事をして、休みの日に友人と会って、充実した毎日を過ごされていますね。

「最近よく思うのは、千葉に来ていろいろな人に支えてもらっているなということ。自分一人じゃないと思えたんです。私が昔のように万引きをすることで、どれだけの人が傷つくかなと考えるようになった

今の会社にいるのも、支えてくれた人がいるから。バイトもそうです。常連さんも私の過去を知って、接してくれている。家族だけじゃなく周りの人を傷つけないように、後戻りしないためにはどうすべきかというのを結構考えてます。

いままで私は人に相談することを『負け』だと思っていたんです。でも、そうじゃない、ということにここ数年で気づいたので、思い切って信頼できる人に相談をしています。そうすると親身になって聞いてくれるーーということがわかった。直接的な解決にはつながらなくても、相談できたということと、話を聞いてもらえたということで、ものすごく心が軽くなったんですね」

——2019年にはフジテレビ『ザ・ノンフィクション』にも出演されました。長きにわたる密着の中、番組ラストでは、更生施設で、賄いの鶏肉を原さんが部屋に持ち帰るシーンが流れましたが、あのシーンはご本人としては放送してほしくなかったのでは?

「放送はされたくない……できれば隠したいけど、でもそれを流すことで『窃盗症の難しさ』をわかってもらえるというか、そう簡単に治る病気ではないと伝えることになるから、とディレクターさんにも、主治医にも言われていました。

逆に『まだ治ってないじゃないか』と言う人もいるだろうとは思いました。でもそういう批判も覚悟の上で出演を決めたので。最初、密着は嫌だったんです。でも私が治ったら『姪っ子や甥っ子が自慢できるおばさんになれるよ』と弁護士の先生に言われて、出演を決心しました。今も第二弾の撮影中です」

——あのとき鶏肉はカッとなって部屋に持ち帰ったんでしょうか?

「カッとなって……そうですね。やっぱり自分の中で『ここはお店じゃないから万引きじゃない』みたいな、勝手な理由をつけて盗っちゃって。でもそのあとに『あぁ、まずいことしたな』と思って。『これじゃまた同じだよね』と自分でも思いました。

自分が苦しんでいた時、みんなどうやって治したんだろうって、いつも思っていました。治ったという話は聞いても、どういうふうに治したのかを知りたいのに知るすべがない。でも、実はそこが一番知りたいんです。だったら、私が回復していく姿を伝えることで同じように苦しんでる人たちが救われるんじゃないかと思ったんです。

だから本にも全部正直に書きましたし、『ザ・ノンフィクション』も断らなかった。ありのままの私を見せることで、同じように苦しんでいる人たちが大きなものを得られるんじゃないかと思います」

——ご著書ではバイト先で出会った男性との恋の話も出てきますが……。

「実はそこについて書くことは、すごく迷いました。摂食障害や窃盗症、そういう病気を持っていて、またそれだけじゃなくて実際に刑務所に入っちゃったとか、私はギリギリ入らなかったけど、そういう、普通の人にはないような過去がある人たちは、もう幸せにはなれない、なっちゃいけないって諦めている場合が多いと思うんです。私もずっと思っていました。

でも、そうじゃない、自分も幸せになっていいんだということを、その好きな人が教えてくれたので、『諦めなくてもいい』と伝えたかったんですよね」

——書籍にご経験をまとめられたいま、改めて、同じような苦しみを抱えている方に伝えたいことはありますか。

「マラソン大会や、バイトなど、人前に出ることが増え、いつも感じるんです。自分が思っているほど皆、私のことを悪い目でみていない。逆に応援してくれている。

昔、知り合いに『やったことはしっかり反省しなきゃいけないけど、それをずっと抱え込んでいたらダメだよ』と言われました。『しっかり反省したあとは、自分がどう進んでいくかを考えて生活していくほうが大事だ』と。ひとりだけじゃなく数人の方からそうしたお話をいただいたので、より強く思います。

私がこんなに明るくなれて、笑顔を取り戻せたのは、理解ある人たちに囲まれ、隠すことをやめたからです。隠さなくてもいいんだと分かってから、心が軽くなり、病気になる前の本来の自分で人と接することができるようになったように思います。

なかなか難しいかもしれないけど、勇気を持って、信頼できる人に心に抱えてる辛いことを話して欲しいです。時間はかかるかもしれないけど、必ず笑える時が来るので」

 

原裕美子 1982年栃木県出身。文星女子高卒業後、京セラに入社。05年名古屋国際女子マラソンで初マラソン初優勝デビュー。同年世界陸上マラソン6位、07年大阪国際女子マラソン優勝。その活躍の裏で、現役時代から減量のため摂食障害に苦しみ、食べ吐き用の食料を万引きする窃盗症(クレプトマニア)も発症。17年8月と18年2月に万引きにより2度逮捕され、世間の大きな注目を集める。現在も治療を続けながら、就労して社会復帰を果たす。また、各種マラソン大会のゲストランナーとしても活動している。

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  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

  • 撮影田中祐介

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