万引きで2度の逮捕 元マラソン女王・原裕美子氏インタビュー 

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女子マラソンの元日本代表選手だった原裕美子被告(36)が、万引きにより「2度め」の裁判を受けている。「1度め」の公判は昨年11月、宇都宮地裁足利支部で開かれた。これは同年7月、栃木県足利市のコンビニで飲料水や化粧品など8点、約2700円相当を万引きしたという窃盗の事案である。同日に言い渡された判決は懲役1年、執行猶予3年。そのわずか3ヵ月後、今度は群馬県太田市のスーパーでキャンディ1袋など3点、販売価格計382円を万引きして再び逮捕起訴された。10月29日に前橋地裁太田支部で開かれた「2度め」の公判で、検察官は原被告に懲役1年を求刑した。

 この原被告の2度の裁判で注目を浴びたのは、原被告が摂食障害に長年苦しんできたこと、そして、その摂食障害と“万引きがやめられない病(クレプトマニア )”との関係性だ。原被告は太田市での逮捕後、入院治療に取り組み、退院後の現在は関連施設に住みながら仕事を始め、通院治療を続けている。元日本代表という輝かしい経歴を持つ彼女が、いかにして摂食障害を発症し、万引きに走ったのか。12月3日に判決を控える原被告に話を聞いた。

——マラソンを続ける中で摂食障害に追い込まれた過程について聞かせてください。

「高校の頃はとにかく走るのが大好きで、1日中暇さえあれば走っていたんですけど、3年生になって部活が休みなり、そのうえ怪我をして思うように走れなくて体重が増えちゃったんですよね。

2000年に、体重が増えた状態で京セラに入社し、まず減量の指導を受けることから選手生活が始まりました。そこでなぜか、同期4人の中で私だけが特に厳しい扱いを受けていたんですね。例えば練習が終わって体重を測ると、『お前はまだまだだな』と夕食後にエアロバイクを漕ぐように命令される。寮から一山超えたところの市民体育館まで自転車で行って、そこでエアロバイクやステップを踏む器具を60分〜120分やる毎日を過ごしていました。

日曜日は基本休みで、他の同期は練習なしだったのに『お前はちゃんと朝練やって、終了後の体重を報告しろ』と言われたり、食事の際、必ず監督の目の前に座らされ、カロリー計算されている食事が出されているにもかかわらず『これは食べていい、これは食べるな、これは半分残せ』と指導されたり……。

周りでは皆が、ヨーグルトとかアイス、プリンなどを買って食べてるんですよ。ダイエット中だからと我慢はしてるんですけど、やっぱりそれも限界を迎えて。練習前に一口くらいならいいや、と食べちゃって。それまで我慢していたからやっぱり美味しくて、止まんなくなっちゃうんですよね。それこそ舌が手になっているような感じで次から次へと食べちゃって。ダメだとなると余計心に残ってもうそれしか考えられなくなるんです」

——とにかく体重を落とすことを求められ続けたわけですね。

「はい。あと、トレーニングをする時に、エアロバイクの回転数はいくつ以上とか、脈拍がいくつ以上になるまで走れという基準があるんですね。ただ、私はもともと脈拍が少ないのでいくら頑張っても皆みたいに脈が上がらないんです。そんな私の体質をコーチや監督は認識せず、『脈が少ないからサボっている』と怒鳴られ、負荷を上げたら重すぎて漕げなくて、それでまた『なにやってんだ』と怒鳴られていました。もともといた滋賀から京都の寮に移って、12月までの4ヵ月間はそんな毎日でした。その当時は練習が辛く、本当に毎晩泣いていました」

——京セラでのそういった厳しい指導を受ける中で、食べ吐き(摂食障害)に至ってしまったのでしょうか?

「はい。入社1年目の12月、夜中にお風呂に入っていたら、食べたものを戻してしまったんですよね。はじめは『まずいなあ』と思ったんですけど、『吐けるってことは体重は増えないのかな、そうしたら今まで我慢していたものも好きなだけ食べられるんだ、ラッキー』って思っちゃったんですよ。それからですね、毎日毎日。それまで本当に我慢してたから、食べたいものを食べて。それでも足りなかったら夜抜け出して近くのスーパーに買いに行って。また食べて吐いて」

——この時の食べ吐きの頻度は毎日だったんでしょうか?

「毎日です。入社1年目の12月に吐けるとわかってから毎日です」

——食べ吐きを続けながらマラソンに取り組む毎日では、肉体的にも負担が大きくなりますよね。2005年には複数回骨折をしていますし、歯ももろくなったと聞きました。

「そうです、もうボロボロで奥歯の上下4本はインプラントです。入社2年目ぐらいから体重も減って結果も出てきて、全日本実業団陸上で3位になったんですね。そこからどんどん記録が伸びていって、常に日本のトップ10に入っていたので、会社も海外合宿に行かせてくれました。1年のほとんどを中国で過ごしていたその頃に、歯の痛みで寝られなくなり、勇気を出して中国の歯医者さんに行ったことも。筋トレで歯を食いしばるのも大きな原因でしたが、毎日のように吐くから、胃酸で歯が溶けちゃうっていうことは後から聞いて。今もその後遺症で歯がボロボロ……すごく恥ずかしいんですけど、今日写真を撮るっていうのに歯が欠けちゃったんですよ(笑)」

——京セラ時代はそういった体重至上主義の指導が続いていて、2010年にユニバーサルに移籍。Qちゃんを育てた小出義雄監督から指導を受けることになりましたが、その内容は京セラとは違っていましたか?

「全然違いました。京セラが徹底管理だとしたら小出監督は本当に放任主義でお任せ。自主性を重んじるというか。体重計も1週間に1度測るか測らないか。増えてそうな人が呼び出されて測るだけで、その後なにを言われるわけでもなく『自分の体重を知りなさい』と。

京セラの時は怒られるだけだったんですよ。いくら結果を出しても『よかったなあ』それぐらいで終わり。あとは怒られるだけだったんですけど小出監督は『お前の足首いいなあ』とか褒めてくれるんですね。『原よお、お前の足首いいねえ、Qちゃんみたいだよ』って。ちょっとしたことでも褒めてくれるからもっと褒められたいと思っちゃうんですよね、それまで怒られてばかりだったから。もう一つ全然違うのは京セラでは“怪我している時こそ体重を増やすな”だったんですね。でも小出監督は『怪我を治すのにも栄養がないと治せない。太ってもいいから1日でも早く治しなさい。痩せるのは治ってからでいい』。全然違っていました」

——摂食障害とは別に、原さんが万引きに走るきっかけともいうべき“2つの金銭トラブル”があったということですが、その詳細について教えてください。

「2013年3月に所属していたユニバーサルエンタテイメントを退社しました。その後、私がユニバーサル1年目に北海道マラソンで優勝したとき、すごくお世話になったコーチが東京でクラブチームを作ったことを知り、そのコーチのところで仕事をさせてもらうことになったんです。

ですが給料は『あとで払うから』と、毎月未払いになってたんです。遠方のクラブ会員さんへの出張指導に行っても、そこで稼いだお金を一度は預けてくれ、旅費も立て替えててくれ、となって。それが積み重なったのが500万円ぐらい。

それとはまた別に、2014年の4月、そのコーチが新しく会社を立ち上げるから出資してと頼まれたんです。そのときもコーチをまだ信頼していたので『わかりました』と出資したんです。はじめに400万、さらに出資を頼まれ、もう300万出しました。その後また、しばらくたって呼び出されて『これから打ち合わせなんだけど置き引きにあっちゃって、打ち合わせに行けないから50万貸してくれる?』って。もう本当に信頼していたんでなんとも思わなかったんですよね。さらにまた時間を置かずに『悪い、30万貸して』って。出資額も含め、合計780万渡しました。

その後、それが登記されていない架空の会社だったことが分かった時にガクッときましたね。コーチとは途中連絡も一切取れなくなっちゃって。信頼していたのにまさかこんなことになるなんて、という思いと、あとは『どうしよう、こんな大金どうやってまた稼げばいいんだろう』という思いが頭の中をぐるぐる回って。親兄弟にも心配かけちゃうから言えず、一人でずっと悩みを抱えていました。

食べている時だけは気がまぎれるので、食べ吐きもひどくなっていました。失ったお金をどうにかしようと思って万引きしたこともあったし、盗ること自体で辛さを忘れられるから、リスクを考えないで盗ることもあった。全部、苦しさから逃れるためでした」

——1度め、足利市のコンビニで逮捕された直前に起こった、もう1つの金銭トラブルについては公判でも少し明かされていましたが、結婚にまつわるものだったんでしょうか?

「そうです。その結婚相手は『裕美子さんの誕生日に籍を入れさせてください』と、両親もいる場で何回も言っていたんですね。私の誕生日は1月9日なんですけど、クリスマスや正月に実家に来た時にも。ところが、前日になって『わりい、明日行けない』『籍を入れられないからちょっと待ってくれる?』と。ちゃんと話をしようと約束をしてもどんどん逃げられて。それでもまだ途中まで信じてたんですよね、いつかは籍を入れてくれる、と。だから新しく借りた部屋も自分が全部使うんじゃなくてちゃんとスペースを空けておいたんです。でも、いつになっても来ない」

——入籍予定の前年に式を挙げていたんですよね、その式の費用も原さんが出していたんですか?

そうですね、それに加えて『後で払うから』と言われていた家具、家電、アパート代を全部私が立て替えていたのでそれも入れると400万円ぐらいです。友達に『それはおかしいよ』と言われ、4月に実家に戻って、向こうのお母さんとお姉さん2人と本人にLINEを入れたんですが、お姉さんの1人以外からは返信も来ない。そこで、けじめをつけてほしいと思い、裁判を起こしたんです。その後も、あのお金どうしようとか、式に参列してくれた人になんて言えばいいのかなみたいなことを思い悩んでいました。

ジムなどに行って人と会っている間はいいのですが、家に帰ると一気に現実に戻ったような感じで本当に嫌なことばっかり考えちゃって。『この先どうしたらいいんだろう』っていうことしか頭になくて、そこから食べ吐きも酷くなったし、万引きもまたはじまってしまい、やめられなくなっちゃったんです。盗れば楽になるかなと思って」

——食べ吐きと同じように、盗ることで当時はスッキリするような気持ちがあったんですか?

「ありましたね」

——それってどういう気持ちなんでしょう。盗むスリルにドキドキするという感じなんでしょうか。

「それはないですね、スリルは全然なくて。楽になりたいっていうだけですね。楽になりたくてやってたけど、次第にもう盗らずにいられなくなっちゃったっていう感じで」

——摂食障害を発症し、その後万引きに走ってしまい、やめられず苦しんでいる人は実は他にもいると思うんですが、そんな方々へのメッセージがありましたらお聞かせください。

「まずは一人で苦しまないでほしい。自分一人で抱えていても、よくはならない。心の病気って歯の治療と一緒だと思ったんです。歯の治療も時間が経てば経つほどお金もかかるし、治るのに時間もかかる。心の病気も一緒だなって。また、自分の心だけじゃなくて、家族や自分を支えてくれる人を巻き込んでしまうから傷がどんどん大きくなってしまう。まず、誰かに勇気を出して打ち明けるということをしてほしいなと思ってます。私も最初は、盗ることを周りに言うのはどうなのかなというか、こんなこと言えないと思ったんですけど、オープンにしたことで本当にたくさんの方が支えてくれて、仕事を紹介してくださったり、陸上の大会に呼んでくださったり。ちょっと勇気を出すだけで状況は変わるので、まずは勇気を出して打ち明けてほしいなと。それが一番かなと思いますね」

——マラソンにおいて、極端な体重至上主義の指導が摂食障害を生むことが問題になってもいますが、今の原さんが10代だったころの自分に伝えたいことはありますか?

「まずは、マラソンを辞めてからの人生のほうが長いので、自分の体を大切にしてほしいなと思います。ダイエットを頑張れば、体が軽くなっていいなとか、生理がこなくなって楽だなと思うかもしれないけど、そのぶん体へのリスクは大きくなるし、怪我もしやすくなる。精神的にもおかしくなってしまうので。無理をせず、『走るのが好きだ』っていう気持ちを、いつまでも持ち続けてほしい。

あとは指導者に対して、もっと正しい知識を持って接してほしいなと思います。親もそうです。やっぱり親も子供も記録を伸ばしたいからどんどん強くしてほしいと指導者に頼むし、指導者も結果を残さないと自分がやっていけないから、すぐに結果を求めるんですけど、その選手の先を見て接してほしいですね」

この2つの金銭トラブルは現在、解決しつつあり、婚約者との裁判は、論告求刑の直前に和解となった。また原被告は、1度めの足利市での万引きが大きく報じられたことで「社交恐怖」を感じるようになっていたが、今回は「自分から前に出て全てを明らかにする」という姿勢に変えることでこれを克服し、更生への毎日を送っている。

担当弁護士が語る 原裕美子事件から見えた「万引き病」の怖さ

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

  • 撮影田中祐介写真(2枚目)AFLO

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