担当弁護士が語る 原裕美子事件から見えた「万引き病」の怖さ

林大悟弁護士インタビュー

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女子マラソン元日本代表選手だった原裕美子被告(36)の2度目の万引き裁判が3日に開かれ、前橋地裁太田支部は(奥山雅哉裁判官)は原被告に、懲役1年、保護観察付き執行猶予4年の判決を言い渡した。

原被告の2度の裁判で注目を浴びたのは、「クレプトマニア(窃盗症)」と呼ばれる“万引きがやめられない病”の存在だ。万引きによる窃盗の公判に、少なからず影響を及ぼすこの「クレプトマニア」とはなんなのか、単なる万引きとはどう違うのか。今回、原被告の担当弁護人であり、これまで多くの「クレプトマニア」の公判を担当してきた林大悟弁護士に話を聞いた。

2007年、世界陸上大阪大会に出場した時の原裕美子元選手

——先生が弁護をされたクレプトマニアの被疑者や被告人はどのぐらいいらっしゃいますか?

「同じ人を5回ほど弁護したこともあり、延べ人数で言えば300〜350名くらいです。1回だけの方も相当数いますが、やはり繰り返されるという特徴の中で残念ながらリピーターになってしまう方もいます。起訴後の法廷での弁護に加えて、被疑者段階で不起訴になった人や相談で終了した人も入れるとこのぐらいの人数です」

——クレプトマニアとは昔からあった病なのでしょうか?

「昔からありましたが、『古くて新しい病気』だと私は思っています。というのは私が弁護士になって4年目に、その当時60代の弁護士さんから、『自分が駆け出しの頃に最高裁まで争った万引き事件の元被告人がまた万引きをして逮捕勾留されてしまった』との相談を受けました。その方がお持ちになっていた鑑定書には『クレプトマニア』という言葉が出ていました。ですから、今から40年近く前にはすでに、その病名自体はあったのです。

しかし、私が知る限り、古い裁判記録に『クレプトマニア』という言葉が出てきたのはその鑑定書ぐらいなんです。病名は古くからあったといえますが、司法関係者はほとんど知らなかったと思います。広く知られるようになったのは、アルコール使用障害等の依存症治療を行う赤城高原ホスピタル・竹村道夫院長が病院のホームページで『クレプトマニア』という病気があるということを発信した平成18年以降ですね。現在は法律学者も論文でクレプトマニアの責任能力に言及するなど、かなり知られてきたと感じています」

——傍聴した限りでは、万引きをやめたいのに繰り返している被告人には、女性が多く、また摂食障害という問題も同時に抱えている人が多い印象がありますが。

「確率的に女性が多いと思います。これは医学文献からも明らかですし、私の依頼者も約9割が女性です。年齢は幅広く、20代前半から70代の方までいます。そして一番多い併存症が『摂食障害』です」

——彼女たちが抱えている問題はどのようなものか、何があって万引きに向かうのか、先生はどう見ておられますか?

「仕事や家庭内での、人間関係のストレスは万引きの直接の引き金になるかもしれません。でも多くの人は、ストレスを感じたからといって万引きをしません。問題の根本的な原因としては、生まれ育った家庭が機能不全だったり、過去に性被害にあったりしている場合が少なくありません。幼い頃に性被害にあって、それを誰にも言えずにいたところ、10代後半ぐらいから摂食障害になり、食品の万引きをし、だんだん非食品も盗るようになってクレプトマニアが合併するというケースが多く見られます」

——万引きがある種のストレス発散になっているのだろうと想像しますが、多くの人は、スポーツなど別の合法的なものに発散の方法を求めると思うんです。なぜ万引きに向かうのだろうというところにすごく疑問を感じているのですが、そこはまだ解明されていないのでしょうか?

「いろいろなお医者さんが仮説を立てている段階ですが、摂食障害とクレプトマニアに関しては、有力な見解があります。すなわち、摂食障害患者はまず、物理的に食べなかったり、過食嘔吐するため、栄養が脳に十分に届きません。そのため、脳が飢餓状態になります。その物理的な飢餓状態が精神的な飢餓状態に置き換えられていく。そうなると、枯渇恐怖といわれる『減ることの恐怖感』が通常の人よりもずっと強くなる。資金が減ること、モノが減ることに対する強い恐怖感。これはただ単に“もったいない”とか“節約”とか、通常の精神状態で説明できるものではなくて、異常な不安感、恐怖感なんです。そういう人が、資金も貯め込みたいし食べ物も貯め込みたい。だから尋常じゃない量の食品を盗んで腐らせ、腐らせるけど捨てずに部屋に溜め込みながら、まだ盗む行為を続ける。これらはすべて、枯渇恐怖という概念で説明することができると思います」

——クレプトマニアとそれ以外の窃盗犯(万引き犯)に何か違いはあるのでしょうか。

「日本でも使われているアメリカの精神医学会のマニュアル(DSM-5)には、クレプトマニアの診断基準が明記されています。ポイントは、『万引きの衝動に抵抗することができるかどうか』という点。また、行動評価の観点からは、『不合理な万引きを繰り返しているかどうか』という点で、不合理性のポイントは、被害品の価値がリスクを冒すに値するかどうかです。例えば、成熟した一人前の大人が、処罰されても安価な商品の万引きを繰り返す、刑務所に何度入っても万引きをしてしまうという事案を考えた場合、その行為を正常心理の枠内で説明することのほうが無理があると思います。例えばルパン三世みたいに、宝石などの高価な品を盗む行為は、発覚により被る不利益と得られる利益が釣り合うため、窃盗を繰り返しても病気だとはいえないでしょう。しかし、1個100円や200円程度の安価な商品を、刑務所に入るリスクを負ってまで、もしくは刑務所に入った経験があるにもかかわらず、あるいは、本人が止めたいと悩んでいるにもかかわらず繰り返すのは明らかに病気とみて治療を促すべきです」

——裁判の現場ではこれまで、クレプトマニアでも、執行猶予中の同種再犯の場合は実刑、となっていました。ですが最近、今回の原裕美子さんの例のように、少しずつ2回目の執行猶予もとれ始めているように思うのですが、先生もそれはお感じになっていますか?

「私の経験だと3年ぐらい前から執行猶予中の同種万引き再犯事案であっても基本的に実刑は回避できています。正しい証拠収集をして、裁判中に治療の目処をつけ、再犯防止の対策をしっかりとれば、100パーセントとは言いませんが、原則は執行猶予をつけてもらえるようになってきました。これは肌で感じている変化です」

——再度の執行猶予をつけてもらったあとすぐに治療につなげることが大事なんですか?

「私はすごく大事だと思っています。最近は判決まで待たずに治療を開始するので、裁判中に治ってしまう人もいます。人によりますが多くは3ヵ月くらいの集中入院が必要です。入院治療で盗癖が回復してきたら、事例によっては、病院の近くにアパートを借りてもらい通院に切り替えます。実は、クレプトマニアや摂食障害は家族因性の問題だったりすることが多いので、退院後ただちに家族や元の職場に患者さんを戻すと、治療前と同じ精神状態になってストレスを感じ、盗癖が再発することがあるのです。家族だからこそ厄介で根深いものがあるので、思い切って患者と家族を引き離す。そうすると本当に予後が良いことが多いです」

——親と距離を取ることがクレプトマニアの治療になることもあるんですね。

「キーワードは自立です。クレプトマニアに限らず依存症一般の回復の定義は人間的成長だと言われています。最初は病気の回復が成長することと言われても、正直、よく分かりませんでした。しかし、今、すごくその意味が分かります。ストレスを感じた時に、万引きに逃げるとか、むしゃむしゃ食べて吐くという解決法から、適切な方法で怒りや悲しい気持ちを相手に伝えたり、適切な方法でストレスを解消する術を身につけ、自立する。親から毎月30万ぐらい生活費をもらって生活しながら、いつまでも過去の親の育て方を理由に不満をぶつけている娘さんなどもいますが、そのループから抜け出し、自立することが回復にとって重要だと思います」

——原裕美子さんが、2度目に群馬で万引きをやってしまったのは、1度めの治療のステップがうまく進まなかったということですか?

「結果論ですけど、一言で言うとそうですよね。あとはやっぱり、普通なら誰にも知られずひっそりと終わる刑事事件なのに、有名なスポーツ選手が万引きをして裁判になったということで、多数のメディアで報道されてしまいました。それで『社交恐怖』という病気になってしまったんです。人の視線が気になって、部屋でもカーテンを閉め、外から誰かに見られていないかと不安にかられるようになり、布団をかぶってスマホで自分の記事を検索したりしていました。

そのような精神状態が影響して、せっかく1回目の入院治療で回復しつつあった盗癖が完全には治っていなかったのだと思います。ただ、2回目の事件では、服の中にしまった商品を元に戻さなきゃという気持ちになって店内にとどまっていたというエピソードから、1回目の入院治療の効果が多少なりともうかがえます」

判決前、現在の職場でFridayデジタルのインタビューに応じてくれた際の原裕美子元選手

——今回の懲役1年、保護観察付き執行猶予4年という判決について、先生はどうお思いですか?

「今回の判決で裁判官は彼女に『有名なあなたがこの後しっかり立ち直れば、摂食障害による万引きの再犯で、再度の執行猶予をつけるという量刑相場が確立されるかもしれない。他方であなたが失敗すればやっぱり刑罰が必要だと判断される。あなただけの問題ではないので、頑張ってその期待に答えてください』と、今後の量刑相場の確立との関係で彼女を励ましていました。
また、『私(裁判官)も市民ランナーで走っています、あなたのレベルには到底及ばないけれども、あなたは世界でも活躍した、努力できる才能を持っている人。その才能を回復の方に向けてください』とも。
今回の判決は、治療的司法観に基づく優れた判断だと思います。裁判所の期待を裏切らないよう彼女を見守っていきたいです」

林大悟弁護士 クレプトマニアや認知症患者の万引き事件に特化した刑事弁護を続けて約10年になる。同業者からは『クレプトマニアマニア』と呼ばれている。平成26年12月にクレプトマニアの回復支援団体である一般社団法人『アミティ』を設立。病院の紹介や、入院中の人のフォロー、退院や出所後の出口支援を行う。

原裕美子さんの、判決前のインタビューはコチラ

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

  • 撮影田中祐介(2枚目)写真AFLO

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