『いのちの停車場』ラストシーンを変更した吉永小百合の凄み | FRIDAYデジタル

『いのちの停車場』ラストシーンを変更した吉永小百合の凄み

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映画の舞台挨拶というものは、普通は火曜日の昼間にやるものではない。映画が公開される週末の金土日に行われるのがほとんどで、ファンサービスのテコ入れとして平日にやることになっても普通は夜だ。

だが、6月1日に丸の内TOEIで行われた吉永小百合主演映画『いのちの停車場』の舞台挨拶は、平日火曜日の13時から開始という異例のスケジュールだった。

『いのちの停車場』全国公開中 (C)2021「いのちの停車場」製作委員会
『いのちの停車場』全国公開中 (C)2021「いのちの停車場」製作委員会

もちろんそれには理由がある。東京大阪に出ていた大型劇場への営業自粛要請――『名探偵コナン』も『るろうに剣心』もストップがかけられていた要請が5月いっぱいで解除され、その初日となるのが6月1日の火曜日だったからだ。

『いのちの停車場』の出演者たちは他の地域ではすでに何度か舞台挨拶をしていたにも関わらず、週末を待たず先陣を切るように、東映のホームグラウンドとも言える丸の内TOEIの最大スクリーンで昼間から壇上に上がった。それは明らかに、東京の映画館にとっての「復活の日」を宣言する意図が込められているように見えた。

その「復活宣言」を象徴するかのように、挨拶は主演・吉永小百合から始まった。

『5月12日から20日間、なんとかして映画館を開けていただけないだろうかと思い悩みました。スクリーンからは飛沫は飛びません。そしてお客様同士が話をするということも今は、ほとんどなくなっています』

いつものように穏やかで抑制された言葉の選択ではあるが、それは多くの疑問が呈された映画館への自粛要請に対し、映画人としてはっきりと踏み込んだ意志表示になっていた。

広瀬すずが「吉永さんと共演できると聞いて、台本を読む前にオファーを受けた」と語り、松坂桃李が「僕らの世代で吉永さんと共演できる機会はなかなかないですし、このチャンスを逃すわけにはいかない」と語るように、若い世代の俳優にとって吉永小百合は単に大御所、先輩俳優を超えた伝説的存在だ。川端康成が彼女目当てにロケを見にきたという昭和の逸話が物語るのは、吉永小百合が歴史の目撃者でもあり、歴史の登場人物でもあるような人生を生きてきたという事実だ。

それは単に「団塊世代のマドンナ」として飾られ、愛でられるだけの俳優人生ではなかった。以前から様々な社会問題に対して、日本の有名俳優としては異例と言えるほど明確に意志表示をしてきたが、コロナ禍という世界の映画産業を揺るがすような過去にない事態の中で、その姿勢はより鮮明になっているように感じる。

(C)2021「いのちの停車場」製作委員会
(C)2021「いのちの停車場」製作委員会

映画『いのちの停車場』を見てひとつ驚いたことがある。それは映画の中の伊勢谷友介の扱いだ。報じられた通り昨年逮捕され、過去の出演作が配信停止になる中、吉永小百合は『いのちの停車場』の制作発表会見で「反省して、戻ってきてほしい」と異例のコメントを出した。制作発表会見の数日前に逮捕という状況だったにも関わらずだ。

吉永小百合の口から出たその言葉によって、伊勢谷友介の俳優生命は首の皮一枚で繋がったと言っても過言ではないだろう。広瀬すずや松坂桃李ら若手トップが何をおいても駆けつける吉永小百合との共演作に「泥を塗った」と言われても仕方がない状況だったからだ。

映画を見て驚いたのは、物語の中で伊勢谷友介が演じる脊髄損傷のIT社長の出演場面が、ほとんど他の出演者と絡まない、いくらでも撮り直しの効くオムニバス形式の中の一話であったことだ。

代役を立てずに撮影部分をそのまま使う、という制作発表会見の説明を聞いた時は、映画全体にからんでいて再撮影が困難なのかもしれないと予想していたが、まったくちがう。代役を立てようと思えば1日で撮影できてしまうし、そのエピソードを丸ごと切ってしまっても映画としては何も違和感なく成立するのだ。

むしろ公開された映画の中では、西田敏行が演じる診療所の院長によって「そういえば彼のリハビリ療法は成功しつつあるようだ」と伊勢谷演じる社長のその後が語られるのだが、その部分は本来はセリフでの説明ではなく、伊勢谷友介本人によって演じられるべきシーンが予定されていたように感じた。

この構成で伊勢谷友介の場面を切らないというのは、文字通りの執行猶予、編集の刀を寸前で止めてあえて残したとしか思えないフィルムになっており、それは映画の中で彼が演じた江ノ原社長がもう一度人生をやり直す、その構図と二重写しになっているようにも見えた。

伊勢谷友介の扱いについて、吉永小百合の意向が映画の編集にどこまで関わっていたかはわからない。わかるのは制作発表で出された「復帰を待つ」というコメントによって、一人の役者が俳優生命を絶たれるのを辛うじて免れたということだけだ。

そして、この映画『いのちの停車場』ではもうひとつ、吉永小百合本人の意見が大きく映画の方向性を決定したことが舞台挨拶で明かされた。それは映画の中で取り扱われる「安楽死」に関わる結末である。

(C)2021「いのちの停車場」製作委員会
(C)2021「いのちの停車場」製作委員会

映画の中で吉永小百合が演じる主人公・白石咲和子は、病に苦しむ父親に安楽死を求められる。南杏子による原作小説では、父に安楽死処置を施した映像をもとに警察に出頭し、行為の是非を世に問う、と主人公が語るところで物語が終わる。このラストは、映画では変更されている。

どう変更になったのかは映画を見て頂くべきだと思い控えるが、変えるべきではないか、と監督やプロデューサーに切り出したのが主演の吉永小百合であることが、6月1日の舞台挨拶で初めて本人の口から語られた。

「当初は原作通りの結末を演じるつもりで受けたが、撮影中にこのコロナ禍で多くの人が亡くなられる状況で安楽死を描くことがいいのかと思った」と吉永小百合本人は語る。

確かに、社会情勢は大きく変わった。感染症の拡大によって限界を超えた病院から患者があふれ、急患を乗せた救急車が受け入れ可能な病院を求めて街を走り、自宅待機のまま亡くなる患者が相次ぐという事態になった。

この映画の制作発表の少し前、日本維新の会が尊厳死に関するプロジェクトチームの立ち上げを発表した。その前年2019年には筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対する嘱託殺人事件が起きており、そこにコロナ禍が重なることによって、『命の選択』をめぐる社会の論争は激しさを増していた。

そうした政治的状況、社会的状況の中で、映画の持つ意味が変わる、原作を越えて社会の中で安楽死を推進するメッセージとして受け取られてしまう、という空気を吉永小百合は敏感に感じ取っていたのではないか。女性死刑囚を演じたこともある吉永小百合ではあるが、警戒したのは自分が悪役を演じることよりもむしろ、自分が演じたことによって安楽死が正義になってしまうことだったのではないだろうか。

映画『いのちの停車場』は、原作とは少し違う形で幕を閉じる。観客に問いかけるような幕切れに賛否はあるだろう。だが、この社会情勢の中で原作通りに演じることに対してブレーキを踏んだ吉永小百合の鋭敏な社会感覚、そしてそのラストシーンの苦悩を演じる俳優としての力によって、映画は善と悪、死と生の間に立ち、よりその痛みに向き合う切実なものになっていたと感じる。

(C)2021「いのちの停車場」製作委員会
(C)2021「いのちの停車場」製作委員会

5月22日に丸の内TOEIで行われた公開記念舞台挨拶で、印象的なシーンがあった。緊急事態宣言下、観客を劇場に入れず、映像だけを配信するという異例の舞台挨拶の途中、壇上でコメントを述べるみなみらんぼうの体調が急変したのだ。

その時の映像は、各社の報道によって今もYoutube上に公開されている。みなみらんぼうが「ちょっと体調がおかしいみたいなんですよ……」と口にした時、吉永小百合はすでに2つ離れた自分の席を立ち、司会のアナウンサーが「それでは、お座り頂いて……」と言いかけている時、もうみなみらんぼうの隣に立っている。

各社の記事見出しには「駆け寄る」と表現されているが、映像を見ればわかる通り吉永小百合は走ったのではなく、あまりにも早く状況を判断し、一切の迷いなく席を立って歩み寄っているのだ。それは吉永小百合という、日本の映画史に残る俳優が「何者であるのか」を象徴した鮮烈な場面になっていた。

6月1日、丸の内TOEIの劇場前には驚くほど多くの報道陣が道路を埋め、劇場の若い観客層を映していた。その日の舞台挨拶の最後に、吉永小百合は「今日私たちは、東京大阪の初日を迎えられました。とても幸せです。でも他の職業ではまだまだ苦しい思いをされている方たちがたくさんいらっしゃると思います」と、飲食業をはじめとする他の各産業について話し始めた。

それは映画が雲の上に浮かぶ芸術ではなく、太い幹を持つ社会の枝先で熟す果実であることを、よく知る俳優の言葉に思えた。人々の生活の安定なくして映画産業という大衆芸術が存在しえないことを、彼女はよく知っているのだ。

松坂桃李や広瀬すずは、半ば歴史上の登場人物であると言っても過言ではないこの俳優との共演から何を得ただろうか。そしてかろうじて俳優生命をつなぎ、復帰に向けて歩き始めた伊勢谷友介は、自分をあえて消さなかったこの映画を見た時に何を思うだろうか。

 

『いのちの停車場』
2021年5月21日より全国ロードショー

吉永小百合

松坂桃李 広瀬すず
南野陽子 柳葉敏郎 小池栄子 みなみらんぼう 泉谷しげる
石田ゆり子 田中 泯 西田敏行

監督:成島出 脚本:平松恵美子 原作:南杏子「いのちの停車場」(幻冬舎文庫)
後援:日本医師会 日本在宅ケアアライアンス 観光庁
推薦:日本在宅医療連合学会 全国在宅療養支援医協会

(C)2021「いのちの停車場」製作委員会
公式サイト teisha-ba.jp

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