元ラグビー日本代表・平尾剛氏が語ったオリンピック報道への違和感 | FRIDAYデジタル

元ラグビー日本代表・平尾剛氏が語ったオリンピック報道への違和感

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コロナ感染者数のあとに、ハイテンションでメダル数を報じるキャスターの豹変ぶり…

最初から最後までゴタゴタ続きだった東京オリンピック2020。さらに今回はオリンピック報道の異常さを感じる機会でもあった。ニュースで新型コロナウイルス感染拡大を深刻そうな顔で報じた直後に、表情も声色も変え、ハイテンションでオリンピックのメダル数などを報じるアナウンサーやキャスターの豹変ぶりに、不快感や恐怖すら抱いた人は多かった。

そうした中、各国メダル数の比較について「これは五輪憲章違反です。たぶんメディアもわかってやっているとは思いますが、競争を煽る報道はもうやめにしませんか?(以下略)」(7月27日)などとTwitterで発信したのが、元ラグビー日本代表で神戸親和女子大学発達教育学部の平尾剛教授だ。

平尾教授はかねて東京五輪開催に対して反対の立場を表明してきた人でもある。

「東京オリンピックによって、オリンピックの幻想が滅した、ベールがはがれた印象はありますね。 

コロナで多くの人の生活が立ち行かなくなり、誰もがコロナに立ち向かう中で、社会というものに目を向け始めたと思うんですよ。そうした中でオリンピックを冷静な目で見ると、『あれ? おかしいぞ?』と。 

復興五輪として始まったはずが、建設作業員も建築資材などもオリンピック関連施設の建設にとられて、復興がむしろ遅れてしまいましたし、開催に至るまでのプロセスで路上生活者を排除したり、新しい国立競技場建設のためにわずかなお金で立ち退きを強いられた人たちがいたり、エンブレムの盗作疑惑があったり、開閉会式もゴタゴタ続きで。そうした異常さに、コロナ禍によって初めてみんなが気づいたと思うんですよ」

また、スポーツ実況の異常さについても次のように指摘する。

「スポーツ実況が絶叫しすぎなのは気になりますね。昔はもっと淡々と冷静に試合を実況していたのが、ある時点からガラリと変わり、感情に訴えるよう、盛り上げるよう意識するようにシフトチェンジしたんじゃないかと思います。 

解説もそうですよね。もっと引いた視点で『今のは派手なプレーに見えますが、実はパスを出したほうが上手かったんですよね』とか専門家にしかわからない視点を付加していたと思うんですが、そうした解説者の専門的な視点はあまり前に出てこなくなっていることも問題だと思います。 

それに、日本人選手ばかり取り上げ、海外の選手の情報は全然入ってこないこととか、特に卓球は顕著で『中国は』というばかりで、選手の名前もほとんど言わないんですよね。 

メダルを国別で表示することも問題ですし、決勝進出のことを『メダル確定です』という言い方をするのもすごく気になります。こうしたナショナリズムの高揚につながるような、煽るような報道についても、安心して暮らせる社会においては『盛り上がっているからいいか』で済んでいましたが、今はシビアに受け止められるようになってきたのだと感じます」

アスリートの『神格化』は、本人にとって苦しみだと思う

その一方で、平尾教授が危惧するのは、「世間のアスリートに対するリスペクト」だ。

「僕はアスリートへのリスペクトに少し違和感があります。一方では『神格化』とか『聖域』とも言われていて。 

アスリートも社会を生きる人間として、もう少し自分の言葉を持たなければならないんじゃないかと思うし、OB・OGや関係者、ファンなどが『リスペクト』という言葉で特別扱いする、神のように扱うことで、どこか宙に浮いているような状態になることは、アスリート本人にとって苦しみだと思うんですよ。 

何故なら、引退した途端にそのポジションも、注目も失われ、セカンドキャリアを考えなければいけないから。一部指導者や解説者になる人を除き、ほとんどは生きていくために1から別の仕事をしていかなければならない。セカンドキャリアで悩むアスリートが多いのは、その落差だと思うんですね」

さらに、オリンピック期間のアスリートたちの言動について気になったこととして、次のような苦言を呈する。

「アスリートの皆さんは口をそろえて『開催してくれたことに感謝します』『ファンに感謝します』とおっしゃいましたが、今の社会を担っているエッセンシャルワーカーの方々に対する感謝はないのかとか、つい言いたくなるんです。 

もちろん『皆に感謝します』の“皆”には入っているかもしれないけど、もう少し踏み込んで考えている選手であれば、『医療従事者の方々には感謝を申し上げます』という一言があっても良かったんじゃないかな、と」

アスリートにとって社会と向き合うことは「雑音」!?

谷原章介が『めざまし8』(フジテレビ系)で、東京五輪を反対する人たちの声について「(選手たちには)そういう”雑音“は耳に入れたくない」と語ったことが話題になったこともある。東京オリンピック中止を求める声を「雑音」と表現したことは大いに批判されたが、アスリートにとって社会と向き合うことは「雑音」とされる背景があるのだろうか。

「オリンピックを批判することはタブー視されていますし、全体の傾向として、余計なことは考えずに競技に集中しようという指導は暗黙のうちになされていると思います。でも、アスリートも社会に生きる人間として、新聞を読んだり本を読んだり、映画を観たり、社会で起こっていることを知ることも必要だと思うんですよ。 

でも、どうしても昔から『競技にひたすら打ち込むこと=美徳』という感覚はある気がします」

不思議なのは、アスリートが神格化される一方で、アスリートが社会的な問題に触れたり、差別に抗議したり、政治的発言をしたりすると、ひたすらバッシングを受けること。

「社会とスポーツは、まさしく分断と言っていいくらい別世界で行われているんですよ。僕がアスリートや元アスリート、スポーツ関係者ももっと意見を表明すべきだと言っているのは、あまりにもダンマリだからです。 

ごく一部、陸上の新谷仁美さんが五輪開催について『アスリートとしてはやりたいです。人としてはやりたくないです』『アスリートとしては賛成だけど。一国民としては反対という気持ちです』と発言したほか、水泳の松本弥生さんが東京オリンピック代表を逃して『どこかほっとした』とインタビューで語っていただけで、他の声はほとんど聞こえてきません。オリンピックに関わる当事者としてあまりにも無責任だと思うんです。 

ただ、一方で、スポーツ関係者やアスリートが社会的発言をすることに対して、よろしくないと言う周りの人たちもいるわけですよね。パフォーマンスを上げる事だけに集中しろ、と。 

でも、選手である前に一人の人間で、社会で生きているわけだから、誰でも社会に対して自分の意見を表明して良いはずなんです。そこが大きく分断されてしまっている今、社会の中でスポーツが生き残っていくためにはどうすればいいか。それを考えていかないと、スポーツの未来はないという危機感を覚えています」 

(写真:アフロ)
(写真:アフロ)

あらためて考えたい「スポーツの本質」と「オリンピックが進むべき道」 

さらに、現在のスポーツの「勝利至上主義」に対する危機感も抱いている。

「スポーツは競争ですが、いわゆる勝利至上主義では駄目なんですよね。高いレベルでの戦いにおいては、対戦相手との共感や仲間意識も芽生えるものです。そうした競争を通じて絆を育むのがスポーツの本質だと思うんですよ。 

例を挙げるなら、男子マラソンで2位になったオランダのアブディ・ナゲーエ選手が、3位になったベルギーのバシル・アブディ選手の方を何度も振り返り、『頑張れ』と励ましていました。それはお互いソマリア難民だったから。 

メダルを競い合う敵同士なのに励まし合う、実は金メダルよりもこうした2位3位の物語の方が、スポーツの本質を突いていると思うんですよ。そうした競争を超えたところにある結びつきが、勝利を一生懸命目指すプロセスの中にポンと出てくることが、スポーツの本質だと思うんですよ」

勝利至上主義で象徴的なのが、菅総理自身のアカウントで金メダリストにだけお祝いツイートしていたこと。これについても「政治利用の最たる形だと思います」とバッサリ。

「ただし、かつては総理大臣が金メダリストだけにお祝いツイートをすることにも効果はあったと思うんですよ。それが今の世論では、逆効果になっている。今の政治が国民のことを真剣に考えていない、スポーツで政権にとって都合が良くないことを洗い流す、スポーツを隠れ蓑にするととらえた人が多いですから」

では、今後、オリンピックが進むべき道とは、と問うと、平尾教授はキッパリ言った。

「まずIOCは解体すべきだと思います。今回明らかになったのは、IOC貴族と言われるIOC幹部が1泊300万円のスイートルームに4万円で宿泊し、残りは全部JOCが支払っているということ。 

IOCの理事会は、地中海のヨットの上で大富豪が集まって行われるそうですから、一般市民の感覚が理解できるわけはないですよね。そうした組織を浄化することはまず不可能でしょう。IOCを解体し、人員を刷新し、財団を作り、ゼロベースで作るなら別ですが、そうでなければオリンピックはいったん廃止したほうが良いと思います」

平尾剛(ひらお・つよし) 神戸親和女子大学発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科教授。同志社大学、神戸製鋼とラグビーの強豪チームでプレーし、99年W杯ウェールズ大会に出場。引退後は神戸親和女子大学大学院で教育学の修士課程を修了。

  • 取材・文田幸和歌子

    1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

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