『なぜ君』大島新監督はなぜいま「続編」を撮り始めたのか | FRIDAYデジタル

『なぜ君』大島新監督はなぜいま「続編」を撮り始めたのか

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きっかけは、菅政権の誕生。対立候補・平井氏の取材も敢行!

「1万人観れば大成功」と言われるドキュメンタリー映画において3万人超に支持された『なぜ君は総理大臣になれないのか』(通称「なぜ君」)。

大島新監督が衆議院議員の小川淳也氏を17年間追い続けた同作は、DVD化やネット配信、ドキュメンタリー映画では異例の「全文書き起こし」の書籍化(『なぜ君は総理大臣になれないのか』日本評論社)や関連書籍の刊行など、今もなお広がりを見せている。

そんな中、映画の「続編」にあたる企画の撮影がスタートしていると耳にした。その名も『香川1区』だ。いったいどんな作品なのか。大島新監督を直撃した。

「続編」のタイトルは『香川1区』。「今回はできれば平井大臣ご本人と、平井大臣を支持している方々を取材して、選挙を中心としたドキュメンタリーができないだろうかと思ったわけです」と大島新監督(撮影:安部まゆみ)
「続編」のタイトルは『香川1区』。「今回はできれば平井大臣ご本人と、平井大臣を支持している方々を取材して、選挙を中心としたドキュメンタリーができないだろうかと思ったわけです」と大島新監督(撮影:安部まゆみ)

「昨年6月に公開してから度々、『続編どうですか?』といった声をお客さんや記者の方々にいただいて。『公開できるかどうかはわからないけれども、引き続き小川さんのことはウォッチします』とお答えし、冗談半分で5年後か10年後に続編として『まさか君が総理大臣になるとは』というタイトルでできたら面白いですねなんて話をしていたんです(笑)。 

しかし、そこから切り口が変わり、次の選挙に焦点を絞って短いスパンで集中的に取材をする手はないかと考えたのが、昨年9月でした。 

きっかけは、菅政権ができたことと、小川さんが正式に合流新党としての立憲民主党の一員となったこと。それと、小川さんが初出馬の時の公約で『50歳を過ぎたら早期に引退する』と言っていた節目もありました。 

映画の中でも小川さんがなかなか選挙区で勝ちきれない苦悩を描きましたが、今年4月には公約で言っていた50歳になり、今年10月22日までには任期満了で選挙がある。 

非常に真面目な人なので、公約に対して何らかの落とし前をつけなければと考えている、まさに背水の陣にある中、『もしちゃんと選挙区で勝つことができたら、50歳を過ぎてももう少し続けさせてほしい』という思いが小川さんの中にあったことは大きいですね」(大島新監督 以下同) 

映画の終盤では、台風という悪条件下で対立候補に対して2000票差と、僅差まで詰めていた。映画のヒットも追い風になるだろうと思われたが、そこから事態が急転する。

「菅政権ができて、対立候補の平井卓也さんがデジタル改革担当大臣になられたんですよね。 

私自身、香川は妻の地元で、第2の故郷みたいな場所であるだけに、その保守的な土地柄はわかりますし、まして『大臣』という名前は大きい。しかも、菅首相の肝いりの『デジタル庁』の大臣ですから、注目度は非常に大きいわけです。これは大変なことになったな、と思いました。 

その一方で、大変であればあるほどある種ドキュメンタリーの素材としては面白いじゃないですか(笑)。そこで、今回はできれば平井大臣ご本人と、平井大臣を支持している方々を取材して、選挙を中心としたドキュメンタリーができないだろうかと思ったわけです」 

(C)ネツゲン
(C)ネツゲン

実際に撮影を始めたのは、小川氏が50歳の誕生日を迎えた今年4月頃から。撮影を進める中で、小川氏も選挙モードになってきたというが、実はこれは初めてのことでもあった。

「なぜかというと、いつも解散が急だったので、選挙戦は1ヵ月程度だったんですよ。でも、今回は任期満了に近い形で初めて先々が見える選挙なので、選挙モードになってからの選挙戦が3ヵ月くらいあるんです。 

それで、じっくり選挙戦のスタートから撮り始めようと思っていたところ、平井さんの『徹底的に干す』『脅しておいて』という朝日新聞のスクープが6月に出て。これはもう最高だなと思いました(笑)。そこから、毎週のように週刊文春がスクープを連発し、ぼんやり考えていた平井さん側の取材もしたいという思いが明確になってきました。 

実際、今まで小川さんは6回選挙に出て、選挙区で勝てたのは1回だけ。5回は平井さんが勝っているわけです。香川1区の有権者の方が、平井さんに勝たせてきたということは明白な事実であり、その投票行動にはなんらかの合理的な理由があると思うんですよ。 

平井さんはご存知の通り、3世議員で、地元でシェア6割を誇る四国新聞と西日本放送のオーナー一族。現在も平井氏の弟が四国新聞社の社長を務め、母親が社主という『香川のメディア王』です。一方、小川さんは『地盤・看板・カバンなし』の『パーマ屋(美容室の倅』。これは自民党の旧来的な地盤看板のしっかりある候補者の方と、野党で社会を変えようと志を持った候補者との戦いであり、こうした構図はおそらくどの地方でもあるんだろうなと。それを見てみたいと思ったんです」 

「まさか平井大臣と名刺交換する日が来るとは思いませんでした」といったところから、30分の撮影が行われたそうだ(C)ネツゲン
「まさか平井大臣と名刺交換する日が来るとは思いませんでした」といったところから、30分の撮影が行われたそうだ(C)ネツゲン

対立候補の平井氏も取材「人生の中で、最も緊張する撮影になりました」 

ところで、選挙をテーマにする次回作『香川1区』は前作と違い、一方は長年追いかけてきた被写体で、友人でもある。どうしても一方に肩入れしてしまいそうだが……。

「僕はちょっとドライなところがあるので、その点は客観視できているつもりです。知人とか友人というよりも、監督としての視点の方を優先しますから。 

前作でも小川さんが商店街でおじさんに怒られたシーンについて取材などで聞かれると、公には『友人として辛かった』と言っていましたが、正直、『オイシイな』という気持ちの方が強かった(笑)。あんなセリフ、絶対に脚本でも書けないですから。 

それに、小川さんは、カメラがあってもなくても変わらないし、私が『こう思います』と意見したところで、簡単には変わらない人なので。小川さんの青年っぽさや青臭さは、普通の政治家と比べてもしかしたら頼りないと思われる部分かもしれないけれど、ある種長所でもあるわけですから、あとは時代が彼を選ぶかどうかだと思います」

『なぜ君』の監督が、対立候補の平井氏や支持者たちに取材しようというのだから、なんとも大胆な企画だが、そんなこと可能なのだろうか。

「やはり映画のことは皆さんご存知なので、どんなふうに撮られるのかと警戒されるのか、最初は断られ続けました。ですが、粘り強く交渉していった結果、顔出しナシという条件の方も含め、すでに数名取材できています。 

実は平井さんご本人にもすでに取材させていただいているんですよ。『なぜ君』の監督なので警戒されるお気持ちもあろうかとは思いますが、私もドキュメンタリストとして取材した事実は最も大切だと思っているので、もし取材を受けていただいたら公正に事実をお伝えすることをお約束しますといったお手紙を書いて連絡したところ、8月24日にお時間をいただきました。私の人生の中で、最も緊張する撮影になりましたね」 

撮影場所は、議員会館の平井卓也氏の部屋。「男性・女性1名ずつの非常に感じが良い秘書の方たち」が待遇してくれ、最初に名刺交換をし、「まさか平井大臣と名刺交換する日が来るとは思いませんでした」といったところから、30分の撮影が行われたそうだ。

「よく受けて下さったのというのが正直なところで。最初に『私の取材をなぜ受けて下さったんですか』とお尋ねしたんですが、『取材に関しては時間があればなるべく受けるようにしています』というコメントでしたね。 

映画は観て下さったのでしょうかとお聞きしたところ、『映画は観ていません。ただ、とてもキャッチーなタイトルで良いですよね』と。 

結果的に映画によって小川さんの知名度が上がったわけですから、『ご迷惑ではなかったですか』とも聞きましたが、『政治に関心を持ってくれる人が増えるのは良いことだと思います』と、終始大人の受け答えで、余裕すら感じましたね。 

週刊誌報道のことなどもお聞きしましたが、語調がちょっと強くなる部分はあっても、基本的には冷静で、平井さんなりの政治信条を話してくださいました」

『なぜ君』の中では、2003年、選挙活動で小川氏が地元を自転車で走り回る中、たまたま交差点で遭遇する姿が登場する。自転車を漕ぐヒョロヒョロした青年に対し、街角からエールすら送ってみせる平井氏のどっしりした余裕の構えは、いかにも“政治家”であり、二人のキャラクターや立ち位置・いろんな意味での力の違いが明確に見える気がした。

実際に平井氏と対面し、直接話をしてみて感じた印象とは?

「クレバーな方だな、と思いましたね。僕の取材を受けようと思った時点で、断るよりは受けたほうが良いだろうと判断されたわけですから、人生の先輩に対してこんな言い方は語弊があるかもしれませんが、その判断もなかなかのものだなと。 

平井さんは風貌も含めて怖い印象を持たれることもあるかと思うんですが、威圧感はなく、むしろ度量の広さを感じました。取り込まれたつもりは全くないんですけどね(笑)。 

ただ、どうしても9月1日から始まるデジタル改革のほうに話がどんどん行ってしまうので、そこをできるだけこちらが聞きたい話に引き戻す、例えば四国新聞の報道姿勢についてとか。(笑)その綱引きはありましたね。そこはぜひ映画のお楽しみで」 

(C)ネツゲン
(C)ネツゲン

『香川1区』が目指すもの

コロナ禍の影響で政治と生活の距離が近くなり、2020年からは政治関連のドラマや映画が盛り上がりを見せている。そんな中、改めて『香川1区』が目指すものとは?

「おこがましいですが、こうして表現に携わる以上、自分が表現で出したものによって、わずかでも社会が良い方向に変わってくれたらとは思っています。 

今、知り合いの内山雄人監督が撮った『パンケーキを毒見する』がすごくヒットしていますが、レビューを見ると、感想が極端に分かれているんですよ。 

それは政治的立ち位置を単純に表していて、最初から首相や政府をおかしいと思っている人はそれを確認しに行き、反対のサイドにいる人は、口汚い罵り方をしています。僕はあの映画の試みをとても立派なことだと思っていますし、応援もしていますが、政治モノとして観られてしまうことで、意見対立が解消しないんですよね。 

そうした点で『なぜ君』の場合は人間ドラマであり、家族ドラマだったので、口汚く罵るような意見はほとんどありませんでしたが、もしかしたら『香川一区』はそうではないかもしれない。ただ、私としてはどちらの支持者が観ても納得感のある作品にしたいと思っています。これは、双方に良い顔をしたい、という意味ではなく、分断をあおるような映画にはしたくないということです」 

ちなみに、小川氏は『香川1区』についてどんなコメントを?

「ちょっと驚いていましたが、『大島さんらしいですね。よくそういうことを思いつきますね』『私が勝っても私が負けても、どっちでも物語になる、王手飛車取りみたいな映画ですよね』と言っていました(笑)。 

香川1区の総選挙を多角的にとらえ、有権者の意識に迫りたいと思います。そのためには、平井さん側に票を投じる方の合理性をちゃんと描きたい、誠実にとらえたいと思いますし、それはある種日本の社会の一面を知ることだと思います」

大島 新(おおしま・あらた) ドキュメンタリー監督。1969年神奈川県藤沢市生まれ。1995年早稲田大学卒業後、フジテレビ入社。『NONFIX』『ザ・ノンフィクション』などのディレクターを務める。1999年フジテレビを退社、以後フリーに。2007年『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』(第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞)を監督。2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。2016年『園子温という生きもの』を監督。プロデュース作品に『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018/文化庁映画賞 文化・記録映画大賞)など。

最新監督作『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)は、第94回キネマ旬報ベスト・テン文化映画第1位に
最新監督作『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)は、第94回キネマ旬報ベスト・テン文化映画第1位に
  • 取材。文田幸和歌子

    1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

  • 撮影安部まゆみ

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