クスリに売春…「少年院を出たくない」と言う彼ら彼女らの特殊事情 | FRIDAYデジタル

クスリに売春…「少年院を出たくない」と言う彼ら彼女らの特殊事情

ノンフィクション作家・石井光太が日本社会の深層に迫る!

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京都府内の少年院。収容者の中には出たくないと希望する子供も多い
京都府内の少年院。収容者の中には出たくないと希望する子供も多い

少年院の子供たちと聞いてイメージするのは、暴力的でいかつい不良少年たちだろう。

しかし、近年の少年院の子供たちのタイプはかなり異なる。むしろ、いじめを受けていたり、障害があったり、不登校だったりする、弱い立場の子たちが多くを占めているのだ。

大阪で、非行少年の更生を支援する『良心塾』の黒川洋司は言う。

「少年院に行くと、中にいる少年たちから『ここを出たくない』と言われることがあるんです。少年院にいれば、安全だし、衣食住を確保できるし、理解者もいる。だから、外に出ないでここにいつづけたいというんです。一時代前は、脱走してでも、一日でも早く出たいという子ばかりでしたから、考えられないことです」

なぜ、自由を求める10代の子供たちが、よりによって少年院に住みつづけたいと考えるのだろうか。その闇を追った。

全員受けたすさまじい虐待

法務省が作成した「少年院のしおり」
法務省が作成した「少年院のしおり」

少年院に入る子供の数は、20年ほど前から減少の一途をたどっている。最近では定員50名ほどのところに、5、6人の少年しかいないといったところもあり、合併なども行われている。

先述の黒川は、居酒屋や美容院を経営する傍ら、日本財団が行う「職親プロジェクト」に参加し、非行少年の更生支援をしている。少年院を出た子供たちが社会に順応するのはたやすいことではない。そのため、在院中から面接をして自社への雇用を決め、出院と同時に寮に入れ、仕事だけでなく、人間教育を行うことで、社会に出ていく手助けをするのだ。

黒川は言う。

「昔は、少年院にいるのは暴走族みたいなヤンキーばかりで、怒りのエネルギーが社会に向いてました。暴走、ケンカ、校内暴力はその典型です。だから、そのエネルギーを正しい方向へ向けてあげることが更生の方法だった。

今の少年院にいる子はまったく違います。うちは8年間で25人の少年少女を受け入れてきましたが、全員すさまじい虐待を受けてきている子でしたね。施設出身の子もたくさんいます。

彼らに共通するのは『生きる力の弱さ』『自尊心の低さ』『無気力』などです。多くの子が、小学生とか早い段階で不登校になって、人とうまく付き合えず、自傷や自殺未遂をするなど生きることに絶望しています。そんな子たちが、悪い大人に利用されて犯罪に巻き込まれ、トカゲのしっぽ切りのように捨てられて少年院に入ってくるんです」

これは現在の非行少年の大半に共通することだ。虐待をはじめとした劣悪な家庭環境にあったため、自分の人生にさえ希望を見いだせない。認知がゆがみ、人を信頼できず、社会に希望を抱けない。また、虐待は脳に大きなダメージを与え、発達障害と類似した症状を生み出すので、特性的な生きづらさ抱えてしまう。

社会の悪い大人たちが、そんな弱い子供を利用する。だまして特殊詐欺の受け子をさせる、SNSをつかって買春する、覚醒剤を打って中毒にさせる……。そのように搾取された子供たちが、捨て駒同然にされて少年院に入ってくるのだ。

こうした少年たちは早い段階から不登校になり、ゲームやアニメなどにのめり込むため、「非社会の少年」と呼ばれている。暴走族などの「反社会」とは異なり、社会にあらざる子供という意味だ。

彼らは社会で生きるために必要な「信頼」「自信」「希望」といったものをことごとく奪われてきたため、少年院を出たところで、うまく生きていくことができない。

母親は連日覚醒剤

全国各少年院の案内
全国各少年院の案内

たとえば、黒川のもとに来た子供の例を紹介しよう。

滋賀県で、Aは長男として生まれた。母親は覚醒剤中毒で、妊娠中も使用していたからか、わずか850グラムの超低出生体重児だったという。

病院のNICUでの集中治療によって生存できたが、母親は連日覚醒剤をやっては、Aに暴力をふるったり、育児放棄をしたりした。何日間も食事をもらえずゴミを漁るような日もあった。

小学生に上がると、Aは自分がトランスジェンダーであることに気づく。体は男なのだが、心は女なのだ。同級生たちもそれを察し、からかい、いじめるようになった。これにより、Aは学校という数少ない安全地帯を失った。

ある日、家に来た母親の知人の男性が、嫌がるAに覚醒剤を打った。同じ世界に引きずり込んで利用しようとしたのだろう。Aは何度も打たれているうちに依存症になり、抜け出せなくなった。そして家に来る母親の仲間たちとともに覚醒剤に溺れては、様々な犯罪に巻き込まれるようになる。

最初の逮捕は15歳だった。警察が母親を逮捕しにきた際、Aも覚醒剤を使用していたことが明るみに出て少年院へ送られた。

約1年で出院した後、Aは滋賀の実家ではなく、大阪の自立準備ホームに住むことになる。衣食住を用意してもらい、職員の指導を受けながら、社会で自立する準備をするための施設だ。

だが、物心ついた頃から虐待と覚醒剤の中で生きてきたAにとって、中卒の少年院出という重荷を背負って社会で生きていくのはたやすくはない。人間関係や仕事などあらゆるところでつまずく。

そんなある日、滋賀にいる母親から連絡がきた。

「今、出所して滋賀におるねん。もう苦労かけへんから、おかんと大阪で暮らそ。早くもどってきな」

社会で生きることの挫折感に打ちひしがれていたAは、「母親が心を改めたのだとしたら、仲良くやっているかもしれない」と思い、滋賀へ帰ることにした。

だが、その期待は、一瞬で裏切られる。なんのことはない。母親はAと暮らすことで生活保護を受給したかっただけなのだ。その金はすべて覚醒剤に費やされ、再びAも巻き込まれた。そして19歳で逮捕となり、二度目の少年院送致が決まった――。

少年院では、Aのような子は決して珍しくない。というより、典型的な例だと言えるだろう。

Aは虐待による認知の歪みに加えて、トランスジェンダーであり、かつ10代前半からやらされてきた覚醒剤の後遺症を抱えている。自殺未遂の経験もあり、信頼できる家族や友人がいるわけでもない。そんな子にとって、社会で自立して生きることがどれだけ難しいことか。

黒川の言葉である。

「Aもそうですが、少年院にいた子は本当に弱いです。障害があり、生きづらさを抱え、信頼や努力の意味すらわからないという子だっている。それだけの多くを奪われて生きてきたんです。

そんな弱い子たちにとって、社会はジャングルのような危険なところです。どうやって生きて行けばいいのかわからないし、油断すればA子が母親からされたように、いろんな大人が近寄ってきて犯罪に巻き込んでくる。悪い大人っていうのは、弱い子供を見抜ぬく嗅覚がすごくて、あっという間に利用するんです」

取材経験から、私もこれを実感する。たとえば、西日本の女子少年院にいた子は「家出をしたら、その日のうちにSNSで噂が回って、5、6人の半グレやヤクザが覚醒剤を持って近づいてきた」と語っていた。覚醒剤漬けにして売春をさせるのだ。それほど弱い子はすぐに餌食にされる。

こうしたことを踏まえれば、黒川が社会を「ジャングル」にたとえることに納得できる。少年少女にしてみれば、社会は猛獣がいたるところに忍んでいるような恐ろしい場所なのだ。

黒川は言う。

「少年院の子たちが、社会に出るのを怖がり、『少年院を出たくない』『少年院にいつづけたい』と言う気持ちはわからないでもありません。彼らからすれば、社会より少年院の方がずっと安心できるところなんですよ。餓死することも、襲われることも、搾取されることもない。だから、少年院で生きていきたいって言うんです」

「更生しろ」

似たことで思い出すのが、「るい犯障害者」だ。

障害者の中には支援も得られず、社会でホームレスのような生活を余儀なくされている人もいる。だが、雨風にさらされ、飢えや病気に苦しむ生活をするのは非常につらいことだ。

そんな者たちにしてみれば、ホームレスとして野外で寝泊まりするより、刑務所で衣食住を保障してもらった方が安全だ。ゆえに、無銭飲食など簡単な犯罪をくり返し、出所しては逮捕してもらって刑務所にもどる…という生活を何十年とくり返す。それが、るい犯障害者だ。

黒川によれば、「少年院を出たくないと言う子供たち」は、るい犯障害者の予備軍という見方もできるという。

弱い子供が10代で少年院に入り、「社会よりここの方が安心できる」と思えば、また犯罪をして入ろうとするだろう。だが、少年院は未成年が入るところなので、20歳以上は刑務所となる。たとえば、Aが20歳を過ぎてそれをすれば、覚醒剤の後遺症を抱えるるい犯障害者となるだろう。

黒川は言う。

「刑務所では、るい犯障害者は大きな問題です。社会より刑務所の方が居心地がいいなら、いくら『更生しろ』『もどってくるな』と言っても、犯罪をくり返します。でも、彼らは大人になって突然そうなるわけじゃなく、子供時代から様々なことがつみ重なって、そうなっているんです。

るい犯障害者をなくすには、少年院を出たくないという子供たちの支援からはじめなければならないと思います。簡単ではありませんが、若い段階で支えられれば、更生の可能性も高まる。そう信じて更生の活動をしているのです」

黒川が行っている「良心塾」の取り組みはまさにそのためのものだ。少年院を出た時点で手を差し伸べることで、一人でも多くの人を社会のレールに乗せようとしている。

ただし、こうした取り組みは、一部の人の善意に委ねるだけでは進まない。社会全体が、「少年院を出たくないと言う子供たち」に目を向け、抱えている問題を知り、支援をしていく必要がある。

その時、一般社会にいる人たちは隣人として、社会人として、人の親として何ができるのか。一人ひとりが考えていくべきことだ。

  • 取材・文・撮影石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

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