『有吉の夏休み』『ラフ&ミュージック』に感じたフジの「勘違い」 | FRIDAYデジタル

『有吉の夏休み』『ラフ&ミュージック』に感じたフジの「勘違い」

豪華芸能人を集結させても、「残念さ」が拭えないのはなぜなのか……

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昨年に続き『FNS27時間テレビ』の放送を見送ったフジテレビ。それに代わる形で放送された『FNSラフ&ミュージック』は、2夜連続生放送、トータル約9時間という超大型特番だった 写真:アフロ

『有吉の夏休み2021 密着77時間』を見ていて、なんだか切ない気持ちになった。この番組はいったい誰に向けて、どう楽しんでもらおうと思って土曜日のゴールデン・プライムタイムに放送したのだろうか?

今回で9回目ということで、もはや「恒例の」というところなのだろうが、毎回「ゆるく遊んでいる芸能人を、特にこれといった工夫もなくひたすら普通につないでいるだけ」のこの番組を見るたび、「いったい誰得なのだろう」と不安な気持ちになってしまう。

楽しんで見ている方もいるだろうから、こんなことを言っては申し訳ないけれど、登場するメンバーは豪華かもしれないが、内容的にも演出的にもほぼ「土日の午後帯にやっているゆるい旅番組」だ。視聴者層も規模も土日午後帯とはまったく違うゴールデン・プライムで、なぜ「これでいい」と思えたのか?

もう少し何か工夫すればいいのに……出演者が頑張ってなんとか面白くしようとしているのが痛々しかったし、「やりにくそうだな」と感じてしまった。少し残念だし、なんだかある意味とてもフジテレビらしいなとも思った。

同じような残念さは、先日の『FNSラフ&ミュージック〜歌と笑いの祭典〜』にも感じていた。27時間テレビの代わりに……ということなのだろうが「歌と笑いの融合」という壮大なテーマを掲げて、かなり豪華なメンバーを集結させ、松本人志、中居正広、ナインティナインという大物の共演を売りに斬新な番組を実現させた。

なかなかスゴイことをしたはずだし、5日放送の『ワイドナショー』で松本人志さんと佐々木恭子アナウンサーが、「ネットでも話題になっていたしラフ&ミュージックは成功だった」と総括していたので、フジテレビ的には成功ということで良いのだろう。しかし、私は見ていてとてもモヤモヤした。周辺のテレビマンたちの評価も、おおむねあまり芳しくはない。これまたなんだか「残念」だったのである。

あれだけ豪華なメンツを集めたのに……なんだか出演者がみんなギクシャクしていてやりにくそうだったし、誰のコメントも「さぐりさぐりで遠慮がち」だった。お笑いの人はみんな松本人志さんに遠慮をしていて、ミュージシャンの人もみんな松本人志さんに遠慮をしていて、その松本人志さんも「自分が前面に出るとお笑いの人もミュージシャンもやりにくいだろう」と遠慮をしているように見えた。

気がつけばほぼ出演者全員が遠慮をしているという状況なのに、「総合司会が3人の新人女性アナウンサーだったから何もすることができないまま」延々と続いた、という印象だ。総花的に豪華なメンツを取り揃えた結果、誰も自分の持ち味や良さを発揮しきることができず、良さを打ち消しあってしまったように思える。こんなに残念なことはないのではないだろうか。

テレビマンである私はその「残念さ」の原因を、つい「フジテレビの人の勘違いっぷり」に求めてしまう。

以前FRIDAYデジタルに『現役テレビマン30人が選んだ「本当にすごいと思うテレビ局」』という記事を書かせてもらったことがある。このときのアンケートで「ダメだと思うテレビ局」の1位はフジテレビだった。

その理由として、番組制作の質の低下や、制作に関する「勘違い」、「局員たちの姿勢や社風」の問題を指摘するテレビマンが多かったのだが、こういう「総花的だが心に届かない」――言ってみれば「今の時代から少しずれている」番組を平気で制作してしまい、その間違いにいつまで経っても気がつかないところが「フジテレビっぽい」気がするのだ。

誤解のないように言うが、フジテレビの局員にはとても「いいひと」が多いと思う。明るく、楽しく、人気者で「面白いテレビを作るのが大好き」といつも考えているような、言うなれば「陽キャ」な人が多い印象だ。

日本テレビやTBSの方がバラエティ番組は好調だが、もっと「陰キャ」が多い気がする。外部から見ていると「フジテレビの人は、他の局の人より楽しそうに仕事をしている」感じもする。それなのに、いつまでも自分たちの勘違いに気がつかないのはなぜなのだろうか。それこそ、「お台場合衆国」に入国するとみんな魔法にかけられてしまうかのように……。

「楽しくなければテレビじゃない」という、かつてのフジテレビのキャッチコピーがある。いまだにこのキャッチコピーを、フジテレビの人たちは「信奉」している感じがある。話をしていても、よくこの言葉を口にする。なんとなく私にはこの言葉は「(自分たちが)楽しくなければ(自分たちが考えている)テレビじゃない」というふうに聞こえる。

よくテレビマンたちが口にする言葉で「フジテレビの人間は『クラスの人気者』だ」というフレーズがある。「クラスの人気者だった俺たちが、面白いテレビを作ってやる」という感じがなんとなくフジテレビの番組には漂う。

「クラスの人気者である俺たちが楽しいと思うものなんだから、お前たち(視聴者)も当然楽しいと思うでしょ?」という感じ。「人気者をたくさん集めて、パーっと騒いでいればみんな楽しんでくれる。だからみんな見ろ」とでも言わんばかりの時代遅れで上からな感じが番組からなんとなく見えてしまうのは、私がスクールカーストの低い「陰キャなテレ朝OB」だからだろうか。「今の視聴者が本当に楽しいと思うものはなんなのか」を考える姿勢が希薄な感じがしてしまう。

そしてもっと言えば「テレビじゃない」という言葉自体にも時代とのズレを感じる。今の時代、もはや面白ければ「別にテレビじゃなくてもいい」と私は思っているが、「自分たちの思うテレビらしさ」にフジテレビの人たちは過剰にこだわっているようによく感じる。

タレントさんにとって、フジテレビは「民放の王」ということで長らく「特別な存在」だった。だからフジテレビの番組には積極的にスケジュールを空けて出演するし、「これはどうなんだ? おかしくないか?」と疑問に思っても「おかしい」とは言いにくいだろう。制作会社のスタッフもそうだ。「目を覚ませフジテレビ」と思っていても、なかなか面と向かって言う人はいないだろう。

私は本質的にはフジテレビの番組は大好きだ。フジテレビに憧れてテレビ業界に入ったし、フジテレビの番組で育った。フジテレビで働く人にも、好きな人が多い。だからこそフジテレビには、ぜひ一刻も早く「お台場合衆国という夢の国の魔法」から覚めて正気に戻ってほしい。

  • 鎮目博道/テレビプロデューサー・ライター

    92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、多メディアで活動。上智大学文学部新聞学科非常勤講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。近著に『アクセス、登録が劇的に増える!「動画制作」プロの仕掛け52』(日本実業出版社)

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