混沌とするヘビー級の行方を読む、あるレジェンドボクサーの視点 | FRIDAYデジタル

混沌とするヘビー級の行方を読む、あるレジェンドボクサーの視点

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運命の一戦。勝利の女神はどちらに微笑むのか(写真は2018年に対峙した二人・AFLO)

9月25日に行われたWBA/IBF/WBOヘビー級タイトルマッチは、挑戦者、オレクサンドル・ウシクが3冠王者のアンソニー・ジョシュアを3-0の判定で下し、新チャンピオンとなった。ウシクは2018年7月21日に一つ下のクラスであるクルーザー級で、WBCを加えた主要4団体全てのベルトを獲得し、同統一王座を1度防衛した後、ヘビー級に増量。最重量級の統一王座、即ちボクシング界の頂点を目指しているウクライナ人サウスポーだ。

「ウシクのヘビー級転向第一戦の相手が、俺の甥っ子、チャズだよ。チャズはデビュー時からヘビー級だし、ウシクより一回り大きいから、パワーで押し切れればと思ったんだが、向こうの方が一枚上手だったな」

そう語るのは、1984年にWBC、1986年にはWBAヘビー級チャンピオンとなったティム・ウィザスプーンだ。

その明るい性格から、誰からも愛されてきたティム(撮影・林壮一)

「ウシクはロンドン・オリンピックのヘビー級金メダリストだけあって、基礎がしっかりしている。リズムとバランスが良く、左ストレートに威力があるね。打ったら必ずバックステップして、自分の距離を保つ。チャズとの差は、足の運びにあったな。

ヘビー級転向後、3戦目でジョシュア戦を迎えたわけだが、あのフットワークが鍵になると思っていた」

ジョシュアはウシクとの防衛戦ではなく、WBCチャンピオンであるタイソン・フューリーとの4団体統一戦を希望していた。フューリーは今年2月、過去に引き分けているデオンテイ・ワイルダーとの再戦でKO勝ちを収めており、英国人同士のヘビー級統一戦に、ヨーロッパは盛り上がっていた。

だが、ワイルダーはフューリーとの第2戦の契約事項に、「自分が敗れた場合は、誰よりも先に同タイトル奪還の機会を与えるべし」なる一文を記しており、その権利を主張。法的効力を用いて、ジョシュアvs.フューリー戦をペンディングとした。

「同じカードの3戦目よりも、ブリティッシュ対決の統一戦が興味を引いたよ。でも、ファイターの思い通りにならないのがこの世界だ。フューリー戦が消えたことによって、ジョシュアはモチベーションが下がっただろう。ただ、そうだとしてもリングに上がったら目の前の敵に勝たねば、富は得られない。俺がいい例じゃないか」

ティムは卓越した技術を持ち合わせていたが、それに見合うだけの功績は残せていない。WBC王座は初防衛戦で手放し、WBAタイトルも2度目の防衛戦で失っている。プロモーターからの扱われ方に深く傷付き、投げやりな状態でリングに上がったことが敗因だ。

「長い時間を掛けて乗り越えたけれど、あの頃はプロモーターのドン・キングを心底恨んだ。白紙の契約書にサインしなければ、試合を組んでもらえなかった。メディアで発表されるファイトマネーの90%をキングが持っていったこともある。世界ヘビー級チャンピオンであっても、俺は搾取されるだけの奴隷に過ぎなかった。『奴隷』という言葉よりも、用済みになるまでひたすら走らされる競走馬の方が、あの頃の自分に近いかもしれないな。

今の選手たちには知恵がある。俺がドン・キングと法廷闘争をしてから、ボクサーには優秀な弁護士が必要だってことを皆が理解しただろう。とはいえ、弁護士費用を払えるようになるまでは、やっぱり“使われる”身なんだ。ワイルダーはプロの法律家に相談したからこそ、またビッグマッチがやれるんだよ」

ティムは世界戦線から後退してからも、4人の子供を養うためにはリングに上がることが手っ取り早いと、45歳までリングに上がった。

ティムの生涯については拙著『マイノリティーの拳』をお読みいただきたい

「それにしても先日のジョシュアは精彩を欠いていたな。下のクラスの選手だったってことで、ウシクを舐めていたのかもな」

ウシクがロンドン五輪ヘビー級金メダリストであるのに対し、ジョシュアは同五輪のスーパーヘビー級で金メダルを獲得している。

「ジョシュアは過去にも安全な挑戦者だったアンディ・ルイスにKO負けしているよな。リングで気の緩みを見せたら、そりゃあ勝てないよ。俺がベルトを失った試合もそうだった」

アンディ・ルイスは三段腹が目を引く肥満体のファイターだった。ボクサーとはとても思えない贅肉たっぷりの体を見れば、ジョシュアの慢心も分からなくはない。しかし、7回KOで敗れたことで、ジョシュアは自身の価値を著しく下げた。

「再戦で返り咲いたけれど、パーティー三昧の生活を送ったルイスの体は更に膨れ上がっていた。あの状態のルイスを倒せずに、判定まで長引かせたジョシュアはいただけないね。ヘビー級最強になるには疑問符が付けられたよ。

そして今回さ。ジョシュアはサウスポー対策がまったく出来ていなかった。左ストレートを真正面に浴びるポジションを取っていた。腰も高く、もっと膝を使った動きをしなくちゃ。リーチのアドバンテージが4インチ(10センチ強)もあるというのに、生かせられなかった。第6ラウンドに単発の右ストレート、左フックをヒットしただろう。あのチャンスに一気に仕留めねば。そこで見てしまうのがジョシュアなんだよ」

一方、挑戦者は頭を振りながらジリジリと間合いを詰め、7回終盤に左ストレートをヒットして、チャンピオンをグラつかせる。

「ウシクは賢いファイターだよ。自分の小ささを良く理解している。迂闊には飛び込まないし、相手のパンチが届かない距離に身を置くのが上手い。巧みなディフェンスを持っている。不用意な打ち合いはしない選手だな。19戦全勝13KOという戦績でヘビー級王者になったことも頷けるよ」

ティムは10月9日にWBC王座を懸けて対峙するフューリーとワイルダーについても述べた。

「フューリーは2月にノックアウト勝ちしているだけあって、精神的な余裕がある。初回から自信を持ってバンバン攻めるだろう。対するワイルダーは、破壊力のある右ストレートが武器で、WBC王座を10度防衛したキャリアもある。でも、心身共にダメージが抜けていないと俺は見るね。

プロデビュー以来、42勝1敗1分けか。勝利できなかった2試合の相手がフューリーだよな。自分のボクシングをさせてもらえなかったってことさ。ワイルダーはディフェンス力が劣っている。攻撃こそ最大の防御、と信じてやってきたんだろう。でも、ボクシングはそれじゃダメなんだ。もっとヘッドスリップで相手のパンチを躱すことを覚えないと。ジョシュアにも同じことが言えるんだがね」

ティムは45歳にしてIBF9位にランクされただけあり、打たせないボクシングを身上とした。正しく、ディフェンス・マスターであった。

「一時代を築いた名チャンプでも、引退後、まともに喋れなくなったり、パンチドランカーで苦しんでいる男たちを数多く見ている。現役選手にも言いたい。ボクシングは打たれちゃいけない。徹底的にディフェンスを磨かなければ。必要なら、俺がいつでも教えてやるぜ。今、トレーナーとして生計を立てているからな(笑)」

ティムは自身のベストバウトに、1986年7月19日のフランク・ブルーノ戦を挙げる。WBAヘビー級タイトルを獲得し、初防衛戦として敵地・ロンドンに乗り込んだ。激しい打ち合いを制し、第11ラウンドにブルーノをKOする。

当時ブルーノは、英国で最も客を呼べるボクサーであり、他競技のアスリートと比較しても、その人気は群を抜いていた。ブリティッシュファンの夢を砕く勝利となったが、この一戦により、ティムの評価も揺るぎないものとなる。引退後の彼は、母国アメリカ合衆国よりも、英国でトレーナーとしての仕事を請け負うことが多い。

故郷・フィラデルフィアで11歳の五女と暮らしているティム(撮影・林壮一)

「10月9日のフューリーvs.ワイルダー戦も、イングランドのTV局から解説者として声が掛かった。生中継のブースに座るよ。そこでも、ディフェンスの重要性を話そうと思っている。

俺やラリー・ホームズたちが戦ったのは、モハメド・アリが去り、マイク・タイソンがスターダムに躍り出る間の時期ってことになるが、あの頃のファイターの方が、今の現役選手よりもレベルが高かったように思う。繰り返しになるが、引退後の人生も長いのだから、ダメージを受けないよう、パンチの躱し方を身に付けてほしいよ」

確かに、これといったヘビー級ファイターが見られなくなって久しい。「帯に短し襷に長し」で、存在感に欠けた王者が入れ替わる状態が20年近くも続いている。ファンは、ヘビー級ならではの熱いファイトを目にすることに飢えている。

4団体を束ねるのは果たして誰か?

「大決戦」が行われる会場に到着したワイルダー(©Sean Michael Ham/TGB Promotions)
同じく会場に到着したフューリー(©Sean Michael Ham/TGB Promotions)

来たる10月9日は、WBCヘビー級タイトルマッチにおける解説者、ティム・ウィザスプーンにも期待したい。

  • 取材・文林壮一

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