慶応大生ライターが解説「トー横が無法地帯になったワケ」 | FRIDAYデジタル

慶応大生ライターが解説「トー横が無法地帯になったワケ」

令和4年、歌舞伎町はいま……

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

2021年を大いに賑(にぎ)わせた「トー横キッズ」。いまや「トー横」は無秩序な未成年が集まる危険地帯として取り上げられがちだが、何も最初からそうだったわけではない。

キッズたちは’18年頃から、新宿・歌舞伎町に現れ始めた。もともとはツイッターなどのSNS上で繋がっていた「自撮り好き」の若者たちが、リアルで交流するために歌舞伎町のTOHOシネマズ前をたまり場に選んだのがきっかけだった。〈オシャレさんと繋がりたい〉などのハッシュタグを添え交流する彼らは、「自撮り界隈」を自称していた。

以前の「トー横」。犯罪が頻発したことにより、警察が取り締まりを強化。キッズたちは完全に姿を消した(写真・結束武郎)

地雷系と呼ばれる黒を基調としたファッションに身を包み、路上ででんぐり返しをしたり花火をしたりして遊ぶ未成年は、歌舞伎町に以前からいた大人たちから「年齢的にも金銭的にも路上で遊ぶしかない子供」と揶揄(やゆ)された。その結果、「トー横キッズ」と呼ばれるようになったのだ。

一方、「キッズ」と呼ばれることに彼らは抵抗を覚え、自らを「トー横界隈」と名乗るようになった。

そんな「トー横」は、TikTokの流行とともに’21年頃から徐々にメジャーな存在になっていく。家庭や学校に居場所のない少年少女にとって「トー横」は「流行の発信地」であり、憧れの場所となった。実際、『ドン・キホーテ』のキャラクターTシャツを着た「ドンペンコーデ」がトー横発で流行し、全国的にドンペングッズの売り上げが伸びたこともある。’21年に入ると、コロナ禍で家庭に閉じ込められていた多くの未成年が「トー横」に集まるようになった。

心に闇を抱えた未成年が集まれば、やることも徐々に過激になっていく。当初はせいぜい路上飲酒をする程度だったが、集団オーバードーズ(OD、薬物の過剰摂取)や集団リストカットといったいわゆる「闇カルチャー」も増えていった。

人数が増えるとともに、キッズが集まる場所も変わった。それまではTOHO横の路上がたまり場だったが、’21年夏頃から「シネシティ広場」(旧・コマ劇場前広場)へと移っていった。広場はクラブ帰りの若者やホームレス、半グレまがいのグループが集まる場所である。キッズと従来の歌舞伎町の住人たちとが混じり合い、さらにメディアも「トー横」をこぞって取り上げ始めたことで、「トー横」の無法地帯化は歯止めが効かなくなっていった。「居場所のない未成年が集まる場所」として大人たちに認知され、事件が頻発するようになったのだ。

’21年5月には心中事件に未成年誘拐、10月には21歳の男が児童買春で逮捕、11月にはキッズを含むグループがホームレスをリンチし殺害する事件まで起きた。以前から「トー横」にいるという地雷系ファッションの19歳の少年は、こうこぼした。

「広場に移る前は、ODもせいぜいブロンなどの市販薬を飲む程度だった。けど、広場に来てからサイレースとか大麻が売られるようになってタチが悪くなってきた。集まっていると、半グレっぽい輩(やから)みたいなヤツも混ざってくるようになって……」

事件が頻発したことで、警察は取り締まりを強化している。いまではもう、「キッズ」を歌舞伎町で見かけることはほとんどなくなった。再び居場所を失った彼らはどこへ行くのか。少年はこう続けた。

「前は俺らだけで生きていたのに、いまは大人が介入してきて、勝手にルールを作って従わせようとするのがウザすぎる。だから、俺たちでもう一度別の場所に界隈を創る。今度こそ大人に邪魔されないように。だからいま、いろんな場所を下見してる。中心になるカリスマ性のある奴さえいれば、どこでも『界隈』は創れるから」

俺たちだけで新しい「界隈」を……。はたしてキッズたちの青臭いこの計画は、上手く行くのだろうか。

佐々木チワワ
’00年、東京生まれ。
小学校から高校まで都内の一貫校に通った後、慶應義塾大に進学。
15歳から歌舞伎町に通っており、幅広い人脈を持つ。
大学では歌舞伎町を含む繁華街の社会学を研究している。
『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認 』(扶桑社新書)が好評発売中

『FRIDAY』2022年1月21日号より

  • PHOTO結束武郎

Photo Gallery1

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事