1月15日、北朝鮮は前日に発射したミサイルの画像を公開した。
このときの発射は、同国西部の中国国境に近い地点から撃ち、半島を横切って東海岸沖の小島(射爆場)に着弾している。防衛省の発表では最大高度50㎞、飛翔距離は400㎞以上。韓国軍の発表では最大高度36㎞、飛翔距離430㎞で、最大速度は約マッハ6とのこと。公表された画像からすると、跳躍滑空式短距離弾道ミサイル「KN-23」を列車から発射するタイプのものと思われる。このタイプは2021年9月に初めて発射されており、北朝鮮がすでに実戦配備を宣言していたものだ。
朝鮮中央通信によると、今回の発射は「鉄道機動ミサイル連隊の実戦能力を判定するための検閲射撃訓練」とのことである。
その目的については「鉄道機動ミサイル連隊の戦闘員の戦闘準備態勢を検閲し、火力任務の遂行能力を高めること」と明記された。つまり、最近実戦配備された新しい部隊に抜き打ちテストを行ったわけである。
今回の発射は実戦的な訓練だが、日本としては他のミサイルのほうが、はるかに脅威となる。じつは北朝鮮は2022年に入り、新型ミサイルの発射を繰り返しているのだ。
まずは1月5日、北朝鮮自身が「極超音速ミサイル」と呼ぶミサイルを発射し、同11日にも同じミサイルを発射した。より長距離を飛んだ11日の発射について、北朝鮮側は「飛翔距離1000㎞。約600㎞飛んだところで跳躍滑空して距離を延ばし、しかも側面に240㎞も旋回した」と発表している。事実なら日本の「西半分」を確実に射程に収める極超音速滑空ミサイルということになる。
なお、これについて防衛省は「最高高度50㎞、飛翔距離は700㎞未満もしくはそれ以上、最大速度は約マッハ10」としている。
それだけの速度があれば、低い高度で跳躍滑空しても日本に届くことは充分可能で、使用しているブースター(グアム攻撃用の中距離弾道ミサイル「火星12」のロケットを若干短くしたもの)をみれば「西日本」どころか「日本全土」に届くパワーがあると推定できる。
射程もそうだが、「最大高度50㎞」というのも大問題だ。自衛隊のイージス艦が搭載するSM-3では高度70㎞以上でないと迎撃が難しいため、「イージス艦では撃ち落とせない」ことになる。陸上配備のPAC -3で対応するしかないが、PAC -3の防護範囲は小さいので、日本の国土の大半は脅威に晒される。日本の安全保障にとっては、由々しき事態となったわけだ。
ミサイル発射は米国への牽制でも挑発でもない
ここで、強調しておきたいことがある。
こうして繰り返されるこれらのミサイル発射について、メディアではしばしば「米国を挑発するため」「米国を牽制するため」「米国に振り向いてほしいから」「存在感をアピールするため」といった解説がなされる。これは最近だけの話ではなく、北朝鮮が核やミサイルの実験をするたび、もう10年以上も前からメディアで「普通に」語られてきた。したがって現在も、こうしたニュースを目にした時、「北朝鮮は弱いくせに、米国に相手にしてもらいたくて暴れている迷惑者だ」といった印象を持つ人もいると思う。
しかし考えてみると、それでは理屈が通らないことが実に多い。
たとえば1月14日の発射は、直前に米国が北朝鮮に制裁を追加し、それに対して北朝鮮が「米国がなんとしてもこのような対決的な姿勢を取っていくなら、われわれはより強力に、はっきり反応せざるを得ない」(朝鮮中央通信1月14日早朝)と主張した直後に行われたため、その言葉を実行した可能性はある。ただ、前述したように北朝鮮側はあくまで実戦部隊の抜き打ち訓練だとしており、米国への報復だったとは言及していない。
それに、「より強力に、はっきりした反応」を見せてやるとの強い文言と、短距離ミサイルの発射はあまり釣り合わない。対米報復を宣言する文言はむしろ、北朝鮮が続けている一連の戦力強化、そしてそのために今後行うミサイル発射を含む軍事行動全体を「米国のせいだ」と自己正当化する文言として注目すべきだろう。
なお、この14日の発射については「対米牽制が狙い」との見方もある。ただ、仮に自身の言葉の実行だったとしても(※あくまで可能性の1つであることに留意)、それは自分たちの正当化が狙いであり、米国に制裁強化を躊躇させる目的で圧力をかけることを意味する「対米牽制」は、現実にも合っていないように思う。
これはそれ以前の数々のミサイル発射にも言えることだが、客観的事実として、北朝鮮がミサイルを撃ったからといって、米国が北朝鮮に有利な動きをすることは、ない。
仮に米国が北朝鮮のミサイル発射を恐れているなら、米国は北朝鮮にそれ以上は発射させないために敵対的態度を改め、圧力を弱める可能性もあるが、実際には米国はそんなことはしない。つまり、相手の行動を抑止する「牽制」にはなっていないのだ。
もちろん米国が「やめてくれ、そちらの言い分を聞くから」という反応を示すこともない。むしろ北朝鮮に厳しい態度をとる。したがって、北朝鮮が米国側の妥協を期待してミサイル発射することは、ない。
あるいは、故意に米国を怒らせて強い反発を誘導したいなら、まさに「挑発」になるが、本当に米国が怒れば北朝鮮にはマイナスだ。米国のほうがはるかに軍事力が強大なのだから、もしも戦争にでもなったら国家の存亡にかかわるのは圧倒的に北朝鮮側だ。北朝鮮は挑発して得なことはなにもない。つまり挑発ではない。
「米国に振り向いてほしいから」ではない
「振り向いてほしいから」や「存在感をアピールするため」は、2つの仮説が基になっている。
ひとつは「制裁を解除してほしいから、北朝鮮はそのために米国を交渉に引きずり出したい」で、もうひとつは「体制を保証してほしいから、そのための交渉に引きずり出したい」である。
たしかに北朝鮮にとって制裁解除や体制保証は得になることだが、ミサイル発射してその見返りに得られるものではない。むしろ逆で、非核化交渉提案など北朝鮮側が妥協姿勢をみせることで初めて、米国も態度を軟化させることになる。制裁解除や体制保証を望むなら、ミサイル発射は逆効果でしかないのだ。
さらに言えば、北朝鮮にとって制裁解除や体制保証は最重要事項ではなく、そのために米国を挑発する危険を冒す合理性がない。
北朝鮮の金正恩独裁政権にとって、体制存続のために最重要なことは「現実的に米国に対抗する力を持つこと」で、それは「核武装」以外にない。核武装をして初めて、圧倒的強者の米国に軍事力行使を躊躇させることができる。
それに比べれば、制裁解除は体制存続を保証するものではないし、口約束での体制保証も将来的に必ずしも有効とは限らない。北朝鮮の核武装は日本の安全保障にとってもちろん脅威そのものなのだが、金正恩体制の存続のためには合理的な判断なのだ。
したがって、北朝鮮は核ミサイルの戦力を強化したい。しかし、実験を繰り返して米国を怒らせ、戦争になってはまずい。万に一つも勝てないからだ。また、戦争に至らずとも、さらに制裁が強化されることはなるべく避けたい。
となれば、北朝鮮としては、米国にはなるべく放っておかれることが望ましい。戦力強化を進めても、できれば無視してほしい。つまり、核とミサイルの実験に関してはむしろ「振り向いてほしくない」のだ。
北朝鮮自身がはっきり否定
こうした客観的な状況だけではない。北朝鮮の思惑を推しはかる重要な情報として、北朝鮮自身の公式な情報発信もある。相手の意思を推測するという分析作業では、前述したような「行為の効果」とそれに基づく「期待値」を分析することと同時に、彼ら自身の「主張」も重要な検討材料になる。
もちろん主張には誇張や欺瞞・虚構も含まれるため、主張が必ずしも現実を表しているとはかぎらない。しかし、こと相手の「意図」の分析であれば、主張内容が行動と矛盾していなければ最重要データであることは間違いない。
その点、北朝鮮は常に、国営メディアを使って自分たちを正当化する主張を声高に発信している。たとえば米韓合同軍事演習への対抗ということであれば、それを強い口調で明言している。
ところが、一部報道ではしばしば「北朝鮮の真のメッセージはこうだ」といった言説がみられる。その時々に自分たちの主張を公式に発表している北朝鮮が、第三者があえて穿った見方をしなければ伝わらないようなことを真のメッセージとする理由はないのではないか。
たとえば今回の発射以外でも、北朝鮮が何らかの行動を起こした時に、その時点での「米韓側の動き」に対する北朝鮮側の政治的な思惑を忖度した言説をしばしば目にするが、実際には北朝鮮はそんなことを一言も言ってないことが実に多い。実際、北朝鮮自身がそれを指摘した例があり、筆者はそれを本サイトで記事にしたこともある。
▽妹・金与正が語っていた「新型ミサイル発射」の本当の目的(2021年09月18日)
https://friday.kodansha.co.jp/article/205532
この記事で引用したのは2021年9月の金与正・党副部長の声明で、それは次のような文面だった。
「われわれは今、南朝鮮が憶測している通りに誰かを狙い、ある時期を選択して〝挑発″するのではなく、わが党大会の決定貫徹のための国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画の初年の重点課題の遂行のための正常的で自衛的な活動を行っているのである」
以上のように、北朝鮮側に挑発や牽制のメリットがなく、むしろデメリットしかない状況で、しかも北朝鮮自身が主張すらしていないのに、どうして北朝鮮の「真のメッセージ」が存在すると言えるのか、その合理的な根拠はほとんどない。
忖度分析のルーツは「瀬戸際外交論」
じつは、このような「北朝鮮のミサイル発射には、裏の政治的な意図がある」とする見方は、韓国の政府やメディア、専門家にかねてから多かった。
韓国は北朝鮮とは同じ民族の国であり、北朝鮮と最前線で対峙しているので、北朝鮮に関して深い分析をしていると一般的には思われている。
もちろんそれは正しいのだが、一方では韓国から出てくる北朝鮮分析には、もちろんすべてではないものの、しばしば希望的観測がみられる。たとえば、そのひとつが、金正日政権時代の1990年代半ばから2000年代半ばにかけての「外交カード論」「瀬戸際外交論」だ。
その時代、北朝鮮の核開発疑惑が取り沙汰され、国際社会から強い圧力を受けると、ギリギリのところで北朝鮮は表向き開発を停止し、その見返りに経済援助を得た。しかし、それで北朝鮮は核開発をやめたりはせず、こっそりと密かに画策。それをまた米国に察知され、国際社会の圧力を受けてまた経済援助と引き換えに停止する、ということを繰り返した。
そうした金正日政権のやり方を見て、「北朝鮮は本気で核開発したいのではなく、経済的利益が真の目的だ」とする見方が広く語られた。核開発は単なる外交カードであり、北朝鮮はカネ目当ての瀬戸際外交をしているというのである。
北朝鮮は「本気で核開発をしている」の恐ろしさ
しかし、実際は北朝鮮は本気で核開発をしており、2006年についに初の核実験を成功させた。つまり「外交カード論」「瀬戸際外交論」は間違いだったのだ。
ところが、そうした分析ミスはあまり顧みられず、北朝鮮の核武装強化への本気度を軽視する意見が、韓国ではその後も根強かった。北朝鮮の核・ミサイルの発射についての「米国を挑発するため」「米国を牽制するため」「米国に振り向いてほしいから」「存在感をアピールするため」といった、明確な根拠のない忖度のような分析は、その延長にある。
北朝鮮は前述の金与正の声明にあるように「ある時期を選択して〝挑発〟」しているのではなく、「党大会の決定貫徹のための国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画の重点課題の遂行のため」に、シンプルに粛々と開発・実験を進めているとみるべきである。
つまり彼の国は、そのときどきの政治的な駆け引きや思惑ではなく、極めて合理的に戦力を強化し、「核ミサイル開発」と「実戦的訓練」を進めているのだ。北朝鮮は、今後も立て続けにミサイルを発射してくるだろう。金正恩の動向から目が離せない。