事務所社長が決意の実名告白…!千葉真一「一家断絶の真相」 | FRIDAYデジタル

事務所社長が決意の実名告白…!千葉真一「一家断絶の真相」

享年82 新型コロナで亡くなるまで十数年 苦楽をともにした所属事務所社長が決意の実名告白

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トラブルの裏で蠢いた3人の正体

昨年7月31日、高級すき焼きに舌鼓を打つ千葉とA氏。この2日後に二人とも発熱。食事会参加者のうち、8人がコロナに感染した

ここに一枚の写真がある。

中央で陽気にサムズアップしているのは、銀幕の大スターで日本アクション界の礎(いしずえ)を築いた千葉真一(享年82)である。

テーブル中央に見えるのは最高級の霜降り肉。この日千葉は、運転手兼マネージャーのA氏と都内の知人宅を訪ね、すき焼きパーティを行っていた。

「自宅が君津市(千葉県)と遠いので、千葉さんは1〜2時間滞在して帰る予定でしたが、興に乗ったのかマジックカードで遊んだりして、深夜11時ごろまで会食を楽しんでいた」(参加者)

昨年7月31日のことである。

だが2日後の8月2日、千葉とA氏は揃って発熱。8月4日にすき焼き会の参加者宛てに千葉から〈やはりAさん(メールでは実名)から貰ったようです。今38.8度の熱です、PCR検査に行こうと考えてます〉というメールが届いた。

「なぜ〈やはり〉かというと、すき焼き会の日、Aは何度も『体調が悪い』とコボしていたからです。結局、あの場にいた15名のうち私を含めた8名が新型コロナに感染しました。クラスターでした。私はイベルメクチンを飲んで一命を取り留めました。Aは38度の熱が出た日に抗原検査のキットを6個も買い求めていましたが、千葉さんにキットを渡していなかった。それを知って、慌てて千葉さんにメールを送りましたが、もう連絡は通じなくなっていました」(別の参加者)

PCR検査で陽性となった千葉は自宅療養の後に入院したが、8月19日に急逝。

だが、彼の死で悲劇は終わらなかった。

「億単位の借金があること、どの寺に納骨するかで遺族がモメていることなど、トラブルが次々と発覚したのです。なかでも女性週刊誌やワイドショーの格好の餌食となったのが千葉の子供たちの対立です。遺骨を巡ってきょうだい関係が断絶。四十九日法要を別々に開催する事態に発展しました」(芸能ライター)

千葉には野際陽子との間に生まれた長女・真瀬樹里(まなせじゅり)(47)と、’96年に再婚した一般女性Tさんとの間にもうけた長男・新田真剣佑(あらたまっけんゆう)(25)と次男・眞栄田郷敦(まえだごうどん)(22)という3人の子供がいる。彼らが姉弟に別れて、骨肉の争いを繰り広げている、というのだが――。

「一家断絶は作られたストーリーです。絵を描いている黒幕の一人がAなのです」

そう憤(いきどお)るのは、千葉の所属事務所『アストライア』代表の鈴木哲也氏。千葉が亡くなるまで、鈴木氏は十数年にわたって苦楽を共にしてきた。1月22日に予定されていた「偲(しの)ぶ会」(樹里主催。コロナ感染拡大により延期)が終わるまでは、と沈黙を守っていた鈴木氏が、トラブルの裏で蠢(うごめ)いていた黒幕の正体を告発する。

最期を看取ったのは”他人”

鈴木氏によると、黒幕はA氏と『ジャパン・アクション・クラブ』(JAC)幹部のB、千葉のタニマチCの3人だという。

「Aは10年ぐらい前に別業界から来た人で著作権に詳しく、『僕があなたの著作権を守ります』と千葉さんに接近してきた。怪しい案件でも千葉さんが乗り気なら、『いいですね〜』と後押しするイエスマン。近年は真剣佑に肩入れしていて、彼の窓口にもなっていると聞きました。BはJACの14期生で堤真一(57)らと同期。千葉さんの太鼓持ちをしてJACの幹部になった男です。Cは千葉さんに仕事を回したり、イベントを仕切ったりしていたタニマチ。AとBもCに可愛がってもらっていました。

ここから先は推測ですが、千葉さんを失った3人が次に寄る辺としたのが、真剣佑と郷敦だった。兄弟より20歳年長でモノ言える樹里さんは邪魔だったのでは」(千葉の友人)

千葉が亡くなったその日から、鈴木氏は3人の「異様な動き」を目撃していた。

「8月19日の昼頃、病院の方から『危篤だから家族を呼んでください』と言われたAが連絡したのはB、真剣佑と郷敦、そして彼らの母親Tさん。樹里には連絡しなかった。樹里はBから『たぶん今日は大丈夫だと思う』というニュアンスの報告を受けていたから、仕事をしていて間に合わなかった。

真剣佑は撮影で海外、Tさんと郷敦は遠方にいたので仕方ないですが、都内にいた樹里は父の死に目に会えたはずなのに、最期を看取ったのはAとBという〝他人〟でした。Aは私にも連絡をせず、私はメディアからの問い合わせで死を知りました」

翌20日、千葉は荼毘(だび)に付されたが、そこでも鈴木氏は異変に気付いた。

「火葬場に樹里がいないんですよ。Bに聞いたら『仕事で来れないねん』と言う。そんなバカなと思って本人に確認したら『コロナで骨は拾えない。家でお骨を受け取るだけだから、来てもしょうがない』とBは樹里に伝えていた。親族でもないBが骨を拾っているというのに。よく見れば、Cが位牌を持って歩いていた。郷敦は仕事のため最後まで残れず、火葬を仕切っていたのはまたも〝他人〟ばかりでした」

訝(いぶか)る鈴木氏を、さらなる衝撃が襲った。家族に無断で戒名が発表されたのだ。戒名をつけたのは、Cが千葉に紹介した住職だった。これはただごとではない――鈴木氏はすぐに動いた。真剣佑たちの母親Tさんと樹里を会わせたのだ。

「火葬の少し後にセッティングしました。会うなりTさんは、『私に会いたくないと言っていると聞いていた。避けられていると思っていた』と打ち明けた。樹里は『私もです』と答え、二人は固く抱擁しました。Tさんは『樹里さんにすべてお任せする。あなたが喪主になるべきだし、法要を仕切るべきだと思う。真剣佑と郷敦も同意している』と言いました」

千葉の遺骨は君津の自宅にあったが、喪主となった樹里が「ひとりじゃ、パパが寂しいから」と持ち帰った。合意の上だったが、女性週刊誌では「遺骨バトルで四十九日法要が2回」「新田真剣佑 いまだに遺骨に会えぬ日々」と叩かれた。

遺骨との面会を「辞退します」

「最初に断っておきます。遺骨と面会しなかったのは真剣佑側の意思です。海外で撮影していた真剣佑が帰国した後、Bが『真剣佑と骨を会わせてやれよ』と私に言ってきた。樹里が取り仕切る四十九日法要の前にC主導の四十九日法要が行われることがわかっていたので、Bに遺骨を渡せばCの四十九日法要に持っていかれたり、勝手に分骨されたりするリスクがあると感じた。

そこで樹里と話して、『いまは四十九日法要の準備などで時間が取れないから、法要後にスケジュールを調整して、真剣佑が会いに来るか、樹里が持っていく』という条件つきでOKを出しました。ところが、真剣佑は弁護士を通じて『今回は辞退します』と言ってきたのです」(鈴木氏)

真剣佑が海外を拠点にしていることもあって意思疎通がスムーズにいかない面はあれど、姉弟の間に断絶はない。つまり、真剣佑や郷敦以外の何者かが、彼らの意思とは真逆の記事を女性週刊誌に書かせていたと、鈴木氏は言うのである。

渦中のA氏を直撃すると、すき焼き会の日に体調不良だったこと、千葉に抗原検査キットを渡さなかったこと(理由は自身の発熱)、樹里と鈴木氏に危篤の連絡をしなかったことを認めたうえで、「樹里さんが『火葬はお任せします』と我々に言ったんですよ」と反論した。

「千葉さんが逝去する直前だったかな、住職が病院に来られて、少し遅れてCさんも到着したんですが、亡くなったときにはもう戒名がついていました。生前、千葉さんと打ち合わせをされていたんですね。その後、樹里さんも来ましたが、戒名について何も言ってなかった。

それが四十九日法要のあたりから『(戒名の件は)聞いてない』と言い出して、別の戒名をつけた。遺骨の件も樹里さんが『(四十九日法要が終わる)10月8日まで待って』と言うから真剣佑は待っていたのに、『渡さない』となった。それで決裂したんです。樹里さんは野際家の人で、千葉さんは前田家の人(本名・前田禎穂(さだほ))。前田家が優先されます。

そこを樹里さんもわきまえていて、前田家の長男・真剣佑が撮影を終えて帰国するまでの間だけ、骨を預かるのだと思ったから了承したのに、反故(ほご)にした。『なんで野際家が!』と周囲もバンバン文句を言い始めましたよ」

だが、当の前田家親族はこう憤った。

「前田家親族も火葬に参加できていません。Aさんから連絡がなかったからです。千葉は亡くなる寸前まで映画やドラマの話をしていました。自分が死ぬなんて思ってなかった。戒名を事前につけていたなんて考えられない。だから樹里ちゃんと相談して、こちらはこちらで戒名を発表したのです。樹里ちゃんが『火葬はお任せします』と言うなんて、もっとあり得ない。自分のお父さんが亡くなっているんですよ? 我々親族は樹里ちゃん側の法要に参加しました。Aさんたちも法要をしたようですが、千葉がいいように使われているとしか思えません」

A氏の反論を聞いた鈴木氏は「呆れます。よくそんなウソをつけますね」と深いタメ息をついた。今回、すべて証拠をもとに発言しており、3人の出方によっては、さらなる攻勢に出るという。

千葉が知人に送ったメール。A氏からの感染を示唆しているが「千葉さんは7月29日の時点で喉の調子が悪いと言っていた」(A氏)
Aは自身が発熱した8月2日に抗原検査キットを6個手配するも、千葉には届けなかった
’11年、LAの国際映画祭で表彰された千葉と樹里。親子で殺陣を披露して会場を沸かせた
「お別れの会」では真剣佑(右)と郷敦との親子3ショットが散見されたが、樹里の写真は見当たらなかった

『FRIDAY』2022年2月11日号より

  • PHOTOGlobe Photos/アフロ(4枚目) 蓮尾真司(5枚目)

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