なぜ何度も受け続けるのか…ヤバすぎる「漢検1級」の世界
漢検1級取得者で唯一現役の「漢検1級YouTuber」に聞く
1級合格率は毎回5~10%。そのうち7~8割が「リピーター」!?
小中学校などで受ける人も多い「日本漢字能力検定」、通称「漢検」。
自分も娘が小学生の頃、一緒についでに受けてみたところ、2級はほぼノー勉で合格したが、同じ感覚で臨んだ準1級は不合格となり、ちゃんと勉強してから合格した経緯がある。
そこで初めて知ったのが、「漢検1級」はゴールではなく、1級合格者の多くが何度も受け続けているリピーターだということ。準1級合格では、実は漢字の山の入り口にもたどり着いていないのだった。なんというクレイジーな世界だろう。
いったいなぜ漢検1級取得者は、何度も1級を受け続けるのか。漢検1級はどのくらい難しいのか。漢検1級取得者で唯一現役の「漢検1級YouTuber」の「あび」さんこと、安彦洋平さん(21歳)に聞いた。
「漢検1級の世間のイメージと現実には乖離があるな、と思います。
よくクイズ番組などで『漢検1級レベル』といった難読漢字が取り上げられますが、そういったときに出るのは、例えば『海星(ひとで)』
ですから、クイズ番組で出るような変な読み方の漢字をたくさん知っているからといって、1級に受かるわけではないというギャップがあります」
熟字訓・当て字のみであれば、クイズ感覚で楽しく勉強できることも多いが、残り95%が非常にキツイのだ。
「例えば、海星などはみんな知っているモノですが、実際には実物を全く知らない、名前を聞いたこともない植物などがたくさんあるので、熟字訓は漢字の勉強の入口にはなりやすい半面、1級リピーターにはあまり好かれていないんです。
他にも、仏教用語や歴史用語など、その言葉の背景などがわからないと覚えにくいものもたくさんあります」
高校2年生のときに部活のラグビー部をやめ、漢字にシフト
あびさんが漢字に興味を持ち始めたのは、小学4年生の頃、クイズ番組で「雛」という漢字を知ったとき。その頃、『読めそうで読めない間違いやすい漢字』(二見書房)がベストセラーとなっており、鳥や動物の漢字がいっぱい載っているページを見て、「鸛(こうのとり)」という漢字が、「一文字で5個の音があるんだ」と衝撃を受け、難読漢字にどんどんハマっていったという。
その流れで小学生の頃から漢検を受け始め、小6で3級、中2で2級、高1で準1級を取得。しかし、「1級は生半可な覚悟じゃ受からないとわかっていたから」、高校2年生のときに部活のラグビー部をやめ、漢字にシフトした。
そこから1級を受け続け、大学2年生のときに5回目の挑戦で合格。その執念はどこから……?
「昔から漢字が好きだったので、高校生の時点で漢字が自分のアイデンティティになっていたんです。でも、単に漢字が好きと言っても、実力はわからない。人に説明するときに『漢検1級です』と言えたら、わかりやすいじゃないですか。
ただ、漢検1級は、市販のテキストや過去問をやりつくしても、それだけじゃ受からないのが大きな特徴です。合格基準は8割ですが、市販のテキストを全部完璧にしても、全体の6~7割しかとれないんですよ。
つまり、残り1~2割は辞典を読んだり、Twitterで情報収集したり、漢検1級リピーターが書いたブログを読んだりと、様々な手段で言葉を地道に拾っていくしかなくて」
漢検は平成4年にスタートしたが、年3回の試験で、1級合格率は毎回5~10%、人数にして50~100人程度。しかし、そのうち7~8割が「リピーター」で、新規合格率となると、1~3%程度で、難しい回だと1%を切ることもあるという。
なぜそんなに何度もリピートするのか。
「一つは、そういう文化が昔からあるからですね。僕が1級を目指した時点で何十回合格なんていう人がいましたし、実際に1級に受かってみると、1級に受かるところが全くゴールではないことが改めてわかります。
僕自身、何回も1級に受かっていますが、それでもどんどん知らない言葉が出てくるし、言葉の広がりが本当に果てしないんですね。それに、
なかには、年3回のテーマパークみたいな感じでやっている人もいますよ(笑)」
1級をとってみて役に立ったこと…
あびさんの場合、熟語約1万語を覚え、加えて四字熟語、訓読み、当て字、ことわざなど各1000~2000語を覚えたそうだ。1級をとってみて役に立ったこととは。
「本を読んでいて、知らない熟語に出会うことがほとんどないことですね。
本をたくさん読んでいる人はやっぱり強くて、漢検1級受験者の半数くらいが60歳以上なんですが、歴史小説を読んでいるおじいちゃんなどはめちゃくちゃ強いですよ。
漢検を介して横のつながりも生まれていて、最近はTwitterを中心に漢検界隈に新しい風が吹いています。
それに、1級を受ける前、高1のときにリピーターの方がやっている勉強会に参加してから、少しずつ仲良くなり、今でも試験が終わった後はリピーターの方々と集まって採点会をするんです。
勉強会には全国から毎回10〜20人の1級リピーターが参加します。高校生から70代くらいまで年齢層はバラバラで、交代で問題を作り、解説し合うのが楽しみになっているところもあります」
さらに、あびさんが「漢検1級YouTuber」を始めたのは、約1年半前。漢検1級を持っていてYouTubeをやっている人が一人もいなかったからと言う。
「当時は1級合格基準に6点足りない段階で、次は合格できるという手ごたえがあった段階でしたが、それまで勉強法がわからず、かなり遠回りしたんですね。
リピーターの方々の勉強法なども調べましたが、皆さん、すごく難しいことをやるんですよ。だから、初学者の僕には合格に必要な言葉と、必要でない言葉の違いがわからず、一人で漢和辞典を読み漁るみたいな勉強をしていた時期もあって。
でも、実はそれはあまり必要なくて、超遠回りだということに気づくのに、一年かかったんです。なので、同じ失敗をしてほしくないなという思いで発信しています」
では、「合格に必要な言葉・必要でない言葉」の見分け方とは?
「まず漢検が公式で出している『漢検漢字辞典』が最重要です。この辞書に載っている言葉は覚えておきたいですね。
次に『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』など30万語収録規模の辞典(中型辞典)に載っている言葉は、合格に必須とは言えないですが出る可能性があります。その先にある『日本国語大辞典』や漢和辞典にしか載っていない言葉はまず必要ないと言えます」
最重要の『漢検漢字辞典』だけでも膨大だが……。
「そうですね(笑)。でも、最近は難化が著しく、『日本国語大辞典』からも出るようになってきているんですよ。
例えば、10年前だったら、市販のテキストだけでも1級合格できたんですが、今は比べ物にならないくらい難しくなっていて。リピーターたちに絶対に満点をとらせたくないのか、毎回1~2問は誰も解けないような難しい問題が出るようになり、ほとんどリピーターと日本漢字能力検定協会との戦いみたいになってきています」
そう言って、あびさんが見せてくれたのは、エクセルデータで2000項目くらいがまとめられた類義語のオリジナル教材だ。
例えば、「太陽」の類義語だけでも膨大にある! 販売すれば良いのに、と言うと。
「でも、僕も勉強会などで先人のリピーターの方々から、いろんな資料をPDFなどでタダでもらっているので、お金をとるのはちょっと(苦笑)」
さらに漢字の奥深さについてこう語った。
「漢検に出るのは所詮6000字ですが、漢字の世界は『大漢和辞典』の5万字、中国だったらもっとあります。それに、漢検1級を何回かとった今でも、辞書を読んでいると知らない漢字にたくさん出会います (笑)。
そして、間違えてはいけないのが、漢検が漢字の全てではないということ。漢検は基本的に読み書きで、漢字の成り立ちなど、漢字学的な分野は、僕は門外漢なので、『漢字がめっちゃ得意』とか『漢字をマスターした』なんて言えないですね」
- 取材・文:田幸和歌子
- 撮影:安部まゆみ
ライター
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマに関するコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。