ラグビー稲垣・結婚相手の父が明かす「笑わない男との結婚報告」 | FRIDAYデジタル

ラグビー稲垣・結婚相手の父が明かす「笑わない男との結婚報告」

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長女・寿枝さんの結婚式にて。左が三女・貴子さん(新井氏提供)

ラグビー日本代表として活躍するPR・稲垣啓太がモデルの新井貴子と結婚したことを自身のインスタグラムなどで発表した。新井の父は、元プロ野球選手で南海、近鉄で活躍し、首位打者のタイトルのほか、2000本安打も達成した新井宏昌氏。FRIDAYデジタルの取材に応じた新井氏は、ラグビー界で活躍する義理の息子とは、わずか1度の面会で安心感を覚えたという。

「普通は娘を送り出す寂しさみたいな感覚もあるのかもしれませんが、私の場合、娘(貴子さん)は学校を出てから、仕事などの関係で一緒に住んでいない状況が長くて、1人で離れていった感じでした。今回、入籍、結婚が決まり『1人の男性と一緒になる。はっきりとこの人と生きていきます』ということを示してくれたので、寂しいというより、安心という感じがしています。

娘3人が順番に嫁いでいって、私としてはひと安心ですが、家内(妻・裕紀(ゆき)さん)がもう既に12年前に(がんで)亡くなっているので、一番楽しみにしていた母親がその場にいないことだけが寂しいですけどね」

晴れ着姿の2ショット。これは新井氏の長女・寿枝さんの結婚式で撮影した写真だ。プロ野球界で活躍し、指導者としてもオリックス在籍時のイチローをはじめ、広島でも丸佳浩(巨人)や菊地涼介らを指導したコーチとしてグラウンドに立ち続けた新井氏より、隣の貴子さんは2㎝高い身長177㎝。さすがは国際的モデルだ。そんな娘が初めて稲垣とそろって目の前に来た時の印象を新井氏はこう明かす。

「(稲垣とは)昨年12月12日、野村克也さんのお別れ会に出席した翌日に都内で会ったのが初めてでした。その時はお昼を食べながら少しの時間を共にしただけで、その時点では、娘(貴子さん)はまだ『結婚』というところに行く状況じゃなかったみたいで、『結婚』とか『入籍しよう』という話は一切、出なかったんです。私も『義理の父になる』みたいな意識を持たずにお目にかかっていました。結婚の話はその後、2人で気運が高まったようで…。正式な報告は年末か年明けに『2人で決めました』という報告を受けたんですよ」

ただ新井氏は交際している事実は知っていて「結婚という形になるかどうかはわからないけど、続けばいいな」と稲垣に対して好感を抱いたという。

「ラグビーの試合で(稲垣の)プレーを見て『勇敢だな』と思いましたし、会ったときに『本当に一人の立派な社会人だな』ということを感じました」

新井氏は昼食を共にしながら初めて会った娘の彼氏の本業であるラグビーについて、素朴な疑問をぶつけた。日本のラグビー界に、ワールドカップで出場するような選手が多数来日して日本で戦っているが、日本で外国人選手たちとぶつかりあったときの感覚と、実際にラグビーの本場であるアイルランドやスコットランドに遠征したときに、現地で対戦した外国人選手の当たりは同じなのか、と。

専門外とはいえ、元アスリートならではの質問に、稲垣はこう答えた。

「日本で戦う外国人選手の当たりと、外国で戦う外国人選手の当たった感じは違うんです。国内の試合の後は翌日に筋肉痛などが出てくるようなことはないんですけど、実際に向こう(欧州など)で試合をすると、翌日に体に受けたダメージの違いがありますね」

この返答を聞き、新井氏は「今やっていることに対する(稲垣の)真摯さ」を感じたのだという。

それはプロ野球選手として活躍した新井氏が現役時代に経験したことと重なるからだ。

「私はメジャーでプレーしたことはないんですが、日米野球に出場したときに似たような感覚を持ったことがあるんです。アメリカで使われるボールで試合をするんですが、アメリカの投手がアメリカでの使用球を投げてきたボールを打ったとき、普段の試合だったらセカンドの頭を超えているだろうな、という球がセカンドのハーフライナーで終わってしまった。そんなに球の速さを感じないのに球威に押されてしまったんです。

(稲垣の話に置き換えると)その違いを感覚にとどめず、言葉にできるということは結局、今やっていることをさらに高めようとすることにつながるんです」

新井氏自身、現役生活18年目に2000本安打を達成。40歳2か月での大台到達は当時の最年長記録だった。新井氏が一人の選手として常に高みを求め続けてきた真摯な姿勢を、義理の息子になる稲垣にも感じ取れたのだろう。

世界的モデルとして活躍する娘と、ラグビー日本代表として世界に挑む稲垣の結婚に対し、新井氏ならではのエールをこう送る。

「スポーツの場合にはもちろん体力的なことと切っても切り離せないことがあるので、確実に衰えが来る。やりたくてもできない状況になります。女性のモデルという仕事も人気が衰えてしまえば、仕事を続けることが難しいかもしれません。

要は2人とも求められなくなったら卒業しなければいけない世界にいます。ですから、辞めるときに『よし、自分たちはよくやった』というふうに思えるぐらい、現在やっていることに対して後悔のないように一生懸命やってほしいです」

新婚の2人は一緒にいられる時間は短いかもしれないが、お互いがやっていることをリスペクトしながら支え合う夫婦になるのだろう。プロの世界で生き抜く厳しさを知る義理の父は、一歩距離を置き、娘夫婦のさらなる活躍を願いながら静かに見守っている。

新井氏提供
1992年7月8日、オリックス戦で2000安打を達成したとき(写真:共同通信)
オリックスの一軍打撃コーチ(右)をしていた新井氏。1994年9月、シーズン130試合制の最多安打記録を持っていた新井氏の記録を塗り替えたイチロー(中央)とともに笑顔を見せた(写真:共同通信)

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