スポーツ庁が掲げる「スポーツ嫌いを減らす目標」が的外れな訳 | FRIDAYデジタル

スポーツ庁が掲げる「スポーツ嫌いを減らす目標」が的外れな訳

元ラグビー日本代表・平尾剛さんが斬る

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「スポーツ嫌いは悪いことなの?」

連日盛り上がりを見せた北京オリンピック2022。こうしたアスリートたちの活躍を機に、スポーツに関心を抱く人、スポーツを始める人もいることだろう。

その一方で、スポーツに関するとある話題が、SNSでバズっていた。きっかけは、「スポーツ基本計画」の中で、スポーツが嫌いな中学生を現在の16%から5年かけて8%に半減させるという目標をスポーツ庁が掲げていることに対し、千葉県の大学生が新聞に「スポーツ嫌いは悪いことなの?」という投稿をしたこと。

実はこの計画は2017年に掲げられたもので、その意味や、スポーツ庁自体の存在意義が、これまで度々疑問視されてきた。実際、この目標には何の意味があるのだろうか。元ラグビー日本代表で、神戸親和女子大学発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科の平尾剛教授に聞いた。

「この目標に対しては、僕の周りのスポーツに関する研究者たちはたいてい冷めた反応を示していました。 

個別の教育現場において、子どもたちがどういうことに悩み、なぜ嫌いになっているのかという問題意識が希薄で、単に数字をいじっただけの提言で中身がないから、『なんか言っているなぁ』という感触です。 

個人的には、好き嫌いに踏み込んで嫌いなものを好きにさせること自体がナンセンスだと思います。音楽や美術などと同じく、あくまでもスポーツが文化の1つとしてあると考えれば、嫌いな人を無理矢理好きにさせるなんておかしいですよね」 

多くの感動を与えてくれた北京オリンピック(写真:アフロ)

「スポーツができる人」たちが「運動が苦手な人」をどう変えるかと考えている… 

ただし、教育現場では、今の体育のあり方は変えなければいけないという問題意識を持つ先生が多いと補足する。

「子どもたちは学校の体育の授業で自己肯定感を失い、挫折していくんですよね。『スポーツ嫌い』という言い方自体、何もわかっていないと思います。 

大きな意味で捉えると、体育で行うものだけが運動ではなく、歩いたり走ったり、字を書いたり声を出したり楽器を弾くのも、みんな体を使った運動で、言ってみれば生きることそのものが運動なんです。ですから、『運動嫌いを減らす』なら、わかります。体育によって『身体を動かすことが嫌い』と自分にレッテルを貼ってしまった子どもは、何をするにも二の足を踏んでしまうからです。 

だから、体育の授業を受けて運動を毛嫌いする子どもが出ないよう、現場の先生方は日々試行錯誤を繰り返しておられるんです」 

実際に現場の先生方の問題意識と、数字だけ見る政策側の温度差が、非常に大きいという指摘だ。

「他の科目と違って体育はみんなの前でマット運動などをやらされるから、できなさがあらわになります。 

うまくできない自分が周知に伝わり、運動が嫌になる。学校では成績をつけなければなりませんから、点数化は避けられないんですけど、本来、身体の動きは他者と比べて点数化するようなものではありません。 

体育が学校の科目の中にあることが、そもそも運動の本質から離れているわけですが、そこから見直そうという動きは出ていない。そこまで踏み込んでやるのであれば、スポーツ嫌いを減らすということの中身も伴ってくると思いますが、どうしても数字合わせに見えてしまいます。 

スポーツ庁の長官も、以前の鈴木大地さん、現在の室伏広治さんと、ご自身ができる人ですから、苦手意識を持った子どもの心情とそれに向き合う教員の苦労に想像が及びにくいのだと思います」 

現在のスポーツ庁長官は室伏広治氏。ご存知の通り、オリンピアンだ(写真:アフロ)

「根性主義」はどこから始まったのか

さらに、こうした背景には、体育の歴史やオリンピックが深く関わっているという。

「体育は明治以降、軍事教練の影響を受け、兵士あるいは企業戦士としての身体を育成する目的で行われてきたため、その性格がいまだにしつこく残っているんですよね。 

ただし、終戦後には牧歌的な体育のあり方が模索された時期もあったんです。でも、1964年に東京オリンピックの開催が決まってからは、メダルをとらなければいけないということで、戦前の厳しい体育教員が再び召集され、根性主義が始まったといわれています。 

こうした歴史を踏まえた上でそれを断ち切り、体育とは何か、スポーツとは何かということを根本的に考え直す必要があると思います。 

ある意味でスポーツは、生活するうえで必要な健やかな身体を育てるための1つの手段にすぎません。だから、これからの体育は、スポーツにこだわらなくても、木登りや登山、小学校くらいまでなら遊びのようなものでもよいと思うんです。 

10代の子どもなら、身体的な成長を目的にして中身を考えるのが本来の体育で、スポーツは『バスケットが好きだからバスケットをやりたい』『僕は野球が好きだから』といった、その先にあるもの。だから、体育は好きだけど、スポーツはそこまで真剣にやりたくないから吹奏楽部に入るというのも、選択肢の1つになります。 

このように、スポーツと体育と運動を腑分けした上で考えていくことが、大切だと思います」

さらに、様々な問題を孕んでいるのが、学校の運動部活動のあり方だ。

「部活はスポーツの一形態ですが、あくまで教育機関の中での1つの活動で、その目的はあくまでも教育です。 

たとえばプロアスリートの場合、試合で結果を残すことが生業になっているから、契約を打ち切られるなどの切羽詰まった状況では痛み止めを打って試合に出場することも、選択肢の1つになります。 

でも、運動部活動で次の大会に出られないから痛み止めの注射を打つなんてことはあり得ません。ほとんどの場合、身体的な健康を損ない、後遺症や古傷になります。ここまで競争が加熱しているのは大問題です。無理をすることを美談にするのはやめなければなりません」 

ただし、体育の先生たちが変化してきている部分もあり、現在は過渡期にあるという。

「約10年間、教育実習校の訪問で中学・高校の体育の先生と話してきた実感では、徐々にではありますが、民主的になっている印象はあります。うちの学生たちに聞くと、『高校時代の体育は楽しかった』という割合も増えています。 

でも、体育が始まる前にびしっと並んで待ち、体育委員が『気をつけ、礼!』とやる昔ながらのスタイルは、まだ残っています。たまに教員になった卒業生から『しんどいです』という連絡が来るんです。 

在学中に、子どもたちの運動嫌いをなくすためには楽しさをどう教えるかということを学んだのに、いざ現場に立つとまだ旧態依然の軍隊式の体育が行われている。そのギャップに戸惑っているんです。おそらく厳しい体育を是とする世代がまだ上にいるのでしょう。 

体育のあり方を根本から変えるには、長い時間が必要だと思います。今の学生たちは混乱するかもしれないけど、そういったギャップも含めてちゃんと教育した上で、こうした卒業生がいずれ体育の現場を変えてほしいと、教員一同、切に願っています」 

そこで、平尾教授が勧めてくれたのは、『スポーツ根性論の誕生と変容―卓越への意志・勝利の追求―』(岡部祐介著/旬報社)だ。

「根性論というと、多くの方が、東京オリンピックの東洋の魔女を指導した大松博文監督を思い出すのではないかと思います。 

血を吐くような厳しい練習で知られていますが、実は大松監督はしごきや根性論を否定しているんです。ただし、世界一になるためにはやはり厳しさは必要で、過酷な練習の裏では選手の体調管理のために医師とも相談し、食事にも気を配っていたそうです。 

だから、当時の東洋の魔女のメンバーは、大松氏に対して不満や文句を言っていないんですよね。 

ところが、マスコミが一面だけを見て、あれだけの厳しい練習が世界一のチームを作り上げたとして『根性が必要だ』と煽り、それが広がった。ご本人はそういった取り上げられ方を心外だと明言しています。 

もちろん気持ちを強く持つことや自信を持つこと、つまり「精神論」は、スポーツだけじゃなく、あらゆる場面で必要ですよね。スキルや体力を含めて、心技体すべてが充実していないとどんなことにも挑戦できないし、結果も残せない。だからこそ、根性論の問い直しはとても大切だと思います。 

旧態依然の根拠なき厳しさではダメ、かといってただ楽なだけのユルさでは結果を残せないし、つまらない。本来の身体を使う楽しさをきちんと教えられる体育であり、部活動であり、スポーツというものを、今後考えていかなければいけないし、制度設計していかなければいけないと思います」 

平尾剛(ひらお・つよし) 神戸親和女子大学発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科教授。同志社大学、神戸製鋼とラグビーの強豪チームでプレーし、99年W杯ウェールズ大会に出場。引退後は神戸親和女子大学大学院で教育学の修士課程を修了。 

  • 取材・文田幸和歌子

    1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

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