恩師も感嘆!「勝負弱かった」三笘薫が大舞台で決めた理由 | FRIDAYデジタル

恩師も感嘆!「勝負弱かった」三笘薫が大舞台で決めた理由

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ドローではW杯出場が持ち越しとなる24日の豪州代表戦で試合終了間際の後半44分、途中出場の三笘は待望の先制ゴール。さらに2点目を決め、6分間で2ゴールを決める離れ業をやってのけた(写真:アフロ)

サッカー日本代表は24日、アウェーで豪州代表と対戦。2-0で勝ち、7大会連続のW杯場を決めた。衝撃の2発を決めたのは後半39分から投入された24歳の三苫薫(ベルギー・サンジロワーズ)。プロ入り前から能力は高く評価されていたが、活躍が期待された大会で自身のコンディション不良により不発に終わり、「勝負弱さ」が目立った。人知れず三笘が追い求めていたモノが、大一番で見事に花開いた。

勝てばW杯が決まる大一番。出場わずか5分で決勝ゴールを三笘が決めたとき、筑波大学の後輩たちはちょうど、卒団式(4年生を送り出す会)を行っている最中だったという。

「三笘が2点取ったぞ!」

瞬く間にどよめきに包まれた。

「リアルタイムで見れれば一番良かったんですけどね」

恩師である小井土正亮監督は苦笑いを浮かべつつ、「らしいというか、大したもんだなと思いました。表情をみても自信満々ですよね」。

現況報告を兼ねて食事をともにする機会を持つなど、卒業後も交流を続ける愛弟子の成長に頬を緩めた。

「大学の時の彼にはいろんなことが求められた。三笘だということで警戒されることも多く、彼の良さをフルに発揮させてあげられなかった。それが卒業後に進んだ川崎フロンターレで明確になって、自信を深めていった。そのあと海外でのプレーも不安はあったと思うけど、自信を持ってやっている。こんなこと出来るんだという驚きというよりは、準備をしっかりしているという印象です」

日本を7大会連続のワールドカップ出場に導いたのは、かつて「勝負弱い」とまで言われた三笘だった。

最も大きく成長をみせているのは、小井土監督も言う「自信を持つ」という部分ではないだろうか。

思えば三笘は常に、「自信を持つ」ことを追い求めていた。高校卒業時、クラブからトップ昇格を打診されても、プロで活躍する「自信を持つ」ことができなかった。

「まだまだ自分が成長したい」

自ら導き出した答えは筑波大学への進学。プロで活躍するための自信を持つには、まだまだ自分には多くの経験が必要だと感じたからだった。

筑波大学に入学すると、普段の練習からヴィッセル神戸に入団することになる同級生の山川哲史と、最大の武器である1対1の自主練習を4年間、毎日のように繰り返すなど、自信を持つための努力を欠かさなかった。そして当時の筑波大が「戦術・三笘」と例えられるほどに、抜きんでた存在にまで成長していった。

しかしリーグ得点王やアシスト王といった目に見える結果を残すこと、さらに先輩たちと戦った1、2年生のころはチームでタイトルを経験したものの、さらに中心となることが求められた3年、4年時はチームは無冠に終わっていた。

「思い描いた成長曲線を描けていない」

当時の三笘は明らかに、自分の理想と現実のはざまでもがいていた。

そんな三笘は大学3年生の7月に早々と川崎フロンターレへの帰還を決めたわけだが、大学外での活動でも「自信」に繋がらないことが多かった。東京オリンピックでの活躍を期待され、大学3年時に五輪の日本代表チーム発足当初からメンバーに名を連ねた三笘は、最初の大会である2018年の第18回アジア大会にも出場。大会でチームは銀メダルを獲得したが、三苫は大会中に体調不良に陥ったことで不完全燃焼に終わった。

「三笘は勝負弱い」

ポイント、ポイントで躓いてしまう。いつしかそういう声が聞こえてくるようになった。

「将来は日本代表に選ばれて、海外で活躍できる選手になっていきたいけど、今は始まるなという気持ちと、不安な気持ちが両方あります」

確固たる自信を築き上げることが出来なかった――。わずか2年前の2020年、三笘薫が筑波大を卒業する間際に発した言葉は、偽りのない本音だったはずだ。

しかしプロ入り前に語った本人の心配が杞憂に終わったことは、ここで多くを語るまでもないだろう。川崎に入団後はルーキーとしてはJ1史上最多タイとなる13得点を記録。昨夏の東京オリンピックではコンディションを上げられずに苦しんだが、それでも最終戦となった3位決定戦のメキシコ代表戦でチーム唯一のゴールを奪ったのは三笘だった。そして大会後に念願の海外移籍を果たすと、昨年11月にはA代表デビュー。着実に階段を上った。

そして勝てばワールドカップ出場が決まるという大一番、三笘は衝撃的な2発を沈めて、日本中を歓喜の渦に巻き込んだ。自ら思い描く理想と現実のギャップに苦しみ、それを埋めて自信に変えるために仲間とひたすら汗を流してきた奮闘が、大一番で花開いた。ただ三笘本人がこの結果に満足することはないだろう。まだまだこんなものではない――。未来に描く「成長曲線」は我々の想像を超えるものになるはずだ。

  • 取材・文児玉幸洋

    1983年生まれ。三重県志摩市出身。スポーツ新聞社勤務を経て、2011年より講談社のサッカーサイト『ゲキサカ』の編集者として活動中

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