超一流の日本のエンジニアが『魔改造の夜』に夢中になるスゴイ背景
超一流のエンジニアたちが「極限」のアイデアとテクニックを競う
超一流のエンジニアたちが家電・おもちゃを“怪物マシン”に改造する『魔改造の夜』(NHK BSプレミアム)。
「超一流のエンジニアたちが極限のアイデアとテクニックを競う技術開発エンタメ番組」というが、実際に見ると、可愛い犬のオモチャをおどろおどろしい怪物に改造して爆走させたり、トースターを改造してトーストをひたすら高く飛ばしたり、DVDを高速で飛ばしてボウリングをしたり……まったくもって意味不明でクレイジーな熱量には、ただただ驚かされる。
2020年6月から不定期で第4弾まで放送されてきた謎の夜会は、いったい誰のため、何のために開催されているのか。会を主宰する「魔改造俱楽部」に聞いた。
「『魔改造の夜』は、魔改造を偏愛する方々が、一流のエンジニアを巻きこむことで、新たな発見や気づきが生まれ、愛好家の輪が広がることを目的として始めたものです。
モノづくりを愛する人達の中には『邪な心』を持っている人がいるだろうという発想が原点です。
YouTubeなどでも、世界中にいる広い意味での魔改造愛好家の動画を見ることができるのですが、常識にとらわれない発想力と確かな技術力を持っている日本の一流エンジニアの方達に魔改造をしてもらうと、これまで見たことのない面白い世界に行けるのではないかと。実際、皆さん、はるかに予想を超えてきましたね(笑)」(魔改造倶楽部関係者 以下同)
名誉顧問のスプツニ子!や、顧問の伊藤沙莉、伊集院光、東京大学工学部の長藤圭介准教授、格闘やラグビーなどの実況でおなじみの矢野武といった顔触れも、「邪」な遊び心に満ちている。
さらに驚かされるのは、大手メーカーや下町の町工場、一流大学の工学部などの優秀かつ超多忙なエンジニアや研究者たちが、「Dンソー」「Rコー」「T大」といったイニシャル名で参加し、1カ月半もの時間をかけてバカバカしい改造に全力で挑むこと。どうやってこのコンセプトを伝え、賛同してもらったのか。
「最初はどんな番組になるのか見えないだけに、戸惑われるところもありました(笑)。 ただ、たとえば第一弾でご登場いただいたT社さんなどは、もともと社内に様々なコンテストに参加しているモノ作りの愛好会みたいなものがあると耳にしていたので、お声掛けしたところ、『是非やってみたい』とのってくださって。
同様に、第4弾のDンソーさんも、社内でモノ作りのサークルのようなものがあったケースですし、Rコーさんのように会社ぐるみで積極的に社内で募集してくださったり、技術者のつながりで紹介していただいたりと、広がってきました」
ちなみに、第1弾で登場した超難関大のT大工学部は、魔改造倶楽部顧問で、この番組の監修者でもある長藤准教授の教え子たちだとか。
「長藤先生は、日本のモノ作りの能力はすごく高いはずなのに iPhone のようなものを生み出すことができないのは、きっとこういったモノを面白がる発想が足りないからではないか、クレイジーな発想を突き詰める機会をもっと作っていったら、日本のエンジニアはもっとすごくなるし、もっとみんなが面白がってエンジニアを目指すような社会になると良いと思うとおっしゃっているんです。これこそ魔改造の心ですよね」
予想を裏切る「魔改造」が次々に登場
そして、第1弾で番組を強く印象付けるとんでもない「怪物」が誕生してしまう。「ワンちゃん25m走」というお題で、有名自動車メーカーT社が犬のオモチャを4つ組み合わせ、顔が4つある地獄のキメラ的怪物を生み出したのだ。愛らしい声はそのままに、びかびか光りながら爆走するおぞましい4面獣が登場した時点で、完全に悪魔が降臨していた。というか、そんな怪物を生み出してしまう人間が、悪魔的である……。
その後も予想を裏切る魔改造が次々に登場することとなるが、お題はどのように決めるのか。
「毎回、作家さんやディレクターが案を出し合い、それが技術的に成立するのかどうか、『このお題でプロのエンジニアに作ってもらうと、出てくるものがみんな同じ方向性になるのではないか』といったところを長藤先生にチェックしていただきます。
例えば、第1弾のトースター高跳びは、トーストを高く投げるというシンプルな内容だけに、どれも同じような機構になるのかもと思いましたが、トーストをローラーに挟んで飛ばす方向もあれば、T大のように遠心力で飛ばそうとして失敗して叩きつけてしまうような例もあって、想像を超えてきましたね(笑)。
それに、DVDボウリングでは、オフィス製品メーカーのRコーさんに作ってもらうと、自然とコピー機を使った発想になっていたように、皆さんそれぞれ普段手掛けている技術をベースにして、それをたたき台に考えていくことが毎回面白いなと感じています」
実は「1ヵ月半の制作期間」と「5万円の予算」という縛りが、同番組を盛り上げるポイントの一つでもあるようだ。
「5万円という少ない予算だから、創意工夫が生まれるんです。
それに、皆さんは一流のエンジニアなので、制作期間が長くなると、試行錯誤を繰り返したうえで、だいたい同じ方向に行きつくらしいんですよ。
しかし、1カ月半だと、案も十分に出し切れず、自分たちで出した案も全部は検証しきれないから、どこかで見切りをつけて勝負しようとする。そうした微妙な差異から、結果的に全然違うものができてくるのが面白いんですよね」
番組側の試作も指示も一切ないだけに、ときには成功がないまま終わるのではないかとハラハラするときも。
「練習風景を見ていたらできそうだったのに、練習と本番では、地面の角度が若干違っていたり、空気の流れが微妙に違う、室温が違う、発射するゴムの穴の具合が微妙に違うとかでうまくいかないんですよ。
DVD ボウリングの回などは、1回目が3チームとも失敗だったので、腹をくくるような気分で見ていました。
しかし、ディレクターは1カ月半密着してきたからこそ、『一流の技術を持つ人たちがあそこまで真剣に打ち込んでいるのだから、絶対なんとかなる』というんです。
そこで、最後の最後に、感動的な成功が生まれた。途中で諦めそうになった私などは『ごめんなさい』と思いましたね(笑)」
ところで、1カ月半もの間魔改造に励むことで、本業を圧迫しないのだろうか。
「皆さん、本業の合間や、本業が終わってから、あるいは休みを利用するなど、いろいろです。
人数の多くない町工場などでは特に、代わりに現場を支えて下さっている方々の思いを背負って真剣に楽しんでいる方もいますね。
Dンソーさんなどは『仕事として義務感でやるモノ作りだけでは、限界があるのではないか』『面白い発想は遊びからしか生まれないんじゃないか』とおっしゃっていて、潜在的にそういったマインドがある方が集まっていることはあります。
それに、魔改造を通して社内を覚醒させたい、前向きな意識を持つきっかけにしたいという会社もあるんですよ」
ときに涙を流す姿に…
個人的に一番グッとくるのは、技術者たちが他社の作り出した怪物マシンを興味津々で見つめ、驚嘆したり、質問したり、刺激を受けたりするシーン。
ライバルである他社の成功でも、本気で盛り上がる姿は美しいし、失敗した技術者が本気で悔しがり、ときに涙を流す姿は、まるで高校の文化祭を見ているような“青春”そのものの光景だ。そして、その表情・つぶやきがカメラを意識しておらず、実に自然なのが、また良い。
「そこは、現場でもすごく感動するところです。普通の競争社会的な発想とは違い、本気で努力した方同士はリスペクトが自然に出るんだなと思います。
マシンを囲んでみんなで見て『これ、どうやって作ったんですか』とか、お互いの機構を覗き込みに行って『うちのは、これを〇〇していて~』『なるほどな』なんてやりとりがあるんですよ。
それを優秀なディレクターたちが手厚く『絶対撮り漏らさない』という体制で追いかけていますので。それに、1カ月半ずっと密着しているので、スタッフが近くにいるのが当たり前になっていて、意識されずに、ああいった自然なつぶやきをおさえられるのだと思います」
さらに、今後の「野望」について、こう言う。
「魔改造倶楽部のチームみんなで言っているのは、世界大会をやりたいということ。インドやアメリカ、ヨーロッパの大学や会社に出てもらい、世界の三つ巴みたいな大会ができたらうれしいですね。また、会社の垣根を越えた連合軍同士が戦うみたいなことも面白いと思います」
■「魔改造の夜 技術者養成学校」(「魔改造の夜」)の番組公式HPはコチラ
- 取材・文:田幸和歌子
ライター
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマに関するコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。