電動キックボード「免許不要」を後押した実験結果の奇妙な中身

今年3月4日に閣議決定された『特定小型原動機付自転車』(いわゆる電動キックボード等)に関する改正道交法が4月19日に衆院本会議で可決・成立した。2年以内をめどに施行される。
現行の法律では、電動キックボードは道路交通法上でも、道路運送車両法においても原動機付き自転車(以下、原付)と同様の扱いだ。もちろん原付が運転できる免許が必要で、ヘルメット着用も義務づけられており、走行できるのは車道のみだ。
しかし改正道交法によって、以下のように変わる。
①最高速度20㎞/h以下の電動キックボードは免許不要(16歳以上に限る)。車道または自転車専用通行帯を走行する。
②最高速度6km/h以下では①に加え歩道走行も可とする。なお、歩道とは自転車と歩行者の区分けがされた歩道に限る。(自転車の走行ゾーンが設定されている歩道のみとなる)
いずれもヘルメット着用は義務づけられておらず、努力義務(つまり不要)となっている。
上記の「時速20km/h以下」「時速6km/h」はその速度以下で人が運転する、ということではなく、電動キックボードの車体側で出力調整等を行って、それ以上の速度が出ないように設定するものだ。ちなみに、時速20km/hといえば自転車より少し速いレベル。同じく6km/hとは早歩き程度の速度になる。
電動キックボードは都市部の若い年代を中心に利用が進み、シェアリングサービスも全国に拡大中。規制緩和によって一見、電動キックボードの利用者が増え、移動手段の拡大につながるように見えるが、今回の改正道交法を疑問視する声の方が多い。
それは、電動キックボードの利用に伴う交通違反や事故が急増し、安全対策についての問題を指摘されているからだ。
埼玉県警で実施された驚きの「実験結果」
警察庁はどんなエビデンスを根拠に「時速20km/h以下なら免許不要」としたのか。ここに驚きの実験結果がある。改正道交法の元になった『多様な交通主体の交通ルール等の在り方に関する有識者検討会報告書』から引用する。
2021(令和3)年1月23日(土)、30日(土)、同2月6日(土)、21日(日)の4日間、埼玉県警察運転免許センターで行われた「走行実験」の結果である。
電動キックボードを運転したことがない者100人を被験者とし、免許あり50人/免許なし50人という構成で行われた。年齢層は以下の5世代に分けた。
① 16~17歳(免許あり10人/なし10人)
② 18~19歳(免許あり10人/なし10人)
③ 20~39歳(免許あり10人/なし10人)
④ 40~59歳(免許あり10人/なし10人)
⑤ 60歳以上(免許あり10人/なし10人)
電動キックボードでテストコースを走行させ、以下の表1の18項目の運転を採点した。被験者が走行中に違反した行為の回数をもとに数値化したものを、上記の①~⑤に示した年代別運転免許保有のあり/なしに分けて示したものが表2になる。
違反行為回数の平均は16・17歳ではあまり差がないが、18歳~19歳と60歳以上では4倍近い差が出てきている。全体でも免許ありは26.6回のところ、免許なしは69.94回と大きな開きがある。
表2には示されていないが、具体的にどんな違反行為で差が大きかったのか?
◆指定場所不停止 347点/1337点
◆信号無視 176点/541点
◆右側通行(逆走) 64点/235点
◆右左折方法違反 58.1点/91.3点
◆歩行者保護不停止等 44点/84点 ※点数は左から「免許あり/免許なし」
免許の有無で差は歴然 それでも<差が見られない>という結論
このように、違反行為の種類によっては、約4倍の差が出る結果となった。やはり免許不要で電動キックボードに乗ることが、いかに危険かがわかる。しかし、驚きなのは表2で示されたような数値化されたものを分析し、総括した「結果」と記された部分のコメントである。
免許の有無で大きな違いが出ているにもかかわらず、
<多くの違反ではさほど差が見られず、全体的には運転者の運転行動に大きな差はなかった>
と結論付けている。
さらに、まとめとして、こう記されている。
<運転免許を受けている者と受けていない者との間で、一部の項目を除き、運転者の運転行動に全体的には大きな差はないと言うことができる。個々の違反行為では大きな差が生じているものもあるが、これらはもっぱら交通ルールに関する知識の差が要因となっているものと考えられる>
個々の違犯行為で大きな差が生じている理由を<交通ルールに関する知識の差が要因>としている。当たり前すぎる理由である。免許を受けてない者が交通ルールに関する十分な知識を持たないのは当然だ。
この意味不明な結論が元になって、3月7日に警察庁から道路交通法を一部改正する法律案が提出され、「時速20km/h以下なら免許不要」という改正道交法に至ったのは言うまでもない。
警察庁のまとめでは、免許運転が義務づけられた現行法の2021年9月~2022年2月の間、電動キックボード利用者が道交法違反容疑で摘発された件数が、全国で168件あった。そのうち半分以上となる86件は禁止されている歩道を走行するなどの「通行区分違反」だった。「ナンバーがないから公道(車道)は走れない。でも公道じゃない歩道なら走れる」と利用者が考えていたことが想定される。繰り返しになるが、電動キックボードが走れる歩道とは、自転車の走行ゾーンが設定されている歩道のみ。こうした意識づけは免許制度を残しておかないとできないと思うのだが……。
このまま改正道交法を施行すれば、上記のような恐ろしい勘違いがあちこちで横行し、自転車並みの緩い規則で無法者が運転する電動キックボードが世にあふれ、けが人や死人が多発することは明らかだ。
なぜ規制緩和してまで電動キックボードを普及させたいのだろうか。一説には、首都圏のように公共インフラが整わない地域では、電車やバスの減便・廃線などが増え、保護者による送迎などに頼る地域も少なくないため、移動手段の選択肢が増えれば、問題の解決にもつながるという見方がある。さらに、駐車場が少なく路地が入り組む都内においても、電動キックボードは小回りが利くため、車の免許を取得しない若い年代が多く利用してくれるのではないか、とも言われている。
ただその利点として考えられるのは経済面での活性化であり、残念ながら、前提として考えなければいけない交通安全の視点は抜け落ちていると言わざるを得ない。新しい移動手段の普及を急速に進めることによって、しっかりルールを守っている自動車やバイク、安全なはずの歩道を歩いている歩行者を脅かす存在になるのは勘弁してほしい。

取材・文・撮影:加藤久美子写真:加藤博人