コンプラ&コロナで仕事激減!?終活宣言もしたイジリー岡田の今 | FRIDAYデジタル

コンプラ&コロナで仕事激減!?終活宣言もしたイジリー岡田の今

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いまでも芸能界の仕事は「緊張しすぎて、怖い」

先日、タレントのイジリー岡田さんが自身のYouTubeチャンネル「イジリーチャンネル」で「終活開始宣言」をしたことが話題になった。どんな心境からなのか。ご本人を直撃すると、幼少時からの思い出を静かに語り始めた。

「死の恐怖は幼稚園の時からあるんですよ。夜になると、僕は毎晩泣いていたんです。僕が死んだらお墓に入って、誰かがお墓参りに来るけれど、地球が爆発しちゃったら何もなくなってしまう。何もかも無になることがすごく怖くて、大人になってからも月1回くらいは思い出して怖くなっちゃうんですよ」

様々な意味で怖がりというイジリーさん。芸能生活35周年が経った今でも、芸能界の仕事は「緊張しすぎて、怖い」と語る。

萩本欽一(欽ちゃん)さんへの憧れからこの世界に入ったというが、なぜ「エロ」の象徴に?

「最初はホリプロの最初のお笑い枠として、正統派コントをやっていたんです。それで、30歳になって名前が世に出なかったら芸能界をやめようと考えていたとき、27歳で抜擢されたのが『ギルガメッシュないと』(以下 ギルガメ)で。 

第一回目からセクシー女優のお宅を訪問し、私物を漁るロケをしながら、俺は何をやっているんだ?という葛藤はありました。自分と全くかけ離れた下ネタ、それも日本で最高にエロい番組の代表格に出ることになって、気付いたら僕に対する世間のイメージは最悪でしたから」 

欽ちゃんへの憧れからこの世界に入ったというイジリー岡田さん(撮影:スギゾー)

伝説の番組『ギルガメ』で「エロ」の象徴に…

当初は、イジリーさんのマネージャーに「多分3ヶ月で終わる」と言われていた『ギルガメ』は、気づけば6年半も続く人気番組に。視聴率も0.3%、0.9%といったところから上がり続け、冬季オリンピック開会式の裏で『ギルガメ』が視聴率で勝つという異常事態にまでなっていた。

「僕はここでしか生きられなかったから、途中から僕が引っ張っていかなきゃいけないという気持ちでやっていました。でも、僕だけにエロのイメージが残った。ロケもほとんど僕だったし、スタジオの回しもコーナーも僕だったし、名前もイジリーだし、すっかりエロイメージが定着してしまったから、仕事なんてないですよ。 

そう思っていた矢先、東映さんが『テツワン探偵ロボタック』を始めるにあたり僕を呼んでくれて。今まで僕に声をかけてくれるのは男性だけでしたが、ロボタックに出てからは、お母さんと小さい男の子に声をかけてもらえるようになりました」 

「封印」したエロ再開のきっかけは、出川哲郎さんの一言

そのとき「封印」したはずのエロをなぜ再開したのか。

「『アメトーーク!』でアイドルの子たちの楽屋探訪という企画で、高速ベロの依頼があったんです。エロはやめていたので、一度は断ったんですが、マネージャーに言われて、じゃあ一回きりと。 

ところが、久しぶりに高速ベロをやったら、スタジオの信じられないくらいの爆笑がイヤホンごしに聞こえてくるんです。 

それで、雨上がり決死隊さんとか、これまであまり接点がなかった芸人さんたちがみんな楽屋に来て『イジリーさん、最高でしたよ』と言ってくれて。それでも1回きりのつもりでしたが、数週間後に出川(哲郎)さんと別の番組で会ったときに『面白かったよ』と言われ、もうやらないと言うと、『男がわ~っと盛り上がって、女が嫌~って同時に盛り上がる笑いなんてそんなにないんだから、あれは一周回って伝統芸だよ。やらきゃだめだよ』と言われて。その言葉に救われ、またやろうという気持ちになれたんです」

イジリーさんというと、「寝起きドッキリ」イメージも強いが、実は経験回数は非常に少ないという。

「内村(光良)さんの番組に呼ばれて、『寝起きドッキリのスペシャリストです』と言われたときが、実は芸能界に入って寝起きドッキリ3回目。それまで2回しかやったことがないのに、スペシャリストとして呼ばれたんですよ。 

でも、後からやる芸人さんには『もう出し尽くされちゃって、やりづらい』と言われます(笑)。最初は(片岡)鶴太郎師匠で、次に田代(まさし)さん、桑マン(桑野信義)さんなどで、僕は先輩たちのやってきたものにプラスアルファがなきゃいけなかったので。 

ただ、僕は念入りに準備しないといけないタイプなので、寝起きドッキリは恐怖なんです。台本ができたら早く送ってくれっていうタイプなのに、部屋を開けて洗面所に歯ブラシがあるのかないのか、何か餌があるのか、全然わからないから、怖い。 

それに、起こしてしまったらコーナー終了なので、最初に間取りだけは聞き、同じ間取りの部屋を用意してもらい、一人でシミュレーションします。鍵を開けるときの音もチェックしますし、内扉のガードロックをされたら終わりだから、事前に支配人に外してもらうこともあります」 

『ギルガメッシュないと』放送開始間もない頃(1993年)の宣材写真。いまではトレードマークともいえる「おかっぱ頭」になったのは1996年ごろ
1987年にお笑いコンビ「キッドカット」を結成。ホリプロのお笑い部門の第1号 タレント

「今もベロの仕事の前日にはしっかり練習します」 

ところで、『ギルガメ治療院』のコーナーで、「セクシー女優さんには絶対に触れちゃいけないぞ」とプロデューサーに言われたことで、自分なりの盛り上げ方を考えた末に生まれたのが「高速ベロ」だったという。

「お風呂で髭を剃りながら、『このベロが速く動いたらいいな』と思って、動かしてみたら、速かった(笑)。ただ、今改めて見ると、初期はこんなに遅かったのかと恥ずかしいですね。 

僕のベロって、規則的に上下するんです。でも、若い頃は途中で疲れて、上下上下上上下下みたいに、規則的じゃないんですよ。ベロは筋肉ですからトレーニングが重要で、今もベロの仕事の前日にはしっかり練習します」 

高速ベロはコロナ禍でやりにくくなっているのかと思いきや、こんな新たな「進化」も。

「不思議とコロナ禍でも結構呼ばれていまして。秋元(康)先生が総合プロデュースされている『22/7』という人気の声優さんグループの前でもやりました。全員に対してやることになったんですが、1日にそんなに舐められないから、『この子はリアクションがいいから、歯ブラシで行きましょう』と選んで、歯ブラシをジップロックに入れて、口にジップロックごと入れる。また、フォークをスタッフに持ってもらって、遠近法でフォークを舐めている画にする。コロナ禍で舐めるわけにはいかないので、実際には舐めていないですが、それでも十分嫌でしょうから、と。 

それに、コロナ前は『今日は何を舐めるんだ?』という期待感と戦わなければいけない大変さもありました。歯ブラシと割り箸は当たり前だから、でかい虫眼鏡を用意してもらってリップを大写しにしたり、鏡で自分を写して双子のように見せてもらって、僕が二人がかりで私物を舐めているように演出したり」

女性アイドルや女性タレントからは悲鳴があがるのが番組のお約束だが、こんな課題もある。

『NOGIBINGO!』1の頃はみんな嫌~って言いましたが、3あたりになると悲鳴ではなくなってきて、いくちゃん(生田絵梨花さん)には『イジリーさんのベロって、速くて綺麗』と言われてしまって。もう営業妨害ですよ(苦笑)」

気づけば、思い描いていた芸人像とはかけ離れた道を歩んでいるというイジリーさん。しかし、自分はラッキーだったと語る。

「『ギルガメ』がなければ自分は今ここにいないですし、エロのイメージがあったから、そのギャップもあって乃木坂の子たちの番組に出してもらえた。 僕が仕事で大切にしているのは、とにかく準備(笑)。これに尽きます。自分が納得するくらい準備をしておかないと、恥をかくのは自分だから。準備をしていってうまくいかなかったら諦めがつくけど、準備しても落ち込むので、準備せずに失敗したら立ち直れないですから」 

  • 取材・文田幸和歌子

    1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

  • 撮影スギゾー

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