複数の隊員からもみくちゃにされて…新人女性自衛官が見た地獄
セクハラが横行する部隊、彼女は「死のう」と思った
<訓練先の天幕(テント)で多くの隊員が見ている中、複数の先輩隊員から性暴力を受けた五ノ井里奈さん。入隊して1年あまり、組織で「いちばん下っ端」だった彼女は日常的なセクハラに耐えていたが、我慢は限界だった…。【前編】朝も昼も…22歳元女性自衛官が受けた「壮絶セクハラ」の闇に続き、彼女の告白をお送りする>
誰も助けてくれなかった
憧れて入った自衛隊。研修を経て配属された部隊ではセクハラが日常だった。8月の決定的な事件の2か月ほど前にも、彼女は訓練中の夜の宴会で、複数の隊員からもみくちゃにされ、胸を触られたり頬にキスされたりした。この件は、部隊内で問題にもなった。

「ところが誰が密告したのかという話題で騒然となって。私がチクったことになってしまったんです。上司から問われて『いや、何もありませんでした』と言うしかなかった。母にも相談したけど、『体育学校に行くという目的があるんだから、ここは我慢しておけば?』と言われて、それもそうだと思ったんです。私も夢をあきらめたくなかったし。悔しかったけど、柔道があったから耐えられたんです」
しかし8月、訓練先の天幕で起きた壮絶なセクハラ被害で、彼女の心は萎えた。大勢の男性隊員の目前で、複数の男から押し倒され、性交のような姿勢で腰を振られる。上長も誰も止めないどころか、笑って見ているという異常な状況だった。しかもその頃『6人の男性隊員からレイプされた』という噂まで流れたという。むなしさだけが募っていった。それでも最初は、自衛隊を辞める気はなかったという。しかし…
「私が訓練先から帰宅した理由がセクハラ被害だったことは、大隊長には報告されなかったんです。その後、組織内の問題を調査してくれる一課(総務・人事課にあたる)が取り調べてくれることになったんですが、『証言が出てこない』とあっさり言われた。なかったことにされました。
私は、あんなことをした人に謝ってほしかったんです。あの時点で謝罪があって、金輪際こういうことはしないと言ってもらえれば辞めなかった。でも杜撰な調査で何もないと言われて許せなくなった。精神科にも通い、適応障害と診断されて休職しました。迷彩服を見ると気分が悪くなったりもしました」
だんだん追いつめられていった。証言する、応援すると言ってくれていた先輩や同僚も次々と「何もなかった」と言うようになっていく。組織につぶされる恐怖感もあった。
「死のう」と思って正座をした瞬間に
生きている意味が見いだせなくなったという彼女が「覚悟」を決めたのが、今年3月16日。自分の弱さを痛感した。身体だけでなく心も汚された。そんな気持ちになっていた。「死のう」。首に巻くロープを用意した。
「自宅のベッドの上に正座してロープを持って、よし、やるぞと思ったとき、震度6の強い地震に見舞われたんです。そのとき目が覚めました。ここで死んではいけない。大震災で生きられなかった人たちがいるのに、私が死んでどうするんだ、と」
闘うしかないと腹を決めた。自衛隊内部の犯罪捜査を管轄する警務隊(防衛省の直属組織)に、強制わいせつ事件として被害届を出した。しかし、検察庁の捜査を経て今年5月に、彼女の訴えは不起訴処分という結果になった。
「首をキメて倒すところまでは証言があるけど、その先については証言者がいない、と。強制わいせつで被害届を出しているから、そこは該当しないということなんです」
「腰は振ってないよね」とSが言った意味
彼女は不服申し立てをし、現在、その結果を待っているところだ。「性器を押し付け腰を振ったらわいせつ」だが「首をキメて押し倒す」は、「わいせつ」にあたらないのだという。「首をキメて倒す」は、それだけで暴力ではないのか、暴行罪にはあたらないのだろうか。当事者であるS三曹は、彼女の問いかけに「腰は振ってないよね」と答えている。
6月末で、彼女は退職した。憧れの自衛隊だったのに。
「当初は怒りも憎しみもありましたけど、今、自衛隊そのものを恨んではいません。ただ、セクハラもパワハラも、私のいた隊だけではないとわかってきました。自衛隊を根本的に変えたい。あんなセクハラをコミュニケーションだと言い切ってしまう男性隊員や上層部は、心根を入れ替えてほしい。信頼関係がなかったら、災害派遣などで非常事態になったとき、一致団結して救助などできません」
上意下達、ホモソーシャルな集団には、ある種、独特の雰囲気がある。集団になれば、女性に何をしてもかまわないという横暴さ、数で上回っていれば女性がどう抵抗しようが力でねじ伏せられるという思い込み、いずれも女性を下に見ているということだろう。もちろん、個々の自衛官全てが「男尊女卑で横暴な人間」であるはずもない。ただ、男が集団になったときの怖さが凝縮された組織である可能性は否定できない。
「あの夜、腰を振り続けた男性隊員たちの中には、重い物を運んでいるとさっと手を貸してくれたりする人もいました。そういうやさしいところがある人でも、こちらがセクハラだと感じることを、コミュニケーションだと言い切る。根本的に勘違いをしているんですよね。そこが改善されない限り、自衛隊はよくならない。そう思います」
賛同者の署名を集めたり女性自衛官からの情報を募ったりと、彼女は今、忙しい日々を送っている。
それでも「自衛隊」を信じたい
「どうして訴えないのかと言われます。…私はどこかで自衛隊の自浄作用を信じているのかもしれません。これをきっかけに、何かいい方向に一歩踏み出してもらえるのではないか、と。弁護士費用を払いきれないということもありますけど、それだけではなく。私は自衛隊を批判したいんじゃなく、変わってほしいんです。私にとって自衛隊は、困った人を助ける組織というイメージです。そうあってほしいです。
今後は監視カメラをつけるとか、野営の天幕には夜だけでもいいからカメラを設置するとか、性的被害を防ぐために何かできないかを考えてほしい。セクハラ・パワハラの講義もあるんですが、専門家が来るわけでもないし、みんな自分がそんなことをしているという自覚がないから他人事としてしか聞いていない。男性隊員だっていじめやパワハラで退職したり自殺したりするニュースがありますよね。そういう組織でいいのか、と問いたいんです」
野次馬は「性暴力の被害者なのに、どうして涙ひとつこぼさないのか」と言ってくることもあるそうだ。だが、彼女は泣かないと決めている。
「泣いて訴えたら伝わるんでしょうか。泣いても泣かなくても何か言われるなら、私は泣かないで、きちんと自分の言葉で伝えたい。同情してほしいわけじゃなく、真実を伝えたい、知ってもらいたいのですから」
闘いはこれからだが、五ノ井さんには明確な目的意識がある。この闘いがいい方向で一段落したとき、やりたいことがあるという。
「どういう形かはまだわかりませんが、柔道が素晴らしい競技だということを伝えていきたい。それと私自身、人を笑わせるのが大好きなので、最終的には悩んでいる人や苦しんでいる人が、少しでも笑ってくれるような活動ができたら、と思っています」
憧れて入った自衛隊で受けた壮絶なセクハラについて、それをなかったことにしようとする「加害者」の先輩隊員についても、冷静な口調で激することなく話してくれた五ノ井さんには、腹を決めた落ち着きと覚悟のほどが見える。彼女の人生は、幼い頃の震災も含めずっと過酷だった。それでも「これも運命かな」と微笑みながらすべてを受け止め、まっすぐに前を見つめている。そして「自衛隊のことを嫌いにはなれない」という。あの、被災地で受けた「支援」を、今も大切に思っているのだ。
五ノ井里奈さん、22歳。すっと伸びた背筋と、澄んだ瞳が印象的だった。彼女の人生は、これからだ。


取材・文:亀山早苗撮影:足立百合