続く物価高騰…ラーメンは「1000円の壁」を超えられるのか | FRIDAYデジタル

続く物価高騰…ラーメンは「1000円の壁」を超えられるのか

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ラーメン業界に存在する「1000円の壁」

ラーメン業界には古くから「1000円の壁」というものが存在する。ラーメン一杯の価格が1000円を超えられないという意味だが、その背景には「ラーメンは安い食べ物」という、ある意味で「呪縛」のようなものが、客はもちろん店側にもあることは否めない。

かつて中華料理店で出されていたラーメンは、一品料理に使われるものと同じスープを使っていた。醤油にも麺にもこだわることなく、具材も他の料理で使われるものを流用していた。新たな手間や原価をかけることがなく作れる料理がラーメンだった。だから価格も安く提供が出来た。

しかしながら、ラーメンだけを提供するラーメン専門店の登場によってラーメンは驚くほどに進化を遂げた。ラーメンのためだけにスープを作り、使う食材も良いものを使うようになり、手間暇もかけるようになってきた。現代におけるラーメンは、かつてのラーメンとは別の料理と言っても良いくらいだ。しかしながら、ラーメンの劇的な進化や変化に多くの人たちの意識が追いついていないのが現状だ。

ラーメンブームを牽引してきた人気ラーメン店『麺屋武蔵』社長の矢都木二郎氏は、ラーメンほど手間隙をかけているのに1000円程度で食べられる料理は他にはないと語る。しかしながら「ラーメンは安い物」という消費者心理が「1000円の壁」を生んでいるのではないかと推察する。

「ラーメンの価格は自分達の仕事への評価。だからこそ作り手は高く売る努力をすべき」と、『麺屋武蔵』社長の矢都木二郎氏は考えている
「ラーメンの価格は自分達の仕事への評価。だからこそ作り手は高く売る努力をすべき」と、『麺屋武蔵』社長の矢都木二郎氏は考えている

『渡なべ』(高田馬場)『神保町 可以』(神保町)など、いくつもの人気店を経営する渡辺樹庵氏は、ラーメンを作る側と食べる側にある「感覚のズレ」が問題だと指摘する。値上げをすることで客が減るのではないかという「怖さ」によって、ラーメン店側が本来つけたい価格をつけられずにいるというのだ。

いち早く「1000円の壁」を超えた『うずとかみなり』(藤沢市)店主の大西芳実氏は、1000円を超えるまでは「壁」を感じていたが、超えたあとには「ただの言葉」であり、それほど気にすることは無かったと語る。しかしながら、客と店側の感覚のズレは今も感じているという。

「なるべく安く食べたい、少しでも価格を上げたい、そのせめぎ合いかと思いますが、そこでせめぎ合っているのは他店と比べられるからであり、何物にも代え難い“付加価値”を自分のお店に持てるかどうかが今後のキーワードだと思います。

僕が考える付加価値は“食体験を売る”こと。その店でしか味わえない、体感できない新しい食体験を五感で味わってもらうこと。そうすれば価格で悩むことや他店と比較される世界から脱却できると信じています」(『うずとかみなり』大西芳実氏) 

食材は産地や生産者、銘柄を指定するなど、近年ラーメン店の多くは食材にも高い意識とコストをかけるようになった
食材は産地や生産者、銘柄を指定するなど、近年ラーメン店の多くは食材にも高い意識とコストをかけるようになった
食材の価格のみならず、食材の輸送費やスープを取る時のガス代など、ありとあらゆるもののコストが上がっている
食材の価格のみならず、食材の輸送費やスープを取る時のガス代など、ありとあらゆるもののコストが上がっている
小麦粉の価格も年々上がり続けており、それに伴い麺の価格も上がっている
小麦粉の価格も年々上がり続けており、それに伴い麺の価格も上がっている

今のラーメンは1000円でも儲からない

飲食店、中でも麺類や丼物など単品勝負で1000円以下という低価格帯のメニューを提供している店は、概ね原価率が高く利益率が低い、いわゆる薄利多売のビジネスモデルになっている。一般的にラーメン店の材料原価率は30%前後とされており、そこに人件費や地代家賃、光熱費なども加わり、最終的な利益としては10%ほどとなる。一杯800円のラーメンであれば、材料費が240円、利益が80円ということだ。

しかし、昨今のラーメン店、特に個人経営の店の場合、材料原価率が40%や50%に届くような店すらある。もっと美味しいものを出したいという思いから材料にお金をかける。しかし高いと売れないので安く売る。売価が800円の場合、材料原価率が50%だとしたら400円。この400円を原価率30%に落とし込もうと思うのならば、本来売価は1300円ほどでなければならない。

国内外で多店舗展開する人気ラーメン店『つじ田』の創業者である辻田雄大氏も、客の意識を気にしないのであれば自身のラーメンに1,500円はつけたいと語る。しかし「1000の壁」によって、思う価格はつけられていない。現在、『つじ田 御茶ノ水店』における価格は「濃厚つけ麺」が950円、「濃厚らーめん」が900円だ。

「1000円の壁は存在すると思います。例えばサラリーマンなどのお客様のお小遣いの中で、ランチ代はいくらなどど決める時に、お客様の感覚の中で1000以内が一つの目安になっている気がします。やはりコンビニや牛丼の様な、安くて美味しい商品のたくさんある日本では、なかなか値上げが難しいのが現状かと思います」(『つじ田』辻田雄大氏)

国内外で多店舗展開する人気ラーメン店『つじ田』。御茶ノ水店での「濃厚つけ麺」の値段は950円
国内外で多店舗展開する人気ラーメン店『つじ田』。御茶ノ水店での「濃厚つけ麺」の値段は950円

人気料亭『油山山荘』(福岡市)を営む渡邉健氏は、料亭の敷地内でラーメン店『拉麺處 丸八』も営んでいるが、豚骨ラーメン一杯の価格を1000円にした。豚骨ラーメンは安いもの、というイメージが今も根強い福岡では異例の値付けだ。 

「冷凍の骨を使ったり旨味の薄いスープで良いのならもっと安く出来るのですが、生の骨をしっかり使って美味しいものを出そうとするとこの価格になります。もちろん1000円をつけるのには勇気が要りましたが、お客様に笑われないようなものを、その価格に見合ったものを作らなければ、と思って毎日仕込んでいます」(『拉麺處 丸八』渡邉健氏) 

『拉麺處 丸八』(福岡市)は、ラーメンの価格が安い福岡で豚骨ラーメン一杯の価格を1000円にして注目を集めた
『拉麺處 丸八』(福岡市)は、ラーメンの価格が安い福岡で豚骨ラーメン一杯の価格を1000円にして注目を集めた

食材費や人件費の高騰で値上げは必至

原油価格や食材価格の高騰による、食品などの値上げのニュースが連日のように報じられている。新型コロナウイルスの感染拡大による輸入の停滞や中国の需要拡大、輸送コストの上昇など、様々な要素が複雑に重なり合い、ありとあらゆる食材の価格が高騰している。

小麦の価格が上がり、肉の価格も上がり、野菜の価格も上がり、調味料の価格も上がっている。さらに人件費も上がっている。しかしながら、ラーメン店の場合は「1000円の壁」の存在によってなかなか値上げがしにくい。結果としてその原価の上昇は利益の減少と直結する。

「私もかつては『ラーメンは安い食べ物であるべき』と考えていましたが、今は『これだけあらゆるものが値上がりしている状況では、それは無理なのかな』と思い始めました。今回、ラーメンの価格を1000円に上げましたが、これは“無理のない値段”だと思っています。本来ならば1200円にしたい気持ちはありますが、まだそこまでの勇気はありません」(『渡なべ』渡辺樹庵氏) 

『渡なべ』(高田馬場)の渡辺樹庵氏は、ラーメンを作る側と食べる側にある「感覚のズレ」が問題だと指摘する
『渡なべ』(高田馬場)の渡辺樹庵氏は、ラーメンを作る側と食べる側にある「感覚のズレ」が問題だと指摘する

ラーメン業界の未来のためにも壁を越えろ

これまでは企業努力や利益の減少によって価格を維持してきたラーメン店も、相次ぐ原価や人件費の上昇によって、その意識は確実に変わりつつある。ここ最近オープンした店の中には、1000円を超える価格の店も増えてきた。そして、それはラーメン業界や飲食業界を悩ませ続けてきた問題の解決にも繋がっていくはずだ。

その問題とは「持続性」。昨今、事業継承が出来ない飲食店の廃業が相次いでいるが、それは飲食店が魅力ある商売ではないからだ。日本の外食は海外と比べると極めて安く提供されている。ラーメンを例にとれば、欧米などでは一杯1500円は当たり前。日本はその半分程度だろう。売り上げが上がらなければ賃金も上げられない。そんな労働環境が厳しく薄給の業界を誰が目指すだろうか。ラーメン業界や飲食業界の未来を考えても、やはり外食の価格を上げていかねばならない。

「『麺屋武蔵』では原価から逆算して値段を決めているので、現行価格が適正だと考えておりますが、従業員の賃金などを考えると、あと20%くらい高い値段であると理想かと考えております」(『麺屋武蔵』矢都木二郎氏) 

「原価率だけを基準にした価格設定は前時代的なものと感じていますが、ほとんどのお店がそこに囚われているのではないでしょうか。僕の店では環境や人にも投資しているので、それもラーメンの価格に反映させています。それでも理想を言わせていただけるのなら、ラーメン一杯1300円にはしたいですね」(『うずとかみなり』大西芳実氏)

「安くてボリュームのあるラーメンと、高価格でハイクオリティなラーメン。今後ラーメンは二極化して、お客様が選ぶ時代になると思います」と語る『うずとかみなり』(藤沢市)の大西芳実氏(写真提供:うずとかみなり)
「安くてボリュームのあるラーメンと、高価格でハイクオリティなラーメン。今後ラーメンは二極化して、お客様が選ぶ時代になると思います」と語る『うずとかみなり』(藤沢市)の大西芳実氏(写真提供:うずとかみなり)

マグロや和牛など、日本が誇る良質な食材の多くが海外に買われているが、それは海外の方が外食の価格が高く、食材にも原価をかけられるからだ。生産者も高く買ってくれる海外に食材を卸すのは当然のことだろう。日本の外食が安いことによって、良い食材が日本から流出している現実。これは食材だけの話ではない。

今、日本の飲食チェーンの多くは国内展開から海外出店へと舵を切っている。また個人でも日本で起業せずにいきなり海外で起業する人も増えてきた。食材のみならず人材までも日本から海外へ流れてしまうことを防ぐためにも、日本の飲食業界がもっと輝くためにも、「ラーメン1000円の壁」は超えなければならない壁なのだ。

■山路力也さんの公式サイトはコチラ

  • 取材・文・写真山路力也

    フードジャーナリスト・ラーメン評論家。『Yahoo!ニュース個人』オーサー/著書『トーキョーノスタルジックラーメン』他/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら、テレビ・雑誌・ウェブなど様々な媒体で活動中。

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