1960年東京都出身、明治大学文学部卒業後、雑誌のフリーライターに。男女関係に興味を持ち続け、さまざまな立場の男女に取材を重ねる。女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に積極的に取り組む。『人はなぜ不倫をするのか』（SB新書）、『女の残り時間』（中公文庫）など、著書は50冊以上にのぼる

亀山 早苗

<p>エロスは、ギリシャ神話に登場する「性愛と恋心を司る原初神」だ。時代が移り表現が変わっても人はエロスから逃れることはできない。半世紀前、エロスは「生きることと業（ごう）」に直結していた。そして今、エロスは「生き方と選択」を表すものになっているのかもしれない。</p>
<figure id="attachment_263996" aria-describedby="caption-attachment-263996" style="width: 1772px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e7661f3c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/62eda600a0b751dbfae3756ca9bc4c34.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-263996" class="wp-caption-text">「日活ロマンポルノ」が、新作を公開する。34年の空白を経て今問われる「エロスの現在地」。第１弾は山崎ナオコーラ原作の『手』　©2022日活</figcaption></figure>
<p>〈ロマンポルノ50周年記念プロジェクト〉の新企画「ロマンポルノ・ナウ」として発表された新作３本を観ながら、そんなふうに思った。</p>
<p>どの作品も時代の「今」を切り取り、女性の心理を丁寧に描いている。女性たちは「自分の意志」で、自分の性愛を選び取っていく。</p>
<h2>日活ロマンポルノという「文化」があった</h2>
<p>1971年、日活が社運を賭けて立ち上げた「ロマンポルノ」。高度成長期にさしかかった当時の世相、経済的に豊かになっていく一方で、人の気持ちが追いついていかないという社会の暗部や齟齬を、エロスに乗せて映像化した作品を多数制作、公開した。ウーマンリブに代表されるように女性たちが目に見えて強くなっていった時代でもある。だからこそ、当時の男子学生やサラリーマンから圧倒的な支持を受けたのではないだろうか。そこには男性が根源的にもつ強い欲望や、女性への敬意と畏怖などが余すところなく描かれていた。</p>
<p>それから17年間にわたり、約1100本を世に送り出して、1988年にロマンポルノは終焉を迎えた。だがその後も折に触れて当時の作品が映画館で上映され、時代を経てロマンポルノは「古典」として大学の映画講座で取り上げられるようにもなった。撮影技術、演出の妙、そしてこれでもかと炙り出される人間の「業」が見直されているのだろう。</p>
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<p>そして2022年。今回公開される「新作」３作品は、<span class="strongInContent">『手』(松居大悟監督)</span>、<span class="strongInContent">『愛してる！』（白石晃士監督）</span>、そして<span class="strongInContent">『百合の雨音』（金子修介監督）</span>である。</p>
<p>これらの作品に、旧来の意味での「業」に突き動かされる登場人物はほぼいない。生と性はイコールではないのだ。生のオプション、あるいは選択肢のひとつとして性がある。とはいえ、欲望や性が軽視されているわけではない。生きる術ではないからこそ、性と生への真摯な問いかけがある。</p>
<h2>若い女性の繊細さを丁寧に</h2>
<p>このプロジェクトの第１弾として９月16日に公開される『手』（原作：山崎ナオコーラ）は、おじさんの写真を撮ってコレクションするのが趣味の25歳・さわ子がヒロイン。年上にしか興味がなかった彼女が、同世代の同僚とつきあうようになり徐々に変わっていく物語。その裏には彼女と父親との複雑な心の葛藤がある。ふたり姉妹の長女であるさわ子とはめったに話さない父、たまに呼ぶとしても「おねえちゃん」だ。だが最後に、老いを実感するようになった父は「さわちゃん」と話しかける。</p>
<p>自分本位に泣く男、彼女に痛いところを突かれてぐうの音も出なくなる「おじさん」など、「今っぽい」エピソードが数々流れていく。</p>
<p>父に感じる葛藤、不器用な自分の生きづらさなど、現在、女性たちが感じているであろう繊細な気持ちをすくい上げたような作品である。傷ついたときに大声で泣いたり騒いだりしない（できない）さわ子に共感する女性たちは多いのではないだろうか。</p>
<p>さわ子を演じた福永朱梨は、ロマンポルノ・ナウの会見で、「さわ子が自分と近いと思っていたけど、実際に演じてみると疑問がたくさん出てきた。悩みながらもさわ子の思いを大事にした」と語った。</p>
<h2>地下アイドルとSMの女王</h2>
<p>異色の作品と注目されるかもしれないのが『愛してる！』だろう。プロレスラーの道を諦めて地下アイドルとして活動するミサが、素質を見込まれてSMラウンジのオーナーからスカウトされる。独特のオーラをふりまく女王様のカノンと出会い、ミサは初めての快感に目覚めていく。ラウンジのオーナーに先頃離婚して話題を集めたryuchellが出演。そして企画監修を担当、自らも出演している髙嶋政宏が興味深い。髙嶋は著書『変態紳士』で自身が魅せられたSMについて熱く綴っているが、ロマンポルノ・ナウの会見でも、情熱的に語って注目を集めた。</p>
<p><b>「この話が来たとき、うれしくてびっくりしたんですが、次の瞬間、本物のフェチの方たちに嘘っぽいと言われないようにしなければいけないと思って震えが来た」</b></p>
<p>自分の知らなかった快感に目覚めたとき、人はどう変わっていくのか。嫉妬は愛なのか、人を愛するのは傷を伴うことなのか、タイトルのキーワードとあいまって「愛と情熱と快感」の関係について考えさせられる。</p>
<p>ヒロインの川瀬知佐子は「通常の演技以外に、緊縛したり鞭を振るったり歌ったり踊ったりとやることが多くて大変でした。女王様になるために毎日、トルソーを朝に晩に縛って練習しました」と会見で語って会場を沸かせた。</p>
<figure id="attachment_263997" aria-describedby="caption-attachment-263997" style="width: 1772px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b41ca24e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/0496de8df470ff0c608a6fc5ead6ceaa.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-263997" class="wp-caption-text">『愛してる！』は、SMラウンジを舞台にしている。ryuchellと髙嶋政宏の生き生きした表情にも心が揺さぶられる。9月30日公開予定　©2022日活</figcaption></figure>
<h2>必死で生きる女性同士の性愛模様</h2>
<p>『百合の雨音』は、1984年公開の『OL百合族 19歳』以来となる、女性同士の恋愛模様を描いた。</p>
<p>過去のトラウマから恋に臆病になっている葉月は、女性上司の栞に密かに思いを寄せている。栞もまた、仕事や夫婦関係に悩みを抱えていた。</p>
<p>「女性を好きになる女性を演じましたが、恋愛対象が誰であっても、人を好きになるのはシンプルなこと。自分もそうありたい」と葉月を演じた小宮一葉は言う。栞を演じた花澄も「社会の中で肩書きもほしい、結婚生活では子どももほしい。でも部下からは人望がないし、夫は不倫している。悩んだり葛藤したりしながら、必死で生きる女性の姿が少しせつなかった」と語った。</p>
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<p>美しい画面が印象的な作品である。</p>
<figure id="attachment_263998" aria-describedby="caption-attachment-263998" style="width: 1773px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3f593513"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/066f68af1cedf3a36df6c5ae6d7aa2ff.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-263998" class="wp-caption-text">既婚のキャリア女性と部下の恋を描いた『 百合の雨音』（10月14日公開予定）。仕事、結婚、出産、過去のトラウマというテーマに生々しく向き合っている　©2022日活</figcaption></figure>
<p>３作品、それぞれ異なる「今どきの愛の形」がくっきりと浮かび上がってくる。自分が納得しているなら、どんな形でもかまわない。どんな愛でも「それは愛だよ。大丈夫」とそっと背中を押してくれるようなやさしい作品ばかりである。</p>
<figure id="attachment_264097" aria-describedby="caption-attachment-264097" style="width: 5314px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f4b37a72"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/DSC_6392.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-264097" class="wp-caption-text">８月18日に行われた「ロマンポルノ・ナウ公開記念イベント」では、３人の監督（後列左から松居大悟、白石<wbr></wbr>晃士、金子修介）と、（左から）『手』主演・金子大地、福永朱梨、『愛してる！』の川瀬知佐子、『百合の雨音』の小宮一葉、花澄、『愛してる！』の髙嶋政宏が登壇、熱い思いを語った　撮影：亀山早苗</figcaption></figure>
<p><a href="#" data-ident_hash="b158ef81"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/9682e3a27cd708be7e2b34fcbded6bfa.jpg" alt=""></a></p>
<p><em><span class="strongInContent">【ロマンポルノ・ナウ】『手』9月16日より全国順次公開、『愛してる！』9月30日（金）、『百合の雨音』10月14日（金）より公開予定。</span></em></p>


亀山早苗

エロスは、ギリシャ神話に登場する「性愛と恋心を司る原初神」だ。時代が移り表現が変わっても人はエロスから逃れることはできない。半世紀前、エロスは「生きることと業（ごう）」に直結していた。そして今、エロス

エロスは「生き方と選択」…日活ロマンポルノ新作の「意味」

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