松岡茉優『初恋の悪魔』鬼気迫る”二重人格”役で魅せた圧倒的演技
俳優・林遣都と仲野太賀がW主演する土曜ドラマ『初恋の悪魔』(日本テレビ系)。今作は坂元裕二のオリジナル脚本による今期、もっとも注目すべき連続ドラマ。最終回を前にして、二重人格者を演じる松岡茉優の鬼気迫る演技に絶賛する声が寄せられている。
警察署を舞台に、停職処分から復帰した刑事・鹿浜鈴之助(林)と元・総務課の馬淵悠日(仲野)、そして会計課の小鳥流夏(柄本佑)、生活安全課の摘木星砂(松岡)の4人が、刑事とは違った感性と推理で難事件を解決していくミステリアスなラブコメディ。
第3話では、3年前に殉職した悠日の兄・朝陽(毎熊克哉)が死の直前に拳銃のタマを紛失。星砂と元監察医・杏月(田中裕子)とのやりとりから星砂が拳銃に撃たれ、杏月に助けを求めていたことが発覚する。
さらに星砂が朝陽のスマホを持っており、記憶にない買い物をしていると悠日に告白。そこから“2人の星砂”を演じる松岡の見せ場がやってくる。
「ある瞬間、突然表情が変わり『あなた誰?』と悠日に訴えかけると『なんでこんなに人がいるの。やだ、うるさい』と言って走り出し、震えるように人混みで倒れ込み、やがて自分を取り戻す。
“かっこいい星砂”から“可愛い星砂”に一瞬にして切り替わり、再び“かっこいい星砂”に戻る松岡の二重人格の演技は鳥肌ものでした」(制作会社ディレクター)
さらに第8話では、二重人格の演技のギアを上げる。
悠日の手作りカレーを“可愛い星砂(通称:ヘビ女)”が食べていると宅急便が来て、受け取りのサインを書いているタイミングで“かっこいい星砂”に入れ替わる。懐かしくて涙を浮かべる“かっこいい星砂”。
食べ終わると嬉しさのあまり、悠日の家に向かう。ところが悠日がドアを開けた刹那、再び“可愛い星砂(ヘビ女)”に戻ってしまう。なんという悲劇。
これこそ、今作を観る醍醐味なのか。そうした“2人の星砂”を、微妙な表情と声のトーンだけで演じて魅せる松岡の演技力には、ネット民も興奮を抑えきれないようだ。
「しかも回を追うごとに“可愛い星砂(ヘビ女)”のこれまでの人生も明らかになり、“かっこいい星砂”には悠日が、“可愛い星砂(ヘビ女)”には鈴之助が思いを寄せ、殉職した兄・朝陽の事件の真相が徐々に明らかになっていくスリリングな展開は、名作ぞろいの坂元作品の中でも出色の出来栄えではないでしょうか」(制作会社プロデューサー)
松岡が坂元作品に出演するのは、’15年に放送された『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)以来、2作目。『問題のあるレストラン』で演じた千佳は、松岡自身が「今でも一番愛おしいと思っている役。視聴者からの反響も大きく仕事に対する意識を変えてくれた思い入れのある作品」と語っている。それだけに今作に賭ける思いは、人一倍強い。
第7話では松岡演じる星砂が、悠日(仲野)に責められる壮絶なシーンが登場する。そこでみせる“可愛い星砂(ヘビ女)”の表情は、切なくも恐ろしい。
「欠伸をする姿を見て“かっこいい星砂”に戻ったと感じた悠日が『摘木さんですよね』と問いかけるも“可愛い星砂(ヘビ女)”は『ごめんなさい。私違うから』と言って謝る。しかし、悠日は許さない。
『あなたのせいでしょ。あなたがそこに居座ってるから、本当の摘木さんがいなくなっちゃったんでしょ?』『出てってください。あなたはそこにいちゃいけない人なんです』と激昂。『摘木さんを返してください』と詰め寄る悠日を、憑かれたような目で見つめる“可愛い星砂(ヘビ女)”の演技は、唯一無二。一人二役のヒロイン摘木星砂役は、松岡茉優のハマり役となりました」(前出・制作会社ディレクター)
今年の夏期のドラマで、ヒロインとして圧倒的なパフォーマンスを披露する女優・松岡茉優。しかし彼女には、忘れたくても忘れられない夏がある。
「松岡は、’20年夏期のドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり(カネ恋)』(TBS系)でGP帯初主演を果たしました。このドラマは、おカネを正しく使うことにこだわり、モノにも恋にも一途な“清貧女子”九鬼玲子(松岡)と御曹司でおカネにルーズな“浪費男子”猿渡慶太(三浦春馬)の“じれキュン”ラブコメディ。
当時の松岡は、’19年に映画『勝手にふるえてろ』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞。映画『万引き家族』で同賞の優秀助演女優賞を受賞するなど名だたる映画賞を総なめ。演技派女優として、満を持して一風変わったヒロイン役に挑みました」(ワイドショー関係者)
『おカネ―』は、『逃げるは恥だが役に立つ』『恋はつづくよどこまでも』(共にTBS系)に続く“ラブコメ三部作”として大ヒットが期待されていた。主演するにあたり松岡は
「(三浦さんと)二人三脚でこの暑い夏、そしてこの状況(コロナ禍)ですけど乗り切っていきたいなと思っています」
と意気込みを語り、PR動画では
「どんなことが起こっても前向きに捉えてくれる」
と信頼を寄せていた三浦に、7月18日まさかの悲劇が起きる。
「その日の撮影は昼少し前から行われる予定でした。ところが三浦さんがなかなか現れず、第一報が流れると松岡はその場に崩れ落ち、マネージャーに抱えられながら待機場所に向かうもしばらく動けずにいました。帰宅後も放心状態が続き、食事も取れず、寝室に閉じこもっていたようです」(前出・ワイドショー関係者)
三浦の死を受けて、7月13日に公開されたドラマのPR動画は、半月でなんと500万回に迫る勢いで繰り返し再生された。三浦の死は、それほど衝撃的な出来事だったのである。
あれから2年。“遅れて来た実力派ヒロイン”・松岡茉優が、悲しみを乗り越え挑む二重人格の摘木星砂役。どんな最終回を迎えようとも、末長く語り継がれるに違いない。
次の記事はこちら #5 松岡茉優「橋の上で猛ダッシュ!」姿が放った圧倒的存在感
- 文:島右近(放送作家・映像プロデューサー)
- PHOTO:近藤 裕介
放送作家・映像プロデューサー
バラエティ、報道、スポーツ番組など幅広いジャンルで番組制作に携わる。女子アナ、アイドル、テレビ業界系の書籍も企画出版、多数。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、近年『家康は関ケ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓。電子書籍『異聞 徒然草』シリーズも出版