1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。ジェイ・ビー・シー（株）広報部所属

林 壮一

「老いたな」
全盛期とは程遠い最終ラウンドのゴロフキンを見て、記者たちはそうつぶやいた。
<figure id="attachment_265281" aria-describedby="caption-attachment-265281" style="width: 6794px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="154aaa5e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/aflo_198861184.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265281" class="wp-caption-text">強打で攻めるカネロ（右）と必死に食らいつくゴロフキン（左）［写真：AP/アフロ］</figcaption></figure>
Tモバイル・アリーナにGGGことゲンナジー・ゲンナジーヴィッチ・ゴロフキンが姿を現したのは、現地時間９月17日の20時32分だった。ブルーのガウンに身を包み、花道を小走りに進んでいく。
彼が着るガウンは、カザフスタンの民族衣装「チャパン」と呼ばれるもので、色もデザインも４月９日の試合後に村田諒太に贈ったものと同じだった。村田を９回KOで下し、IBF、WBAと、ミドル級２団体のベルトを統一したゴロフキンは、「カザフスタンには、最も尊敬する人にチャパンを贈る習慣があります。村田諒太選手への敬意を表しました」と、試合後のリング上で村田にチャパンを羽織らせた。
ゴロフキンがリングに上がるのは、あの村田戦以来。ミドルから一階級上のスーパーミドルに上げ、過去に２度対戦した最大のライバル、サウル・”カネロ”・アルバレス（32）の持つWBA/WBC/IBF/WBOスーパーミドル級タイトルに挑んだのだ。
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GGG vs.村田戦は両選手のファイトマネー合計額が20億円とされ、日本ボクシング史上、最大のボクシング興行と話題になったが、「カネロ vs.GGG」の第３戦は桁が違った。カネロに保証されたのは、4500万ドル（※$１＝142.8円の計算で64億2600万円）、ゴロフキンが2000万ドル（同28億5600万円）。それに加え、PPVの売り上げの６割がカネロ、４割をゴロフキンが手にすると発表された。
両者の初顔合わせは2017年９月16日。当時、WBA/WBC/IBFミドル級チャンピオンだったゴロフキンにカネロが挑み、王者がドロー防衛を果たした。だが、この時、挑戦者カネロの最低保証額が500万ドルであったのに対し、チャンピオンのゴロフキンは300万ドルと水をあけられている。ゴロフキンは、同年３月18日の防衛戦でも、250万ドルのファイトマネーしか約束されなかった。ミドル級最強のチャンピオンであり、パウンド・フォー・パウンド上位のファイターとしては、破格の安さである。
とはいえゴロフキンvs.カネロの１戦目は、PPVが飛ぶように売れたため、その売上金が上乗せされ、カネロの総収入3000万ドルに対し、ゴロフキンも2200万ドルを手にした。
いかに実力者であっても、カザフスタン人であるゴロフキンがボクシングの本場、米国で人気を得るのは容易いことではなかった。それでも、カネロを相手にすることで、株を上げた。
<figure id="attachment_265247" aria-describedby="caption-attachment-265247" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="bc796608"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/IMG_8805.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265247" class="wp-caption-text">試合前日のカネロ（写真中央）［写真：林壮一］</figcaption></figure>
<figure id="attachment_265248" aria-describedby="caption-attachment-265248" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e325d656"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/IMG_8798.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265248" class="wp-caption-text">試合前日のゴロフキン（写真中央）［写真：林壮一］</figcaption></figure>
2018年９月15日に行われたリターンマッチで、ゴロフキンは僅差の判定負けで王座から転落する。彼にとって、プロ生活初の黒星だった。この時もネバダ州アスレティックコミッションが公にしたカネロのファイトマネーが500万ドル、王者ゴロフキンは400万ドル。PPV売り上げを含めたギャラがカネロ4000万ドル、ゴロフキンは3000万ドルと後塵を拝した。チャンピオンより挑戦者の稼ぐ額が多いというのは、ジャッジの採点にも影響するのが常だ。
村田戦の前日に40歳となり、４月の試合より3.5kg重い体を作ったゴロフキン。一方のカネロは、GGGとの第２戦を最後に増量している。ライトヘビー級の世界戦も２度経験しながら、スーパーミドルを主戦場として勝ち星を重ねた。村田も自身とゴロフキン戦の前に「スーパーミドル級なら、カネロが最強でしょう。頭一つ抜けた存在ですよ」と話していた。
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国籍を理由に日陰を歩かざるを得なかった過去。不惑を迎えながらもボクシング界の最前線で戦う姿。そして、村田との激闘を制した後の紳士的な振る舞い。今回、ゴロフキンの勝利を願っていた日本人ファンは多かったであろう。
メキシカンミュージックの生演奏を響かせながら、大歓声に包まれてリングに上がった“主役”、カネロに向かって、ゴロフキンは丁寧にジャブを突いてファーストラウンドを取る。カネロの力を込めた左フックを警戒しながらコツコツと基本に忠実なボクシングを見せた。
しかし、カネロも再三右ボディフックを放ち、ペースを奪っていく。手の内を知り尽くした両者だけに、慎重な試合運びであったが、攻撃の姿勢、クリーンヒットではチャンピオンがカザフスタン人チャレンジャーを凌駕する展開となる。
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ゴロフキンが渾身の力を込めたパンチを放つシーンがほとんど見られないまま進んだ第８ラウンド、村田戦で効果的だったGGGの打ち下ろすような角度の左フックが、浅くチャンピオンを捉える。このあたりから、ようやくゴロフキンが捨て身となった。挑戦者はとにかく前進する。
が、GGGのスピードとパワーの衰えは顕著で、日の目を見ない時期にミドル級タイトルの防衛を重ねていた頃の彼とは別人だった。
最終ラウンド、GGGは２度、自らクリンチにいった。
「老いたな」 
「ゴロフキンの完敗だ」
記者席のあちらこちらで、そんな声が漏れた。
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112-116、113-115、113-115の判定で、ゴロフキンは８歳下のライバルに敗れた。
試合後、潔く敗北を受け入れたゴロフキンは語った。
「誰もが理解しているでしょうが、現代のベストファイターを決める、非常にハイレベルな試合でした。彼の顔、そして私の顔を見てください。私たちはハードに練習し、高いクオリティーの、良い試合をしました。
カネロは過去の２戦よりも賢く戦いましたね。チェスのように駆け引きが上手かったです。私は後半勝負と思っていたんですよ。まぁ、いい試合になったんじゃないでしょうか」
そして、現役続行を明言した。
「今後については、色々と素晴らしい計画がありますし、続けますよ。今日は、カネロと彼のファンに『おめでとう』と言いたいです。覚えていてほしいのは、私は今、160パウンド（ミドル級）のチャンピオンであるということです」
GGGとカネロの３戦は、全て同じ会場で催された。初対決から５年。彼らの３度目の対戦が、これだけの収益を生むのは、特筆すべきチャンピオン同士だからである。だが今や、両者には大きな差がついた。スコアを見れば一見、接戦とも映ったが、数字以上にカネロがゴロフキンを上回っていた。
「衰えたね。どう贔屓目にみても、GGGが取れたのは３ラウンドってところだろう。俺の採点では８ポイント差でカネロだ。確かにWBA/IBFの世界タイトルを保持しているが、他団体のミドル級王者とやっても厳しいんじゃないか。40歳という年齢でよく頑張ってはいるけどさ」
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記者席で隣合わせたニューヨーク在住のボクシング記者、アミルカー・バーネットは言った。同記者はゴロフキンと同じ歳。かつてアマチュアボクサーだっただけに、現在も世界王座に就いているゴロフキンには格別な思い入れがある、としながらも「そう判断するよ」と言葉を繋げた。
もはや、カネロとGGGの第４戦は起こり得ない。彼らのライバル対決はこれで終わりである。ゴロフキンが口にした「今後の素晴らしい計画」には、どんな名が挙がっているのか。
５カ月前、さいたまスーパーアリーナでの試合映像を見た元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンは語ったものだ。
「ゴロフキンは年を取ったな。村田の敗因は、経験値だよ。細かい連打を浴びせる。フットワークを使う。ガードの隙間からパンチを入れていく。ジャブでもフックでも、軌道を変えていく。そういうGGGの引き出しの多さを感じた。村田がヘッドスリップで相手のジャブを躱すことや、４つ、５つと、手数の多いコンビネーション、ジャブの角度も増やすことを覚えれば、再戦では勝てると思うぜ」
チャパンを着てリングを降りていくゴロフキンの姿を見詰めながら、ティムの言葉が耳に蘇った。
この夜、Tモバイル・アリーナの周辺では、明け方までメキシカンたちによる祝勝パーティーが続いていた。
<figure id="attachment_265246" aria-describedby="caption-attachment-265246" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f0a3b2ef"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/IMG_8819.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265246" class="wp-caption-text">迫力に満ちた看板［写真：林壮一］</figcaption></figure>
<figure id="attachment_265245" aria-describedby="caption-attachment-265245" style="width: 1485px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="0d0f30e9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/Canelo-vs.-GGG3-Score-Card.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265245" class="wp-caption-text">実際のジャッジペーパー</figcaption></figure>
<figure id="attachment_265243" aria-describedby="caption-attachment-265243" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="0b9ccf54"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/IMG_8754.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265243" class="wp-caption-text">メキシコの英雄を応援するファン達［写真：林壮一］</figcaption></figure>
<figure id="attachment_265244" aria-describedby="caption-attachment-265244" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="5a3a0c53"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/IMG_8747.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-265244" class="wp-caption-text">カザフスタンの英雄を応援する熱狂的なファン［写真：林壮一］</figcaption></figure>

林壮一

AFLO、林壮一

カネロことサウル・アルバレスとゲンナジー・ゴロフキンの間で行われたボクシングの世界スーパーミドル級4団体統一タイトルマッチはゴロフキンの判定負けとなった。試合後、ゴロフキンは現役続行を宣言した。

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