WBO世界フライ級王者中谷潤人に名伯楽が授けた「新しい武器」
23勝全勝18KO!ネクストモンスター スーパーフライ級での初戦が決定 2階級制覇に動き出した!
「初めてジュントと会ったその日に『世界チャンピオンになる』と確信した。センスはもちろんだが、志の強さが伝わってきた。当時、彼には別のトレーナーがついていたけど、その後、『教えを乞いたい』と父親と一緒に挨拶に来たんだ。これまで数々のチャンピオンと仕事をしてきたが、彼がナンバーワンだね」
2階級制覇を目指し8月中旬からアメリカ・ロサンゼルスでキャンプ中の中谷潤人(24)。彼を15歳のころから指導しているトレーナー、ルディ・ヘルナンデス(59)はそう出会いを振り返った。竹原慎二(50)、畑山隆則(47)、伊藤雅雪(31)らを手掛け、実弟ジェナロを世界王座に就かせたキャリアの持ち主である。

スパーリング開始のゴングが鳴った瞬間、目の前の光景に息を呑んだ。中谷の戦績は23戦全勝18KO。その全てをサウスポーで戦ってきたが、アマチュアの元全米王者を相手にした彼は、オーソドックス(右構え)で動いていたのだ。
中谷のボクシングは攻守の切り替えが速く、相手のパンチをもらわない。スピード感に溢れ、一つ一つの動きに美しさがある。だが、オーソドックスで戦う様には、ぎこちなさを感じた。実際、何発か被弾していた。すると、片目を瞑(つむ)りながらルディが言った。
「ジュントの良さは、学習することを恐れないこと。才能に加え、貪欲に学ぶ姿勢がある。だから伸びるんだよ」
インターバル中、ルディは中谷に「ロープを背負ってパートナーのパンチをヘッドスリップかブロックでかわし、ショートの強い右アッパーを入れろ」と指示。次のラウンド、中谷は何度もそれを試みる。右構えであっても、高度なディフェンスは生きていた。ルディは続けた。
「私は自分の選手が打たれるシーンは絶対に見たくない。いつだってそうさ。でもトレーニングの段階でディフェンスを磨くからこそ、本番のリングでパンチをかわせるんだ。彼がスイッチをモノにしたら、大きく飛躍するよ」
トレーニングを終えた中谷に、オーソドックスでの練習について訊ねた。
「ルディに『武器って、ピストルもナイフもライフルも手榴弾もあるよな。お前にはオーソドックスが新たな武器になるんだ』って言われたんですよ。彼らしい言い方でした。選択肢を増やせという意味ですよね。無茶苦茶ワクワクしました。僕はプロ13戦目から重心をやや後ろにしたんですが、実は試合の途中で変えたんです。普段から練習してはいたんですが、ルディは常に最適な戦い方を考え、柔軟に対応させる。今回も、いつか出せるであろうオーソドックスでの戦いを身に付けろ、という意図でしょう」
15歳で単身渡米し、二人三脚を続けてきたルディへの信頼は揺るがない。
「難しいですし、やりづらさはありますよ。相手に対して、どうしても正面を向いてしまう。パンチの精度や身体の使い方も課題ですね。オーソドックスだと、あるタイミングでガードが下がってしまったり、サウスポーなら反応できる局面でも目にする感覚が違うんです。ただ、オーソドックスで戦うことで『サウスポーは遠く感じるな』とか、吸収することがとても多く、楽しく過ごせています。間違いなく、対応力は増しているでしょうね。血となり、肉となっていることを実感しています」
――この人について行けばいい。
中谷は、そう断言した。
ルディは、「ジュントは、スーパーバンタムまでの4階級制覇は問題ない。5〜6階級の可能性もある」と言った。その言葉を受けた中谷も語った。
「自信になりますね。これからのキャリアの積み方、実績の残し方で、そこまで辿り着ければいいなと感じます。一つの目標をクリアしたら、次を見据えてやる、ということの繰り返しでやってきました。ルディの助言が新たなテーマとなるのです。パウンド・フォー・パウンド最強を目指していますから、満足はまったくしていません。山登りで言えば、まだ1合目、2合目だと思っています」
スーパーフライ級転向初試合となる、11月1日のフランシスコ・ロドリゲス・ジュニア戦に注目だ。



『FRIDAY』2022年10月14日号
取材・文・撮影:林 壮一(ノンフィクション作家)