<figure id="attachment_273490" aria-describedby="caption-attachment-273490" style="width: 1213px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d1cba5f1"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/masako11aaaa.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-273490" class="wp-caption-text">『スター誕生！』で世に出た森昌子</figcaption></figure>
胡散臭いものの比喩として、「昭和の芸能界」と用いられることがある。得体の知れない人が蠢（うごめ）き、手荒な真似をされ、人権など無きに等しい、それが「昭和の芸能界」と聞いて浮かぶ心象風景かもしれない。
驚くことに、それを可視化し、解体しようと試みたＴＶ番組があった。１９７１年１０月３日～１９８５年９月２５日にわたって放映された公開オーディション番組『スター誕生！』（日本テレビ系）である。
筆者の生まれる約１か月前に始まったこの番組から、その後の芸能界の中核を成す多くのスターを輩出している。森昌子、桜田淳子、山口百恵の「花の中３トリオ」が代表的な存在であり、その後も岩崎宏美、新沼謙治、ピンクレディー、石野真子、柏原芳恵、小泉今日子、中森明菜、松本明子、岡田有希子と枚挙に暇がない。歌手を志望する少年少女は一度は応募ハガキを書き送った、正真正銘の登竜門である。
筆者はこの番組を好んで見ていたわけではない。所詮は素人の歌にさほど興味が持てず、審査員の寸評が理解出来る年齢でもなかった。ただ、唯一心待ちにしていたのが、決戦大会のスカウトシステムである。予選を勝ち抜き、決戦大会に到達した出場者がステージの中央に立ち、会場である後楽園ホールの座席に座る５０名ほどのプロダクション、レコード会社の関係者の“審判”を待つのだ。
「一生懸命頑張ります。よろしくお願いします」
そう言って一礼すると、司会の萩本欽一が「それでは、どうぞ」と促す。次の瞬間、いかめしく、どこか胡散臭い関係者が札を上げる。一枚でも札が上がれば「合格」となり、晴れてプロ歌手の道が開かれる。札が上がった数が多ければ多いほど、将来性の高さが示され、歓喜の声も一際大きい。
札を上げた関係者に、欽ちゃんが理由を尋ねる場合もある。
「テイチクの〇〇さん、すぐに上げましたね」 
「ええ、歌唱力に将来性を見ました」
「サンミュージックの××さんは？」 
「磨けば光る素材だと思いました」
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スカウトの言うことは芸能界もプロ野球もさして変わらない。対照的に一枚も上がらない出場者もいる。敗者のように肩を落として立ち去り、泣き崩れる子も現れる。欽ちゃんは「残念だねえ」と一緒になって悔やんでやる。何の思い入れもないはずの筆者も「あー」と声を上げＴＶの前で一緒に残念がった。
決戦大会で見られるスカウトシステムに惹かれて、筆者はこの番組に付き合っていたようなものだった。
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そんな『スター誕生』の企画を立案したのは、６０年代後半から放送作家として主に音楽番組を手掛けていた阿久悠である。７０年代に作詞家としてヒット曲を量産し、８０年代に入ると文壇に進出、名作『瀬戸内少年野球団』（文藝春秋）を世に送り出す稀代のヒットメーカーには、「芸能界をわかりやすくしたい」という、ぼんやりとした希望があった。前述のスカウトシステムも彼の発案による。当時、番組のコンセプトを問われた彼は、次のように答えている。
<figure id="attachment_273487" aria-describedby="caption-attachment-273487" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="5518a1f3"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/akuyuuuu.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-273487" class="wp-caption-text">画期的なスカウトシステムは阿久悠の提案だった</figcaption></figure>
「夢の芸能界、憧れの芸能界というものがあるだろうが、反面、得体の知れないもの、油断のできないもの、理解を超えたもの、もっと悪く言うと、危ないもの、おぞましいものと思ってるんじゃないかな。（中略）だから、みんな見えるようにしたい。合格した人を、誰と誰が関心を持ち、誰がスカウトし、どういうトレーニングを受け、今どんな状態にあって、いつ世の中に出て行く予定があるのか、関わった人の顔が全国の人々にわかるようにしたいんだ」（『夢を食った男たち「スター誕生！」と歌謡曲黄金の７０年代』文春文庫）
物理的なことを言えば、舞台や映画館でしか見ることの出来なかった「スター」が、お茶の間に置かれたテレビで手軽に見られるようになったことも大きいのではないか。新劇の名優がテレビドラマに出演したり、映画スターがトーク番組で素顔を晒すのも珍しくなくなっていた。であるのなら、手の届かない「スター」が出来上がるまでの製造過程を詳らかにしたいというのは、彼らしいエスプリであるかもしれない。
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洋画嗜好者らしく、１９３７年のアメリカ映画でジャネット・ゲイナー、フレドリック・マーチ主演『スタア誕生』をヒントにタイトルを命名し、人気コメディアン、萩本欽一を司会に据え、「視聴率をさほど気にしなくてもいいように」と日曜午前の番組枠に押し込むなど、万端整えて番組は船出した。
当初は『ＮＨＫのど自慢』のように老若男女が集まって、合否を競い合うだけの内容に終始したため阿久悠を大いに落胆させたが、１３歳の森田昌子の存在が番組の成功を決定付ける。初代王者となった彼女が「森昌子」の芸名で一躍脚光を集めると、少年少女の応募が殺到、桜田淳子も山口百恵も、同年齢の彼女の成功に刺激され出場を決めたのである。すなわち、森昌子が日本の芸能史にはたした影響はとてつもなく大きく、それ以降、番組の注目度は高まり、今に語り継がれるオーディション番組の祖型が固まった。
しかし、これに“政治的”な要素が加味されることで、番組の性格はにわかに変質していくのである。この時代の芸能界の最大勢力、渡辺プロダクション（ナベプロ）が『スター誕生！』の成功に倣って、自社制作のオーディション番組を立ち上げようとしたことがきっかけである。１９７３年４月２日からＮＥＴ（現・テレビ朝日）でスタートした『スター・オン・ステージ／あなたならＯＫ！』がそれだ。
<figure id="attachment_273489" aria-describedby="caption-attachment-273489" style="width: 1706px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c3515b2f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/starst111a.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-273489" class="wp-caption-text">欽ちゃんの名司会も『スター誕生！』の醍醐味だった</figcaption></figure>
この番組がスタートする数ヵ月前、日本テレビの社内はちょっとした騒ぎとなっていた。と言うのも、新番組と同じ時間帯に『NTV紅白歌のベストテン』という歌番組を放映していたからだ。当時の芸能界の最大勢力であるナベプロは、所属歌手も豊富で『NTV紅白歌のベストテン』にも、毎週大勢の歌手を出演させていた。
しかし、その真裏にナベプロ制作のオーディション番組が立ち上がるとなると、この先『NTV紅白歌のベストテン』にナベプロの所属歌手が出演する頻度は確実に減る。大勢の人気歌手を抱える彼らの協力なくしては番組は成立せず、そうでなくても「番組裏かぶり問題」は、今も昔も神経質な要素を孕（はら）んでいた。
<div data-friday-nextpage-lead="日テレＶＳナベプロ戦争の”兵站基地”に"></div>
日本テレビの制作局次長だった井原高忠は、すぐさまナベプロの本社に乗り込んだ。直談判して、新番組を別の曜日に動かしてもらおうと考えたのだ。賢明な判断と言っていい。談判相手には、社長の渡辺晋自身がテーブルに着いた。
<figure id="attachment_273998" aria-describedby="caption-attachment-273998" style="width: 2429px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3021aea2"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/4313a60822035c2fbc12d2ba9a87e31e.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-273998" class="wp-caption-text">芸能プロダクションの近代化に成功した渡辺晋（前から2列目右）と”ファミリー”たち。彼の後継者たちがいまも芸能界の上層部に君臨している</figcaption></figure>
学生時代はバンドマンだった井原高忠にとって、渡辺晋はジャズバンド「シックスジョーズ」のバンマスにして名うてのベーシストであり、「晋さん」「ター坊」の関係にあった。井原が日本テレビに就職してからも先輩後輩の付き合いは続き、渡辺晋・美佐夫妻がスカウトした名古屋の双子姉妹に「ザ・ピーナッツ」と命名したのは井原である。井原はかつての先輩に懇願した。
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「その時間帯で新番組をやられると、ウチはとても困るんです」
それに対し渡辺晋は、かつての後輩にこう言い放った。
「そんなにウチのタレントが欲しいなら『紅白歌のベストテン』が放送日を替えりゃいいじゃないか」
「その言い草はない」と井原は思ったことだろう。もはや先輩後輩は関係ない。こうなれば売り言葉に買い言葉である。
「ああ、そうですか。わかりました。結構です。その代わり、お宅に制作を任せようと思っていた金曜夜１０時の枠は渡しません」
そう言って井原は席を蹴った。このときの心境を、井原は次のように回想している。
「いかに、おごりたかぶっていたかということですね。オレたちのところに出なかったら、お前のところはつぶれるだろう、といわんばかりの話だよ」（『元祖テレビ屋大奮戦！』文藝春秋）
このとき、井原の脳裏をよぎったのが『スター誕生！』だった。「よし、あの番組を兵站（へいたん）基地に、いっちょナベプロと戦争してやろう」と考えたのだ。井原の行動は迅速で、ナベプロ以外の有力プロダクション、ホリプロ、第一プロ、サンミュージック、芸映、田辺エージェンシー、野口プロ、新栄プロ……。居並ぶ社長の前で頭を下げた。
「ナベプロと戦争をすることになった。何とか力を貸してほしい。この井原を助けてほしい。ウチの番組に人気歌手を優先的に回してほしい。その代わり……」
井原の提示した交換条件は『スター誕生！』の合格者を、ナベプロ以外のプロダクションに優先的に配分することだった。
「わかった。それなら助けよう」 
「ナベプロにお灸をすえてやろう」
それ以降の合格者は、約束通り、渡辺プロダクション以外の会社に供給され、それぞれが日本テレビの電波に乗って人気スターの階段を駆け上った。新人時代の岩崎宏美など「日本テレビに寝泊まりしている」と噂があったほどである。
対照的にナベプロは、新人発掘が思うようにいかず、その上、社員の独立も相次いだ。さらに、渡辺晋の病気もあってパワーダウン、斜陽を迎えるに至った。一つのオーディション番組が、芸能界の地殻変動を促す役割をはたしたことになる。阿久悠はこれを「クーデター」と評している。
１９８５年に『スター誕生！』が終了してからも、いくつかのオーディション番組が立ち上がっては、スターやアーティストを産み落としてきた。筆者も昨秋から今春にかけて、プロダクションとレコード会社と広告代理店がタイアップしたオーディション番組の構成を任され、挙句に「事情通」と称しアバター出演もしたが、合格者を一人出し、当初の目的を達したとあって番組は予定通り半年で終了している。いかに『スター誕生！』が、オーディション番組の枠外に位置したかわかる。つまるところ、『スター誕生！』が真に芸能界に産み落としたのは、新人歌手のみならず、「新たな芸能地図」だったのかもしれない。
（了）

ノンフィクション作家。１９７１年生まれ。放送作家としてテレビやラジオを担当しながら雑誌やＷＥＢに寄稿。著書に『坂本龍馬はいなかった』（彩図社）、『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか』（イースト新書）。近著『沢村忠に真空を飛ばせた男／昭和のプロモーター・野口修評伝』（新潮社）が「第４３回講談社本田靖春ノンフィクション賞」を受賞。

細田昌志

伝説のオーディション番組『スター誕生！』は異色の番組だった。会場に陣取った芸能プロの担当者がその場でスカウトするシステムが斬新だった。その影響力のために芸能史に残る日テレ・ナベプロ戦争まで引き起こした

『スター誕生！』が着火した日テレ・ナベプロ戦争と芸能クーデター

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