神戸で暮らす「ウクライナバレエ団」 知られざる避難民の苦境 | FRIDAYデジタル

神戸で暮らす「ウクライナバレエ団」 知られざる避難民の苦境

密着ルポ 6名のバレリーナが来日したが、 身元保証人のゴタゴタに巻き込まれて2名が帰国 彼女たちが夢見る「日本での公演」はいつになるのか

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ピアノのメロディーに合わせ、細く、しなやかな足が素早く頭上に上がった。爪先は天井に向かって真っ直ぐ伸びている。その一つ一つの動きは滑らかで、体に染み付いているかのように自然だ。兵庫県神戸市にある施設の一室で10月半ば、ウクライナから来た避難民たちが、バレエの自主練習に励んでいた。

「こんな素晴らしいレッスン場を使えるのはありがたいです。生活面のサポートも手厚く、感謝しています。ですが身元保証人同士のゴタゴタに巻き込まれ、少し面倒なことになっています」

「来日当初は地下鉄を乗りこなすのが大変でした」というマラさん。来たる公演に向けて練習に励む日々だ
「来日当初は地下鉄を乗りこなすのが大変でした」というマラさん。来たる公演に向けて練習に励む日々だ

こう打ち明けるのは、バレリーナの一人、マラさん(30)。身元保証人とは、日本で避難民の滞在費などを負担する世話人のことだ。ウクライナがロシア軍に侵攻されて以降、日本に入国した避難民は10月26日現在、2057人。その一部が、身元保証人とのトラブルに巻き込まれ、中には滞在先から逃げ出したり、ウクライナへ帰国するケースもある。マラさんたちも、例外ではなかった。

マラさんは、ウクライナ南部の港湾都市、オデーサにある国立オデーサ歌劇場のバレエ団に所属している。5歳でバレエを始め、その道一筋で生きてきた。戦禍を逃れるため、夫(41)とともにドイツで避難生活を送っていたところ、突如として日本行きの話が舞い込んだ。

「同じバレエ団の仲間から、日本で公演をするお話があるから一緒に来ない? と誘われたのがきっかけです」

これはチャンスかもしれない――。そう期待に胸を膨らませたマラさんは、夫と弟(17)、妹(16)を伴って4月下旬に初来日した。マラさんを含め、こうして神戸に集まった同バレエ団のバレリーナは6人。その家族を含めると、全部で14人が、日本でのバレエ団結成という壮大な計画を夢見ていた。

「ところが、公演はなかなか実現しませんでした。ようやく出演の機会を得たのは、ゲストダンサーとしての2回ほど。何もないよりはいいんですけど……」

マラさんはそう嘆息する。一方、夫は日本で仕事を見つけ、弟たちの教育も含めて生活は安定しているため、「戦争が終わるまでは日本にいたい」という。

バレエ団結成の計画を練ったのは、日本の身元保証人たちだ。いざ始まると、その方針を巡って、保証人の間で意見の対立が生じ、どの保証人につくかでバレリーナたちが振り回された。そして2人のバレリーナを含む3人が8月末、早々と日本を出国した。マラさんが語る。

「保証人同士のゴタゴタで、一部のバレリーナたちも少し険悪な雰囲気になりました。戦争中というストレスから、過敏になっているのも原因でしょう」

マラさんと練習を共にしているヴィクトリアさん(34)も苦笑いを浮かべる。

「日本ではまだ公演に出ていません。これまでのバレエ人生で、ステージに上がっていない期間は妊娠した時だけよ。『バレエの仕事があるよ』と保証人から呼び掛けられ、夫と娘2人を連れて日本に来たのに、話が違いました」

オデーサでは週3〜4回は公演していたため、これでは物足りない。失望したヴィクトリアさんは、保証人を替えた。

「最初の保証人とは口もきかなくなりました。新しい保証人はとても親切で、そのうち公演できると信じています」

保証人によって、日本での生活を左右される避難民たち。最近また1人、仲間のバレリーナがウクライナへ帰国すると言い出した。これで3人目だ。オデーサの歌劇場はすでに再開しているため、やはりその舞台に立ちたかったのだ。

日本に残るか、戦禍のウクライナへ戻るか。その時々の状況で、彼女たちの心もまた、揺れ動いている。

ウクライナでは現在、戦争の影響で『白鳥の湖』などロシアで生まれた代表曲は公演で使えなくなっている
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マラさんは、通訳アプリを使ってレッスン場の鍵を受け取っていた。「週2回、日本語教室に通っています」と語る
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ウォームアップをするマラさん。「オデーサの歌劇場はウクライナで最も古く、美しい建物よ」と誇らしげだ
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「FRIDAY」2022年11月18日号より

  • 撮影・文水谷竹秀(ノンフィクションライター)

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