<h3>なぜ「メリット」から目を逸らすのか…</h3>
政府は2024年秋にも現行の紙などの健康保険証を原則廃止、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に切り替える方針を打ち出し、波紋を呼んでいる。
マイナ保険証があれば、保険証、診察券、お薬手帳などが1枚のカードで済むようになるため、通院歴や受診内容、処方薬などがわかり、薬の飲み合わせのチェックもできる。また、月1回の保険証提示も不要になり、引っ越しや就職・転職などしても切り替えが不要と、メリットは多数ある。
しかし、厚生労働省が公表している10月23日時点での「マイナ保険証」が使える医療機関と薬局は、全国で約7万4000件。一方、日本全体の医療機関と薬局は現在役24万件で、実質使える場所はまだ約3割というのが実情だ。
実際、老々介護世帯も多々ある超高齢社会の日本で、高齢者が手続きをすること、暗証番号を覚えることなどなど、容易ではない点は否めない。
また、医療現場でIT化がなぜ進まないのか、医師をはじめとした医療従事者たちに聞くと、「コロナ対応で手いっぱいだから」「導入には回線の用意をはじめ、準備がいろいろ必要だから」などという声が多数。
<figure id="attachment_274713" aria-describedby="caption-attachment-274713" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c6d4e1e9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/f603b995e42dbc3ece4d11865e3cd8f8.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-274713" class="wp-caption-text">大阪府保険医協会は10月17日に「憲法25条の実現を目的とした国民皆保険制度の基盤となる健康保険証を人質に取るようなやり方」と抗議したが…（写真：共同通信）</figcaption></figure>
<h3>医療機関へのアンケートの返信の７割がFAXだった…</h3>
しかし、その一方で、実は日本の医療システムが影響している部分もあると、世界経済フォーラム（WEF）や国連責任投資原則（PRI）のメンバーとして、SDGs/ESGデータサイエンスの新技術を研究・開発する天才集団を率いるサステナビリティ学者の笹埜健斗氏は言う。
「大前提として、コロナ禍における医療従事者の負担は計り知れないものがあります。とても頭が上がりません。しかも今度は『マイナ保険証』という政策が出てきた。 
もともと日本は医師のITリテラシーが低く、2019年に日本医師会総合政策研究機構が行ったアンケート調査では、ネットで回答したのは全体の3割のみ、残り約7割がFAXでの回答だったんですね。  
そもそも医療に限らず、日本はITリテラシーが低く、セキュリティが弱いから、諸外国から機密情報共有枠組み『ファイブアイズ同盟』への参加を求められているにもかかわらず、入れてもらえていないのが現状です」
保険証の廃止に断固反対を唱える団体の一つ、大阪府保険医協会が10月17日に発表した抗議を例に、笹埜氏はこんな指摘をする。
「大阪府保険医協会は、『憲法25条の実現を目的とした国民皆保険制度の基盤となる健康保険証を人質に取るようなやり方』としていますが、果たしてその表現は適切なのでしょうか。憲法13条や25条の議論を踏まえることなく憲法論に持っていくのは無理があります。 
それに、情報システムに関しては、企業はデジタル化政策を戦略としてやっていくのが常識になっているのに対し、学校や病院といった組織は国に守られすぎているために、大前提として、どうしても「受け身」になってしまいやすい。 
しかし今、「新しい資本主義」が求められる中、医療の古くさい旧態依然としたところを変えないと根本的な解決が到底かなわない段階に来ています。 
それに、行政サービスは『申請主義』のため、役に立つ素晴らしい行政サービスが多数あるにもかかわらず、使いこなせている人が数割しかいない状況を打開したい想いが政府にはあるんです」 
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<div data-friday-nextpage-lead="医師会が指摘するべきは、その「過程」"></div>
また、コロナ助成金や医療助成金が不当に悪用された多くの事実を踏まえ、是正する必要があること、保険や公的扶助、生活保護など様々なものが付随し、それらがマイナンバーにより連携し、窓口でワンストップ申請できるようになる利便性も理解されていないと強調する。
「しかも、マイナ保険証を読み取る機器には、補助金を出してもらえるのに、それでもやらない。 
デジタル環境を持っていない医師には別途パソコンを用意してもらえば、保険証に入っている処方薬歴、注意事項などを表示できる仕組みになっていて、自動予約システムとも紐づけできる。長期的には医療業界の方々の『働き方改革』にもなるはずです。それでもやらない。 
今や子どもも高齢者もスマホを持っている時代ですから、『withコロナ』と一緒に、『withデジタル』で世界とつながる必要があると思います」 
<figure id="attachment_274714" aria-describedby="caption-attachment-274714" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c3407e1a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/87771a1318f7f2c494bfe4045c580b79.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-274714" class="wp-caption-text">「マイナンバーカードを進めることで、追跡可能になり、むしろ透明化されるんです」と笹埜氏（写真：アフロ）</figcaption></figure>
<h3>重要なのは「情報の透明化」</h3>
利便性は多々ある一方で、誰もが考えるのが「セキュリティ」の問題だ。しかし、これも誤解されている部分が多いと言う。
「マイナンバーを知られただけでは、何も悪用できない可能性が高いです。マイナ保険証で医療機関・薬局が使うのは、ICチップにある『電子証明書』データのみだからです。マイナンバーカードを紛失した場合は注意が必要ですが、それは従来の保険証も同じです。 
国際的には、情報の透明化、つまり『自分たちの個人情報がどのように流れていくのかがきちんと追跡できること』が重要視されており、『裏で悪用されるのではないか』と勘違いされている方も多いですが、マイナンバーカードを進めることで、逆にそこは追跡可能になり、むしろ透明化されるんです。 
医療における個人情報という点では、今まで紙のカルテでやっていたことや、電子カルテにコピペで済ませていたようなことの方が危ないわけで。大学の先生やお医者さんなら安心して任せられると思う方も多いですが、現に日本では医療機関がサイバー攻撃を受け始めているわけですから。 
また、医療業界にとっては、デジタル保険証として使う先に個人健康情報や医療機関の情報、日本が弱い基礎研究・新薬の開発や承認に結び付けていくというメリットもあります」
韓国やドイツなど、デジタル化が進んでいる諸外国に比べ、日本では遅々として進まない理由に「自分事としてとらえていないこと」を笹埜氏は指摘する。
しかし、例えば韓国は不正が糾弾され、デモなどが盛り上がり、大統領の退任後には不正疑惑で逮捕される流れができているのに対し、日本では統一教会と自民党の強い結びつきが明らかになった今も、のらりくらりと自民党長期政権が続いている。
政治もデジタル化も、「自分事としてとらえない」のは、言ってみれば日本の国民性なのかもしれない。
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<div data-friday-nextpage-lead="日本は企業との付き合い方が非常にヘタクソ…"></div>
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<h3>医師会が指摘するべきは、その「過程」</h3>
加えて、接触確認アプリ「COCOA」のような、実質何の役にも立たないものを作る国に情報を渡して本当に大丈夫なのかという技術的不安や、「マイナポイント2万円分付与」など、目の前にわかりやすく人参をぶら下げる胡散臭さに対する不安もあるだろう。
「確かにそこは日本独自の部分もあります。 
例えば、エストニアの場合は『国家政策』と打ち出し、ベンチャー企業と組んで、スピーディに非常に良質なシステムを作ったように、諸外国では国が文化として打ち出していることが多いと思います。さらに、エストニアには重複したシステムを無駄に作ってしまわないための「RIHA」という国家情報システムもあります。 
その点、日本は企業との付き合い方が非常にヘタクソだということが、国民にバレている。 
アメリカを例に挙げると、オープンソースソフトウェア（OSS）を共有できる「Code.gov」というプラットフォームがあるため、政府と市民がオープンソースプロジェクトで協力することができます。電子的に行政手続きを行ってもらうために、『こういうアルゴリズムで医療制度の登録システムを作る計画だよ』とネット上で公開し、そこに市民が参画する仕組みを作り上げています。 
こうした仕組みは、『共創』の思想に基づいて、政府内外の優秀な人材が協力して、政府が管理する情報システムの信頼性と有効性を確保できるため、画期的といえます。 
その上で、もっといいデザインはないのか検討すると、政治家や官僚が考えるよりも、NPOなどの市民のほうが良い案を出すことは多く、国も『だったら、この仕様に変更しよう』という方向に柔軟に更新していく仕組みがきちんと存在するんですよね」 
<figure id="attachment_274715" aria-describedby="caption-attachment-274715" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="0f43956c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/ff67042673e09bcee07cb836156414bd.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-274715" class="wp-caption-text">ツッコミどころは『マイナンバーカード自体』にのみあるのではなく、むしろ『マイナンバーカードをめぐる仕組み作り』の浅さを医師会は指摘するべき</figcaption></figure>
では日本の場合はというと……。
「保険証の読み取り機一つとっても、富士通、パナソニック、アルメックス、キヤノン、アトラス情報サービスと最初から決まっていて、全て出来上がってからニュースメディアなどで事後報告としてリリースされる。回線はNTTのみですよね？　それが不信感につながるところだと思います。 
医療情報システムは一部のベンダー企業に任せきりになってきた歴史があって、そこを反省・改善しない限り、丸ごと飲み込まれ、引きずり込まれてしまいます。 
ツッコミどころが『マイナンバーカード自体』にのみあるのではなく、むしろ『マイナンバーカードをめぐる仕組み作り』の浅さを医師会は指摘するべきです。 
国際的には、市民と一緒に作り、監視していく『共同規制』が注目されつつあります。“国に全部お任せします”とか“医師会に全部お任せします”と言うのはもう古い。一緒に作っていくプロセスを公開し、市民参加ができるようにする、もう一段階、深いレベルでの構造改革が必要です」 
笹埜 健斗（ささの・けんと）サステナビリティ学者。高校時代に生死の境を彷徨い、哲学に目覚める。哲学オリンピック金メダリスト、京都大学法学部、東京大学大学院情報学環・学際情報学府を経て、全5種類の法人役員等を歴任。2021年4月、株式会社Scrumy代表取締役に就任。2022年4月、一般社団法人サステイナビリティ協会代表理事に就任。資本主義のSX（サステナビリティ・トランスフォーメーション）を目指し、社会情報学（ESGデータサイエンスなど）の観点から、サステナビリティ学に関する先進的な研究と事業を行う。

1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマに関するコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』（太田出版）、『KinKi Kids　おわりなき道』『Hey! Say! JUMP　9つのトビラが開くとき』（ともにアールズ出版）など。

田幸和歌子

政府は2024年秋にも現行の紙などの健康保険証を原則廃止、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に切り替える方針を打ち出し、波紋を呼んでいる。日本の医療現場ではIT化がなぜ進まないのか…。

ITリテラシーが…マイナ保険証の普及を妨げている「本当の理由」

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