<h3><span class="strongInContent">流行り廃りに振り回されない「不変の一杯」</span></h3>
<p>ラーメンが誕生して百年余り。ラーメンはあらゆる料理の中で、最も流行に敏感で進化し続けている料理である。毎年新たなトレンドが生まれ、新しいスープや食材に注目が集まり、新たなラーメンが生まれる。ラーメン職人たちは常に新しい味を追い求め、ラーメンフリークたちはそれを追いかける。そのサイクルがラーメンという料理の進化を加速させてきた。</p>
<p>その一方で、流行に乗り遅れたりトレンドの潮目を読めずに消えていった店も数多い。日本全国にあるラーメン店の数は3万軒ほどと言われているが、その数はこの十年ほどでほとんど変わっていない。つまり、新しく出来たラーメン店と同じ数だけのラーメン店が閉業しているということだ。ラーメンはあらゆる料理の中で、最も生き残りが厳しい世界とも言えるだろう。</p>
<p>そんな中で、流行り廃りに振り回されることなく、長年愛され続けているラーメンがある。どんな時代であっても愛される、不変の美味しさを持つ一杯がある。その土地土地で何代にもわたり受け継がれてきた味がある。誰もが懐かしさを覚えるラーメンの味と店の佇まい。素材がどうの製法がこうのと、難しいことを考える必要がなく、ただ目の前にあるラーメンを食べて「美味い」と思うだけでいい。そんな「日常のラーメン」がある。</p>
<p>全国各地にその土地ならではの「ご当地ラーメン」が存在するが、ありとあらゆるラーメンが集まる場所ゆえに、東京のご当地ラーメンには意外にもスポットが当たることがない。しかしながら、言うまでもなく東京のご当地ラーメンは「醤油ラーメン」である。ほのかに煮干しが香る醤油味の透明なスープに縮れ麺。海苔やナルトが乗ったそのビジュアルは、誰もが想像する「日常のラーメン」そのものだろう。それが「東京ノスタルジックラーメン」だ。</p>
<figure id="attachment_275238" aria-describedby="caption-attachment-275238" style="width: 3544px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e650aa22"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/a3080c24f9569e7d3b0c31c24d91cefc.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275238" class="wp-caption-text">日本のラーメン店の原点『來々軒』（新横浜ラーメン博物館）</figcaption></figure>
<h3><span class="strongInContent">百年変わることのない中華そば</span></h3>
<p>かつては「木挽町」と呼ばれた東銀座の路地裏に佇む一軒の店がある。屋台として創業したのが大正15（1926）年と、百年近くもの長い間味と暖簾を受け継いでいる老舗が<span class="strongInContent">『萬福（まんぷく）』</span>だ。</p>
<p>厨房に立つのは三代目の久保英恭（ひでひさ）さん。創業者である笠原福次郎さんの孫である久保さんは、幼少期より店を手伝いながら、中華料理店などでの修業を経て、25歳の時にこの店を引き継いだ。</p>
<p>『萬福』の中華そばはあっさりとしたスープが特徴の、昔ながらの醤油ラーメン。丼には赤、緑、黄色と色合いを考えて配された具材たちが整然と並ぶ。中でも三角に切られた黄色い薄焼き卵が目を引く。これは洋食出身の創業者が考案したものだという。赤、緑、黄色と色合いを考えて配された具材たち。チャーシュー、ナルト、青菜、メンマなども変わることがない。変えてはいけないのだと久保さんは語る。</p>
<p>流行りのラーメンが次々と生まれる中で、百年前のラーメンを変えない勇気。作り方や具材の配置は同じでも、材料や調味料などが昔と今とでは違うので、味はきっと変わってしまっているだろうと語る久保さん。常連客の中には久保さんが子供の頃から店に通っている人もいる。その人たちのためにもラーメンの味を変えるわけにはいかない。『萬福』の中華そばの味は、久保さんのものではなく、この店を長年愛してきた人たちのためのものなのだ。</p>
<figure id="attachment_275241" aria-describedby="caption-attachment-275241" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4c9cb8d9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/788731b39e9dd9f636354be572f71b6d.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275241" class="wp-caption-text">『萬福』の中華そばはあっさりとしたスープが特徴の、昔ながらの醤油ラーメン。洋食出身の創業者が考案した三角に切られた黄色い薄焼き卵</figcaption></figure>
<figure id="attachment_275242" aria-describedby="caption-attachment-275242" style="width: 3264px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e837adb4"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/0de7aedc159d5d911dac832904584344.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275242" class="wp-caption-text">『萬福（まんぷく）』東京都中央区銀座2-13-13</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="変わらないために変わり続ける味"></div>
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<h3><span class="strongInContent">変わらないために変わり続ける味</span></h3>
<p>変わらないために変わり続けている味もある。戦後間もない昭和24（1949）年、荻窪駅前にあった「闇市」に固定式の屋台として創業した<span class="strongInContent">『中華そば 春木屋』</span>は、創業から70年以上経った今でも行列が出来る人気店。その行列の理由は中華そばにある。</p>
<p>『春木屋』の中華そばは煮干しのパンチが効いた熱々のスープに、存在感のある自家製麺の組み合わせ。このラーメンが戦後に生まれたものとは信じ難いが、基本的な設計はそのままに時代に合わせたアップデートがされているのだ。</p>
<p>戦後の貧しかった時代から、物資も豊かになり飽食の時代へ。人々の味覚や嗜好も変わっていく中で、昔と変わらず美味しいと言われるためには、時代に合わせて変わり続けていかなければならない。そして、お客様の舌よりも一歩先を行かなければならない。『春木屋』創業者の今村五男さんはそう考えた。</p>
<p>そしてその想いは今も受け継がれている。麺の太さは季節によって変え、使う煮干しも常に吟味してより良いものに替える。季節によって時代によって、客がその変化に気づかないようなレベルで少しずつ味の改良を重ねていく。変わらないために変わり続ける。『春木屋』が長年トップランナーで在り続ける理由だ。</p>
<figure id="attachment_275244" aria-describedby="caption-attachment-275244" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3942a856"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/8124612b281bd3b5ad279e709553209c.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275244" class="wp-caption-text">『春木屋』の中華そばは煮干しのパンチが効いた熱々のスープに、存在感のある自家製麺の組み合わせ。季節によって時代によって、客がその変化に気づかないようなレベルで少しずつ味の改良を重ねていく</figcaption></figure>
<figure id="attachment_275245" aria-describedby="caption-attachment-275245" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="585d62ae"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/8513b4613c64255e4c081942c53263f5.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275245" class="wp-caption-text">『中華そば 春木屋』東京都杉並区上荻1-4-6</figcaption></figure>
<h3><span class="strongInContent">誰も知らない一杯を再現する挑戦</span></h3>
<p>東京ラーメンの歴史を語る上で<span class="strongInContent">『來々軒』</span>の存在は欠かすことが出来ない。その創業は明治43（1910）年と、今から110年以上も前のこと。当時流行の最先端が集まる街「浅草」に店を構えた『來々軒』は、日本で初めてラーメンを主力商品として打ち出した、日本のラーメン店の原点とも呼べる店だ。その後、戦争による閉店や復活、移転などを経て、昭和51（1976）年に後継者がいないことを理由に閉店した。</p>
<p>そんなラーメン史における名店が、2020年衝撃的に復活を果たした。日本初のフードテーマパークとしても知られる<span class="strongInContent">『新横浜ラーメン博物館』</span>に当時の味を再現した<span class="strongInContent">『淺草 來々軒』</span>が出店。『新横浜ラーメン博物館』は、日本のラーメン文化の研究をする中で『來々軒』についても調査を重ねてきた。『來々軒』三代目の故尾崎一郎氏への取材をはじめ、30年間にわたる研究調査の結果、当時のラーメンの調理方法や使用していた麺の小麦粉などを解明。その調査内容の発表とともに、当時の味を再現して提供することを企画。『來々軒』創業者である故尾崎貫一氏の子孫などの協力を得て、施設内に実際の店舗として復活させたのだ。</p>
<p>『來々軒』のラーメンは、いわば日本のラーメンの「原点の味」。その味を再現することは非常に意義のあることだが、食材も食事情も全く異なる110年も前のラーメンを、現代に再現することは限りなく不可能に近い。しかも、その当時のラーメンを食べた人は誰もいない。日本のラーメンの原点とは何なのか。その困難かつ重要なミッションを託されたのは、人気ラーメン店<span class="strongInContent">『支那そばや』</span>だ。</p>
<p>麺は当時使われていた小麦の遺伝子を持つ小麦を使い、鹹水も当時の配合に近づけて、創業当初の青竹製法によって当時の麺を再現。チャーシューも当時流通していた豚の系統を特定し、バークシャー種を掛け合わせた国産豚を使い、現在主流の「煮豚」ではなく当時の製法をもとに「焼豚」に仕上げた。スープは鶏と豚に煮干しを加えた清湯スープに、創業当時と同じ醤油メーカーのものを使った。日本のラーメンの源流ともいえる『來々軒』の「らうめん」は見事に再現され、110年経った現代でも多くの人たちに受け入れられたのだ。</p>
<figure id="attachment_275246" aria-describedby="caption-attachment-275246" style="width: 3691px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="367c28b3"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/22fd2092b5ffea6bf19000bb7c2d705c.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275246" class="wp-caption-text">『來々軒』のラーメンは、いわば日本のラーメンの「原点の味」。そんなラーメン史における名店が、2020年衝撃的に復活を果たした</figcaption></figure>
<figure id="attachment_275247" aria-describedby="caption-attachment-275247" style="width: 1542px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="10cc2fbf"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/b95fead1df036d4e156507fc533d15fe.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-275247" class="wp-caption-text">『淺草 來々軒』新横浜ラーメン博物館・神奈川県横浜市港北区新横浜2-14-21</figcaption></figure>
<p>最先端のラーメンを味わう楽しさもあるだろう。しかし、ノスタルジックラーメンを食べるとタイムマシンのように時代を飛び越えることが出来る。百年前の日本人が愛したラーメンや、戦後の日本の復興を見つめてきたラーメンを、今も変わらずに食べることが出来る。ノスタルジックラーメンは私たち日本人の日常にずっと寄り添い続けてきたラーメンなのだ。</p>


フードジャーナリスト・ラーメン評論家。『Yahoo!ニュース個人』オーサー／著書『トーキョーノスタルジックラーメン』他／「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら、テレビ・雑誌・ウェブなど様々な媒体で活動中。

山路力也

流行り廃りに振り回されることなく、長年愛され続けているラーメンがある。ほのかに煮干しが香る醤油味の透明なスープに縮れ麺。海苔やナルトが乗ったそのビジュアルは、誰もが想像する「日常のラーメン」そのもの。

ここにも昭和ブーム…「東京ノスタルジックラーメン」探訪

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