<figure id="attachment_279692" aria-describedby="caption-attachment-279692" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="40a7822f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/12/K5R6682re.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-279692" class="wp-caption-text">くぼた・とおる／’96年２月、神奈川県生まれ。慶應大学在学中から映像作家として活動を始める。ミャンマーなどの国際問題を中心に、新型コロナ禍での東京などもテーマにする</figcaption></figure>
<p>ホコリがツララのように天井から垂れ下がり、壁にはゴキブリが蠢（うごめ）く。部屋にあるのは仕切りのないトイレのみ。内部には、糞尿や汗の臭いが満ちていた……。</p>
<p>ドキュメンタリー作家・久保田徹氏（26）が、ミャンマーで収容された留置所の様子は筆舌に尽くしがたい。久保田氏が振り返る（以下、発言は久保田氏）。</p>
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<p><span class="strongInContent">「５ｍ×２ｍほどの広さ（約６畳）の部屋に、20人以上が詰め込まれていました。普段はやることもなく、ただ横になっているだけ。しかし人が重なり合い、手足を伸ばせるスペースもありません。コンクリートの床の上にビニールシートが敷かれただけの部屋には、ネズミや蚊の大群が……。地獄のような空間でした」</span></p>
<p>11月17日に解放され、無事に帰国した久保田氏。４ヵ月近い拘束期間で、経験した絶望と現地の実情を語る――。</p>
<p>久保田氏がミャンマーに関わるようになったきっかけは、偶然だった。</p>
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<p><span class="strongInContent">「高校の時に授業で、たまたまロヒンギャ（ミャンマーのイスラム系少数民族）の映像を見て興味を持ったんです。志望していた慶應大学の推薦入試では、ロヒンギャの論文を提出して合格。大学３年生の時にはミャンマーへ行き、難民キャンプのロヒンギャを実際に取材しました。大勢のロヒンギャが隔離され、医療もロクに受けられずにいる厳しい状況に衝撃を受けた。以後、ロヒンギャ難民を支援する映像を撮り続けています」</span></p>
<p>’21年２月に国軍によるクーデターが起きると、久保田氏は「再びミャンマーの現状を取材しドキュメンタリーの映像にしたい」という気持ちを強くする。新型コロナウイルス感染拡大が落ち着き、久保田氏がミャンマーへ渡航したのは今年７月14日だった。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="拘束され、地獄の拘置所へ…"></div>
<h2>係官の態度が一変したワケ</h2>
<p><span class="strongInContent">「私が国軍に拘束されたのは７月30日です。最大都市ヤンゴン市内の南ダゴン地区で午後３時ごろから始まった、国軍への抗議デモを取材後のことでした。ミャンマーでは、表立った抗議活動は禁止されています。そのため行われるのは、少数の人が30秒ほど抗議の横断幕を掲げスグに解散するという『フラッシュデモ』。私は20～30ｍ離れた路上から、通行人のふりをしてデモを撮影していました」</span></p>
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<p>デモが終わり久保田氏が現場を離れると、１台の車が背後から近づいてきた。中から現れたのは二人の私服警官。一人が久保田氏に銃を突きつけ、両手を上げヒザをつくように指示する。</p>
<p><span class="strongInContent">「車の中に押し込められると、頭を押さえつけられ口につけていたマスクで目を覆うように言われました。アイマスクのような状態です。周囲の様子はわかりません。車は10分ほど走っていたでしょうか。連れていかれたのは警察署でした」</span></p>
<p>取り調べが行われたのは２日間。初日は好待遇だった。外国人への配慮もあったのだろう。ミャンマーでは珍しい、エアコンのきいた快適な署長室に宿泊した。対応が一変したのは翌日だ。</p>
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<p><span class="strongInContent">「係官がフェイスブックに公開している、ロヒンギャ支援のための私の映像を見つけたんです。彼は片言の英語とミャンマー語で『ベリー ベリー バッド。オマエが撮った映像を見ると虫唾が走る』と話し、私を小突きました。取り調べを終えると、係官はこう言って私を脅します。『地獄みたいなところに行くぞ』と」</span></p>
<p>久保田氏が入った留置所内部の惨状は、冒頭で紹介した通りだ。夜でも気温が30℃を超える環境にもかかわらず、水浴びすらできない。久保田氏は劣悪な留置所で数日過ごした後、８月４日にヤンゴンのインセイン刑務所に移される。</p>
<p><span class="strongInContent">「入れられたのは、広さ10㎡ほどの独房です。陽も当たらない暗い留置所にいたので、太陽の光が入り、誰にも邪魔されない独房は本当にありがたかった。ただ、そんな平穏な気持ちも数日で覆（くつがえ）ります。毎日何もやることがないんです。食事はカレーやおかゆばかりの単調な日々。曜日感覚がなくなり、自分が何者かわからなくなる無力感に襲われます。私を救ってくれたのは、こっそり持ち込んだ紙きれとペンです。留置所などで目にしたことをメモし、部屋の様子を絵に描くことで精神状態をなんとか保っていました」</span></p>
<p>独房の前には、庭のような小さな空間があった。久保田氏は決められた時間に独房から出て、他の収容者たちと交流。ミャンマー語を教えてもらうなどした。</p>
<p><span class="strongInContent">「なかには20年も刑務所にいて、精神を病（や）んでいる人もいました。幻覚を見て、何事かブツブツ話している……。他の収容者からは、こう言われました。『考え過ぎるなよ。考え過ぎたらああなるぞ』」</span></p>
<p>10月に入り、久保田氏に判決が下される。他の収容者十数人とともに乗せられたトラックで、揺られること約５分。講堂のような建物に入り、廊下で待たされていると一人ひとり呼ばれた。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="でっち上げの証拠で禁固10年"></div>
<h2>証拠となった「でっち上げ写真」</h2>
<p><span class="strongInContent">「呼び出された大きな部屋は、仕切りで細かく区切られていました。私が通されたブースには、軍人らしき男性３人と弁護士に通訳が。ただ、私に弁明の機会はありません。『横断幕を作ってデモに参加し扇動しただろう』と一方的に断罪。見せられたのは、拘束後の取り調べ中に国軍が撮った、他のデモ参加者と横断幕を持たされた写真（２枚目写真）です。私は取材をしましたが、デモに参加はしていない。証拠をでっち上げられたんです」</span></p>
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<p>下されたのは扇動罪と電子取引法違反の禁錮７年。数日後に行われた別の裁判では、入国管理法違反で同３年の有罪判決を受ける。合わせて禁錮10年の刑だ。</p>
<p><span class="strongInContent">「裁判を終えたミャンマーの収容者たちは、『オレは７年』『私は10年だ』とまるでテストの点数を言い合うように判決を報告し合っています。『ファイティング！　ファイティング！（戦うぞ！　戦うぞ！）』と。ミャンマーの人々にとって、理不尽な刑を受けるのは日常茶飯事になっているんです。厳しい現実を突きつけられても前向きな彼らを見ていると、ミャンマーの人たちの強さを感じました」</span></p>
<p>だが日本人の久保田氏にとって、異国での禁錮10年の判決は衝撃だった。</p>
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<p><span class="strongInContent">「刑務所を通じて日本大使館が動いているのを知っていたので、なんとかしてくれるだろうという淡い期待はありました。しかし１週間経ち、２週間経ってもなんの動きもない。次第に、未来の見えない絶望感が雪崩のように襲ってきます。ネガティブな気持ちが全身を覆い、自分が首を吊（つ）って自殺しようとする姿さえ想像していました」</span></p>
<p>久保田氏は、毎日腕立て伏せや筋トレを行った。身体を疲れさせ睡眠をしっかりとり、少しでも精神を安定させるためだ。突然、数人の看守が独房に現れたのは11月17日の朝だった。</p>
<p><span class="strongInContent">「彼らは『スグに出ろ！』と言います。恩赦により解放された瞬間です。２～３分で荷物をまとめ独房を後にしました」</span></p>
<p>翌日、久保田氏は羽田空港への飛行機で帰国する。無事日本へ戻って来られたことを喜び感謝しつつ、久保田氏には伝えたいことがあるという。</p>
<p><span class="strongInContent">「私がミャンマーで経験したことは、日本人には特別なことです。しかしミャンマーの人にとっては、日常的なこと。今回の件で、多くの日本人がミャンマーに関心を持ってくれたのは好機です。ミャンマーで撮った映像で、虐（しいた）げられる人々の現実を伝えたい。無事に戻って来られた私の責任は大きいと思います」</span></p>
<p>久保田氏は、ロヒンギャを支援する新たな作品作りに取りかかっている。</p>
<figure id="attachment_279695" aria-describedby="caption-attachment-279695" style="width: 2170px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="664984ac"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/12/K5R6745re.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-279695" class="wp-caption-text">国軍が久保田氏（〇内）の拘束後に撮影しデモに参加した証拠とする写真。横断幕には「真実が嘘によりとりはらわれる」とある</figcaption></figure>
<figure id="attachment_279693" aria-describedby="caption-attachment-279693" style="width: 1857px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3136e11d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/12/K5R6711re.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-279693" class="wp-caption-text">都内の自宅で、刑務所で書いたメモを前に取材に応じる久保田氏。ミャンマーで今もなお１万人以上が拘束されていることは「他人事ではない」と訴える</figcaption></figure>
<figure id="attachment_279694" aria-describedby="caption-attachment-279694" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3bfb779e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/12/K5R6727re.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-279694" class="wp-caption-text">久保田氏が描いた留置所の様子（左上）や他の収容者から教えてもらったミャンマー語の文字。「ツラい拘束生活でもミャンマーの人々と交流できたのは貴重な体験」</figcaption></figure>
<p>『FRIDAY』2022年12月23日号より</p>


小松寛之

抗議運動を撮影中にミャンマー国軍に拘束され、禁固10年を言い渡されたドキュメンタリー作家の久保田徹氏。幸いにも今年11月に開放され帰国したが、拘置所で過ごした3か月半は地獄だったと語る――。

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