音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』（彩流社）、『チェッカーズの音楽とその時代』（ブックマン社）、『イントロの法則80's』（文藝春秋）、『サザンオールスターズ1978-1985』（新潮新書）、『恋するラジオ』（ブックマン社）など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。新著に『EPICソニーとその時代』（集英社新書）、『桑田佳祐論』（新潮新書）

スージー鈴木

<p>今回取り上げる『抱きしめたい！』は1988年の7月～9月、つまりは昭和最後の夏にオンエアされました。</p>
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<p>「抱きしめたい！」と書いて「W浅野（だぶる・あさの）」と読みます。そう、浅野温子・浅野ゆう子が、まさに「W主演」という感じで出演。このドラマを契機に、この2人、そして「W浅野」という言葉自体が大ブームになったのでした。</p>
<figure id="attachment_288417" aria-describedby="caption-attachment-288417" style="width: 1935px" class="wp-caption aligncenter"><a href="#" data-ident_hash="79c669ff"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/10000000000000089767_20230111121015077389_P120417162041.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-288417" class="wp-caption-text">トレンディドラマの代名詞・W浅野</figcaption></figure>
<p>温子が61年生まれ、ゆう子が60年生まれ、でも学年は同じ、つまり同級生。前回取り上げた『男女7人夏物語』の明石家さんま、大竹しのぶはともに50年代生まれだったので（さんま：55年、しのぶ：57年）、主役が60年代生まれに手渡されて、トレンディドラマというカテゴリがいよいよ加速していくのです。</p>
<p>いわば、60年代生まれが演じて、60年代生まれが楽しむエンタテインメントとしてのトレンディドラマ。</p>
<p>さて、「W浅野」の人気がいかにすごかったのか。翌89年のビデオリサーチのタレント人気度ランキング（女性部門／8月度）を見てみましょう。</p>
<p>1位：浅野ゆう子<br>
1位：浅野温子<br>
3位：吉永小百合<br>
4位：山田邦子<br>
5位：小泉今日子<br>
6位：森光子<br>
7位：三田佳子<br>
8位：安田成美<br>
9位：榊原郁恵<br>
10位：和田アキ子</p>
<p>何と「W浅野」が首位を分け合っています。そのくらい彼女たちの人気はすごかった。こんな大盛り上がりの契機となったのが、『抱きしめたい！』だったのです。</p>
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<div data-friday-nextpage-lead="『抱きしめたい！』がトレンディドラマを変えた？"></div>
<h3>言葉本来の意味でのトレンディドラマ</h3>
<p>時を経て四半世紀後、2013年にリリースされたCD『抱きしめたい！ Music Collection』の中で、このドラマの演出を担当した河毛俊作氏のインタビューが収められています。</p>
<p>河毛氏は言います。「80年代の終わりで女の人の勢いが良くなってきた時代」に「リアルな女の人のドラマをやりたい」、そして「女同士の物語を今までとまったく違う切り口でやってみたい」という意図があった、と。</p>
<p>さらには「都会的な洗練されたドラマにしたい」、また「コンセプトの中の一つに夏っぽいというのがあった」、「夏の終わり感」「最後の青春」「最後の楽園」のようなイメージがあった、とも。</p>
<p>これらを一言で要約すれば、つまりは「トレンディドラマ」ということになります。その前に「言葉本来の意味での」と添えてもいいかもしれません。都会的で洗練された夏の世界観の中、女性がいきいきと闊歩するドラマ――これぞ、トレンディドラマ！　その象徴としての「W浅野」！</p>
<p>ちなみに、主題歌はカルロス・トシキ＆オメガトライブ『アクアマリンのままでいて』。音楽担当はピチカート・ファイヴ。脚本は松原敏春。直前のクールにTBS『海岸物語 昔みたいに…』も手掛けていて、つまりは「昭和最後の夏ドラマ」を一手に引き受けた人。</p>
<p>そして、プロデューサーは大多亮（現フジテレビ専務）。彼が作り上げたといっても過言ではない「言葉本来の意味でのトレンディドラマ」のその後について、彼は語ります――「次から次へとトレンディードラマは作られるけど、設定は大きく変わるわけじゃない。視聴者も飽和状態だったんだろうね」（産経新聞／2013年10月29日）</p>
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<p>というのは、『抱きしめたい！』が最高視聴率21.8％、そして90年の『世界で一番君が好き！』（浅野温子主演）が同25.5％と、いよいよ盛り上がっていくのですが、同90年の『恋のパラダイス』（浅野ゆう子主演）が同17.0％と大コケ（それでも今から見たら大した数字ですが）、戦略の転換を迫られます。</p>
<p>そこで、普通のOLとサラリーマンが通勤電車で出会って恋をするという「地に足のついたトレンディードラマ」（大多氏）＝『すてきな片思い』（90年。中山美穂主演）で同26.0％と復活するのですが、言い換えればその瞬間、「地に足がついていない」ような「言葉本来の意味でのトレンディドラマ」が、たったの2年で終わってしまったのです。</p>
<p>昭和最後の夏に放送された『抱きしめたい！』は、「トレンディドラマ」という夏の終わりの始まりなのでした。</p>
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<div data-friday-nextpage-lead="『抱きしめたい！』が迎えた意外すぎる最終回"></div>
<h3>トレンディドラマと昭和が暮れていく夏</h3>
<p>さて、では『抱きしめたい！』の最終回を見てみます（フジテレビオンデマンドにて配信中）。でもその内容に、いかにも最終回という感じの「大どんでん返し」（当時の流行語）はなく、至ってシンプルなものでした。</p>
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<p>（この段落ネタバレあり）麻子（浅野温子）と夏子（浅野ゆう子）は幼なじみで、圭介（岩城滉一）と夏子は夫婦。しかし圭介が麻子に恋をして「夏子と別れる」と麻子に言うものの、麻子は「私が夏子と別れられないの。別れられっこないもん。もう夏子、傷つけらんないよ！」と返す。その後、多少のやり取りがありつつも、最終的に麻子が、圭介と夏子を無理やり元のさやに収めて、大団円。</p>
<p>サラッとした展開に肩透かしを食らった感じでした。しかし最終回だからといって、これみよがしに大仰な展開を入れないのが、河毛氏のいう「都会的で洗練」ということなのかもしれません。</p>
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<p>そんな中、重責を果たしているのが浅野温子。言葉数がやたらと多いセリフを、超早口で絶叫し、変顔し、挙げ句の果て、奇声を上げて派手に転ぶ。夜中のグラウンドで、ビートルズ『抱きしめたい』を熱唱しながら、自転車を乗り回すシーンは、そうとうにシュールです。</p>
<p>「ドリフと欽ちゃんと漫才ブーム」の血中濃度が高い60年代生まれに向けたエンタテインメントとして、コメディエンヌが必要ということだったのでしょう。ただ正直、まだ手探り状態のようにも見えます。</p>
<p>ここでいう意味でのコメディエンヌの完成形は、浅野温子以上に長い手脚を、抜群の運動神経でせわしなく動かしたTBS『ダブル・キッチン』（93年）の山口智子だと私は見るのですが。</p>
<p>やや暴走気味な浅野温子や、演技がまだまだおぼつかない（失礼）石田純一、本木雅弘を支えるのは岩城滉一、浅野ゆう子という「70年代ブレイク組」。特に、「W浅野」の10学年上、岩城滉一の安定感がドラマに奥行きを与えます。さすが、キャロルの解散コンサート（75年）の映像『燃えつきる～キャロル・ラストライブ』の冒頭で、すでにやたらとかっこいい独白を見せている人だけあります。</p>
<p>『抱きしめたい！』の最終回の3日前＝88年9月19日の夜、昭和天皇のご容態が急変。トレンディドラマの終わりの始まりだった『抱きしめたい！』とともに、昭和が終わっていくのです。</p>


音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』（彩流社）、『チェッカーズの音楽とその時代』（ブックマン社）、『イントロの法則80's』（文藝春秋）、『サザンオールスターズ1978-1985』（新潮新書）、『恋するラジオ』（ブックマン社）など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。新著に『EPICソニーとその時代』（集英社新書）『桑田佳祐論』（新潮新書）。

今回取り上げる『抱きしめたい！』は1988年の7月～9月、つまりは昭和最後の夏にオンエアされました。 「抱きしめたい！」と書いて「W浅野（だぶる・あさの）」と読みます。そう、浅野温子・浅野ゆう子が、ま

「W浅野」という社会現象を生む一方で…『抱きしめたい！』はトレンディドラマの終わりの始まりだった

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