<p>〈本記事では『東京貧困女子。』『悪魔の傾聴』などで話題のノンフィクションライター・中村淳彦の最新作『歌舞伎町と貧困女子』（宝島新書）から、一部を抜粋・編集し、誰も触れることができなかった歌舞伎町の闇である「セックスとカネ」のタブーに切り込む。</p>
<p>今回紹介する歌舞伎町女性は、ヤクザが旦那で、ヤクザが集うクラブで働く名越宏美（仮名、30歳）。長野県生まれの彼女は、母親から虐待を受け家出。居場所を求めて長野の繁華街をさまよっていたときに、ホストにつかまり、その料金を払うために17歳からピンサロで働いていたという。</p>
<p>そんな彼女が、ヤクザの集会が行われている真っ最中のクラブで、これまでの人生を振り返る〉</p>
<h3>ピンサロで12時間労働、報酬は１日3000円</h3>
<p>名越宏美は年齢は隠していたが、見た目も未成年なので男性客のウケはよかった。１日４万～５万円は稼ぐことができた。さらに裏引きで本番をすれば、男性客は１万円プラスで払ってくれる。</p>
<figure id="attachment_268349" aria-describedby="caption-attachment-268349" style="width: 2148px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3d83e6ea"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/0a38564182f6d0ced5f915c9e95b5f06.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-268349" class="wp-caption-text">歌舞伎町の様子</figcaption></figure>
<p><span class="strongInContent">「日給８万円とか。でも、ぜんぶ同じビルにあるホストクラブで使った。だって、寂しいから。優しくしてくれるホストに依存していた。最後のほうは担当が一緒に住んでくれて、そのときは幸せだった。自分のことを大切にしてくれてるって。そのときは担当を優しいと思ったけど、いま思えば『仕事、頑張れよ』 みたいな感じだったので変。普通に考えたら、自分の好きな男に風俗頑張れって言われるって嫌じゃないですか。そのときは、まったくわからなかった。担当に大切にされていると思っていた」</span></p>
<p>一緒に暮らしているうちに、未成年であることがバレてしまった。</p>
<p>17歳とわかった瞬間、担当は慌てて荷物をまとめて出て行った。「どこに行くの？」 と聞いても何も答えてくれない。電話は着拒されて連絡がとれなくなった。ヘルスもクビになって、その街にいられなくなった。</p>
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<p><span class="strongInContent">「そのときは同じビルの３階（ヘルス）と４階（ホストクラブ）でお金がグルグル回っている状態だった。次の日に稼げるってわかっているから、ホストクラブでいくらお金使ってもなんとも思わなかった。けど、担当が突然いなくなったのはダメージが大きくてしばらく立ち直れなかった」</span></p>
<p>長野県の別の繁華街に行って、しばらく漫画喫茶で暮らした。</p>
<p><span class="strongInContent">「18歳になったので、その街ではデリヘルをやった。かなり稼いでいた。けど店内の色恋管理にハマった。イケメンのスタッフに色管理されて、その人のことが好きになった。その人とも寮で同棲した。けど、その人は他の女の子に本気になって、私の家を出て他の店に移っちゃった。寂しいのでバーの人に狂って、その男がチンピラだった。その人にオラオラした管理されて、今度はピンサロに飛ばされた」</span></p>
<p>好きだったバーのチンピラは、突然「お前、60万円の売掛あるよ」と言い出した。身に覚えがなかったけど、恫喝を繰り返して脅してくる。ピンサロで働いて返せという話になって、仕方ないので頷いた。</p>
<p><span class="strongInContent">「売掛ないのにあるって信じちゃった。だから払った。ピンサロに飛ばされたけど、実はそのチンピラとピンサロはつながっていた。私はありもしない売掛を払わされて、チンピラはさらにスカウトバックももらって、私が働いたお金が全部チンピラに流れていくことになっちゃった」</span></p>
<p>ピンサロで12時間労働をさせられ、もらえるのは１日3000円。食事も満足に食べられない生活が続き、さすがに目が覚めた。チンピラからは毎日のように連絡が来る。追いつめられて思い浮かんだのは、幼少の頃に生き別れとなった父親の存在だった。</p>
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<div data-friday-nextpage-lead="父親を頼った名越に待ち受けていた悲惨な現実"></div>
<p>過酷な語りに引き込まれていたとき、店内でヤクザによる“郷ひろみステージ”が始まった。団体ヤクザの一人が上半身裸になる。 見事な和彫りが入っている。 ヤクザは「２億４千万の瞳」をリクエストしたのち店の外に出た。ベースのルート弾きのイントロが始まると、勢いよくドアからヤクザが登場する。郷ひろみがステージに登場した、という設定のようだ。</p>
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<p>上半身裸のヤクザが店内の真ん中でクネクネとダンスし、ヤクザたちは信じられないほどの盛り上がりを見せた。三本指でマイクを握るヤクザのクネリはさらに激しくなり、ギターのディストーションで飛び上がってから歌が始まる。Ｂメロになってからはマイクを華麗な手さばきで操り、絶妙なタイミングでウインクを欠かさない。</p>
<p><span class="strongInContent">「エキゾチック・ジャパン！　ジャパン！！」</span></p>
<p>最後はヤクザ全員で大合唱となった。フィーバーしているとき、暗い話をしていると怒られる可能性がある。同席していた元ライターは気を利かせて、ヤクザ側の郷ひろみ合唱に参加してくれた。ヤクザと一緒に拳を振り上げて「ジャパン！」と絶叫している。</p>
<p>地響きするような盛り上がりを見せて郷ひろみステージは終わった。半裸のヤクザは後ろ姿で出入口に戻り、ウインクをして外に出て行った。異常な熱気の中で、名越宏美は続きを語り出した。</p>
<p><span class="strongInContent">「戸籍謄本をとってお父さんの居場所を探した。そしたら六本木に住所がいっぱいあって、何度も引っ越していた。その住所に手紙を出した。そしたらお父さんは川崎にいて手紙が転送された。お父さんの所に来なさいって連絡があった。それで川崎に行った。お父さんはセクキャバでボーイをしていた」</span></p>
<p>父親は名越宏美には優しく、離婚のときはショックだったことを覚えている。離婚したのは５歳のとき、13年ぶりに父親と再会した。うっすらと覚えている懐かしい姿、ハグした。会えてうれしかった。</p>
<p><span class="strongInContent">「お父さんは私のことをぶったりしなかったし、優しかった。お父さんと話をしたら『お前のそばにいてあげるから、自分の店で働きなさい』ってなった。川崎のセクキャバ。親孝行になるんだったらって働いた。半年でナンバーワンを獲った。お酒は飲めないけど、無理やり飲んでおっぱい触らせてナンバーワンになった。お父さんは韓国人と再婚していた。私が稼ぐようになってから、その奥さんの韓国の実家に仕送りとかさせられた」</span></p>
<p>指名ナンバーワンになったときは、月120万円を稼いでいる。父親や再婚相手に使うお金は、日に日に増えていった。</p>
<p><span class="strongInContent">「お父さんは裏カジノが大好きで、一緒に行ってお金を出したりした。いま思ったらすごくおかしい。しばらくやったら限界が来た。水商売で働くのは精神的に波がある。もう触られたくないみたいになった。それが来ちゃった。川崎駅でお父さんに『お前は、なんでおっぱいを触らせるのが嫌なんだ。簡単なことだろ。減るもんじゃないだろ』って言われた。その言葉に傷ついた。知らない男に触られるのは、やっぱり気持ち悪い。父親のためにずっと我慢していたけど、限界でした」</span></p>
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<div data-friday-nextpage-lead="父親と縁を切って逃げた渋谷で薬にハマって…"></div>
<h3>「覚せい剤をやると風俗の仕事が苦痛じゃなくなった」</h3>
<p>21歳。娘のことをお金としか見ていなかった父親と縁を切って、次は渋谷に移った。渋谷では薬物にハマっていく。</p>
<p><span class="strongInContent">「渋谷で一人暮らしを始めて、スカウトにつかまった。ホテヘルを紹介されてそこの寮に入った。そのときスカウト界隈のヤクザと出会って、クラブを教えてもらってクラブが大好きになった。合法ドラッグから脱法ハーブになって、覚せい剤って順番。最終的には注射器でバンバン打つようになった。薬物やれば頑張れるみたいな。レッドブルと同じ。わかります？　これがあれば大丈夫って。たとえば栄養ドリンクとかあるじゃないですか。それを飲んだら元気が出るみたいな」</span></p>
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<p>ホテヘルの待機所には脱法ハーブが置いてあった。脱法ハーブの仕入れ先の人から覚せい剤を薦められて炙りを試してみた。最高だと思ってどんどんとハマっていく。</p>
<p>覚せい剤をやると、風俗の仕事が苦痛じゃなくなった。性的サービスで楽しい気持ちになるのは、初めての感覚だった。</p>
<p><span class="strongInContent">「なんでも頑張れる。仕事も頑張れるし。たとえば、すごく汚いオジサンがカッコよく見えちゃうみたいな。だから仕事も苦痛じゃなかった。だからずっと働いた。だけど働いた分、覚せい剤を買う、それで仕事を頑張る。負のループになっちゃって何も残ってない。覚せい剤はグラムイチハチ（１グラムで１万8000円）だった。薬物が完全にやめられなくなった」</span></p>
<p>覚せい剤はやる気が出る、テンションが上がるという効果もある。しかし「勘ぐり」という副作用も起こった。</p>
<p><span class="strongInContent">「警察が来てるんじゃないか？　みたいな。でも誰もいない。それでドアののぞき穴を見て、それで住んでいた寮が下まで見える感じ。螺旋階段があって下まで見えるみたいな。そんな感じ。それで覚せい剤やっていることが店にバレてクビになっちゃいました」</span></p>
<p>23歳。薬物中毒がバレて渋谷にいられなくなって、歌舞伎町に向かった。</p>
<p><span class="strongInContent">「歌舞伎町にはあてもなく来た。渋谷もなんとかなったので、歌舞伎町も大丈夫だろうって。最初はホテル暮らしで、出会い喫茶で稼いでいた。売春。２万円とかで一日１人か２人に売っていた。裏カジノで遊んでいるときに、いまの旦那と出会った。うちに来ないか？　と言われて同棲を始めた感じ」</span></p>
<p>３年前、 26歳のときに子どもが産まれた。</p>
<p>歌舞伎町二丁目の東側にはラブホテルだけではなく、一人暮らしができる賃貸マンションがたくさん建っている。親子３人、歌舞伎町で暮らしている。</p>
<p><span class="strongInContent">「歌舞伎町に住んでいて３歳の子どもがいる。私も旦那も覚せい剤をやっていたけど、妊娠をきっかけにやめた。旦那もやめた。出会った頃は旦那に収入はあったけど、子どもが産まれてからは無収入が続いている。やっぱり捕まりたくないってあると思う。だから、私が頑張るしかないの」</span></p>
<p>話は終わった。時間は24時を回っている。</p>
<p>いまも旦那が家で子どもの面倒を見ているという。最後に旦那の写真を見せてもらった。見るからに武闘派といったヤクザだった。</p>
<p>ヤクザ席のテンションの高い盛り上がりは続いていた。郷ひろみステージから、ずっと盛り上がっている。名越宏美にお礼を言うと、彼女はヤクザ席の真ん中に入っていった。</p>
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