フードジャーナリスト・ラーメン評論家。『Yahoo!ニュース個人』オーサー／著書『トーキョーノスタルジックラーメン』他／「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら、テレビ・雑誌・ウェブなど様々な媒体で活動中。

山路 力也

<h3><span class="strongInContent">コロナ禍、原材料高騰、そして後継者問題…</span></h3>
<p>飲食店経営とは実に厳しいビジネスだ。飲食店は開業して２年で半分の店が閉店し、３年続けられる店は３割、10年経つと１割程度の店しか残ることが出来ないと言われている。他のビジネスとは違い参入障壁が低いことも理由の一つと考えられるが、何より薄利多売のビジネスであることから景気などの外的要因による影響が大きいことも、飲食店経営の難しさの理由となっている。</p>
<p>さらにここ数年は長引くコロナ禍と、原油や食材の価格高騰、記録的な円安などもあり、飲食店にとっては厳しい時期が続いている。『東京商工リサーチ』の調べによれば、2020年における飲食業の全国倒産件数（負債1,000万円以上）は、前年比5.3％増の842件にも上っており、これは東日本大震災時の2011年の800件を上回る年間最多数となっている。</p>
<p>また経営者の高齢化により、事業継承が出来ずに店を畳むケースも急増している。そのブランドが確立された人気店などであれば、後継者がいたり他社への事業譲渡によって存続が可能となるが、一般的には薄利多売のビジネスであるため、継げる家族がいても引き継ごうともしないし、家族などに引き継がせようとも思わない。</p>
<p>飲食店の中でもラーメン店は特に厳しい営業を続けている。コロナ禍によって閉まった店もあれば、事業継承難や立ち退きなどによって断腸の想いで暖簾を畳んだ店もある。2022年にも多くのラーメン店が廃業したが、惜しまれつつもその歴史に幕を下ろした「名店」の数々を振り返りたい。</p>
<figure id="attachment_292162" aria-describedby="caption-attachment-292162" style="width: 2423px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="0c8d0d63"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/0_fukuju005.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292162" class="wp-caption-text">いつも笑顔で出迎えてくれた…写真は、ひっそりと暖簾を畳んだ『中華そば 福壽（ふくじゅ）』（笹塚）二代目店主の小林克也さん</figcaption></figure>
<h3><span class="strongInContent">洋食の技法を使った「東京ラーメン」：『東京ラーメン マリオン』（東十条）</span></h3>
<p>1984（昭和59）年に創業し、2022年に閉店したのは<span class="strongInContent">『東京ラーメン マリオン』（</span>東十条）。創業者の蛸井眞さんはフレンチの名門『東京會舘』で腕をふるったベテラン料理人だった。フレンチの技法を用いて自分なりのラーメンを作りたいという思いで独立。開業当時の東京では札幌ラーメンや九州ラーメンが人気を集めており、それらのラーメンに負けないようにと「東京ラーメン」と名乗り、同じ年に開業した『有楽町センタービル』の愛称「マリオン」を店名にした。</p>
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<p>マリオンのラーメンは複雑な旨味があふれる醤油ラーメン。豚骨や豚足などの動物系素材のベースに、イワシの煮干しや焼き干しをふんだんに加えてじっくり丁寧に仕上げたスープは他店にはない深みがあった。そして柔らかなチャーシューを使った「チャーシューにぎり」も名物だった。</p>
<p>優しい味わいのラーメンと眞さんの人柄で、長年東十条の町の人たちに愛されていたマリオンだったが、2017年に眞さんが急逝。店と味を残したいと店を引き継いだのは娘の玲亜さん。しかし飲食店勤務の経験はあれど、ラーメン作りに関しては全くの素人だった。自分よりも味を知る常連客に助けられながら、父親の味に近づけてきた。</p>
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<p>地元に愛されて38年、玲亜さんが引き継いで5年。コロナ禍の中でも多くの常連客が足を運んでいた人気店だったが2022年2月に惜しまれつつ閉店。閉店の理由はコロナ禍ではなく都市計画による「道路拡張」によるものだった。移転先や時期などはまだ決まっていないが、玲亜さんはいずれ別の場所でこの店を再開させたいと考えている。</p>
<figure id="attachment_292163" aria-describedby="caption-attachment-292163" style="width: 3784px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f5470cb9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/9c911dffbb6424358ffa8719cba2efc5.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292163" class="wp-caption-text">【東京ラーメン マリオン】洋食の技法を生かした奥深い味わいの醤油ラーメン</figcaption></figure>
<figure id="attachment_292164" aria-describedby="caption-attachment-292164" style="width: 3401px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3bec520a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/8d2189e2ed59de15497a119164d3d66b.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292164" class="wp-caption-text">【東京ラーメン マリオン】2017年眞さんの急逝後、店と味を残したいと店を引き継いだ娘の玲亜さん</figcaption></figure>
<figure id="attachment_292165" aria-describedby="caption-attachment-292165" style="width: 2943px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="88b5c7f8"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/d0f1aa00a71a5df7b92e3e7396ccef76.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292165" class="wp-caption-text">【東京ラーメン マリオン】閉店の理由は都市計画による「道路拡張」によるものだったが、移転先や時期などはまだ決まっていない</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="あの昭和を感じる「日本一のラーメン」も…"></div>
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<h3><span class="strongInContent">「出汁」の概念を取り入れた孤高の一杯：『中村屋』（海老名）</span></h3>
<p>長年ラーメンブームを牽引してきたトップランナーも暖簾を下ろした。1999年に神奈川県大和市で創業するや一気に行列店となり、2007年に海老名市に移転後も行列を作り続けてきた人気店<span class="strongInContent">『中村屋』</span>（海老名）が、2022年2月をもって営業を終了し無期限休業に入った。</p>
<p>開業当時22歳だった店主の中村栄利さんが、独学でたどり着いたという一杯は、すぐにラーメンファンたちの話題となり県内外から多くの客が訪れ、メディアも飛びついた。いち早くラーメンのスープに「出汁」という概念を取り入れ、麺とスープだけの「かけそば」を提供した。それまで冷たかったチャーシューを、目の前で炭火を使って炙る手法も取り入れた。</p>
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<p>左手を高々と上げて一気に振り下ろす、独特の湯切りスタイルは「天空落とし」と呼ばれ、ただの調理作業だった湯切りをパフォーマンスへと昇華させた。中村さんは数々の革新的なアプローチと創意工夫によって、ラーメンという料理をブラッシュアップし続けてきたイノベーターであり、アーティストだった。</p>
<p>2016年からはニューヨークに店を構えている中村さん。日本の店舗はスタッフに任せていたが、入居する施設の老朽化に伴い一度退店し無期限休業することを決めた。日本での再開は未定だが、中村さんのラーメンへの飽くなきチャレンジは今もアメリカで続いている。</p>
<figure id="attachment_292166" aria-describedby="caption-attachment-292166" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d1722398"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/c595d0d814adba73d5f155df06268203.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292166" class="wp-caption-text">【中村屋】いち早くラーメンのスープに「出汁」という概念を取り入れ、麺とスープだけの「かけそば」を提供</figcaption></figure>
<figure id="attachment_292167" aria-describedby="caption-attachment-292167" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="421bde6d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/feb16e1521055afacaa5463394c2e52b.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292167" class="wp-caption-text">【中村屋】左手を高々と上げて一気に振り下ろす、独特の湯切りスタイルは「天空落とし」と呼ばれ、ただの調理作業だった湯切りをパフォーマンスへと昇華させた</figcaption></figure>
<figure id="attachment_292168" aria-describedby="caption-attachment-292168" style="width: 3083px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="575e7e10"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/665a5453585aea422cb6d3340f390db8.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292168" class="wp-caption-text">【中村屋】20年以上にわたり行列を作り続けてきた人気店も閉店。店主はニューヨークで営業を続けている</figcaption></figure>
<h3><span class="strongInContent">昭和を感じる「日本一のラーメン」：『中華そば 福壽』（笹塚）</span></h3>
<p>創業は戦後間もない1951（昭和26）年。昭和の面影を残すノスタルジックな店舗で営業を続けてきた<span class="strongInContent">『中華そば 福壽（ふくじゅ）』</span>（笹塚）もひっそりと暖簾を畳んだ。二代目店主の小林克也さんは81歳ながらも、毎日一人で仕込みをして営業を続けてきたが、再開発による立ち退きとなり移転ではなく廃業を決めた。</p>
<p>先代の創業者は戦前に新宿で日本蕎麦店を開業し「日本一の蕎麦處」と喧伝して人気を博した。戦後になって笹塚に移転する時、すでに商店街には何軒も日本蕎麦店があったことと、中華そばが当時人気だったこともあってラーメン店へと業態を変えた。その名残からラーメン丼の底にも誇らしげに「日本一」の文字が描かれていた。</p>
<p>ラーメンは一杯500円。玉子や椎茸、蒲鉾などの具が盛られた「五目ラーメン」でも630円という安さだった。色も味も濃いしっかりとした味わいの醤油スープに、大きな鍋で泳がせるように茹でた細縮れ麺が合わせられた力強い一杯。店に傾斜がかかっているため、ラーメンをカウンターにおくとスープが斜めになるのも味の一つだった。</p>
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<p>気さくに常連客たちと冗談などを話す小林さんだが、人一倍照れ屋でもあった。だから閉店の知らせは常連客にしか伝えず、ひっそりと暖簾を畳んだ。半世紀以上ずっと働き続けてきた小林さんは、自分の作ったラーメンを思い出しながらのんびりと余生を過ごしている。</p>
<figure id="attachment_292169" aria-describedby="caption-attachment-292169" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="5bc80ac3"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/3b1e1628ed78a8c4c43b2a4e6a36b925.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292169" class="wp-caption-text">【中華そば 福壽】ラーメンは一杯500円。玉子や椎茸、蒲鉾などの具が盛られた「五目ラーメン」でも630円という安さだった</figcaption></figure>
<figure id="attachment_292170" aria-describedby="caption-attachment-292170" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9be27bd2"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/79393ce385f1aebd30a67983f3eb28b2.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292170" class="wp-caption-text">【中華そば 福壽】二代目店主の小林克也さんは81歳ながらも、毎日一人で仕込みをして営業を続けてきた</figcaption></figure>
<figure id="attachment_292171" aria-describedby="caption-attachment-292171" style="width: 2510px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1e4fce59"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/12ad0892a8e213d300d34f8c05adb9fa.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292171" class="wp-caption-text">【中華そば 福壽】この風情のある店舗も地域の再開発により取り壊されてしまった</figcaption></figure>
<p>世の中は諸行無常、始まりがあればいつかは終わりが来る。長く続けることが難しいラーメン店ではなおのこと。美味しいラーメンを作り続けてくれたことに感謝しつつ、またいつの日かあのラーメンが食べられる日が来ることを願ってやまない。</p>
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<p><a href="https://www.ymjrky.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span class="strongInContent"><u>■山路力也さんの公式サイト</u></span><u>はコチラ</u></a></p>
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山路力也

長引くコロナ禍、原油や食材の価格高騰、記録的な円高などもあり、飲食店には厳しい時期が続いている。2022年にも多くのラーメン店が廃業したが、惜しまれつつもその歴史に幕を下ろした「名店」を振り返る。

大切な味が失われていく寂しさ…2022年「惜しまれつつ閉店」したラーメンの名店たち

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