1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。ジェイ・ビー・シー（株）広報部所属

林 壮一

<figure id="attachment_293838" aria-describedby="caption-attachment-293838" style="width: 387px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c21ffd02"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/dondondo5555-1.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-293838" class="wp-caption-text">90を過ぎても意気軒高©Don King Productions</figcaption></figure>
1月21日、米国フロリダ州マイアミでWBA/NABAゴールド・ヘビー級タイトルマッチが催された。WBAだけならいざ知らず、その下に様々な文字が入ったベルトが懸けられたファイトが、この夜は3つも組まれた。年季の入ったボクシングジャーナリストでさえ、一体何のタイトルなのか理解できないものだ。
メインイベントの2試合前に行われたWBA/CAミドル級タイトル戦では、10戦全勝9KOを誇るコロンビア人ファイターが、疑惑の判定で敗れた。
同興行を手掛けたのは、ドン・キング・プロダクションズ。社の代表は、91歳となったドン・キングである。 
キングは試合前「ウクライナの自由と平和のために、私はこの試合を企画した」と繰り返していた。
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1931年8月20日、オハイオ州クリーブランドで生まれたキングは、地元の貧民街に不法賭博場を開き、そこそこの財を成した。1954年12月、自らの店に押し入った強盗を射殺。1966年4月には、600ドルを借りながらも返さないかつての部下に暴行を働き、死に至らしめている。一度目は正当防衛が認められたが、二度目の殺人では実刑を食らい、およそ4年、塀の中の住民となる。
服役中にラジオでモハメド・アリの試合中継を耳にし、「黒人が成功するには、これしかない！」と、ボクシング界への参入を決める。1971年9月末日に出所したキングは、ありとあらゆる伝手を辿ってモハメド・アリに接触し、翌年8月のエキシビションマッチのリングに上がることを約束させる。
「倒産寸前の病院を救うためには、あなたの力がどうしても必要だ。勤務する医師も、患者の大半も黒人なんだ」
と口説いたのだ。
ボクシング史上、最強にして最高の輝きを放った男、モハメド・アリは、1960年のローマ五輪で金メダリストとなり、プロに転向。デビューから３年半で世界ヘビー級タイトルを獲得し、9度の防衛に成功するもベトナム戦争への徴兵を拒否してベルトを剥奪された。3年7ヶ月のブランクを余儀なくされたが、ベトナム戦争は不毛だったと最高裁で認められ、リングに復帰。しかしながら、当時は無冠だった。
反戦・反米を唱えたアリの人気は凄まじく、エキシビションマッチ興行収入記録を更新する（8万1000ドル。現在の価値で$57万5132ドル=約7400万円）。が、興行を成功させたにもかかわらず、キングは病院への支援金として1万5000ドルを支払ったのみで、選手へのファイトマネーをピンハネしたことが明らかになっている。
味を占めたキングは、アリを中心としたヘビー級の世界タイトルマッチをプロモートしながら、興行師としてボクシング界随一の男となっていく。ファンを魅了するカードを組み続けた。1974年10月30日に行われたモハメド・アリvs.ジョージ・フォアマン戦は、ザイール（現コンゴ共和国）がホストカントリーに名乗りを挙げ、全世界に衛星中継された。翌年10月1日にフィリピンで開催されたアリvs.ジョー・フレージャー第3戦も、まさしく五輪規模の世界ヘビー級タイトルマッチとなった。こうした規格外のビッグイベントをぶち上げる手腕を、キングは持ち合わせていた。
<figure id="attachment_293837" aria-describedby="caption-attachment-293837" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="36015a12"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/dondondondo4444.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-293837" class="wp-caption-text">WBCクルーザー級シルバー王者、ノエル・ミカライアンと©Don King Productions</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="ボブ・アラムとは真逆の存在「Only in America」"></div>
キングは己の存在を「Only in America（アメリカならでは）」と評した。村田諒太や井上尚弥の米国における試合を手掛けたボブ・アラムが、ハーバード大学院で法律を学んだインテリであるのに対し、彼は貧民街から叩き上げで頂点に上り詰めた男だった。
「黒人ファイターには、私のような黒人のプロモーターこそ相応しい」
そう公言し、上り坂の若手に「俺に任せておけ。お前は必ず成功するよ」と吹き込んでは、自分の手駒とした。チャンピオンもチャレンジャーもほとんどのトップ選手とマネージメント契約を結んでいたため、どちらが勝とうが負けようが、キングが金銭的な損害を被ることはなかった。
<figure id="attachment_293839" aria-describedby="caption-attachment-293839" style="width: 2982px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e7095a0f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/aflo_20998884.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-293839" class="wp-caption-text">マイク・タイソンも篭絡した</figcaption></figure>
ロス五輪出場を逃し、1985年3月にプロデビューしたマイク・タイソンは、アリと甲乙つけがたい才能に恵まれていた。9歳から12歳までの間に51度も逮捕されたタイソンは、13歳で少年院を出た後、カス・ダマトを養父として英才教育を受けた。
ダマトという過去に2人の世界チャンピオンを輩出した名伯楽が生きていた間は、良からぬ輩を排除できた。だが、ダマトの死後、キングは言葉巧みにタイソンに近付き、篭絡する。トレーニングの重要性を語る者がいなくなっても、ボクシングに集中しなくなっても、タイソンがリングに上がりさえすれば、プロモーターは潤うのだった。
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アリがリングを去り、タイソンの時代が訪れるまでの間に、2度世界ヘビー級王座（1984年にWBC、1986年にWBA）に就いたティム・ウィザスプーンは、真っ白な紙にサインだけしろとキングに迫られている。難色を示すと「俺に歯向かうなら、世界タイトルマッチのリングには2度と上がれない」と脅された。
しぶしぶ名前を書くと、執拗にファイトマネーをピンハネされた。メディアに発表された金額の9割を搾取されたこともある。
戦うことへのモチベーションを失ったウィザスプーンは、実力者であったにもかかわらず、WBCタイトルを初防衛戦で、WBAのベルトは2度目の防衛戦で手放している。キングを相手に法廷闘争を始めた折には、「息の根を止める」というメッセージや、使用済みの薬莢を受け取ったこともあった。
そのウィザスプーンに、1月21日のドン・キング興行について訊ねた。
<figure id="attachment_293933" aria-describedby="caption-attachment-293933" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="192d5221"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/IMG_5928-rotated.jpeg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-293933" class="wp-caption-text">「ドン・キングの犠牲になった」ウィザースプーン©林壮一</figcaption></figure>
　「『ウクライナの平和のための戦い』か。相変わらずだな……。さすがにビッグマッチは手掛けちゃいないが、自分が住んでいるフロリダでは、まだ興行を打っているのか。何だかんだ言ってやり手だよ。食うに困ることはもう無いだろうに、働く意欲は健在だ。そういう貪欲さとスピーチの上手さが、ヤツをあそこまでにしたんだろう。WBA/NABAゴールドとか、聞いたことのないベルトでも、”タイトルマッチ”って言えば、響きはいい。俺も含めて、何人ものファイターがヤツの犠牲になった。強いだけじゃ成功できないのもボクシングさ。ミステリアスな判定で負けにされる選手なんて、まったく珍しくない。そのコロンビア人ファイターも、腐らずにやってほしいよ」
カネを稼ぐにはボクシングしかないと、４人の子供を抱えながら45歳まで現役を続けたウィザスプーンは、引退間際に言ったものだ。
「ボクサーは競走馬みたいなものだ。勝てば首にリボンをかけてもらえる。でも、用済みになったらそれっきり。世界チャンプと言ったって、俺は奴隷に過ぎなかったのさ」
ラストファイトから間もなく20年になる。今、現役時代を振り返って、ウィザスプーンは話す。
「多くのボクサーは、他にできることが無いんだよ。このコロンビア人選手だってそうじゃないか。体を傷めながら戦う人間よりも、プロモーターの方が潤うのがこの世界。そういうビジネスなんだ。年に2～3回の興行だとしても、あの歳で働いているってのは凄いことだ」
ドン・キング91歳。引退はまだ先のようである。
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1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

村田諒太に井上尚弥と日本のボクサーの海外進出が進む中、思い出すのが往年の剛腕プロモーター、ドン・キングだ。アリやタイソンの仕掛け人として日本でもおなじみの彼はなんといまも現役だった

今も剛腕！ 91歳のドン・キング「貧民街から成りあがったボクシング界の帝王」

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