球団と選手にアドバイス、指導をする2人の「プロウト」

WBCの熱戦や目前に控えたペナントレース開幕をはじめ、国内外で盛り上がりを見せる野球シーン。才能豊かなプロ選手たちがしのぎを削る厳しい競争が繰り広げられる野球界にあって、今、プロ経験がないコーチやトレーナーが注目を集めている。

プロ経験がない人がプロに指導をするという状況に疑問を持つ人もいるかもしれないが、今、彼ら“プロウト（プロの素人）”と呼ばれる人材が、プロ野球界でも存在感を示し始めているという。プロウトになったきっかけ、またその活動の内容とは？　2人のプロウトに話を伺った。

今回、取材を受けてくれたのはrani（@n_cing10）氏と緑川大陸（@mid9181）氏の2人。rani氏は内野手やキャッチャーのプレーを研究し、SNSやオンラインサロンで発信していたところ、プロ野球関係者の目に留まり、選手やコーチにアドバイスをするようになったという人物。

一方、緑川大陸氏は小中学生をメインに指導するキャッチャーコーチで、ソフトバンク時代の千賀滉大選手の自主トレに帯同したり、甲斐拓也選手に技術指導をした実績も持っている。そんな2人が、プロ選手にどんな指導やアドバイスをしているのかを聞いた。

プロウトの指導で、2023シーズンからフレーミングを取り入れているソフトバンクの甲斐拓也（PHOTO：アフロ）

――プロ選手とはどのような関わりを持っているのでしょうか？

rani　かつて運営者として参加していたオンラインサロンで捕手に指導をしたり、ほかにも数名と対面で練習したりしています。さらにヤクルト森岡（良介）内野守備走塁コーチと組んで、主に内野守備や走塁に関してアドバイスしているのがメインです。

緑川大陸（以下、緑川）ソフトバンクの甲斐選手の合同自主トレで甲斐選手ほか、数名のキャッチャーにフレーミングの指導をしました。甲斐選手に関しては千賀投手が紹介してくれました。そして僕のSNSでの活動を見てくれるようになり、フレーミングへの興味が湧き、試してみようとなったようです。

――プロのキャッチャーに指導するのは難しくないですか？

緑川　甲斐選手は興味津々でした。自主トレにはほかの選手もいたので、僕の場合は「フレーミングって知っていますか？」から始めました。皆さん、フレーミングという言葉は知っていましたが「どういうものか説明してください」と言うと、よく分からない、と。

そこで「キャッチング技術で試合を左右するというデータが出ています。捕手がキャッチングによって一年トータルで何得点分を防いだか、逆に取られてしまったかが数字で出ているので、取り組んだ方がいいのではないか」とフレーミングを理解してもらう時間をまず作りました。

rani　「フレーミングとは何か？」を理解すれば、何が目的で、どういう練習が必要なのかが自ずと分かります。まずはここを理解するところからです。あとはSNSの環境をいかし、アメリカの練習等を参考に、時にはMLBのコーチに質問したりしながら練習メニューを組んでいます。

――2人はヤクルトのキャッチャー陣にもアドバイスしているそうですね。

緑川　raniさんで2人で嶋（基宏）バッテリーコーチに提案して、新しいキャッチャーのスタイル、練習方法をやってもらっています。フレーミング習得のため、キャッチャーの構えを低くしてもらっていますが、高津（臣吾）監督にも「低めに投げやすい構え」と評価していただいているようです。

――2人が主に教えているフレーミングは、指導できるコーチがプロでも少ないのでしょうか？

緑川　甲斐選手の自主トレのときは5球団、8選手がいて、その人たちから話を聞いた感じでは、フレーミングを本格的に練習したことはないということでした。ベイスターズでは取り入れて練習しているようですが、ほかの球団では専門的に教えられる人がいないのかもしれません。だから、僕らみたいにプロ経験がないところに話が来るのかなと。

プロウトのアイデアがタッチプレーを変えた？

――raniさんはヤクルトの内野手のタッチプレーにも寄与していると聞きました。

rani　2020年オフに森岡コーチが僕が入っていたオンラインサロンに加入して「（rani氏がアップした）タッチプレーの投稿が参考になりました。キャンプで取り入れたい」と連絡をもらったのがきっかけ。実際に2021年からヤクルトがチーム全体でタッチプレーの改良に乗り出したので、僕がアイデアを出して、森岡コーチが現場に合うようにカスタマイズするという形で関わっています。

――どのようなプレーなのでしょうか？

rani　一例を挙げると、ランナー一塁のときの牽制球のタッチプレーです。一塁手はベースから離れて構え、ピッチャーもそこへ牽制球を投げて、帰塁するランナーの手ではなく胴体をめがけてタッチするというプレー。ランナーの体のどこかにグラブがかすれば、追いタッチに見えても、リクエストでアウトになる可能性が高い。

これは元々僕がゼロから考えたアイデアで、当時はMLBでもほとんどやっていないプレーでした。そんな前例が無いプレーを森岡コーチがうまくチームに合うように改良し、調整してくれて、2021年は年間10個も牽制タッチアウトを取っています。

――結果が出たときはどんな気持ちでしたか？

rani　ある程度結果は出るとは思っていましたが、如何せん前例がないので正解が分からない、最初は暗闇の中を歩いている感じでした。そんな中2021年シーズンが始まって、ヤクルトが初めて牽制タッチアウトを取ったのが、4月7日の広島戦、ヤクルト1点リードの8回表無死一塁の場面。そこで清水昇が牽制アウトを奪い、そのまま1点差で逃げ切った試合です。

試合後すぐに森岡さんから連絡がきて「牽制でアウトが取れました！　今日の試合の中で非常に大きなプレーでした。練習してよかった」と言ってもらえたのを鮮明に覚えています。最初は誰にも話すら聞いてもらえず、試行錯誤の中で実際にプロの試合で結果が出て、やってよかったなと思いましたね。

――リクエストありきのプレーだとすれば、アマチュアで取り入れるのは難しいかもしれません。

rani　たしかにそういう意見は多かったんですが、そうでもありませんでした。牽制だけでなく、盗塁のタッチプレー等でも胴体を狙う方法を取り入れていますが、審判もレベルが高いのでその新しいタッチの形に即座に対応しました。そうすると、リクエストするまでもなく審判のジャッジでアウトになるケースが増えたんです。

アマチュアの審判の方も「タッチプレーの見方が変わった」と言っていたので、アマチュアでも通用すると思います。

――今でも新しいアイデアはありますか？

rani　勿論です。タッチプレーのような「ネタ」を大量に貯め込んでいたのですが、誰にも相手にされないので（笑）、もう森岡コーチに全部託しました。このオフ仕込んだ策は20個ほどあります。森岡コーチがそれをいくつ導入するかは分かりませんが、1を聞いて10理解してくれる人なので、うまく調整してやってくれるんじゃないかと期待しています。具体的には言えませんが、ヤクルトが何か変わった動きをしたら、僕が一枚噛んでいるかもしれません（笑）。

ソフトバンクの甲斐拓也らにフレーミング指導をする緑川大陸氏（PHOTO：緑川大陸氏提供）

アーロン・ジャッジの個人コーチは素人の飲食店経営者⁉

――なぜプロ選手がアマチュアに学ぶようになったのだと思いますか？

rani　プロ選手は何をしたいかというと「成績を上げたい」に尽きると思います。その成績や結果が今はあらゆる側面で数字に表れるようになりました。

今までは「一般的な指導」通りにやっていれば一定の評価を得られていたのが、今は数字で可視化されてしまいます。言われた通りにやっていたのに数字を見てみると「あれ？」ということもままあって、そうなると何かしなければという危機感から、アマにアドバイスを求めるケースも出てきたのかなと思います。

もちろん、先人の経験則は偉大で従うべきものがほとんどですが、それでもすべてが完璧では当然なく、特定の分野では機械を通して見たら認識がズレていたということが分かるようになった。フレーミングはその典型です。

緑川　SNSが普及して、いろいろな練習方法や取り組みが知られるようになりました。プロ選手でもアマの選手やコーチがやっている面白い取り組みが目につくようなりましたし、一回話を聞いてみようかなと連絡が取り合える環境になったのが大きいと思います。

rani　アメリカではアマチュアがプロに指導するケースが日本よりも断然多いですよね。有名なのが昨季62本の本塁打を打ったアーロン・ジャッジ（ヤンキース）。彼のパーソナルコーチはリチャード・シェンクという方なのですが、本業は飲食店のオーナーです。ジャッジ本人もシェンク氏がバッティングを変えてくれたと公言しています。素人が指導してホームラン62本を打てるようになるんですよ！　

ほかにも、ヤンキースのキャッチャー、ホセ・トレビノがプラチナグラブ賞を獲得しましたが、ヤンキースのキャッチングコーチのタナー・スワンソンはキャッチャー経験がないんですよね。大学のコーチだったのがツインズに引き抜かれて実績を出し、今はヤンキースで教えてますが、僕も彼にはSNSで色々教えてもらいました。

ヤンキースのホセ・トレビノ。2022年に守備のMVPと呼ばれるプラチナグラブ賞を獲得（PHOTO：アフロ）

――実際に指導してみて、プロ選手のリアクションはいかがでしたか？

緑川　意外だったのが、皆さん、初めての捕り方や構え方を体験して、少年野球の選手のように楽しそうにしていたことです。初めてのことを体験して、野球を始めたころに戻っているというか、前のめりに楽しんでいるように見えて、とても新鮮でした。プロ選手がこんな反応するんだ！　って。

rani　「野球観、キャッチャー観が変わった」とは言われますね。それくらい、今までやってきたこと、教えられてきたことと違うようです。もちろん、相手もプロなので根拠なく変なことを言っているだけだと相手にされませんが今は素人でも実例やデータを提示しながら説明できますから。プロ選手にそうやって納得してもらえて、話を聞いてもらえるのはやりがいがあります。

緑川　それ、すごく分かります。僕も「キャッチャー観が変わった」ということをよく言われます。ちょっと前までMLB選手のフレーミングのことを「ミット動かしすぎ」とバカにしていたが、それを理解して試してみたら「MLBの選手はなんてすごいんだ！」と見方が変わったと。フレーミングを理解するとキャッチャー観が変わるという実感はあります。

――プロ選手でも楽しんで練習しているようですね。

緑川　そしてやはり、吸収、上達は半端じゃないです。僕は小学生の方が教えやすいと思っていたこともあるんですが、それはクセがない乾いたスポンジのような状態で、いろいろなことを吸収してくれるから。

逆に高校生や大学生は一度ついたクセを剥がさなければいけない場合もあるので、大変だったりします。ところがプロ選手は一度伝えるだけで理解しますし、自分の形と全然違うことでもすんなり吸収して自分のものにできる。プロ選手の感覚ってすごいということを改めて実感しました。

rani　内野守備に関してはそもそも聞いてくれる人が誰もいなくて、「ベースから離れてタッチ？　何言ってるの？（笑）」で終わり。そんな中、森岡コーチだけは「これは使える」と感じ取り、先入観なく取り入れ、改良して、しっかり結果にも結び付けてくれました。僕はアイデアはいくらでも出せますが、所詮は机上の空論。それをチームとして形にするんですからプロのコーチは凄いですよね。今やタッチプレーに関してはヤクルトが12球団一だと断言できますよ。

――ちなみに、プロウト活動の収入ってどうなんでしょうか？

緑川　リアルなことを言うと、プロ選手に教えるのはほとんどお金になっていないです。それよりもキャッチャーが好きで、プロ選手と関わることができるのは普通のことではないので、自分でも楽しんでやっているという感じです。キャッチャーのことを突き詰めて勉強していたら、たまたまこうなったというだけで。

rani　自分も収入にはなっていないです。

――好きだからこそやれているということですね。ありがとうございました！

選手個人だけでなく、チームにも影響を与える2人のプロウト。プロ経験のないアマチュアがプロのプレーを変える時代となり、プロ選手を諦めざるを得ない人たちにも新たな選択肢と希望を与えてくれそうだ。

後編「なぜプロ野球のキャッチャーがアマチュアに学ぶのか？話題の『プロウト』が語る”現代フレーミング論”」に続く。

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