テレビ番組の制作現場において、欠かせないものの一つがロケ弁。連日早朝から深夜まで撮影が続くドラマの現場では、1日3食全てがロケ弁になることも珍しくない。深夜食が加わり、4食になることすらある。食通も多い芸能人の“仕事メシ”であるロケ弁は、一般人にとっては未開拓の絶品グルメといえよう。

そんなロケ弁の魅力に光を当てる漫画が登場した。3月27日「LINEマンガ」で連載をスタートした『ロケ弁の女王』だ。昨年12月Twitterで先行公開された第1話（連載では1～2話）から、すでに画期的だった。ロケ弁の飯テロ要素に加え、ドラマ制作の裏側と人間模様がリアルに描かれ、箸が止まらなくなる彩り豊かな弁当のように、続きが味わいたくなる作品なのだ。

ドラマ制作の裏側を描く「お仕事ドラマ」と、知る人ぞ知るグルメ・ロケ弁の「飯テロ」要素が融合した漫画『ロケ弁の女王』

主人公は、ドラマ撮影の制作部で制作進行として働く俵米子。熱意故の空回りや失敗も多いが、ロケ弁に対する並外れた情熱を持ち、現場の士気を上げるべく奔走する。米子のロケ弁へのこだわりと、美味しそうに食べる姿が作品の大きなポイントだ。

連絡用のトランシーバーのイヤホンをつけ忘れ、撮影初日から大事なシーンでやらかす米子

もう一人のメインキャラクターは、チーフ助監督の南雲清雅。仕事のデキる男で、失敗の多い米子を「こめだわら！」と叱りまくるが、こっそりフォローしたり、かばったりするツンデレぶりは、多くの女子をキュンキュンさせること必至。

のやま氏曰く「本当は優しいくせに、わかりづらい不器用な男」だが、作中ベテランのフードコーディネーター・山崎光枝が「この現場に南雲を嫌いな人なんている？」と口にするほど、現場での信頼は厚い

史上初だという「ロケ弁漫画」の制作陣は、ネーム・つのだふむ氏、作画・サエグサケイ氏。そして軸となるドラマ制作の描写が超リアルな理由は、原作者・のやまあき氏にある。のやま氏は「本業がしづらくならないよう」完全匿名で、担当編集者にすら顔を明かしていないが、テレビ業界の“中の人”。画面には映らない、ドラマ撮影の裏側を知り尽くしている人物だ。今回、のやま氏がロケ弁をテーマに据えたのには、大きな理由があった。

「2020年からコロナ禍になり、制作現場では各自で朝ごはんを済ませて集合することになったり、ケータリングも衛生的観点から自粛を余儀なくされたり、昼夜のロケ弁も黙食となりました。本当にいろいろな制限が増えたんです。飲食業界全体が大打撃を受けましたが、ロケ弁を提供してくださる店も、今まで発注されていた数を思うと『相当大変だろうな』と思いました。

ロケ弁は専門業者じゃないと買えないと思い込んでいる人もいますが、行事や会社のミーティングなど、数がまとまれば届けてくれますし、店頭へ行けば1個から買える店もあります。どのご家庭も外食を控えてテイクアウトの需要が増える中、ロケ弁をフィーチャーした漫画を作れば、その魅力や一般の方にも買えることを知ってもらえて、お世話になっているロケ弁屋さんに少しでも恩返しができるのでは……と考えたんです」

最初に登場するのは津多屋の「のり2段幕の内弁当」。湯気などの小細工がきかない弁当を美味しそうに見せるのは至難の業で、のやま氏は実物の写真を送り「もっと海苔の照りを表現してください！」と何度もリトライしてもらったという

漫画家・小説家のためのエージェント会社『コルク』に企画を持ちかけ、制作をスタートしたのやま氏だが、「第1話のシナリオを持ち込んでから早2年。漫画はドラマ以上に時間がかかることを身に沁（し）みて知りました。構想からお披露目まで時間がかかっている間に、もう現場では普通に朝食ロケ弁の定番『ポパイ』やケータリングも復活しているという（笑）」と、当初の目論見通りにはいかない面もあった。

業界で知らない人はいない朝食の王道「ポパイ」は、のやま氏曰く「我々スタッフの“実家の母ちゃん”的存在」

素朴なおにぎりはシンプル故に愛され、5～6話では主要キャラクターたちの「働く上で大事にしているポイント」を浮き彫りにするキーアイテムになっている

「撮影現場のロケ弁は復活しましたが、今は物価高騰の影響で経済的に厳しい中、頑張っている状況だと思います。だから『漫画にすることで、ロケ弁屋さんの力になれたら嬉しい』というスタンスは変わりません。それに作品に登場するのは全て実在するので、『憧れの○○さんも、食べたことがあるはず』のロケ弁ばかりです。漫画を読んで“美味しそう”と思ったら、ぜひ実際に食べてもらいたいですね」

ドラマに出演しているのは俳優だけだが、撮影現場には多くのスタッフが存在する。APや助監督、制作部といった制作スタッフ。カメラマンや音声、照明をはじめとする技術スタッフ。大道具や小道具、衣装、メイクといった美術スタッフなど、多くの職域がある。

「テレビ業界の役職って、外からは何をする人なのか本当にわかりづらい。特にドラマは役割が細分化しているので、一般の方には『監督とAD』くらいしか違いが認識されていないと思います。私の家族も、プロデューサーと監督は同じだと思い込んでいたし、逆に演出と監督は違う仕事だと思っていました。そうした裏方が少しわかるのも、この漫画を楽しんでもらえるところかもしれませんね」

監督・門司悠弥は、米子が密かに「ご当地キャラにしか見えん」となるシーンもある癒し系キャラ。しかし、仕事ぶりは敏腕。チーフ助監督の南雲も、門司の意図を汲んで的確に指示を飛ばす

とりわけわかりにくいのは、米子が働く制作部と南雲が働く演出部の違い。作中でも一般の人にADと間違われた米子が、「ADさんじゃねぇ」となるシーンが出てくる。

通りすがりの人に「ADさん」と話しかけられ、駆け抜けながら「ADさんじゃねぇ」と独りごちる米子

「ロケ先の候補を提案し、撮影交渉を行うなど、主に事前の段取りや準備をする制作部は、制作担当、制作主任、制作進行に分かれています。ロケ弁を発注するのは主に制作進行で、米子はこのポジションです。実際の撮影現場を取り仕切る演出部は、南雲が務めるチーフ助監督、セカンド助監督、サード助監督。作品の規模によってはフォース以下もいます。全体に指示を出し、取り仕切るのがチーフ助監督の裁量。現場の進行がスムーズにいくかは、チーフ助監督にかかっています。役割の違いやドラマの裏側で働く人たちの考え方もしっかり描きたいと思う中、漫画はドラマと違って、絵と活字両方の力を最大限駆使できるのがすごいですよね」

多くの人物が登場し、「実際にこういうテレビマンいるな」「こういう上司がいてくれたら」と感じるキャラクターが少なくない。のやま氏が“中の人”だけに、実在の人物がモデルなのか問うと、「誰かに似ていると気づかれたら、マズイと思って。ちょっとだけ参考にした人もいますが、逆に“誰にも寄せない”ことに気をつけました（笑）。『こういう人がいてくれたら』の妄想もありますね」と語る。

いいドラマを作るため一丸となって制作に挑む一方、多くの人間が集まれば、それぞれの立場や役割の違いによる人間模様が生まれる。ロケ弁というグルメにフォーカスするだけでなく、人物造形やそれぞれの感情の描かれ方も良質なドラマ作品を観ているような印象があり、本作の大きな魅力だ。

米子と南雲はぶつかり合うが、良いドラマを作ろうという気概は同じ。それぞれの立場で懸命に働くからこそ、衝突することもある

「漫画だけでなく、ドラマやストーリーは人間を描くものです。この作品もロケ弁の魅力はもちろん、ロケ弁を通して、結局は“人間を描きたい”と考えています。3話のバタールの回で、米子が高カロリーな『アメリカンチキン』にテンションが下がった過去が登場し、編集者からは『ロケ弁を愛している米子が、ロケ弁を悪く言うのはおかしいのでは？』と指摘されました。でも、愛とは厳しさの中にあるものだし、『ロケ弁ならなんでもいい人間』には本当のロケ弁の良さは語れない。

厳しい目があるからこそ新しいバタールの魅力にも気づけるわけで、最初は味だけだったのが、回を追うごとに作られたバックボーンを知るなど、米子自身が成長しながら、現場に最良と思うロケ弁をチョイスしていくようになるんです。角突き合わせている米子と南雲については、南雲は全体を俯瞰（ふかん）で見渡せる男なので、実は米子の見えない頑張りもちゃんと見ている――というのが、この二人の関係です。米子はロケ弁に夢中なので、それどころではありませんが（笑）、二人の関係性がどう変化していくのかも、楽しんでもらえたらと思います」

南雲に怒られて落ち込んでいるのかと思いきや、ロケ弁の魅力をプレゼンしきれなかったと凹んでいた米子。のやま氏は「自分の失敗は挽回すればいいと思えるけど、ロケ弁に関して至らないことがあると『作った人への申し訳なさ』で後悔するのが米子のキャラ」だと話す

ドラマの裏側がわかりにくいように、テレビ業界でのロケ弁の重要度やチョイスの難しさも、テレビを観ているだけだとピンとこない。会社のランチタイムのように「外に食べに行けば、いいのでは？」と思うかもしれないが、ゆっくり食事休憩に出かける時間がなかったり、出演者は衣装やメイクをした状態で現場を離れにくかったりする上、人数がとにかく多いのだ。

「撮影現場には100人近い人たちがいます。体力も気力も使うハードな現場で、すごくエネルギーを消耗します。だから『これを乗り切れば食事休憩だぞ！』と、みんな食べることが何よりの楽しみ。撮影が佳境に入り、長時間に及ぶとびきりハードな撮影日を狙って、高級焼肉弁当や鰻重などを発注すると、『よーし、やるぞ！』と俄然気合が入ります。本当は、毎日美味しいものを提供したいのですが、予算の関係で残念ながら毎回贅沢はできません。物価が上がってもロケ弁に充てられる予算は変わらないので、非常に厳しい状況です。

キャストさんたちの差入れも、現場のテンションを上げる大事なカンフル剤で、最近はロケ弁を差し入れてくれるキャストさんもいて、本当に助かります。その分は別の日のロケ弁を少しでも豪華にできるよう、予算を回せるので。ちなみに、お弁当だけじゃなく、ケータリングの場合もあります。ラーメン屋台が現場に来ることもあって、特に冬の寒い時期は『温かい食事』というだけで救世主です。最近はできる限りケータリングにする現場も増えていますが、ロケ弁だって負けていません。紐を引っ張って温める弁当も重宝されています。この漫画では、弁当もケータリングもひっくるめて『ロケ弁』と総称し、それぞれの良さを描きたいと考えています」

ハードな現場だからこそ、食事は重要。ロケ弁のチョイスが、現場全体の士気や雰囲気を左右することもある

スケジュールや環境的な要素だけでなく、出演者・スタッフが同じものを食べるロケ弁には、“同じ釜の飯を食う仲間”といった一体感に繋がる面もあるとのやま氏は話す。

「登場人物と同じように実際のキャストやスタッフも、お気に入りの『マイベストロケ弁』が必ずあります。立場に関係なく『あれ美味しかったね』『これオススメだよ』と、食を通じて会話も活発になるので、ロケ弁は現場に欠かせない大事なコミュニケーションツールでもあると感じますね」

連載開始までに、1年以上のロケ弁リサーチを行ったという本作。のやま氏にとっては日常のロケ弁だが、ネームを手掛けるつのだ氏や作画を担当のサエグサ氏は、絵に落とし込む上で勉強・リサーチが必要だった。

「私自身は長年、現場でロケ弁を食べまくり、ロケ弁屋さんに接してきたので、蓄積されている経験からドラマを紡いでいけますが、彼らは“ほぼ知識ゼロ”からのスタートです。シナリオを読み込み、私から話を聞くだけでなく、弁当を取り寄せて食べてみたり、店に話を聞きに行ったりと、描く上でのリアリティーを求め、探求する日々は大変だったと思います」

制作現場の大変さに落ち込む米子が、コロナ禍で苦労しつつも飲食店が頑張る姿に励まされる6～7話に登場するBent-Bent「とろっとオムライス」。玉子の黄色とケチャップの赤が食欲をそそる

つのだ氏とサエグサ氏がインプットすべき要素は、ロケ弁だけではなかった。ドラマ制作の現場についても、思い違いや絵的な“映え”を優先してしまうことがあったため、「違いますよ」と説明し、直す作業がかなりあったという。

「『ドラマ撮影で使うカメラは、そんなに小さくないです』とか『制作部は現場でヒールのある靴を履きません』など、小さな違和感を消していく作業をひたすら積み重ねました。現場の私には当たり前のことが、“一般的にはわからないんだな”という気づきにもなり、お互い大変でしたが面白かったです。

二人とも最初は手探りの中でロケ弁や撮影現場について学び、めきめき力をつけていくのを見るのも楽しく、漫画制作のすごさも実感できました。通常の漫画は、漫画家さんが1人でストーリーも絵も描くことが多いですが、3人の共同作業はいろんな役割があるドラマ制作と通じるところがあります。原作者の私が脚本で、それを噛み砕いてしっくりくる形に演出する（つのだ）ふむさん。絵で表現してくれるサエグサさんが、演じるキャストといった感じです」

米子の先輩で制作担当・畑平忍は、理想の上司キャラであると共に、「マジいくつだよ！？」と“年齢不詳”なところも業界人あるある。最初はヒールを履いて描かれたが、実際の制作スタッフに合わせて修正

米子と2人で話すスタッフルームの背景も、簡素な会議室から台本や撮影道具があるリアルな雰囲気に変更された

のやま氏からつのだ氏とサエグサ氏に、レクチャーするばかりではない。漫画というメディアの特性を活かした表現は、両氏から積極的に提案し、コラボレーションによる相乗効果も生まれている。

「回を追うごとに、ふむさんがネームで描くキャラクターが生き生きしてきて、9話のシナリオに『オーベルジーヌはロケ弁界の貴公子』と書いたら、想像以上の妄想貴公子を演出してくれたんです。あれには声を出して笑ったし、共同作業で一番テンション上がった瞬間でしたね。あと、サエグサさんが描く南雲も、想像以上にカッコよくて、おかげで中身の男前具合も引き上げられました」

1話で繰り広げられる米子の妄想。9話の「妄想貴公子」を見て「もっと米子の妄想を活かしたい！」と、当初は予定になかったドリフターズのくだりを足したという

3人が力を結集し、本格的な連載がスタートしたばかりの『ロケ弁の女王』。Twitter先行公開の時点ではフォロワーも少なく、認知の低い状況でも、取材を申し込んだのには理由がある。テーマやストーリーが魅力的で人気を集めそうな要素に加え、飯テロやお仕事ドラマ、テレビ業界の裏側など、実写化のポテンシャルが非常に高いと感じたからだ。のやま氏に「実写化を狙っている？」と聞いてみたら、“中の人”らしい答えが返ってきた。

「日頃コミック原作にお世話になっていたからこそ、『リスペクトしている、漫画を手掛けてみたい』と思っていました。コルクさんの協力があり、ふむさんサエグサさんというチームで実現できているだけでも十分ありがたいですが、さらにドラマ化となったら……最高ですね！　そうなったら、撮影隊がエキストラになるし、各話に登場するロケ弁は被写体として用意するだけでなく、『スタッフが美味しくいただきました』できちゃうわけで、『めちゃくちゃコスパいいドラマだな！？（笑）』と思います。それにドラマ制作経験者だからこそ、細かいことは言わずに全面的にお任せしますよ！（笑）」

紹介されるロケ弁だけでなく、実写化される素材の観点でも“美味しい”作品として、今後の展開が楽しみだ。

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「リアルすぎる！」とテレビ業界で話題のマンガ『ロケ弁の女王』爆誕秘話

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