<figure id="attachment_306155" aria-describedby="caption-attachment-306155" style="width: 5365px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="66240999"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/230322Mk_1454-2.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-306155" class="wp-caption-text">『サーカスの子』を上梓したノンフィクション作家の稲泉連氏</figcaption></figure>
〈かつて爆発的な人気を博して社会現象になった「キグレサーカス」。大宅賞作家の稲泉連氏は幼いころ、母とともにキグレサーカスで暮らしていた。その記憶をもとにして、かつて同じ時間を過ごした団員たちを訪ね、インタビューを重ねて描かれたのが４月３日に発売された『サーカスの子』。なぜいま「キグレ」を書こうと思ったのか、著者の執筆意欲を駆り立てた「サーカスの時代」とは何だったのか、稲泉氏に聞いた〉
――本書は稲泉さんの体験をベースにした「私的ノンフィクション」ともいうべき作品ですが、いつからどのように取材を始めたのでしょう？
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数年前に新聞社から企画物の取材を受けて、そのときのテーマが「私の思い出の場所」だったのです。すぐに思いついたのは、サーカスです。自分にとっての大事な記憶、子どものころ一番印象に残っているのはサーカスで暮らした体験ですから。それで担当者に「サーカスはどうでしょうか」と提案したのですが、このときすでにキグレサーカスは廃業していました（&#8217;10年に営業停止）。
そこで、その代わりというわけではないのですが、「ポップサーカス」というサーカス団に取材に行くことになりました。そこで知り合った団員の方に「自分はキグレサーカスにいたことがあるんです」と言ったところ、「そのころキグレにいた団員がいまポップサーカスにいますよ」という話になって。聞いてみると、その人がちょうど私がキグレサーカスにいたとき、一緒にサーカスの「テント村」で生活をともにしていた人だったのです。30数年ぶりの再会でした。そのことをきっかけに、当時のサーカスの人たちの話を聞いてみたいと思うようになったんです。
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――なるほど。それで記憶をたどりながら、当時の団員たちを訪ねてインタビューをしたわけですね。
私の記憶は５歳のときのものですから、本当にあったことなのか、夢にみたことだったのか、あるいは人から聞いたことが自分の記憶になっているのか、自分でも確証は持てません。だから当時、自分と同じ光景を見ていたひとたちが、当時の様子をどう記憶しているのか、非常に興味がありました。
――キグレサーカスは当時大人気で、公演を行う先々で連日満員御礼だったそうですね。
当時のキグレサーカスは、喜劇役者の三木のり平が演出を手がけていて、物語性の高い公演を行っていました。「宇宙への旅」というタイトルで、ウランちゃんという少女が上から降りてきて、「ここはどこ？」と言ってショーが始まります。もちろん、本当の少女ではなく、すでに成人した女性芸人が役を演じるわけですけど（笑）。
サーカスの星に宇宙船で降り立った少女が、空中ブランコとか、高綱渡りとか、さまざまな演し物を目撃していく設定です。音楽にのって舞台演出もどんどん移り変わって、それが一続きのストーリーになっていました。その後、シルク・ドゥ・ソレイユなどストーリー性の高い演出をするサーカス団も増えましたが、当時としては非常に画期的な試みだったようです。
――５歳の稲泉少年はサーカスに夢中になったと書かれています。
僕は当時キグレサーカスのショーに熱中していて、毎日、毎日、見ていました。日曜には１日４公演あるのですが、それもすべて見ました。友だちと遊んでいて、どんなに楽しくても、オープニングの音楽が聞こえてくると大天幕のなかに入っていったものです。テント村で暮らす子どもたちには、いつでもサーカスを見る特権が与えられていました。毎回同じ演目を見てもなぜ飽きなかったのか、それはキグレのサーカスの物語性が高かったからではないでしょうか。いま振り返ると、そう思います。
<div data-friday-nextpage-lead="なぜ母子はサーカスで暮らしたのか"></div>
――本書のなかには、魅力的な芸人たちがたくさん登場します。
当時のスター芸人のひとりは健（たかし）兄さんという方でした。健兄さんは空中ブランコや一本綱渡りなど、空中アクロバットが得意技。子ども心にも、本当に格好いいひとだなと思っていました。健兄さんは、ご両親がともに団員で、生まれたときから「サーカスの子」です。おどろくべきことに、中学校を卒業するまでに転校を160回繰り返したそうです。
今回、健兄さんに話を聞いて強く印象に残っていることがあります。それは、サーカスという共同体のなかで、芸人たちはまさに自分たちの身体表現という手段で生きていく、食べていく、そんな覚悟みたいなものをもっていたことです。
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――キグレサーカスといえば、カンスー（高綱渡り）の事故で亡くなった栗原徹の評伝『翔べイカロスの翼』がベストセラーになり、さだまさしの主演で映画化されたこともありました。
栗原さんの事故は&#8217;77年なので、私はまだ生まれていません。当たり前ですが、会ったこともないし、ほとんど知りませんでした。でも、映画のテーマ曲だったさだまさしさんの『道化師のソネット』はよく知っています。キグレサーカスのフィナーレは必ずこの曲が流されるので、何度も何度も聴きました。切ないメロディーなので、公演の最後に観客の感情をゆさぶるような演出効果があったと思います。
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――映画化されたり、写真集が出たり、キグレサーカスは文化的な影響力も大きかったようです。
写真家の本橋成一さんが『サーカスの時間』という写真集を出しているのですが、それを見た母がサーカスで子育てをしてみたいと決意して、巻末の電話番号にかけてみたら、いきなり本橋さんが出たそうです。本橋さんは喜んで紹介してくれて、キグレサーカスはあっさり母の申し出を受け入れてくれました。あの写真集がなかったら母もキグレで働くこともなく、私も本書を書くことはなかったかもしれません。
――ノンフィクション作家の久田恵さんはそのときの体験を『サーカス村裏通り』という作品で描いています。久田さんは稲泉さんの母親でもありますが、『サーカス村裏通り』は何歳くらいのときに読みましたか？
あまり母の書いたものは読んでこなかったのですが、この『サーカス村裏通り』は何度も読み返しました。先ほど、自分の記憶に興味があると言いましたが、私のなかにあるサーカスの記憶とは、自分が実際に体験したことが断片的に脳裏に記録されていただけで、言葉にはなっていませんでした。その後、母から思い出話として聞いたり、母の本を読んだりして、言語化されて、私の記憶になったのだと思います。
<div data-friday-nextpage-lead="「僕だと思ったらチンパンジーだった」"></div>
<figure id="attachment_306156" aria-describedby="caption-attachment-306156" style="width: 5568px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c661684f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/230322Mk_1337.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-306156" class="wp-caption-text">本書ではキグレサーカスに在籍していた多くの人々の暮らしとその後が描かれている</figcaption></figure>
――人間の記憶とは何なのか、本書のなかで詩人の長田弘の著書から「記憶の庭」という言葉を引用していますね。
はい、長田さんはこう書いています。〈じぶんの記憶をよく耕すこと。その記憶の庭に育ってゆくものが、人生と呼ばれるものなのだと思う〉と。この「記憶の庭」こそが、自分にとってのサーカスでの生活だったと思います。
サーカスの風景は憶えているけど、バーの長さが何メートルだったとか、団員が何人いたとか、そんな数字はあとから調べて分かったことです。当時のことはたくさん憶えているけれど、それは言葉や数字で記憶しているわけではありません。今回、たくさんの人に話を聞きながら、当時の記憶を言葉にしていきました。
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――言語化されていなかったけど、稲泉さんの脳裏にはサーカスの光景が焼き付いていたわけですね？
はい、いまもいろんな風景、景色がよみがえってきます。テント村の風景とか、炊事棟の様子とか。テント村では誰か大人たちが必ず僕たちのことを見守っていて、鉄パイプとか、ベニヤ板とか、布きれとか、いろんな部材が身の回りにあって、そのなかを子どもたちが駆け回っていました。動物もたくさんいて、アシカとかゾウもいたりして、それを触ってみたりとか。
団員さんが飼っていたベアという犬がいて、その犬と遊んだりしましたね。あとチンパンジーがオリから逃げ出したことがありました。母と僕が暮らすテントに入っていたのですが、母が知らずに帰ってきて、てっきり僕がいると思って話しかけたら、それがチンパンジーだったとか。そのときどれだけ驚いたか、母は『サーカス村裏通り』でも書いています。
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――鮮烈な記憶ですね。
いまも当時のことをよく憶えているのは、それだけ刺激が大きかったからだと思います。僕は東京に生まれて、母子家庭で育ち、保育園に通っていました。それがいきなりサーカスの世界に入ったわけですから、子どもながらに相当衝撃的だったと思います。
――いま取材・執筆を終えて、「サーカスの時代」とは何だったと思いますか？
自分がサーカスにいた時期は、サーカスが最も人気を博した時代でした。それは今回、皆さんの話をきいて、よく分かりました。社会のなかで、サーカスがエンターテイメントとして、広く受け入れられていました。そして、サーカスは、どういう背景をもったひとでも受け入れて、そして、人々が通り過ぎていく、そういう場所でした。実際、私の母は１年足らずでキグレサーカスを去りました。短期間でも同じ時間を共有したひとたちは皆仲間、家族という感覚があって、サーカスとは、関係者全員の故郷でもあるのです。
――本書を読んで、サーカスの時代にタイムスリップしたような臨場感を味わうことができました。
いまはもう多くの人の記憶からキグレサーカスが消え去ろうとしています。誰も憶えていないということは、無かったことと同然です。そんなときだから、キグレサーカスを書こうと思いました。いま現在、キグレサーカスを書けるのは、自分しかいないという自負もあります。自分しか書けないテーマに出会えたことは、書き手として、幸運だったと思います。できるだけ多くの読者に本書を手にとっていただきたいと思います。ありがとうございました。
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稲泉氏の<a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AD%90-%E7%A8%B2%E6%B3%89-%E9%80%A3/dp/4065309662">「サーカスの子」</a>の購入はこちらから。
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『サーカスの子』を上梓したノンフィクション作家の稲泉連氏 〈かつて爆発的な人気を博して社会現象になった「キグレサーカス」。大宅賞作家の稲泉連氏は幼いころ、母とともにキグレサーカスで暮らしていた。その記

母が自分とチンパンジーを間違えたことも…気鋭作家が描いた「母と暮らしたサーカスでの記憶」

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