<h3><span class="strongInContent">「消えた言葉ばかり載せた本を見てみたい」という声が寄せられて…</span></h3>
<p>8年ぶりの全面改訂版となる『三省堂国語辞典』第八版が’21年末に発売された際、「MD」「スッチー」「コギャル」など、現在はあまり使われなくなった言葉が削除されたことが話題になった。</p>
<p>と思ったら、今度はそうした「消えたことば」のみを集めたという大胆不敵な辞書が登場した。その名も『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』。</p>
<p>これは三省堂国語辞典の前身である『明解国語辞典』（1943年発刊）から『三省堂国語辞典』第八版まで、約80年間・計9回行われた改訂で削除された項目から1000項目を厳選し、当時の紙面をそのまま拡大して五十音順に配列したというもの。</p>
<p>気が遠くなるような一冊を約1年がかりで手掛けたのは、「辞書マニア」で校閲者の見坊行徳氏（以下　見坊氏）と、三省堂辞書出版部の奥川健太郎氏（以下　奥川氏）の二人。本書がどのように作られたのかを聞いた。</p>
<p><span class="strongInContent">「きっかけは、SNSや、編集部に直接『消えた言葉ばかり載せた本を見てみたい』という要望がたくさん寄せられ、営業販売方面から一冊企画してはどうかという提案があったことです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<p><span class="strongInContent">多くの方にとって、まず『辞書から言葉を削除した』ということが驚きなんですね。自分はまだ愛着がある言葉もあるし、全然知らない世代でも削られたと聞くと、『そんな言葉があったんだ』と興味が湧く。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">それらが最新の三省堂国語辞典からなくなっているとテレビで紹介されると、『むしろ削った方を読んでみたい』と。これまでは商売にならない方面だと思っていた削除語に、意外に需要があるからやってみようというのが、社の判断でした」（奥川氏）</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<figure id="attachment_307447" aria-describedby="caption-attachment-307447" style="width: 897px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1bd3b871"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/d5d5f9877633fd6f12416c73d7b289c4.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-307447" class="wp-caption-text">’21年末に発売された『三省堂国語辞典』第八版から“削除”された「コギャル」</figcaption></figure>
<p>「消えたことば」が注目されたのは、三省堂国語辞典の持つ性格による部分も大きいと、見坊氏は補足する。</p>
<p><span class="strongInContent">「三省堂国語辞典は他の辞書と比べても、現代に非常に密着している、今使われている言葉を大事にしているという性格があり、項目の入れ替わりが激しいのです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<p><span class="strongInContent">小型辞書に新しい言葉を収めるためには、どうしても古い言葉を追い出さなければいけないため、新陳代謝が非常に激しい辞書だということです」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="見坊氏が編著者に抜擢された「ある深い縁」"></div>
<h3><span class="strongInContent">見坊氏が編著者に抜擢された「ある深い縁」</span><span class="strongInContent"> </span></h3>
<p>実は見坊氏が編著者に抜擢されたのは、そうした辞書ごとの性格を熟知した「辞書マニア」であること、「辞書からなぜ言葉が消えるのか」についての分析・解説ができることに加え、深い縁もあった。</p>
<p><span class="strongInContent">「前身の『明解国語辞典』を私の祖父・見坊豪紀が立ち上げ、『三省堂国語辞典』第四版までの大部分を作っていたことから、個人的な思い入れが非常に強いこと。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<p><span class="strongInContent">それに、我が家には過去の『三省堂国語辞典』の版違いだけでなく、刷違いも保存されていまして、場合によっては、版の途中で一部修正していることなども保存された資料からわかるのです」（見坊氏）</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-start"></div>
<p>新しい版を発行する際には、内容を大きく改訂するが、刷を重ねるときには通常修正はほとんどしない。しかし、かつては刷違いでわずかに説明が修正されたこともあった<wbr></wbr>と言う。</p>
<p><span class="strongInContent">「例えば、『インデアペーパー』という項目。最初は、じょうぶで薄いという説明をしていたのですが、37刷から『じょうぶで』という説明が消えるマイナーチェンジがありました。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">それがわかったのは、書籍原稿を作っていく中で、実際の紙面と解説内容が合っているかを検証するとき、校正者と話がかみ合わなかったことから。インデアペーパーという項目自体が消えたから取り上げるわけですが、さらに刷の違いでも細かい修正があったことがわかったという一幕がありました」（見坊氏）</span></p>
<p>編著作業は、奥川氏が全体の企画編集を行い、全9回の改訂による項目の選定は前半後半に分け、祖父の見坊豪紀氏が携わった『明解国語辞典』から『三省堂国語辞典』第四版までを見坊氏が、第五版から第八版までを奥川氏が担当した。</p>
<figure id="attachment_307448" aria-describedby="caption-attachment-307448" style="width: 1500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d7e78d6c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/6087f68413d02f80b07e519f0316fa08.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-307448" class="wp-caption-text">2月に発売され話題になった『新明解国語辞典』『三省堂国語辞典』のLINEスタンプに続いて、今回の『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』版もリリースされた</figcaption></figure>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-end"></div>
<p>改訂で大量の言葉が消えた時期などはあったのだろうか。</p>
<p><span class="strongInContent">「それはあったと思います。例えば戦時中の軍隊用語と市民の生活の中で出てきたような用語は、戦後になると現代語としては必要ないだろうということで、消えていくということはあります。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<p><span class="strongInContent">また、前身の明解国語辞典に収録されているのは、非常にコアな語彙が多く、残りやすいのに対し、後から追加された、増えていった現代語は変化しやすいこともあるかと思います。他には、新しい技術やメディアに関する言葉みたいなものは項目として短命かもしれないですね」（見坊氏）</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="選ばれた「1000語」とは…"></div>
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<h3><span class="strongInContent">言葉としては廃れたけど、概念は生き生きしているもの</span></h3>
<p>その一例が「熱蔵庫」。これは冷蔵庫の反対で、高く保温するための保温庫が第二版にだけ載っているものの、普通の生活で使わない言葉として消えていったという。また、テープレコーダーは残っているものの、ラテカセ（’70年代後半から’80年代前半まで発売された、ラジオ・テレビ・カセットデッキが一体となったもの）やMDなども、時代の流れに合わせて消えていった例だ。</p>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-start"></div>
<p><span class="strongInContent">「他に、あわて急ぐ様子を言う副詞の『とっかわ』は第二版で消えていますが、字面も可愛いですよね。言葉自体には栄枯盛衰があり、消えていっても、例えばMDというものがなくなったわけではないですし、概念自体は普遍的で時代が変わっても通用するものも結構あるんですよね。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<p><span class="strongInContent">今回のこの本をきっかけに</span><span class="strongInContent">、そうした今でも通用する言葉を探していただいたり、リバイバルで再び使われるようになったりすると楽しいですね」（見坊氏）</span></p>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-end"></div>
<p>また、収録する「1000語」はすぐに予定を大幅に超え、削る作業に苦心したというが、選び方の基準について見坊氏はこう説明する。</p>
<p><span class="strongInContent">「当時の世相をよく表すような言葉、例えばバスガールやエアボーイ、オート三輪など、聞いただけで当時の匂いが感じられるようなものが一つ。言葉としては廃れたけど、概念は生き生きしているものなど。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<p><span class="strongInContent">僕が好きなのは『即実的』という言葉で、エビデンスとかファクトが大切にされている今の時代にぴったりな言葉じゃないかと思うんですが、かなり早い段階で消えちゃっているんですね。あとは単純に字面が面白いとか、語釈の書き方が可愛い項目なども取り混ぜています」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-start"></div>
<h3><span class="strongInContent">当時の紙面スキャン＋脚注…「調べものの嵐」と手間がかかる作業の繰り返し</span></h3>
<p>紙面は3段構成になっており、真ん中には消える直前の版の当時の紙面がそのまま拡大して掲載されている。これは果てしなく手間のかかる作業だ。</p>
<p><span class="strongInContent">「第六版以降はかろうじてデータが残っていたので、そこから抽出しましたが、第五版以前は専門のスキャナを持っている業者さんに実物を断裁してスキャンしてもらいました。第五版は2色刷りですので、それをモノクロにする際に色部分をグレーにするなど、非常に細かい作業もやっております」（奥川氏）</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="「聖徳太子」が2001年に消えた訳"></div>
<p>それぞれの言葉には、掲載版を表すゲージが設けられ、何版で載っていて、何版で消えたのかが一目でわかるようになっている。「ある意味では言葉の寿命の目安みたいなもの」（見坊氏）というが、なかにはいったん消えて一時期復活し、また消えたものもある。</p>
<p><span class="strongInContent">「明解国語辞典から消えた言葉などは、戦時中の活版による古い紙面が載っているので、旧字体で書かれている部分もあります。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">それに僕と奥川さんで、現代人が読んで気になるだろうことを想定して補足する脚注を書いていまして、この言葉はどういう意味でどういう場面で使われていたかなどを簡潔に説明するわけですが、辞書はなにしろ短い説明なので、当時を生きていないと何のことかピンとこない場合もあるんですよ」（見坊氏）</span></p>
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<p>古すぎてわからない言葉は、調べるところから始める必要があるため、「調べものの嵐」になった。具体的には、辞書・辞典を中心としたデータベース「ジャパンナレッジ」や『日本国語大辞典』『日本俗語大辞典』「国立国会図書館デジタルコレクション」などで調べるほか、生の資料にもあたっているという。<span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">「見坊豪紀が採集していた、140数万枚の短冊型の用例カードを三省堂に保管してもらっているので、資料室に伺って確認します。三省堂国語辞典に入れる言葉は生活に密着しているので、実際にどういう風に使っていたのか、どうして辞書に載ったのかを用例カードで確認します」（見坊氏）</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<figure id="attachment_307449" aria-describedby="caption-attachment-307449" style="width: 1407px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4b4907cc"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/3_N.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-307449" class="wp-caption-text">’08年（第六版）で削除された「ダべリング」の辞典紙面（写真右）と資料室に保管されていた見坊豪紀が採集していた短冊型の用例カード（同左）</figcaption></figure>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-end"></div>
<h3><span class="strongInContent">「聖徳太子」が2001年に消えた訳</span></h3>
<p>面白いのは、例えば「聖徳太子」という言葉が’01年に消えていること。これは普通の辞書的な「厩戸王」とか「十七条の憲法や冠位十二階の制定」といった内容ではなく、また、「実はいなかった」ということで教科書から消えた云々の話でもない。</p>
<figure id="attachment_307450" aria-describedby="caption-attachment-307450" style="width: 996px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1023b57b"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/6d1eeb3fe35e9441e6a42bd92885665c.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-307450" class="wp-caption-text">’01年（第五版）で削除された「聖徳太子」</figcaption></figure>
<p><span class="strongInContent">「三省堂国語辞典では、あくまで日常生活の中で使われる『1万円札』としての聖徳太子を取り上げています。実際に日常生活で使われている言葉として、1万円札が福沢諭吉に代わった時点で『聖徳太子』とは言わなくなるからです」（見坊氏）</span></p>
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<p>この一例を見てもわかるように、言葉自体は知っているつもりでも、「使い方」が若い世代にはピンとこない言葉も多数ある。馴染みや愛着のある言葉や使い方は、世代によっても異なるもの。そうした時代ごとで「消えたことば」の背景を調べるのも良いし、家族など異なる世代の人と一緒に見たり、クイズを出し合ったりするのも楽しそうだ。</p>


1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマに関するコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』（太田出版）、『KinKi Kids　おわりなき道』『Hey! Say! JUMP　9つのトビラが開くとき』（ともにアールズ出版）など。

田幸和歌子

「消えたことば」のみを集めた辞書が登場した。気が遠くなるような一冊を約1年がかりで手掛けたのは、「辞書マニア」で校閲者の見坊行徳氏と、三省堂辞書出版部の奥川健太郎氏の二人。お話しをお聞きしました。

コギャル、聖徳太子、赤電話、ながら族…「辞書から削除された言葉だけを集めた辞典」が誕生したワケ

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