<h3>シジュウカラの研究で「動物が言葉を話していること」を突き止めた鈴木俊貴准教授</h3>
「動物も人間と同じように会話しているんじゃないか…」「ドラえもんのほんやくコンニャクで動物たちと話せたら…」と考えたことがある人は少なくないだろう。
その大きな一歩になりうる学問が、この4月、東京大学でスタートした。
世界初の「動物言語学」を学問として創設したのは、世界で初めて「野鳥が言葉を話していること」を突き止めた、”鳥語博士”こと鈴木俊貴さん。昨年度まで京都大学白眉センター特定助教を務め、今年度から東京大学先端科学技術研究センターで准教授に就任した。たった一人の研究者が新しい分野を創設するというのは極めて稀な「偉業」である。
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そこには「1年間のうち6～8ヵ月もの期間、毎日、日の出から日没まで軽井沢の森にこもってひたすら鳥を観察する」生活を約17年間続けてきたと言う、鈴木さんの想像を絶する研究人生があった。
<figure id="attachment_308090" aria-describedby="caption-attachment-308090" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="702b4db8"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/1_25550391_s.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308090" class="wp-caption-text">”言葉”で仲間に危険を知らせる「シジュウカラ」</figcaption></figure>
<h3>タカを見た時は『ヒヒヒ』、ヘビは『ジャージャー、ジャージャー』…”言葉”で仲間に危険を知らせる「シジュウカラ」</h3>
大学の卒論テーマとして複雑な鳴き声を持つ野鳥の一種「シジュウカラ」に着目し、以降も研究を続けてきた鈴木さん。修士課程の段階ですでにシジュウカラには人間の言語との共通点があるのではないかと考えるようになっていたと言う。
「人間以外の動物は言葉を持たないというのがこれまでの通説でした。例えば犬がワンワン、キャンキャン鳴くのは、怒りや喜びといった気持ちの表れで、感情を示すだけだと考えられてきたのです。人間の赤ちゃんの場合、1歳ぐらいでパパ、ママ、ブーブー（車）など、特定の意味を持つ単語を話しだし、一般的に1歳半から2歳で二語文を喋るようになります。複雑な文章を柔軟かつ無限に生み出す文法の力も人間の特徴です。 
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実は紀元前、アリストテレスの時代から、人間だけが言語を持つ特別な生きもので、動物の鳴き声は感情に過ぎないとされてきました。そして、人間vs.動物の二項対立が生まれてしまった」
古代ギリシャから現代まで、世界中の学者が信じてきた「言葉を持っているのは人間だけ」「人間だけが特別」という固定観念に疑問を持ったのが、鈴木さんの研究の始まりだった。
「シジュウカラの鳴き声は周りの仲間にきちんと意味を伝えているんです。例えばタカを見た時に出す『ヒヒヒ』という声。この声を聞くと、シジュウカラはあたかもタカを探すように上を見上げる。ヘビを見たときの『ジャージャー』という声を聞くと、ヘビが潜んでいそうな地面や藪を念入りに探します。しかも、録音した音声を聴かせても、同じように反応するんですよ。 
<figure id="attachment_308275" aria-describedby="caption-attachment-308275" style="width: 4608px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="caabad5c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/304d6a8c8462332b8afe8989947b32e0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308275" class="wp-caption-text">『ヒヒヒ（タカだ！）』と聞いて空を見上げるシジュウカラ（PHOTO：鈴木俊貴さん提供）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_308277" aria-describedby="caption-attachment-308277" style="width: 4608px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="10c7a0aa"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/d30171c0fba79bc71dfda139d5febd14.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308277" class="wp-caption-text">『ジャージャー（ヘビだ！）』と聞いて地面を探すシジュウカラ（PHOTO：鈴木俊貴さん提供）</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="「文法」も存在！"></div>
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さらに興味深いことに、シジュウカラの鳴き声は概念に繋がっていることもわかってきました。『ジャージャー』を聞くと普段は気にしない木の枝を一瞬ヘビと見間違えてしまうんです。 
人間の場合も『顔がある』と言われると何の変哲もない写真が心霊写真に見えてしまうことがありますよね。これは”カオ”という音からそのイメージを頭に思い描くから。無意識的に顔のような形を探し出し、見間違えてしまうんです。 
同じような見間違いが、シジュウカラにも確認できた。つまり、『ジャージャー』は、仲間の鳥にヘビをイメージさせる単語になっていたということです」
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鈴木さんは動物行動学や認知科学、言語学を融合したユニークな実験により、『ヒヒヒ』が「タカ」で、『ジャージャー』が「ヘビ」という特定の意味を伝える単語であることを証明した。鳴き声が特定の概念に結びついていることを示した世界初の快挙であり、チンパンジーなど人間に近いとされる動物においても他に例がない。
<figure id="attachment_308091" aria-describedby="caption-attachment-308091" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e89d6330"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/2_26118696_s.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308091" class="wp-caption-text">「『ジャージャー』を聞くと普段は気にしない木の枝を一瞬ヘビと見間違えてしまうんです」</figcaption></figure>
<h3>「文法」も存在！ 200パターン以上の言葉の組み合わせで会話</h3>
「シジュウカラは鳴き声を組み合わせて複雑なメッセージを作ることもわかりました。これまでに録音できている組み合わせは200パターン以上。 
その一つが『ピーツピ・ヂヂヂヂ』。『ピーツピ』は《警戒しろ》、『ヂヂヂヂ』は《集まれ》という意味で、それぞれ別々にも使われますが、組み合わさることもある。 
例えば集団でモズを追い払うとき。モズは20センチくらいの肉食性の鳥で、バッタやトカゲ、そして小鳥を襲います。シジュウカラにとっても怖い天敵なんですが、仲間と一緒に勇敢に立ち向かうことがある。シジュウカラ一羽では敵わなくとも、仲間を集めてみんなで協力して対峙すれば追い払うことができるんです。 
その時の号令が『ピーツピ・ヂヂヂヂ』。これは、《警戒して集まれ》という二語文なんです」
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さらに面白いのは、『ピーツピ・ヂヂヂヂ』と聴かせると、警戒して集まってくるのに、『ヂヂヂヂ・ピーツピ』ではそうした行動をとらないこと。言葉の順序を逆転させると意味が通じなくなるのだ。
「人間の場合も、例えばグリーン・ライトなら緑色の光だけど、ライト・グリーンだと明るい緑色になってしまいますよね。 これは言葉の並びから意味を読み解く時にルールを使っているからです。 
言語学では『統語（シンタクス）』と呼ばれるもので、人間の言語に特別だと言われてきましたが、シジュウカラにも見つかった。これも世界で初めての発見でした。 
しかも、彼らは鳴き声を単なる連続音ではなく1つのまとまった文章として認識するし、文法のルールを当てはめることで、聞いたことのない新しい文章まで理解できる。こんなことも実験からわかってきました」 
<div data-friday-nextpage-lead="証明するのに10年以上もかかってしまった…"></div>
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<h3>証明するのに10年以上もかかってしまったのは…</h3>
それにしても、世界中で”常識”とされてきた「人間だけが言葉を喋る特別な生きもの」という観点に、なぜ鈴木さんは疑問を抱き、覆えそうと考えたのか。
「小さな頃から虫や魚など、常に20種以上の生き物を飼っていて、ずっと観察してるのが好きでした。いくら見てても全く飽きない。母親は僕が2歳の頃にすでに『この子に会社勤めはムリ』と思ったそうです（笑）。 
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大学に入ってからも変わらず、森にこもって鳥をずっと観察していました。三つ子の魂百までと言いますが、僕の場合、子どもの頃から好きだった動物の観察が、今の研究者という職につながっていると思います。 
動物を観察していると、誰も認識していないことに気がつく瞬間というのがあって。実は、修士課程ですでにシジュウカラにも単語や文法があることには気がついていたんです。ただ、それを証明するために10年以上もかかってしまった。毎日本気で取り組んでいても、それだけ長くかかるんです。 
動物の鳴き声の意味を調べ、それが本当に言語になっていることを証明するのって、かなり難しいことなんですよ。前例がないから、まず方法論から考えなきゃいけない。 
ある鳴き声がどういう文脈で発せられ、それを聞いた他の鳥はどのように反応するのか、頭の中で何が起こっているのかなど、いろいろなことを調べていく。そのためには、動物行動学だけでなく、言語学や認知科学などのアプローチも必要になってくる。動物は実験室とか籠に入れると、普段の行動を示してくれなくなるので、できれば全て自然の中で実験し、彼らの言葉や思考を調べたい。それも全部新しいアプローチだったんです」
チンパンジーやイルカ、カラスなどの動物でも、単語や文法といった言語能力の科学的な証明には至っていない。しかし、これらの動物たちの驚くほどの賢さは広く知られていることだ。だからこそ、「いろんな動物を対象に言語能力を調べるべき」というのが、鈴木さんが東京大学先端科学技術研究センターで「動物言語学分野」を立ちあげた理由だ。
「シジュウカラの鳴き声とゴジュウカラの鳴き声は、全然響きが違うんですけど、お互いの鳴き声の意味を理解していて、タカが来たという鳴き声で警戒します。しかも、鳥だけじゃなく、リスもそれを認識するんです。僕たちが外国語を理解するような能力を、実は動物たちも持っているんです。
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だったら、人間の言葉って何だろう、と。単語を使う能力、文法を使う能力、親の発話を真似て喋れるようになる能力、外国語を学ぶ力など一つ一つの能力は他の動物にもあるわけで、人間はそうした能力の組み合わせでコミュニケーションしているだけではないか。
<figure id="attachment_308279" aria-describedby="caption-attachment-308279" style="width: 4608px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b8293849"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/b08eca8f154f23a9b055abd4cea5f5f0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308279" class="wp-caption-text">「シジュウカラの鳴き声とゴジュウカラ（写真）の鳴き声は、全然響きが違うんですけど、お互いの鳴き声の意味を理解していて、タカが来たという鳴き声で警戒します」（PHOTO：鈴木俊貴さん提供）</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="17年研究してたどり着いた場所、そして思い描く未来"></div>
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そうなると、人間vs.動物の二項対立は間違っていて、人間の言葉も動物の言語の一つにすぎないと解釈する方が正しいんですよね。人間には人間の言語、シジュウカラにはシジュウカラの言語がある。人間の言語とシジュウカラの言語は全く同じではないですが、それぞれ動物の言語の一つであって、共通も相違もあってよい。そう考えるのが進化学的にも正しい理解だと思うんです。このことに気づかせてくれたのはシジュウカラをはじめ、森の小鳥たちでした。
シジュウカラ1種類調べるだけでも17年かかっていて、まだ論文にできてない発見とかもたくさんあるんです。本当はいろいろな動物を調べたいのですが、ちゃんと研究するとなると、僕一人の力で調べられる動物種って本当に限られているんです」 
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<h3>17年研究してたどり着いた場所、そして思い描く未来 </h3>
鈴木さんがシジュウカラ語を17年研究してたどり着いた場所、思い描く未来とは？
「例えば野鳥が鳴いていると、僕はその言葉で、『今空にタカが出たな』とか『これから群れが移動するのか』とかわかりますが、わかる世界とわからない世界、わかった方が楽しいですよね。僕がやりたいことの一つは、僕が気づいた鳥の世界をみんなに知ってもらうこと。 
もう一つは、動物言語学という新しい学問分野を進めることです。動物行動学、認知科学、言語学など、文理の垣根を超えた学際的な研究を進めながら、最新のAIなどのテクノロジーも取り入れ、動物の言葉に関する研究分野をどんどん広げていきたい」 
<figure id="attachment_308280" aria-describedby="caption-attachment-308280" style="width: 2832px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="2aff1ab5"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/04/2929ad680db5899b36c506a29cd51f46.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-308280" class="wp-caption-text">鈴木さんがシジュウカラ語を17年研究してたどり着いた場所、思い描く未来とは？</figcaption></figure>
動物たちの言葉がわかると、世界はどう変わる？ と問うと、鈴木さんは淡々と静かに、こんな熱い思いを語った。
「まず自然観が変わるでしょう。動物が何を話しているのかわかると、彼らの豊かな世界に気がつくはず。街中にもたくさんの野鳥が棲んでいますし、常に会話を交わし巧みに生きています。その世界に気づくことで、自然に対する価値観が大きく変わると思うんです。 
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それと、人間と自然との関わり方を考え直すきっかけにもなるとも思います。生物多様性の減少や地球温暖化など、現在直面している環境問題はさまざまです。もちろん細かな目標を立てることも重要ですが、身近な動物の言葉を通して彼らの世界を知る試みも、同じくらい大切なことだと思います。 
人を動かすのって結局、ルールじゃなくて心だと思うから」

田幸和歌子

タカを見た時は『ヒヒヒ』、ヘビは『ジャージャー』…”言葉”で仲間に危険を知らせるシジュウカラ。世界初の「動物言語学」を創設したのは、世界で初めて「野鳥が言葉を話していること」を突き止めた”鳥語博士”。

「動物言語学」…紀元前からの常識が覆る！東大で”鳥語博士”が始める世界初の学問の驚くべき中身

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