<h3>「これからも増え続ける、その過程にあると見るほうが正しいでしょうね」</h3>
北海道でヒグマの出没が多発している。道北に位置する幌加内町の朱鞠内湖では、釣り客が襲われ死亡する事故まで起きた。札幌市や室蘭市など都市部の住宅街でもクマの目撃情報が相次ぐ。北海道警察に寄せられる通報件数は過去最多のペースだという。
なぜ、今年は人里への出没が多いのか。北海道ヒグマ保護管理検討会のメンバーで、ヒグマ対策の最前線に立つ酪農学園大学の佐藤喜和教授に聞いた。
「5～7月はヒグマの繁殖期で、行動範囲が広がる時期です。雄は雌を求めて山の中を動き回り、子連れの雌は雄から逃れるため人里に現れやすくなる。確かにこの時期は、市街地周辺への親子グマの出没が多いんです。 
ただ、今年が特に多いというよりは、年々増えてきていてこれからも増え続ける、その過程にあると見るほうが正しいでしょうね」 
<figure id="attachment_315295" aria-describedby="caption-attachment-315295" style="width: 480px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="8cd57565"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/06/3c4185f150d071eacb88c8b47e64478e.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-315295" class="wp-caption-text">クマ出没注意の看板は北海道内では珍しくない</figcaption></figure>
では、いつ頃から増えてきたのだろう。
「札幌の市街地近くでクマが目撃され始めたのが&#8217;00年頃です。最初は“山奥からやってくるクマ&#8221;だったのが、やがて“市街地の周辺で暮らすクマ&#8221;が増えてきた。札幌市の中心地から見える藻岩山は、天然記念物の原始林があって守られてきたため森が豊かで、クマにとっては非常に棲み心地がいいんです。 
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全道的には、以前からあまりクマ問題が起きていなかった地域で市街地への出没が増えている印象を受けます。または、クマによる被害がなくて駆除の必要がなかった地域ほど、農地だけでなく市街地にも出没するようになっている気がします」
&#8217;90年がターニングポイント、そう佐藤教授は言う。道内で&#8217;66年に始まった「春グマ駆除制度」が廃止されたのが&#8217;90年だった。
「&#8217;89年まではハンターが3月、4月に山の雪面に残るクマの足跡を追い、積極的に撃っていました。それによって北海道のクマの個体数は、特に積雪の多い日本海側で減少したんです。 
春グマ駆除制度の廃止以降はどう対処しているかというと、鳥獣保護管理法で道路上や日没後に猟銃で撃てないこともあり、主に農地の周りに仕かけた罠にかかったクマを駆除するやり方に変わりました。廃止から30年経った今、クマの個体数は明らかに増えています」
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道庁の算定によると、推定生息数は90年度には5200頭だったが、&#8217;20年度は1万1700頭に。30年間でほぼ倍増している。
<div data-friday-nextpage-lead="クマが人間を怖がらない訳とは…"></div>
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<h3>今のクマたちは「人間に遭遇すると怖い」という思いをしていない</h3>
「ヒグマの最高寿命は今のところ34歳と言われています。春グマ駆除があった時代に山で直接ハンターに追われた経験のあるクマは、現在は1頭も残っていないはずです。 
今のクマたちは、人間に遭遇すると怖いという思いをしていない。最近の彼らの行動を見ていると、そんな気がしてきます」
ヒグマは元々、人間に強い警戒心を持ち、人を避ける傾向があるとされてきた。ところが、新世代のクマはどうも違うらしい。
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「逃げないクマが多いんです。たとえば知床国立公園では観光船からヒグマを観察できますが、クマは人に見られていても気にしない。公園内を車が通っても、道路脇のクマは逃げようとしません。最近の知床以外の市街地に出てくるクマもそうで、人と遭遇しても隠れない個体が多いんです。 
人間の側はといえば、札幌の住宅地に現れたクマをテレビ局はカメラを回して撮影し、住民もスマホで動画を撮っているだけ。クマを脅そうとはしません。人と出会っても怖い経験をしないから、クマたちは街中に出てきて悠々と行動するようになるんですよ」 
<figure id="attachment_315296" aria-describedby="caption-attachment-315296" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="eed91594"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/06/83a200014c4669bb22533a184d4a5866.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-315296" class="wp-caption-text">繁殖期のこの時期は、雄から逃れるため親子グマが市街地に</figcaption></figure>
さらに、「実は農業もクマを人里に呼び込む原因をつくっている」と佐藤教授は指摘する。
「これまでは家畜飼料用のトウモロコシは輸入されることが多かったんですが、今は飼料自給率向上のために飼料用トウモロコシの作付け面積が拡大しています。さらに飼料だけを専門に栽培する事業者も増加している。 
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飼料用トウモロコシが実をつけるのは、森にクマの餌が不足する8月、9月です。しかも、作付けしてから収穫までは飼料用トウモロコシ畑には人がいません。クマにとっては、いらっしゃいませ状態の安全なレストランになっているわけです」
そこで農家は、クマを捕獲するために箱罠を設置する。罠にかかって駆除されるクマは確かに増える。が、食べ放題の餌場が目の前に広がる状態は変わらないため、トウモロコシ畑の被害はなくならない。
「下手すると作付けしたトウモロコシの半分以上をクマに食われる畑だってあるんです。クマを畑に近づけないためにも人里に侵入するクマを減らすためにも、山から離れた畑に作付けするとか山との境に電気柵や忌避装置を設置するなど、対策を講じる必要があると思います」
<div data-friday-nextpage-lead="クマに強いまちづくりとは…"></div>
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<h3>「生物多様性の保全」や「野生生物の保護」の街づくりが一因</h3>
クマが人里へ出没するようになった理由を、われわれ人間はクマの変化によるものと考えがちだ。しかし、誘因はむしろ、人間側の環境や対応の変化にあるのかもしれない。
「人間側の変化によるところが大きいでしょうね。結果論ですが、山に入って駆除し続けていれば、人の生活圏の近くにクマが棲みつくこともなかったかもしれません。 
生物多様性の保全や野生生物との共存が国家目標としてあり、特に大きな都市はそれに沿ったまちづくりをしてきました。啓発に努めてきたから、市民の自然保護意識も高い。ところが、気がつけばクマが身近になりすぎて問題が起きているわけです」
日本政府は最初の生物多様性国家戦略を&#8217;95年に策定し、その後5回の見直しを経て、今年の3月31日に「生物多様性国家戦略2023-2030」を閣議決定。「陸域と水域のそれぞれ30%以上を保護する」という国際目標の達成を目指すとした。
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「陸も海も30％保護して生物多様性を守るとするなら、国立公園や鳥獣保護区だけでなく身近な自然も保護の対象にしなくてはいけなくなります。しかも、その対象が緑のネットワークで繋がっていないと機能しません。 
しかし森と市街地がつながるような緑のネットワーク化が進むと、野生動物をどんどん街に呼び込むことになる。今、市街地に出没しているのは、そのネットワークをたどって侵入してきたクマだろうと推測できます。 
結局、クマ問題の入口を広げているのは国の生物多様性国家戦略であり、その目標のために森と河川と街を緑地などの回廊でつなぐエコロジカルネットワーク構想を推進する環境省や国交省です。 
自然災害に強いまちづくりのために新たな予算をとって土木工事をするのと同じように、関係省庁はクマに強いまちづくりも並行して進めるべきでしょう」 
<figure id="attachment_315501" aria-describedby="caption-attachment-315501" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="46a4d135"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/06/6147b60d3c84b93587b20db75e424f7a.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-315501" class="wp-caption-text">この30年間で、北海道に生息するヒグマの個体数は倍増している</figcaption></figure>
札幌市は今年3月に「さっぽろヒグマ基本計画2023」を策定。「人は街で、ヒグマは森で。～すみ分けによる安全・安心な暮らしを目指して～」をビジョンに掲げ、草刈りや電気柵の設置など、ヒグマを人里に寄せ付けないための対策をこれまで以上に強化するという。
「環境省も全国で進めようとしている方針ですが、ヒグマの生息域と人の生活圏を分けてゾーニング管理し、人とヒグマの棲み分けを目指すと、札幌市は決めました。市は山奥と人の生活圏との間を都市近郊林ゾーンとし、最終的にはクマにとって“居心地の悪い環境&#8221;をつくる考えです。棲み分けの実現に向けた対策を計画に明記したことは、大きな一歩だと思います」
クマが生息する北米はどうか。棲み分けに成功している地域はあるのだろうか。
「カナダやアメリカでは各州政府が地域ごとにワイルドライフレンジャーが常勤する出先機関を置いていて、野生動物による問題が起きた時には直ちにレンジャーが駆けつけます。彼らはクマの駆除もするし、危険な場所に電気柵を張るよう呼びかけるなどの啓発活動も行います」 
こうした仕組みが、北海道にはまったくないという。 
「北海道の場合は道内に14の振興局があるので、平時から現場に出て市町村や地域住民と連携し協働できる野生鳥獣の専門スタッフを、各振興局に何人か常勤で配置すればいいと思います。そこから、行政がハンターを育成・雇用して、いざという時にはクマを駆除できる仕組みづくりにつなげていくのが望ましい。これが理想的な解決策ではないでしょうか」 
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佐藤喜和（さとう・よしかず）酪農学園大学教授。1971年、東京都生まれ。北海道大学農学部時代に「北大ヒグマ研究グループ」に所属。現在、北海道ヒグマ保護管理検討会委員、知床世界自然遺産地域科学委員会委員・ヒグマワーキンググループ座長などを務める。著書に『アーバン・ベア　となりのヒグマと向き合う』（東京大学出版会）。

斉藤さゆり

北海道でヒグマの出没が多発している。道北・朱鞠内湖では、釣り客が襲われ死亡する事故まで起きた。なぜ、今年は人里への出没が多いのか。ヒグマ対策の最前線に立つ酪農学園大学の佐藤喜和教授に聞いた。

「これからも増え続ける」…クマはなぜ人里に下りてくるようになったのか。専門家の見解は？

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