なでしこジャパンの地上波放送はナシか?中継が内定していたNHKが「消滅にほっとしている」理由

2011年に女子サッカーワールドカップ(以下、W杯)で世界一になった日本代表「なでしこジャパン」が7月20日開幕のW杯オーストラリア&ニュージーランド大会に出場する。なでしこジャパンは9大会連続出場の実力国だが、日本国内での地上波のTV放送が消滅の危機に陥っている。昨年末にNHKが地上波で生中継する方向で進められていたというが、それも白紙になったという。なぜなのか。
「“キャラが立つ”選手がいない…」
女子W杯は今大会から出場国が8ヵ国増えて、32ヵ国になり、それに伴い、大会賞金の総額が前回大会の4倍近い1億1000万ドル(約154億円)に大幅に増えた。各出場国からのTV放映権料で賄おうと考えた国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長(53)は5月に行われた世界貿易機関主催のディスカッションで「女子W杯の安売りはしない」と強気の発言をした上で、こんなコメントを続けた。
「(世界各国のTV局は)男子W杯では1億ドルから2億ドル(約137億円~274億円)は払うと言ってくるのに、女子W杯では100〜1000万ドル(約1億円から14億円)しか、提示をしてこない。これこそ、おかしいと思いませんか?女子W杯のレジェンドや世界中の全ての女性に対する平手打ちだ!」
FIFAが昨年12月の男子カタール大会で日本のTV局側に提示した放映権料は約350億円。今回の女子W杯ではこの3分の1となる116億円がFIFA側の提示額とみられる。
女子W杯の日本での放映権は昨年12月、男子のカタールW杯が行われた森保ジャパンの快進撃があった大会期間中に「(女子W杯の中継は)NHKに内定した」という情報が流れた。JFA関係者も「NHKに決まりかけている話は聞きました。JFAとしても安堵していた」としていたが、年が明けた頃にはNHKの内定がなくなった。それはFIFA側が断固として「値下げ交渉」に「NO!」を突きつけたからだ。
W杯の過去優勝国のドイツ、スペインに勝った男子の盛り上がりが、女子サッカーに波及効果を生んでほしいが、必ずしもそうはいかない現実もある。
たとえば昨年10月6、9日となでしこジャパンが国内で親善試合を2試合行った。ウィークデーのナイターとなったナイジェリア戦の観客動員はわずか1671人、同9日の対ニュージーランド戦は日曜日だったが、4110人と、観衆1万人にも遠く及ばなかった。サッカー担当記者がこう明かす。
「2011年はW杯で勝ち世界一にもなりましたが、当時は澤穂希、宮間あやなど実力者もいたし、今やママさんタレントになった丸山桂里奈など〝キャラが立つ〟選手がいましたが、残念ながら今のなでしこには皆無なんです」
欧州では女子サッカーは完全なメジャースポーツになった。6月3日に行われた今季のチャンピオンズリーグ決勝バルセロナ対ヴォルフスブルク戦は、オランダ・アイントホーフェンのPSVスタジアムで行われたが、大会史上初のチケット完売。準決勝の2試合も6万人以上の大観衆を動員した。FIFAが放映権料を大幅にアップした理由はここにある。ある民放のサッカー担当ディレクターはこう明かす。
「残念ながら、日本のTV局で女子サッカーのW杯に100億円を超える金額を払える体力があるところはないでしょう」

FIFAの提示するTV放映権料に単体で応えられるテレビ局はNHKだけ、と思われた。コロナ禍でスポンサー収入が激減し、民放各局が軒並み体力を奪われた中、NHKは2022年度(単体)の決算で4年連続で減収したとはいえ、受信料収入だけで6700億円もある。うち、毎年受信料の40%が番組制作費や放映権料に充てられる。
年末の紅白歌合戦の制作費も「非公表」を貫き、大河ドラマは1話につき数千万円の経費をかけていると言われる。また、年間6場所は初日から千秋楽まで中継する日本相撲協会には1場所5億円、年間30億円以上の放映権料を払っていることはすでに報道されている。表面上に出ているおカネから考えるとNHKにはまだ体力が残っているような印象を受けるが、現実はそうではなかった。
「地上波で見るためのウルトラC」はあるのか
その苦境が表面化したのが、昨年末に行われた男子のサッカーW杯の地上波放送が決定するまでの一連の動きだった。あるサッカー担当記者はこう明かす。
「FIFAが日本のTV局側に提示したカタール大会の350億円という放映権料は民放で単独で払えるところはどこもありませんでした。最後の砦だったNHKでもお手上げだった。そこで、インターネットTV局Abemaが200億円で購入。残りの150億円をNHKが80億円、残りの70億円をテレビ朝日とフジテレビで補ってなんとか日本戦の生放送が実現した経緯があります。Abemaの決断によって地上波で日本戦のみならず、全48試合が生中継されたことが称賛された一方、NHKがかつてのようにお金を自由に使える状況にないことも浮き彫りになりました」
さらにNHKは昨年10月に「(2021〜2023年度)経営計画」の修正案を発表。受信料の値下げやチャンネル数を減らすなど大々的な「スリム化宣言」を行った。その中で、これまで湯水のごとく使ってきたスポーツ報道の放映権料も「設備投資など固定的経費への斬り込み」という名目で150億円超の削減を決めた。その一方で、NHKは今年4月から受信料を不正に払わない人に割増金を請求できる制度を導入している。
ただ、その受信料の使い道については、予算を承認する国会でも毎年大きな議論になる。一律に徴収される受信料がどう使われているか、ということに対する国民の目は年々厳しくなっており、NHK局内も、番組の内容だけでなく、お金の使い方などに対する一般視聴者の反応にとても敏感になっている。NHKがサッカーW杯の放映権料に対して〝出し渋り〟をしている理由がこれだ。前出の民放サッカー担当ディレクターはこう明かす。
「FIFA会長が『女子W杯の放映権料を安く売らない』と宣言したのは、当時放映が内定していたNHKにとっては結果的に好都合でしたね。ホッとしています、きっと。日本ではまだ残念ながらマイナースポーツの女子サッカーW杯にNHKがもし100億円近い放映権契約をしたら、国民はどう思いますか?国会でその意義を追及されたら、言い訳どころか申し開きさえできませんよ」
では本当に、なでしこジャパンのW杯での晴れ舞台は地上波で見られないのか。
「ウルトラCがあります。FIFAと日本戦だけを1試合につき10億円のラインで放映権料の交渉をすることです。でもNHKは出さないと思いますよ」(同)
前回、世界一になった2011年女子W杯ドイツ大会のときは、大会の3ヵ月前に東日本大震災が起き、特に東日本に住んでいた人たちは復興にむけて歯を食いしばっている最中だった。なでしこジャパンのW杯優勝が立ち上がろうとする国民を勇気づけた一面もあり、大会後「なでしこブーム」も起きたが、今となっては昔話だ。当時の優勝メンバーである熊谷紗季が主将としてのぞむ今大会。このまま地上波での放送局が見つからずに大会を迎えるとしたら、世界最高峰の大会に挑む彼女たちはどんな心境でピッチに出るのだろうか。
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