猫、犬に続き、今年2月には鳥版も刊行

各地の災害の復興もままならないうちに、次々に新たな災害がやって来る。そんな災害大国の日本で生き抜くために、様々な災害対策本が刊行される中、じわじわと注目を高めているのが「ペット防災」の本だ。

なかでも精力的に展開しているのが、猫、犬に続き、今年2月には鳥版の『決定版　鳥と一緒に生き残る防災BOOK』を刊行した日東書院本社の「いちばん役立つペットシリーズ」。

「災害で生じる状況は全てレアケース」と言うのは、動物の防災スペシャリストであるNPO法人アナイス・平井潤子さん（写真はイメージ／PHOTO：アフロ）

なぜこうした本を？　同社の担当編集・本田真穂さんと、シリーズ監修を手掛けるNPO法人アナイス代表・平井潤子さんにお話を聞いた。

「ペットの防災企画を立案したきっかけは、私自身の被災体験からでした。3.11のとき、当時まだ高校生で茨城県の実家に住んでいた私は、家族と飼っていた猫と一緒に被災しまして。数日間の停電があったり、ガスや水道が止まったりという状況下で、猫がビビりの子だったこと、高齢だったこともあり、消去法として在宅避難をしたんですね。

それは親の指示に従っただけでしたが、かなり大変で、『あのとき、本当はどうしたらよかったんだろう』という思いがずっとあり、今の会社に入社後、防災について調べてみたんです。

そのとき他社からペットの防災本は数冊出ていましたが、例えば非常用袋に入れる防災アイテムの具体的な数字などは書かれていなくて、不安は解消できないと感じたことが原点にあります」（日東書院本社・本田真穂さん）

そこから、動物の防災スペシャリストであるNPO法人アナイス・平井潤子さんに話を聞き、ペットの書籍を多く手掛けるライター・編集者の富田園子さんに相談しながら、企画を進めていったという。

最初に刊行された『決定版　猫と一緒に生き残る防災BOOK』は2万部超の売上となり、次いで「犬はないのか」という声に応えて『決定版　犬と一緒に生き残る防災BOOK』を刊行。第3弾で鳥版が出た流れだ。

環境省でも使われている巻頭の「災害シミュレーション・チャート」

シリーズはいずれも「災害シミュレーション・チャート」から始まり、第1章で普段の備え、第2章で災害発生時、第3章で避難所生活の送り方から生活再建までという構成が踏襲されている。中でも、巻頭の「災害シミュレーション・チャート」がとにかく使えると評判だ。チャートの作成者でもある平井さんは言う。

「災害シミュレーション・チャートは、もともと名古屋のドリームさんという会社と猫の避難用キャリーバッグを共同開発したときに作成した『いっしょに逃げてもいいのかな？』という防災BOOKの中で、飼い主さん向けに作ったときのもののアレンジ版です。チャート形式がわかりやすいということで、環境省が人とペットの災害対策ガイドラインを作った際、私も編集委員で入っていたご縁で、ガイドラインの中にも掲載されています。

チャートを作るときには過去の経験を思い出しながら整理していきましたが、基本的に動物種が変わったとしても、人の行動や注意点はあまり変わらない。変わってくるのは、『飼い主と一緒に社会参加する動物なのか』『家から出ない動物なのか』。

例えば、犬などは散歩中に発災したらどうするのかという問題がありますが、鳥など、室内飼育の小動物の場合は、散歩中に発災ということはないでしょうから、そういった違いは動物種ごとにアレンジしています。

ただし、災害で生じる状況は全てレアケースなので、本書でご紹介しているものはほんの一例にすぎません」（NPO法人アナイス・平井潤子さん　以下同）

とにかく使えると評判なのが、この巻頭の「災害シミュレーション・チャート」（『決定版　鳥と一緒に生き残る防災BOOK』日東書院本社より）

数々の被災現場を経験してきた「ペット防災」のプロ・平井さんだが、そもそもこの活動をライフワークにしようと決心したのは、三宅島の噴火災害（’00年）のとき。

「当時東京在住で関わっていた日本動物福祉協会という愛護団体から『動物のシェルターができるので、手伝ってほしい』と言われたのがきっかけでした。

シェルターで活動する間、被災した方たちとの接点がたくさん出てくる中で、ペット防災は単に動物を助ける活動ではなく、動物の向こうにいらっしゃる人（飼い主）への支援なんだなと思い至るようになりました。

もちろん避難したペットを大切にお預かりする活動だったのですが、仮設住宅の事情で『今だけはペットと一緒に暮らせない』という方からペットを一時的にお預かりすることで、飼い主は生活を復興させることに専念できます。『再びこの子と一緒に生活するために頑張る』という飼い主が、いつでもペットに会いに来られる環境を用意することで、生活再建のお手伝いができるのであれば、それは人への支援だと思うのです。

この活動を始める以前の話ですが、阪神淡路大震災で親戚が被災し、直後に被災地に行った際に、大きな揺れのショックからか、異常な行動をするようになった犬に会ったり、住んでいた広島で発生した豪雨災害のときに避難所にペットが入れずに行き場なく、豪雨の中、車で放浪するような経験もしてきました。

そんな経験を経て、三宅島の噴火災害動物救援センターで活動し始めてから、『災害が起こってからでは遅い、平時にちゃんと考えておかないと』と思い、自分の経験や活動の中で得たことを伝えるべく、アナイスを立ちあげました。そして、三宅島の噴火災害動物センターの活動終了翌年にNPO法人化して、本格的に活動を始めました」

「ペット防災は単に動物を助ける活動ではなく、動物の向こうにいらっしゃる人（飼い主）への支援なんだなと思い至るようになりました」と平井さん（写真はイメージ／PHOTO：アフロ）

金魚、アロワナ、イグアナ…防災現場で多いトラブル

実際に防災現場で多いトラブルはどんなことだろうか。

「防災に関して考えたことがなかったとか、想像したことがなかった、何も用意したことがなかったという人がほとんどですね。大規模災害に遭ったときに途方にくれる中、どこに避難したらいいかわからない、準備しているものも十分じゃないところからのスタートでした。

ペットといっても犬や猫ばかりでなく、小さな命も飼っている人にとっては大切なもの。私が現場で見てきた、聞いてきた中では、金魚をマグカップに入れて避難させたり、水槽ごと抱えて避難されたりした方もいました。阪神淡路大震災のときに、大きな熱帯魚のアロワナのケースが倒れないように必死で押さえていたご主人が、奥さんから『あなたは家族や私じゃなく、アロワナを守っていたのね』と言われた、なんて笑い話もありました。

被災地に行くたびに、避難生活の中で、ペットをどう飼うのかとか、イグアナなどのハ虫類をはじめ、温熱環境が必要なペットは電気がないときにどうするのか、餌が入手できないときは？　などという、ありとあらゆる困りごとを目にしてきたんですね」

本書ではあくまで一例としつつも、「〇日分」など具体的目安が示されている。それらの根拠は、論文など学術的発表があまりない中、平井さんの被災地での経験と飼い主さんからのヒアリングを中心とした情報だというのも心強い。

「災害時のヒアリングは、タイミングが難しいんですよ。例えば家族が行方不明になっているときなどは当然お話を伺うことはできません。支援物資をお届けする際に、『お話ししたい気持ちであれば、聞かせていただく』という形で進めています」

シナリオ通りのしつけは通用しなくなる災害時

ペット防災の本というと、動物種ごとの専門家が監修するイメージもあるが、その種の専門家が「防災」を知っているかというと話は別だ。

「これまで第3弾まで出していますが、共通するベースの部分は同じなんですね。『災害時の三大心得』としていますが、まずは人命が最優先。まず人が生き残るためにどう行動するかが大切で、例えばこういう状態になったら危険だとか問題行動が出るといった動物の特性は、その種の専門家にお聞きになるほうが適切な助言をいただけると思います。

ただ、そこで課題になってくるのが、例えば犬のしつけのエキスパートの方でも発災時の避難所という環境でパニックになっている犬にはシナリオ通りのしつけは通用しなくなること。普段全く吠えなかった子が異常に吠えたり、普段はよく吠えて、しつけの相談に行っていたような子が避難所で全く吠えなくなったといったイレギュラーが出るのが災害時なんですね。

動物種ごとの専門的な知識も必要だけれども、環境が激変したときにどういう状態になるかといった部分では、被災時に関する経験が必要だと思います」

災害時は全てがレアケースのため、教科書通りの対策が通用しない場合は実際に多いとか。

「例えば鳥はカゴで避難としていますが、中でパニック状態になり、羽根に傷がついた場合には、小さなプラスチックケースに入れたほうが安全かもしれません。同じ鳥でも大きい子もいるし、喋る子、緊張すると鳴かなくなる子、カナリアのように過度なストレスがかかると亡くなってしまう子もいて、種別に言い始めたらキリがないんですよね。

これはシリーズ全体に共通することですが、これらはバイブルではなく、あくまでも参考にしながら飼い主さんがアレンジしてほしいということです」

「各家庭で必要な備えを動物の種別や個体の性質に合わせて想像することが大切です。今災害が起こったらどうするかを常にイメージトレーニングしてほしいと思います」と平井さん（写真はイメージ／PHOTO：アフロ）

平井さんが強調するのは「モノより大事なのは想像力」ということ。

「各家庭で必要な備えを動物の種別や個体の性質に合わせて想像することが大切です。今災害が起こったらどうするかを常にイメージトレーニングしてほしいと思います。

そこに加えてモノの準備があれば理想ですが。出かけているときに発災したらどうするか、おばあちゃんがデイサービスに出ているときだったら、ペットをトリミングでショップに預けているときだったら、就寝中だったら……想像力をまず働かせてください」

ちなみに、「ペット防災」はペットを飼う人だけの問題ではない。「人の安全確保」が最優先としてあって、家族全員が無事で、その中にペットも含まれ、それが地域の無事にもなり、復興への参加にもつながるという地域社会の視点が必要だと平井さんは言う。

「ペットを飼っている人には、防災意識を持ち、まずは自分や家族が生き延びるための準備をしていただきたい。

ペットと一緒に避難している人の中には、何にも準備していない人や、被災しているのだから支援してもらって当たり前、誰かが助けてくれたり、自治体が支援物資をくれたりすると思っている人もいらっしゃいました」

被災地の「困った飼い主さん」「頑張る飼い主さん」…

平井さんは災害現場で接点を持った「困った飼い主さん」の例を挙げ、本書に込めた思いを次のように語った。

「例えば、東日本大震災が長期化し、シェルターも長く運営されていた中、飼い主さんに『預かっていた犬をそろそろお手元に引き取れないですか』と問い合わせすると、『もう次の子を飼っているから、その子はいらない』と答えた方や、避難先でペット不可の借り上げ住宅でペットを購入し、飼い始めて、大家さんに見つかってしまい、シェルターに預けに来たという方もいらっしゃいました。

「飼い主にはペットを守る『飼い主責任』と、自分のペットが社会に迷惑をかけないようにする、『社会に対する責任』があると思います」と平井さん（写真はイメージ／PHOTO：アフロ）

いろんな事情でペットが飼えなくなることは仕方がないとして、飼えなくなったときに新しい飼い主を見つける努力などもせず、災害支援に便乗して譲渡活動に出してしまう飼い主さんもいらっしゃるんです。

困った飼い主さんはどんどん依存してこられます。動物病院で『私は被災者なのだから、無料で診てください』といきなり宣言する方や、物資が不足する中で『このメーカーのフードはダメ、このブランドのフードを用意してください』と要求する方もいました。

その一方で、愛犬のフィラリアの予防薬を買うために、避難所からパートタイムで働きに行くような頑張る飼い主さんもいらっしゃるんですね。

自分のペットを自分が手元で管理できれば、あなたの心強い支えになってくれるでしょうし、被災地に放浪動物が増えて環境が悪化したり、人に危害を加えたりすることを防ぐという公共の利益もあります。

飼い主にはペットを守る『飼い主責任』と、自分のペットが社会に迷惑をかけないようにする、『社会に対する責任』があると思います。

それら2つの責任が果たせるよう、災害時の対策を整える。きっと誰かに助けてもらえる、と依存するのではなく、自分の家族とペットを守る準備を整える。一人でも多くの方にそういった‟意識の高い飼い主さん”になっていただくために、このシリーズ本が役立てば嬉しいです」

平井潤子　NPO法人ANICE（アナイス）代表。公益社団法人東京都獣医師会事務局長。平成14年（’02年）、三宅島噴火災害をきっかけに、NPO法人アナイスを立ち上げ、21年目。災害発生時には国や自治体と連携した現地救援本部が実施する被災動物救護活動に従事するほか、被災地に赴き情報を収集。それらを整理分析し、広く社会に発信する活動に取り組んでいる。環境省「人とペットの災害対策ガイドライン」の編集や、動物防災対策に係るアドバイザーとして広域支援訓練等に参加。

「シナリオ通りにいかない」「モノより大事なのは想像力」…動物たちとの避難本がじわじわ注目される訳

あなたへのオススメ