今オフにメジャー挑戦報道も…“投げる哲学者”DeNA今永昇太「バウアーからもらう理路整然の答え」
「イチローさんの引退会見の音声を聴きながら、球場入りしています」
「”投げる哲学者”ですか? いいニックネームをつけていただき、光栄です(笑)」
横浜DeNAベイスターズのエース、今永昇太(30)がはにかんだ。
日本が誇る剛腕サウスポーは今年3月22日(日本時間)に行われたWBC決勝のアメリカ戦で先発マウンドを託された。
「『本当にデカいな』とか、『芝が綺麗だな』とか、行ったことがないアメリカのスタジアムで野球をやることに対するワクワク感が強くて、自然体だったんですよ、球場入りするまでは――。
それがスタメンが発表され、ブルペンでの投球練習が始まったくらいからドンドン、緊張してきて……。『本当に今から始まるんだ』と会場の異様な雰囲気に呑まれかけました。でも、マウンドに上がってからは腹を括って、無我夢中で投げました」
哲学者は邪念を払い、心を無にして腕を振り、重圧のかかる大一番を2回1失点でしのいだ。侍ジャパンは見事に優勝。帰国した今永は余韻に浸る間もなく、シーズンへのアジャストを迫られた。調整期間は、わずか1ヵ月。
「オフからずっとWBCの公式球ばかり触っていたので、日本のボールに慣れること、先発として長いイニングを投げられることを考えたトレーニングを積みました。確かに過密スケジュールではありましたが、投球フォームや動作のメカニズムについては昨季、いいものが完成していたので、それを継続できれば問題ないだろうと考えていました。焦りはありませんでしたね」
その分析どおり、今季ここまで7勝、防御率は2点台をキープし(8月27日現在)、左のエースの名に恥じぬ投球を見せている。
この活躍の裏には、今シーズンからチームに加わったサイ・ヤング賞投手、トレバー・バウアー(32)の存在が大きく関係していると今永は言う。
「たとえば練習法一つとっても、『なぜそれをやるのか』と意味を問うと、すぐ理路整然と答えてくれる。何を聞いても明確な回答が返ってくるから、バウアーを質問攻めにしましたよ(笑)。最初はバリバリのメジャーリーガーに最先端の変化球の投げ方を教わる感覚で技術的なアドバイスを求めていましたが、今や彼はベイスターズ投手陣の精神的支柱です。
ちなみに僕が参考にしたのは、ストレートの出力。バウアーは149㎞/hの真っ直ぐと、158㎞/hの真っ直ぐを、状況に応じて投げ分けているんです。この技術を自分も取り入れられないか、真っ直ぐの出力に幅があってもいいんじゃないかと彼に質問しながら試行錯誤しています」
と″投げる哲学者″もまた、淀みなく本誌の質問に答えるのであった。
これまで、「負けた投手の名は残らない」「援護がないという言い訳は防御率0点台の投手だけが言える」など数々の名言を紡いできた左腕の、″言葉の源泉″はどこにあるのだろうか。
「いろいろな人のスピーチを、自分の養分にしています。決して誰かの発言をそのまま貰うのではなくて、間(ま)の取り方だとか、言葉の選び方を参考にします。なかでも最も印象的だったのは、イチローさん(49)の引退会見です。球場へ向かう車の中で流して、嚙みしめています」
現役バリバリの今永が、引退会見の音声を聴くのは何を学ぶためか。
「ユニフォームを脱ぐ日は、必ず来る。その時、自分に残っているものってなんだろうと毎日のように考えています。僕は”それ”を追い求めて、野球に打ち込んでいるんです」
いつか必ず訪れる終わりを意識することで、目の前の勝負に意味を見出す。9月7日には、MLB公式ホームページが今オフにもメジャーに挑戦すると報じられた今永。まさに武士道を究めるべく刀を振るう侍のような生き様を、今永はこれからも見せてくれるに違いない。
『FRIDAY』2023年9月15・22日号より
- PHOTO:濱﨑慎治(1枚目)