東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』（講談社）、『片付けが生んだ奇跡』（小学館）、『車いすのダンサー』（PHP研究所）など。

中川 いづみ

<h3>電線の地中化で、伸び伸びと枝を伸ばせると思ったら… </h3>
街路樹の根元に除草剤をまき、街路樹を枯らしてしまったビッグモーターに批判の声が上がっている。
「街路樹の植桝（うえます）の掃除や草取りなどの管理に、沿道住民が協力する『愛護の会』の活動は全国各地で見られますが、除草剤を使うことはないと思います。 
小さな植桝の中にも自然の営みがあって、いろいろな生き物が住んでいます。雑草の一株もなく、アリも住めない場所に美しさを感じるとすれば、その美意識を疑います。経営モラル以前の問題です」
とは、大阪公立大学大学院の藤原宣夫教授。
<figure id="attachment_332574" aria-describedby="caption-attachment-332574" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9dd83e0c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/b40373438db72df11c038ced74b556a8.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332574" class="wp-caption-text">ビッグモーターが除草剤をまいて枯れてしまった街路樹。環境整備のためだったそうだが、「一株の雑草もない状態に美しさを感じるのは、経営モラル以前の問題」と、藤原教授は言う（PHOTO：アフロ）</figcaption></figure>
秋、赤や黄に葉が染まり、通る人の目を楽しませてくれる街路樹を枯らしてしまうなんて、とんでもない。ところが今、街路樹が危機にさらされているというのだ。
「街路樹が伸び伸びと枝を伸ばすためには、地上と地中に空間を確保することが大事です。ところが今、地上も地中も街路樹にとって、かなり過酷な状況になっています」 
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街路樹はたいてい植桝というコンクリートなどで仕切られた場所に植えられている。コンクリートの下は土。いくらでも根を伸ばしていけそうだが、
「ところが、道路の下は隙間なく締め固められているため、車道の下に根を伸ばすことができないんです」
車道がむずかしければ、歩道はどうかというと、
「最近はそこに電気や水道、ガスなどの共同溝を作ろうとしています。電線や電柱をなくして、地上に伸び伸びと枝を伸ばせる空間を確保しても、根が成長できなければ枯れてしまう。痛し痒しといったところです」
枝が電線の邪魔になると無残にバッサリ切られてしまう。では、電線を地中化すると根が張れない。こんな街路樹の過酷な環境をなんとかしようと、生み出されたものに「パワーミックス工法」がある。舗装の下の土を粒の大きいものに調整し隙間を作って、根が伸ばせる空間を確保しようというものだ。四角い容器にゴルフボールを詰めると、ゴルフボールとゴルフボールの間に空間ができる…、そんなイメージだ。
<figure id="attachment_332575" aria-describedby="caption-attachment-332575" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="bd206ecf"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/9abacf56bfa169cd9e8f3f32b925bc1f.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332575" class="wp-caption-text">1923年に植えられた神宮外苑のイチョウ並木。146本のイチョウが300ｍにわたって植えられ、秋、黄色く色づくころに訪れる観光客は180万人とも言われる （PHOTO：アフロ）</figcaption></figure>
<h3>「専門家にしてみると、大きくなった木を切るなんて、お金を捨てているイメージ」</h3>
こんな工法が考えられているくらいだから、街路樹を大切にしようという動きがあるのかと思ったら、どうやら違うらしい。
「街路樹が増えたのは、戦後の復興で街が作られたとき。そのころ植えられた街路樹が大きくなりすぎて、問題になっているんです」
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そこで持ち上がってきているのが、街路樹植え替え計画。大阪・堺市では市道45㎞にわたって植えられている街路樹が大きくなりすぎたとして、6000本の街路樹を順次撤去し、新たに3500本を植える計画を進めている。
「我々樹木の専門家にしてみると、大きくなった木を切るなんて、お金を捨てているイメージ。大きくなって枝を張れば木陰もできるし、二酸化炭素も吸収してくれる。それなのに、小さな木にしちゃうんですね」 
<div data-friday-nextpage-lead="明治神宮外苑…イコモスが反対を表明"></div>
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現在、東京・明治神宮外苑では野球場やラグビー場の老朽化に伴い、再開発によって約900本を伐採し、新しく1000本を植樹する計画が持ち上がっている。この計画にユネスコ（国連教育科学文化機関）の諮問機関であるイコモス（国際記念物遺跡会議）が「文化遺産の不可逆的な破壊」として大反対。東京都は、三井不動産などの事業者に対し、樹木を保全するための具体的な方法を示すよう要請しているが、果たしてどうなるのか。 
<figure id="attachment_332576" aria-describedby="caption-attachment-332576" style="width: 3340px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4b5be057"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/2771fbfa7632d0b3acddaa353cc017c2.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332576" class="wp-caption-text">イコモスの意見に対し、「一方的な情報しか入っていないのではないか」と言う小池知事。900本切るけれど、1000本植えるからいいでしょうという話ではないと思うが……（PHOTO：アフロ）</figcaption></figure>
藤原教授によると、街路樹にはさまざまな役割がある。
<ul>
<li>・夏の暑い日、木陰ができて、通行人は快適に移動できる。</li>
<li>・ヒートアイランド現象を抑えることができる。</li>
<li>・二酸化炭素を吸収してくれる。</li>
<li>・沿道の住宅地に排気ガスや騒音が入るのを防いでくれる。</li>
<li>・鳥などの生き物が集まってくる。などなど。</li>
</ul>
そういえばイチョウは水分を多く含んでいるため防火の効果もあると聞く。東京都の木も、大阪府の木も、横浜市の木もイチョウだ。都市部にイチョウ並木が多いのは防火のためなのか？
「確かにイチョウは燃えづらい木です。けれど、本気で防火を考えるなら間隔を空けず何列にも植えなくてはいけない。イチョウ並木が多いのは、秋になると黄色く染まるようすが、日本人は大好きだからではないでしょうか」
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イチョウはもともと中国の木で、奈良時代に日本に渡り、薬として使うように広められたのだとか。国分寺が全国に建立されたとき、イチョウの木も全国に配られたという話もある。
「街路樹にはいろいろ効果がありますが、どれも少しずつ。いちばん大きな効果は街並みを美しく見せるということではないでしょうか」
<h3>二酸化炭素吸収などは金銭評価できるけど、心理的な効果は「プライスレス」</h3>
街路樹には落葉樹が多い。それは夏には木陰を作り、冬には葉を落とした樹々から日差しが差し込むからだという。しかし、この落ち葉がくせもの。多くの自治体では落ち葉を片づけたり、剪定するなどの管理費に頭を悩ませ、老木が枯れると、植桝に防草シートを張り、新しく木を植えないところも増えているという。
「そこで今、街路樹を金銭評価したら、どのくらいの効果があるのかという研究をしています」
アメリカではすでに樹木の効果を金銭評価する「i-Tree Eco（アイ・ツリー・エコ）」という解析プログラムが開発されているのだとか。
「ところが、このシステムを利用するためには樹高や幹周などを測り、どのくらいの大きさの木が何本あるかデータが必要なのですが、そのデータがないのです。 
しかも、このプログラムを利用すれば、炭素固定、大気浄化、雨水貯留などの効果を金銭評価できても、心理的にどれくらい効果を与えているかについては、金銭評価できないのです」
緑があると、ほっとする。維持管理にお金がかかるのはわかるけれど、そのために街路樹がなくなってしまうのはさみしい。どうすればいいのだろうか。
「なにより大事なのは、住民に愛してもらうこと。宮崎の県庁前の楠の街路樹、仙台定禅寺通りのケヤキ並木、東京・神宮外苑のイチョウ並木など、全国には素晴らしい街路樹がたくさんある。名古屋のナンジャモンジャ（ヒトツバタゴ）の並木も、季節になると真っ白い花が咲いて、それは見事です。どの自治体も維持管理費には頭を悩ませていると思いますが、切ろうとは考えていない。仙台では、ケヤキを１本切ったら住民が怒るほどです」
愛は街路樹も救うのか。
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藤原宣夫　大阪公立大学大学院農学研究科 緑地環境科学専攻教授。造園学者。環境学者。国土技術政策総合研究所緑化生態研究室長、愛知県建設部公園監などを経て、現職。都市公園や街路樹などの緑化関連技術のほか、環境保全技術の開発に従事した。建設に係わった国営公園に、みちのく杜の湖畔公園のほか、淀川河川公園、海の中道海浜公園、木曽三川公園がある。
<figure id="attachment_332577" aria-describedby="caption-attachment-332577" style="width: 427px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="17fcedee"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/fb2fd9a2fc970f66c75649a24e381b39.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332577" class="wp-caption-text">杜の都・仙台のシンボルとなっている定禅寺通りのケヤキ並木。夏は七夕パレード、秋にはジャズフェスティバル、冬は光のページェントなどのイベントが開かれ、仙台の人々の自慢の並木となっている</figcaption></figure>
<figure id="attachment_332578" aria-describedby="caption-attachment-332578" style="width: 640px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c08c41d6"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/1b00aed5bab7a988403da1c8651f327b.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332578" class="wp-caption-text">樹齢百数十年の巨木もある宮崎県庁前から県警本部へと続く楠の並木。毎月第１・第３日曜日には歩行者天国にして、朝８時から正午まで、宮崎ならではの県産品やスイーツなどが楽しめるお店が並ぶ</figcaption></figure>

中川いづみ

「我々樹木の専門家にしてみると、大きくなった木を切るなんて、お金を捨てているイメージで」　秋、赤や黄に葉が染まり、通る人の目を楽しませてくれる街路樹が、いま危機にさらされているという。

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