1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林 壮一

<figure id="attachment_332726" aria-describedby="caption-attachment-332726" style="width: 4000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1db7e300"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/a31af61489171ee8d39fca43ec5d6fc6.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332726" class="wp-caption-text">コルテスからボディで３度ダウンを奪うなどテクニックを見せつけた。被弾もほぼなく「ダメージは筋肉痛がある程度」と圧倒した</figcaption></figure>
９月18日、有明アリーナのリングに上がった中谷潤人（25）は、12回判定勝ちでWBOスーパーフライ級タイトルを防衛した。挑戦者、アルヒ・コルテス（28）から３度ダウンを奪っての完勝だった。
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フライ級に続き、世界王座２階級を制した中谷にとって、今回は同タイトルの初防衛戦である。掲げたテーマは「丁寧に勝ち切る」であった。
試合開始直後から、右の拳でフェイントをかけ、ジャブをサイドから差し込む。７月20日から９月２日までLAに滞在し、236ラウンドのスパーリングをこなした折に、何度も試した策だった。ブルファイターであるコルテスに接近戦を許さず、終始、自分の距離で戦った。
中谷は常に、試合における最悪の局面を想定して練習する。本番のリングで、戸惑いや不安を感じないためだ。LAキャンプでの236ラウンドとは、世界タイトルマッチを戦う日本人トップ選手の倍以上である。同数字を耳にした我が国の多くのファイターは、「そんな量のスパーリングをしたら、壊れてしまう」と話す。
自分が窮地に立った状況をイメージしながら、何人ものパートナーとスパーリングを重ねて仕上げたうえで、中谷は防衛戦を迎えた。対するコルテスは、週に18ラウンドのスパーリングを10週間こなして、WBOスーパーフライ級タイトルに挑んだ。
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チャンピオンは振り返る。
「コルテスが僕の懐に入りづらそうにしていたので、さらに嫌がるポジションを取りました。もっとジャブを出せるかなと思っていたんですが、相手の左右の動きの幅が広く、頭を動かしたりしていたので、目で追う時間が増えてしまった。インターバル中に『ジャブでグローブを叩いてから、顔を打て』と指示され、それを実行しました」
５ラウンド、中谷はロングレンジから鳩尾（みぞおち）を狙った左ストレートでコルテスを沈める。マウスピースを吐き出して時間を稼いだチャレンジャーに、更に２発の右ボディフックを叩き込み、再度キャンバスに膝を突かせた。
「ボディが当たることは予想していましたが、当初は相手が右ストレートを打ってきたところに、左ボディを合わせる作戦だったんです。でも、腹が空（あ）いていたので真っすぐに左を出しました。２度目のコルテスのダウンは、流れですね。ダメージを負っていたからか、ボディをガードしていなかったのでそこを狙いました」
<div data-friday-nextpage-lead="「丁寧な戦い」で３つのダウン"></div>
２度相手を沈め、ノックアウト勝ちは時間の問題と感じさせた中谷だったが、翌６ラウンドはこの試合で唯一ポイントを失う。捨て身で出てきた挑戦者に、右をクリーンヒットされた。
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「予測していなかったパンチではなく、バランスを崩したところに食らってしまって、『あっ、いけないタイミングでもらっちゃったな』と。見栄えも良くありませんでしたね。自分の距離を保ったまま、リングをコントロールすることを意識していたんですけれど。
トレーナーのルディ・ヘルナンデス（60）から、『コルテスはとにかく危険な選手だ』と繰り返し釘を刺されていましたから、慎重に戦いました。近い距離になったら、重い一発を振ってくるタイプの選手です。だからこそ、食らわないように心がけていたんですが……」
<figure id="attachment_332727" aria-describedby="caption-attachment-332727" style="width: 1046px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="9b309727"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/77578125c7d55af645ee0fc4e1820dbd.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332727" class="wp-caption-text">試合前、リング上でキャンバスの状態やロープの張り具合をチェック</figcaption></figure>
その後の戦いも中谷が支配したが、コルテスはタフで、ひたすら耐えて前進する選手だった。中谷は９ラウンドにもボディを叩き、３度目のダウンを奪う。だが、「丁寧な戦い」を自らに課した中谷は、深追いはせず確実に倒す道を選んだ。
「コルテスはパンチがありましたし、無理にKOしにいくのではなく、しっかりと崩すことが大事だなと感じました。リズムでノックアウトシーンを作っていけたらなと。彼が、よりアグレッシブに来ることを予想していたんです。なので、途中で『こんなにコントロールできていていいのかな』と感じる部分もありましたね。接近すると、重いパンチを出してくるので注意は怠りませんでした。自分の距離でなら、戦いやすかったです」
第12ラウンド、中谷はラッシュをかけた。WBOスーパーフライ級のベルトを獲得した一戦でも、最終ラウンドの残り39秒で鮮やかなカウンターの左フックをぶち込んで、相手を屠（ほふ）っている。そのシーンを彷彿とさせる攻撃だった。
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「やっぱり、仕留めたかった、という気持ちはあります。でも、相手ありきのボクシングですから。コルテスの頑張りがあった、というのも認めています。12ラウンド戦ったことで、次に繋がる経験になったと思いますし」
15歳にして単身でアメリカに乗り込み、本場仕込みのボクシングを体得した中谷潤人を、当時から今日までずっと支えているのがルディ・ヘルナンデスである。このトレーナーは今回、もっと苦戦するのではないかと見ていた。
「コルテスは、実にタフだ。パンチ力も十分にあるし、止まらずに、前へ前へと進んでくるやっかいなスタイルで世界ランカーとなった。ジュントが大差を付けたのは、彼の能力によるものだよ」
<div data-friday-nextpage-lead="中谷を「最も苦しめたもの」"></div>
<figure id="attachment_332728" aria-describedby="caption-attachment-332728" style="width: 1169px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="de316de4"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/09/18d21ae434cec2b53bf4ec27e0718f45.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-332728" class="wp-caption-text">計量時、ゲッソリと頬がこけた中谷を見て報道陣から心配の声が上がった</figcaption></figure>
そして、挑戦者以上に今回の中谷を苦しめたのが減量だった。試合前日の13時から行われた計量は、100ｇアンダーでパスしたが、上下、黒のジャージ姿で会場に現れた中谷の姿を目にした報道陣からは、ざわめきが起こった。
頬がゲッソリとこけ、目も窪んでいた。中谷がWBOフライ級王座を返上し、スーパーフライ級に上げることを決めたのは昨夏。今回は115パウンドでの３戦目となるが、まだ伸びている中谷の身長は172cm。普段から節制した状態でも61kgを超える体重を、52.16kgまで落とさねばならない。その作業が一苦労だった。
コルテス戦後、ルディは語った。
「ジュントの健康面、戦い方を考えれば、もうバンタムに上げた方がいい。スーパーフライのビッグネームが彼と戦わないのであれば、犠牲を払う必要は無い」
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中谷がフライ級から１階級上げることを決めた際、ルディは「バンタムこそ、ジュントの適正ウエイト。ここで、本領が発揮できる」と発言した。ただ、コルテス戦に向けたLAキャンプでは、「１年半か、２年くらい先になるんじゃないか」との見方を示していた。
しかし、求道者のように己を追い込み、努力を怠らない中谷の肉体には筋肉が付き、自然と大きくなる。ボクサーなら誰もが年齢と共に、体重の増加を味わわねばならない。
息の長いファイターとは、即ち、強さを意味する。2015年４月26日、17歳にして初めてプロのリングに上がってから８年強。目下、26戦全勝19KOで２本の世界タイトルを獲得中の中谷も、例外ではない。
中谷陣営内にも「もうスーパーフライ級は今回がラストだ」なる声が上がっているが、本人はどう捉えているのか。
「スーパーフライ級で統一戦をやりたいという気持ちが、強くあります。確かに減量はきつかったですが、足を攣（つ）る程の影響は無かったです。試合に向けてコンディションを作り、ベストの状態で戦えました。
とはいえ、やはりバンタムに上げた方がいいパフォーマンスができるとも感じますね。ビッグマッチが決まらないなら上げてもいいかな、とは思います」
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近い将来、中谷は118パウンド（53.52kg）のバンタム級に転向するであろう。彼が王座を返上して１階級上げれば、即、WBOランキング１位となり、指名挑戦権を得られる。現在、WBOバンタム級王者はジェイソン・モロニー（32）。中谷が保持するベルトを獲得した折に対戦した、アンドリュー・モロニーの双子の兄である。また、WBA王座には井上拓真が就いている。どちらにしても、話題のファイトとなりそうだ。
スーパーフライ級での統一戦が決まるとすれば、WBCチャンピオンのファン・フランシスコ・エストラーダ（33）か、あるいはIBF王者のフェルナンド・マルティネス（32）か。どのチャンピオンとでも戦いたいと公言する中谷だが、同級のWBAタイトルを持つ井岡一翔は対戦を回避した過去がある。
いずれにしても、３階級制覇は間違いなく成し遂げるだろう。走り続ける中谷潤人から、目が離せない。

林壮一

林壮一、時事通信社（試合）

わずか２戦で２階級目のスーパーフライ級を制した中谷は防衛戦も圧勝。だが、「ネクストモンスター」は意外な悩みを抱えていた。統一戦か、バンタム殴り込みか。決断の時が迫る

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