岩崎 大輔

スパイシーなカレーの香りが漂う店内に足を踏み入れると、配膳をしていたフロアスタッフの男性が元気に、
「こんにちはー！　いらっしゃーい」
と挨拶してくれた。営業開始から15分後の11時45分には満席となり、テイクアウトの客が列を作っていた。
<figure id="attachment_334957" aria-describedby="caption-attachment-334957" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="47074aee"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/b8e38b4256be30d6295ef57b539e8e61.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-334957" class="wp-caption-text">店長の水野秀司さん（左）と料理長の窪木巌さん</figcaption></figure>
「店長、落ち着いてよー」
「久しぶりだからさぁ」
「店長、（身体が）つらくない？」
「昔は12時間労働は当たり前だったから」
店長と呼ばれた男性がそう返すと、周囲から「それはブラック企業だよ！」とのツッコミが入り、店内は笑いに包まれた。
９月29日、認知症のコックとホールスタッフがサービスするカレー専門店が八王子市内で開業した。参加就労型のデイサービスを提供する通所介護事業所「BLG八王子」が、「お客さんの喜ぶ姿がみたい」「お客さんの前に立ちたい」という認知症のサービス利用者の夢を、地域包括支援センターや学生ボランティア、製薬会社の助力を得て叶えたのだ。
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店長と呼ばれたのは水野秀司さん（61）。今年４月、認知症と診断された認知症当事者だ。水野さんは大手ファミレスチェーンで35年間勤務していたが、今年に入ってから社員やアルバイトに配る資料をどこに置いたか思い出せなくなるなど、物忘れが激しくなったという。水野さんが振り返る。
「当たり前にできていた事ができなくなり、周りから注意もされて、働くのが嫌になっちゃった。それで３月で仕事を辞めたのですが、外出先でバッグをどこかに忘れて帰ってきたり、スーパーに行っても何を買うのか忘れてしまったり…。それで病院に行ったら認知症と診断されました。要介護１ですが、身体自体は元気なんですよ」
<figure id="attachment_334958" aria-describedby="caption-attachment-334958" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b391ae2d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/15cfdb8bf3fa91d50c63c159277025db.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-334958" class="wp-caption-text">料理を配膳する水野さん</figcaption></figure>
食べ終えた皿を見つけては、素早く動いてキッチンに下げる。コップの水が減っていれば継ぎ足す。動きは実にスムーズだったが、同じ客に再度、オーダーを聞きに行く場面もあった。
「さっき、聞きましたよー」
その姿を見て、すかさずフォローしたのは八王子市地域包括支援センター大横の浜脇晴美センター長だ。
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「人間って役割があると、明るく元気になりますよね。昔取った杵柄ですから、ほとんど何の手助けもいらなかった。私はちょっと言葉を添えるだけ」（浜脇さん）
<div data-friday-nextpage-lead="要介護３相当でも、スムーズに調理"></div>
今回の開業には、「認知症当事者に通常労働は難しい」という偏見をなくす狙いもあったという。「BLG八王子」代表の守谷卓也氏が言う。
「彼らはちょっとしたサポートがあるだけで普通に働けるのです。認知症と診断されるや強制的に仕事をリタイアさせられる人が多いですが、本人たちは『元気なうちは働きたい』と思っている。認知症になっても、できることはたくさんあるのです。認知症当事者たちが住み慣れた地域で楽しく生きられるように…との思いで開業しました」
調理場で黙々と米を研いでいたのは、料理長の窪木巌さん（77）だ。
<figure id="attachment_334959" aria-describedby="caption-attachment-334959" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="eb350e97"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/d6e426a887585780aa2618c5d9dce0c0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-334959" class="wp-caption-text">窪木さんの米研ぎシーン</figcaption></figure>
窪木さんも認知症当事者である。八王子市内で「基安（もとやす）」という小料理屋を20年以上開業していたが、10数年前に認知症となった。現在は要介護３。「実際はもっと（要介護度が）進んでるかもよ。こうして話していても、振り向くと全部忘れちまうから」とシニカルな笑みを浮かべる。
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豚肉の旨味が広がるポークカレーと人参の食感が楽しいキーマカレーを試食した記者が「とても美味しい」と言葉をかけると、
「好きでやってるんだ。チョチョイのチョイだよ」
とハニかんだ。
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「身体に染み付いているから、料理の手順も、塩と砂糖を間違えることもありません。ただ、調味料を入れたかどうかを忘れてしまうことはある。そんなときは『さっき、入れてませんでした？』と聞けばいい。お客さんが喜ぶ姿が見たい、という心理が働くことで、調理していた昔を思い出し、普通の元気なおじいさんと変わらず、料理ができるんです」（守谷氏）
この日、ポークカレーとキーマカレー併せて50食分を約２時間で売り切った。店の売上は、経費を引いて「謝礼」として支払われる。
「美味しかった、と感謝され、そのうえ謝礼ももらえる。ありがたい限り。お客さんも含めてみんなに感謝したい」（水野さん）
<figure id="attachment_334960" aria-describedby="caption-attachment-334960" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="ce398927"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/ba757928c0c3a0d5a19210d537c0472d.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-334960" class="wp-caption-text">実際に提供されたカレー</figcaption></figure>
今後、月２回開催を目途にシェアキッチン「まちはぐ八王子」内にて営業する予定で、10月は６日と17日が営業予定日。店長と料理長が「みんなに喜んでもらいたい」と言う限り、続ける予定だ。
「今日は気が張っていたけど明日、反動がくるかもしれない。認知症は波があるので、どうなるかわからない。ただ、やりたいと言っている間は営業したいと思っています。頑張りすぎず、無理せずに続けていきます」（守谷氏）
2025年には団塊世代が75歳以上の後期高齢者となり、2030年には65歳以上の高齢者の２割以上を認知症当事者が占める見通しだ。世界一の高齢化社会を考えれば、周辺住民が気楽にやってきて、店のスタッフをフォローしたり、サービスに不備があっても「気にしないで」と笑顔で言える認知症当事者に寛容な店があっていいはずだ。
BLG八王子の取り組みは、日本社会に重要な示唆を与えてくれる。

岩崎大輔

9月29日、八王子市で認知当事者が調理・接客するレストランが開業した。サポートがあれば普通に働ける――。当事者たちはどのような思いで取り組んでいるのだろうか。

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