1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。ジェイ・ビー・シー（株）広報部所属

林 壮一

<figure id="attachment_337857" aria-describedby="caption-attachment-337857" style="width: 836px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="82cec7c8"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/d57c8a3787a4adf8d9447404d3076539.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-337857" class="wp-caption-text">１ラウンド、いきなりダウンを奪う</figcaption></figure>
「ここまで来られることは分かっていました。でも、これからが厳しい世界だと思います」
10月７日にメキシカン王者、ダニエル・バラダレス（29）を５ラウンド２分15秒で下してIBFミニマム級タイトルを奪取した重岡銀次朗（24）は言った。
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同ファイトは、暫定王者である銀次朗と、正規王者だったバラダレスによる統一戦であった。両者が初めて拳を交えたのは’23年１月６日。
挑戦者だった銀次朗にペースを握られていたバラダレスは、自らバッティングを仕掛け、その後「負傷」をアピールして試合はノーコンテストとなる。何とも摩訶不思議な形で王者はベルトを死守した。納得できない銀次朗だったが、４月に同暫定タイトルを獲得し、バラダレスとのリターンマッチを見据える。再戦が決まった銀次朗は、達観したように語っていた。
「相手がバラダレスだろうと誰だろうと、やることは一緒。いつも僕は、相手をぶっ潰すつもりで戦っていますから。１月のノーコンテストは、もう済んだことですよ。ただ、今、自分は暫定チャンピオンで、向こうが正規王者です。&#8221;暫定&#8221;なんて、いらないですから、正規チャンピオンの座を奪い取るだけです」
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高校時代に５度全国大会を制したルーキーとして、鳴り物入りでプロに転向した銀次朗。熊本から上京し、ワタナベジムに入門してからも渡辺均（73）会長は「間違いなく世界王者になる逸材だ」と、太鼓判を押していた。元WBA/IBFライトフライ級チャンピオンの田口良一、IBFミニマム級、WBAライトフライ級の２階級を制した京口紘人、元WBOミニマム級王者の谷口将隆と、軽量級の実力者が揃うジムで、銀次朗は先輩王者に揉まれながら己を磨く。
高校を卒業した’18年の９月にプロデビュー。’19年秋からは、実兄の優大もプロとなり、更に切磋琢磨した。
銀次朗はボクシングを始めた小学４年の頃から、負けを知らない。実は高校一年次のインターハイ熊本予選決勝で、兄と対戦することになった際、ゴングと同時に顧問がタオルを投げ入れたことがあるが、血を分けた兄弟に殺し合いをさせる訳にいかなかったが故の棄権であった。負けを知らない男にとって、“ノーコンテスト”や“暫定タイトル”は、回り道でしかなかった。
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銀次朗は、10月７日のファーストラウンドを振り返った。
「試合が始まっていきなり、バラダレスがバッティング（頭突き）してきたんですよ。『コイツ、こんなに最初から来たっけ？』『そこまでやるかよ』と感じました。ですから、気を付けて距離を取ったんです」
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開始早々、銀次朗は２つのジャブから左ストレートをクリーンヒットし、ダウンを奪う。
「顎を狙って低く、低くと、トレーニングで繰り返していた左ストレートでした。手応え十分だったので、『気持ちいい』って思いましたね。効いただろうなって」
劣勢に立たされたバラダレスは、やはり頭突きを武器とした。
「頭がぶつかって、僕が右目の少し上を切って、相手も額から出血しましたね」
金色に染めた銀次朗の右側頭部が真っ赤になると、客席からはどよめきが起こる。
<figure id="attachment_337860" aria-describedby="caption-attachment-337860" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1f63bff9"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/5540427466aea0a41f9a413bac4dc20d.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-337860" class="wp-caption-text">右側頭部に付着した鮮血に会場がどよめいた</figcaption></figure>
「僕の髪にべったり着いた血は、ほとんどバラダレスのものです。自分の出血はちょっとだけでした。それよりも、第１ラウンドに右を喰らったんですよ。第１戦でも右ストレートを２発くらいもらったし、自分のディフェンスが甘かったです。不用意だったとか、油断したとかじゃなくて、バラダレスのノーモーションが上手くて、もらっちゃったって感じです。
ダウン後もバラダレスは、頑張っていましたが、彼のボクシングは粗かった。ダメージを負っていることはわかっていましたけど、あまり接近すると頭をぶつけられますから、近距離に入り込むことができなかった」
バラダレスは執拗に頭からの攻撃を続けた。
「ただ、慌てる必要はないと思っていました。４ラウンドまでもたせたい、という思いもあったんですよ。４ラウンドのゴングを聞けば、たとえ相手が負傷しても判定での決着にはなる。前回のように３ラウンド以内に終わってしまうとノーコンテストになる。それだけは避けたかったです」
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２ラウンドに入っても、再三頭突きを見舞おうとするバラダレスに、レフェリーが減点を告げる。
「あの判断を見て、ああ今回のレフェリーは信頼できる、と感じました」
<div data-friday-nextpage-lead="「どこで倒そうかな」"></div>
銀次朗は左ストレートを上下に打ち分け、更に差を広げていく。
「あまり覚えていないので、無意識のうちに体が動いたのかもしれませんね。ボディーへのストレートは『試合で出せるかな？』と思いつつ練習していたので、収穫です。４ラウンドに入ると『もうノーコンテストになることはない』という安心感がありました。『これで俺の負けは絶対にない』とも感じました。もちろん、レベルの違いは実感していましたよ。僕のパンチに反応できていなかったし、足を使えば彼のパンチは躱（かわ）せるなと。何発かはもらいましたが、それは接近して戦おうとしたからです。喰らった右ストレートも威力はなかったし、怖さは全くなかったですね。『どこで倒そうかな』と考えていました」
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５回、銀次朗は間断なくジャブを放ち、顔面へダブルの左ストレートを打った。
「無心で、自然とパンチを出していました。『ここで倒そう』って気持ちもなかったです。手数がテーマだったので、それはやれたかな。あのペースで12ラウンドやるつもりで準備していました」
同ラウンドの半ばに、銀次朗の左ストレートがバラダレスの顎を捉え、メキシカンは膝を折る。
「無理せず削っていこうと思って戦っていたんですが、ストレートが効いたので『ここで倒そう』とラッシュをかけました」
ロープを背負い、銀次朗の無数のパンチを浴び続けるバラダレスをレフェリーが救うかたちで、試合終了を宣言。銀次朗は晴れて正規王者となる。だが、リング上ではさほど喜びを表さなかった。
「確かに“暫定”の文字はとれましたが、シンプルに勝ったな、ホッとしたというくらいの感情で、『世界チャンピオンになった』という実感は無かったです。KOで勝てましたから、合格って言えば合格かな？ くらいの気持ちでしたね」
<figure id="attachment_337874" aria-describedby="caption-attachment-337874" style="width: 3000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="ee0a0b77"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/581a31be7ebe268f40d048c7572f1a1b.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-337874" class="wp-caption-text">貴重な私服姿を披露した銀次朗</figcaption></figure>
試合から暫くが過ぎた現在の心境は？ と訊ねると、こう答えた。
「嬉しさは勿論あるし、色んな人に声を掛けてもらいましたが、勝つべき相手に勝っただけ。もっともっと強くなりたいっていう思いしかないですね。まだ山登りなら一つ目の休憩地点くらいです。一合目に到達したかどうかってところでしょう」
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そして、冒頭の一言を口にした。
「ここまでは絶対に来られる、と感じていたので。今からが未知の世界じゃないですか。もっともっと自分の知らない刺激を受けたいですね。世界のベルト、１本じゃ満足できません。今後はベルトの本数や、防衛回数を増やしていくことになるわけですが、いずれはミニマムで４本を統一したいですね。ただ、それ以上に、自分のボクシングを完成させたいです。納得のいく戦いがしたい。中に入っても足を使うことや、ディフェンス力の向上。攻撃面も、左ストレートは出せるようになりましたが、もっと力まずに、楽に手数を出してサイドステップやパンチのバリエーションを増やしたいですね。
『倒す』『倒す』と意識し過ぎるんじゃなく、余裕のあるボクシングをしたいです。今回の試合も、工夫して、もっと上手くやれたように感じます。最大の反省点はディフェンスです。ずっと、それが課題となるのかもしれません。究極の防御は、相手のパンチを１発も喰らわないことですから。イメージしてはいたものの、実際のところ、近い距離では戦えませんでした。あの相手は頭がくるので、自分のボクシングができなかったですね」
小学生の頃からの夢を叶えても、満足などできないと話した銀次朗は、「具志堅用高さんの13回防衛記録を塗り替えてみせますよ」と結んだ。

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

共同通信社（1〜2枚目）　鬼怒川毅（3枚目）

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