<figure id="attachment_339078" aria-describedby="caption-attachment-339078" style="width: 6048px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="19d59776"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/7661e94903827c0b50d2dd98b882be27.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339078" class="wp-caption-text">約8500万年前の後期白亜紀に生息していたフタバスズキリュウを復元した骨格。全長約７ｍある</figcaption></figure>
<p><span class="strongInContent">「クラウドファンディングに対する意見を見ていると運営のベースになるところはちゃんと国が保障してほしいという声も多い。今の制度は博物館や研究環境を守るセーフティーネットがなく、ひとたび経済危機が起きたら、たちまち資金が枯渇してしまうという状況に陥ってしまっている」</span></p>
<p>国立科学博物館の篠田謙一館長は、厳しい表情でそう語る。</p>
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<p>東京・上野に本館を置く国立科学博物館は’23年８月７日、「資金的に大きな危機に晒されている」として、目標金額１億円のクラウドファンディングをスタートさせた。名実ともに日本を代表する総合科学博物館が運営難に陥ったという事実は多くの人に衝撃を与え、開始からわずか９時間20分で目標を達成。’23年10月末現在の寄付額は約８億円となっている。</p>
<p>目標金額を大幅に超えたことで、科博の存在意義である「標本・資料の収集・保管」ができなくなるという当面の危機は去った。一部の資金はコレクションと保存体制のさらなる充実化や国内の科学系博物館との連携に活用するという。</p>
<p>現在、科博に収蔵されている標本・資料の数は動物・植物・菌類標本、生きた植物、鉱物、 化石、人骨、科学・技術史資料など500万点程度。８割ぐらいが植物や動物となる。</p>
<p>このうち上野の本館に展示しているのはわずか１%未満にすぎず、ほとんどが茨城県つくば市にある収蔵庫に保管されている。収蔵されている標本・資料の中には、学名の基となるタイプ標本や重要文化財なども含まれており、膨大な数の標本・資料を万全のコンディションで保つには、適切な収蔵保管環境を整える必要がある。ただ広大な収蔵庫では、空調設備や標本整理など、維持・管理にも多くの資金が必要で、一番保存が難しい植物と昆虫標本は年間を通してプラスマイナス何度というレベルで管理をしてきた。</p>
<p>特に100年前に集めたものや江戸時代の標本は、一度壊れてしまったら二度と元に戻らない上、改めて採取や収集することもできない。そのため最優先で温湿度を管理する必要があるが、運営資金が底を突けば保存そのものが不可能になる。</p>
<p>しかし、そもそもなぜ「国立」の名を冠し年間200万人もの来場者が訪れる博物館がクラウドファンディングを実施するまで追い込まれたのか。背景には’20年代に入り相次いで発生した世界的な危機と、科博を取り巻く制度の問題があった。</p>
<p><span class="strongInContent">「まず科博は独立行政法人という形態であり、そのため全ての運営資金を国に頼っているわけではない」</span>と篠田館長は説明する。</p>
<p><span class="strongInContent">「独法へ移行したときから外部資金の比率を高め、なるべく多くを外部資金で賄えるようにするという方針がある。今は８割くらいが国からのお金で、２割くらいが入場料などの外部資金となっている」（同館長）</span></p>
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<div data-friday-nextpage-lead="なぜ資金が足りなくなってしまったのか"></div>
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<figure id="attachment_339096" aria-describedby="caption-attachment-339096" style="width: 6048px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="069b1af8"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/58381c955d1c4f63a33a48bce9fc324f.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339096" class="wp-caption-text">球球人やアイヌ人、日本本土に存在した頭骨の展示</figcaption></figure>
<p>例えば’19年度予算を見てみると、収入約33億円のうち国からの補助金に当たる運営費交付金は約27億円、外部資金を含む入場料等収入は約６億円を見込んでいた。予想より来館者が多く入場料収入が上振れすれば、それを使って大規模な企画展や保管施設の整備といった新たな事業を行うことが可能になる。</p>
<p>こうしたスキームで20年にわたって科博は運営を行ってきたが、そこに新型コロナウイルスのパンデミックが発生した。</p>
<p><span class="strongInContent">「突然、入館料収入が大きく落ち込み、その一方でどうしても使わないといけない光熱費がぐんと上がった。こうしたいくつかの要因が重なったときに即応できず、資金が足りなくなってしまった」</span></p>
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<p>感染症対策として休館が続き、’19年度決算では約7.5億円だった入館料収入は、’20年度は約1.5億円まで下がった。’22年度決算では6.5億円まで持ち直したものの、’22年２月にロシアがウクライナへ侵攻したことでエネルギー価格が高騰。経常費用のうち業務費と管理費を合算した水道光熱費は’19年度決算で1.8億円だったが、’22年度決算では3.1億円まで上昇した。こうして科博は収入の減少と光熱費の急激な上昇という事態に直面することになる。</p>
<p><span class="strongInContent">「コロナ禍は予算が決まった後に起こったため、’20年度は内部の資金を切り崩し、’21年度は緊縮財政で乗り切った。’22年度も全体業務を縮小して運営しようと考えたが、今度はウクライナ侵攻の影響で光熱費が上がりだす。４月ぐらいに計算したところ、11月か12月に運営資金がなくなるという話になり、縮小していた予算の中から研究費を含めて、全館的に未執行分の返還をお願いする事態に陥った。これは研究者に研究を止めろと言うに等しい事態で、本来は絶対に避けなければならなかった」</span></p>
<p>’23年度も予算を大幅に減らして運営する計画を立てていたが、光熱費の上昇がさらに続くことが判明。物価高の影響で保管容器やエタノールなどの保存液の価格も上昇が続き、新しい収蔵庫を作るのに必要な資機材の価格や人件費も高騰しており、このままでは運営を継続できなくなることは目に見えていた。</p>
<p>篠田館長は<span class="strongInContent">「ここ20年、日本はモノの値段がほとんど上がらなかった。だからこそ、国からの運営費交付金が徐々に減っていっても運営できていたところはある」</span>と振り返りつつ、<span class="strongInContent">「ここにきて一挙に物価や人件費が上昇し、来年度も光熱費が高止まりすることが見えている。企業からの外部資金獲得もお願いしたが、大きな額にはならなかった。だから、もうこれはクラウドファンディングしかないという結論になった」</span>と説明する。</p>
<p>ただ、疑問なのは国がなぜ科博の窮状を放置しているのかという点である。運営費交付金は変わらず、物価や光熱費の上昇部分をすべてカバーするような施策も行っていない。政府は原油価格の高騰に対応するため、激変緩和事業として石油元売りへ補助金を出しているため、個別の対策は取らないというスタンスらしいが、実際に国立の施設がピンチになっている。</p>
<p><span class="strongInContent">「『日本に一つしかない国立科学博物館が潰れるわけがない』と思っていたのが、実は駄目なんです、みたいな話になり、皆さんが驚かれたと思う。このクラウドが成功した一番の要因は、経営危機がこんなところにもあり、科博も立ち行かなくなるのだということを多くの人たちが知ったことが大きい」</span></p>
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<div data-friday-nextpage-lead="政府予算に占める文化支出額の割合は0.11%"></div>
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<figure id="attachment_339083" aria-describedby="caption-attachment-339083" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="6d0eef9f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/abc5bb4a5cc6d6b482033e1de39edfc0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339083" class="wp-caption-text">日本の科学を取り巻く環境に危機感を募らせている篠田館長</figcaption></figure>
<p>そもそも日本は経済大国と言われているものの政府の文化支出額が非常に低い。文化庁が’21年に公表した資料によるとフランスは約4600億円、韓国は約3400億円を支出しているのに対して日本は1166億円程度。調査対象になった日英米独仏韓６ヵ国の中で一番少ない金額だった。政府予算に占める文化支出額の割合は0.11%、国民１人あたりの金額は922円とアメリカに次ぐ低い水準だ。</p>
<p><span class="strongInContent">「私たちは500万点の標本を持っているが、イギリスの大英自然史博物館は8000万点でアメリカの国立自然史博物館は１億5000万点以上。そういう意味では全然少ない。日本という国はこの程度でいいと言われればそれまでだが、私としてはアジアを代表する博物館として活動していかなければならないという矜持はある。そのためには更なる資金の獲得と事業の拡大が必要で、現状ではアジアの中でも埋没してしまうことは目に見えている」</span></p>
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<p>しかし科博などの博物館や研究施設に対する国の関与は減り続けており、生き残るためには競争的資金のように外部から研究活動に必要な費用を自ら獲得する必要がある。だがこれは、国内で少ないパイを奪い合うことにつながっており、選択と集中を進めようとした結果、全体的に余裕がない状況が生まれている。</p>
<p><span class="strongInContent">「クラウドファンディングの反応を見ていると、運営のベースになるところは国が保障してくださいという意見は大体共通している。さらにプラスのことをやるためにお金を集めようという競争は良いが、今のように競争しないと死んでしまうみたいな話は、結構しんどいですよ」</span></p>
<p>その一方で篠田館長は「科博の運営資金は国が出すべきなのだから、自分たちでクラウドファンディングをやる必要がないという研究者もいる。それは筋が通った意見だと思う。ただ私たちも野垂れ死にするわけにはいかない。将来にわたって標本を継承していかなければならない。そのためには世の中の変化に対して考えていく必要がある」と指摘する。</p>
<p>例えば国立科学博物館はポケットモンスターとコラボした『ポケモン化石博物館』という企画を行っている。各地の自然史系の博物館を巡回しており、大人気の企画展になっているという。篠田館長はこう締めくくった。</p>
<p><span class="strongInContent">「『これが自然史の博物館がやることなのか』という声はあったものの、まずは博物館に足を運んでもらい、多くの人にこの場所が面白いと知ってもらうことが、とても大事なことだと思います。</span></p>
<p><span class="strongInContent">残念ながら、研究者が自分の好きな研究だけしていれば良いという時代は終わり、21世紀の研究が100年後にもつながるためには、何をしたら良いのか考えなければいけない時代に来ているのは間違いありません」</span></p>
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<p>◆篠田謙一氏プロフィール<br>
1955年生まれ、京都大学理学部卒業。博士（医学）。佐賀医科大学助教授などを経て、2021年４月から国立科学博物館館長。専門は分子人類学。著書に『DNAで語る日本人起源論』（岩波書店）、『人類の起源　古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』（中公新書）など。</p>
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<figure id="attachment_339084" aria-describedby="caption-attachment-339084" style="width: 6048px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="17f3750f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/e6c17d421afa7d5b926225ca0a8edbe3.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339084" class="wp-caption-text">歩きだしそうな犬のはく製。手前の白い犬はハチ公のはく製</figcaption></figure>
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<figure id="attachment_339097" aria-describedby="caption-attachment-339097" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c3f84685"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/9236494e21199f39a80149e01515d7b5.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339097" class="wp-caption-text">今にも羽をばたつかせそうなニワトリのはく製</figcaption></figure>
<figure id="attachment_339098" aria-describedby="caption-attachment-339098" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4aaa21d3"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/505532d23d3bf3c47775424bfa9c1e7d.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339098" class="wp-caption-text">後期白亜紀に生息したティラノサウルスを復元した骨格</figcaption></figure>
<figure id="attachment_339101" aria-describedby="caption-attachment-339101" style="width: 1000px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="6566c169"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/10/910a0b74c8c2e1ffbab13b9715c8ded6-rotated.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-339101" class="wp-caption-text">1969年、アポロ11号が月面着陸したときに採集した「月の石」</figcaption></figure>
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作者：深水千翔（ふかみ・ちかげ）

東京・上野の国立科学博物館は8月7日、「資金的に大きな危機に晒されている」として目標金額1億円のクラウドファンディングをスタートさせた。「国立」なのになぜ支援が足りないのか。館長を直撃した。

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