<h3><span class="strongInContent">24年間、1000人以上を脱北させてきた人の正体</span></h3>
<p>報道や韓国映画などではよく見聞きする「脱北」。しかし、それが実際にどんなもので、どれだけの覚悟を要し、どんな苦難があるかを知る人はほとんどいない。</p>
<p>そんな脱北の過程を、一切の再現なく、ありのままに生々しく描き出した映画が、’23年のサンダンス映画祭でドキュメンタリー部門の観客賞を受賞した『ビヨンド・ユートピア 脱北』だ。</p>
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<p>本作では、北朝鮮に住む５人の家族が「楽園」と信じた場所を離れ、決死の脱北を試み、自由にたどり着くまでの旅とその素顔にカメラが密着していく。</p>
<p>そして、彼らの脱北を支援するのが、韓国のキリスト教団体・カレブ宣教会のキム・ソンウン牧師。脱北者達の支援をする「地下鉄道」という組織の中心メンバーで、これまで約24年間にわたり、1000人以上を脱北させてきた人でもある。</p>
<figure id="attachment_352873" aria-describedby="caption-attachment-352873" style="width: 3360px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b984fe0f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/01/3ce3e86f7b06a2e3f75db68d8fb73f32.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-352873" class="wp-caption-text">「『ビヨンド・ユートピア 脱北』を１人でも多くの方、教会や企業など、あらゆる人々に観ていただき、支援ができればと思っています」と言うキム・ソンウン牧師（PHOTO:安部まゆみ）</figcaption></figure>
<p>そんなキム牧師が来日するという情報を得て、インタビューを敢行した。</p>
<p><span class="strongInContent">「この映画の監督はマドレーヌ・ギャヴィンさんというアメリカの女性ですが、実は撮影したのは私です。北朝鮮の内部映像・画像を持っているのが、我々のカレブ宣教会なんです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">きっかけは、マドレーヌ監督から北朝鮮の実際の状況を撮りたいという依頼があったこと。韓国の脱北者団体は100ヵ所ぐらいあるのですが、監督が実際に会って依頼した団体は、どこも最初はできると言うものの、脱北の過程を実際に経験した団体はなかったそうです」</span></p>
<p>マドレーヌ監督がキム牧師に辿り着いたきっかけは、脱北者の実際の脱北過程をYouTubeなどで調べ、カレブ宣教会の動画がヒットしたことだった。そこから、ぜひドキュメントを撮らせてほしいという依頼になったのだという。</p>
<p><span class="strongInContent">「最初はお断りしました。差別するわけではなく、もし外国人が脱北過程に同行していたら、まず目立ちますから。でも、撮影はキム牧師の指示通りしますと言われたので、中国に関しては我々が行って撮影し、東南アジアからはマドレーヌ監督の指示で撮影が行われたのです」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p>最初は断った依頼を、なぜ受けることにしたのか。</p>
<p><span class="strongInContent">「私は脱北者の支援活動を24年間してきましたが、私個人で脱北の問題を世に知らせるには限界があると思ったからです。そこで、個人的にドキュメンタリーの撮影をし、外国の人権団体や国連にも知らせました。ドキュメンタリーや映画が持っている力を信じ、こうした媒体を通して発信するのは最も効果的ではないかと思ったのです」</span></p>
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<h3><span class="strongInContent">ヤラセも再現も一切ない…命懸けで撮られた「脱北」のリアル</span></h3>
<p>映画では、実に50人以上のブローカーが協力し、脱北ののち中国、ベトナム、ラオス、タイの４ヵ国を経由して最終目的地である韓国を目指す、総移動距離１万２千キロメートルの危険な旅が描かれている。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="「脱北」成功率が、ほぼ100％のワケ"></div>
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<p>ヤラセも再現も一切ない、命懸けの危険な脱北過程の撮影を許可し、なおかつ顔出しで登場することへの恐れはなかったのだろうか。</p>
<p><span class="strongInContent">「私も人間なので、やっぱり怖いです。実際、北朝鮮が私を２回も暗殺しようとしていたと知ったときは非常に恐ろしかったですし。それでもこの仕事を続ける一番の理由は、信仰の力なんです」</span></p>
<p>実はキム牧師が脱北支援を始めたきっかけは、自身の妻の脱北を手伝ったこと。さらに、息子を脱北の過程で失ったことが、支援を続けるきっかけになっている。</p>
<p><span class="strongInContent">「息子がもし生きていればと考え、息子の分も脱北者のために働くという気持ちが、この仕事をするきっかけになりました。私の兄弟家族みんなが脱北者を手助けすることに犠牲を払ってくれていることも、怖さを乗り越えられる力になっています」</span></p>
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<p>映画には、脱北支援の過程で何度も大怪我を負ってきたことをキム牧師が穏やかな笑顔で語る場面もあるが……。</p>
<p><span class="strongInContent">「私の身体は実際にあまり良い状態ではありません。例えば首には手術をした傷がありますが、それは脱北支援で</span><span class="strongInContent">９</span><span class="strongInContent">時間半ぐらいジャングルを歩き、崖から落ちたときの傷で、</span><span class="strongInContent">７</span><span class="strongInContent">本も首にボルトを入れる大手術となりました。また、</span><span class="strongInContent">５</span><span class="strongInContent">年前にも孤児たちの脱北支援の途中、ジャングルで転んで大手術をしましたし、コロナ禍でも</span><span class="strongInContent">３</span><span class="strongInContent">回腰の手術をしました。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">このように命の危険に何度も晒されてきましたが、それでも笑顔で話せるのは、私がこれまで1015人の脱北を支援できたことを大変光栄なことだと思っているからです」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<figure id="attachment_352876" aria-describedby="caption-attachment-352876" style="width: 1650px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="94b58fdb"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/01/6315df211af9cdc8eed4dff3d358c5f3.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-352876" class="wp-caption-text">隠しカメラと携帯電話で初めて撮影された脱北の全工程　© TGW7N, LLC 2023 All Rights Reserved</figcaption></figure>
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<h3><span class="strongInContent">「脱北」成功率が、ほぼ100％のワケ</span></h3>
<p>脱北支援を行うブローカーは多数あるが、それらの成功率があまり高くないのに対し、キム牧師がこれまで24年間で脱北を成功させられなかったのはたった１件だけ。しかも、脱北する家族同士が喧嘩によって分断してしまったケースのみという。</p>
<p><span class="strongInContent">「ただし、成功率の違いにはお金の問題もあるのかと思います。一般のブローカーが効率重視であるのに対し、我々は</span><span class="strongInContent">１</span><span class="strongInContent">人でも北朝鮮に送還されないように細心の注意を払いますので、1.3倍くらいのお金がかかるのです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">より安全に確実に救出するため、私自身が直接支援に同行することもあり、成功率が高い分、お金はかかります」</span></p>
<p>北朝鮮と韓国の間には無数の地雷があるため、直接韓国に向かうことはできない。また、中国では強制送還されてしまう。ベトナムやラオスも中国の経済影響下にあるため、タイを目指し、そこから韓国に向かうというのがキム牧師の開拓した脱北のルートだ。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="北朝鮮と中国…そして、『反スパイ法』改正法"></div>
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<p><span class="strongInContent">「私が初めて脱北を支援したのは妻で、彼女は飛行機に乗って、偽造されたパスポートでタイから韓国に来ました。ルートが確立する前は東南アジアのジャングルに行ったり、モンゴルの砂漠を通ったりと、様々な試行錯誤があったのです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">妻に出会って飛行機という方法で妻の救出に成功した当時は、そこまでの試行錯誤や苦労が無駄だったと感じたこともありました。しかし、それらも大事な経験だったと、今は考えています。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">ただし、我々は宣教会で、ブローカーではありません。だから、コロナ禍で移動できないときは、韓国にいるブローカーは収入を全く得られなくなっていましたが、我々が取引するブローカーたちには、コロナ期間に仕事がなくても毎月500ドルぐらい支払い、信頼関係を築いていたことも安全なルートの確保において重要なことだと思います」</span></p>
<p>とはいえ、映画には、わざと遠回りをしたり、金額の上乗せを要求してくるブローカーも登場する。</p>
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<p><span class="strongInContent">「カメラや撮影チームが入って、人が多くなると危険にさらされる可能性が高くなりますので、その分お金をもっと欲しいという要求です。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">ただし、我々が映画の撮影のために、もしその要求をのんでしまうと、以降も同じ設定でお金を高く要求されることになる可能性もあります。それを危惧して、私は要求を断り、24時間遠回りで歩いていくという対応をしたのです」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<figure id="attachment_352889" aria-describedby="caption-attachment-352889" style="width: 1920px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="14d8b1b3"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/01/8d522b4038427875ec6e376b26c0e035.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-352889" class="wp-caption-text">「お願いです。助けてください…」© TGW7N, LLC 2023 All Rights Reserved</figcaption></figure>
<h3><span class="strongInContent">北朝鮮と中国…そして、改正『反スパイ法』</span></h3>
<p>映画のラストでは、コロナ禍により、タイのルートも閉ざされてしまったという展開が描かれる。脱北の支援状態が今どういう状態になっているのか、また、北朝鮮は今どうなっているのか。</p>
<p><span class="strongInContent">「現在、北朝鮮は本当に悲惨な状況です。核とミサイルに執着していますが、ミサイル</span><span class="strongInContent">１</span><span class="strongInContent">本打つというのは、北朝鮮の全人口の食糧を失うくらいのことなんですよ</span>（<span class="strongInContent">※’</span>22年12月19日の【ソウル聯合ニュース】によると、北朝鮮が’22年に行ったミサイル発射にかかった費用で、全住民が46日間食べられるコメを購入できることがわかったと韓国政府関係者が明らかにしている）。</p>
<p><span class="strongInContent">北朝鮮では、コロナ予防のために国境を封鎖したり、物流を認めなかったりすることで生活の必需品が不足し、飢餓状態が深刻化しています。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">最近、中国から北朝鮮に送還された方も</span><span class="strongInContent">６</span><span class="strongInContent">人ぐらいいますが、いずれも韓国人に会ったり、中国でキリスト教信者だったりする方が優先的に送還されています」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<figure id="attachment_352879" aria-describedby="caption-attachment-352879" style="width: 1920px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="92eb2d4a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/01/f2e03ac5c0ccfaa4659cce267b4607a4.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-352879" class="wp-caption-text">「捕まれば殺されます…」© TGW7N, LLC 2023 All Rights Reserved</figcaption></figure>
<div data-friday-nextpage-lead="これからの支援について…"></div>
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<p>そこには、北朝鮮と中国の共通認識が見えるとキム牧師は指摘する。</p>
<p><span class="strongInContent">「なぜかと言うと、北朝鮮では、脱北者が北朝鮮の政権の悪口を国際社会に伝えたり、中国の場合は中国経由の脱北過程で脱北者が人身売買されることを国際社会に知られると、自国の政権の信用を損なうと考えているのです。そうした事情から、脱北は積極的に阻止したいと考えています。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">北朝鮮は国民に対して理想的な国とか世界一幸せな国という考えを押し付けている一方、中国のことは世界の中でアメリカと肩を並べるぐらいの力のある国ということになっています。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">しかし、北朝鮮の実情はそうではないし、中国にしても人権問題などが浮上すると、世界的に批判されることになるので、金正恩を応援するという認識を持っているのです」</span></p>
<p>さらに中国では、’23年７月１日から脱北者を支援したり、中国を批判する者に対する改正『反スパイ法』を施行。スパイ行為の範囲を大幅に拡大した。それは危険な脱北を、さらに難しくさせるものでもある。</p>
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<figure id="attachment_352882" aria-describedby="caption-attachment-352882" style="width: 1678px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="127b7019"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/01/5644f50ba85ac1a9ae2f8b123d78aec0.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-352882" class="wp-caption-text">「北朝鮮では、コロナ予防のために国境を封鎖したり、物流を認めなかったりすることで生活の必需品が不足し、飢餓状態が深刻化しています」</figcaption></figure>
<p>キム牧師は現状と、これからの支援についてこう語った。</p>
<p><span class="strongInContent">「以前は脱北者を支援すると、人身売買や拉致などの罪が問われ、数年間監獄に行くことになっていたんですが、今はスパイとして、13年間監獄生活になるということに変更されました。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">だから、ブローカーに支払う費用も、かつては韓国のお金で300万ウォン（’23年12月29日現在で32万円程度）で脱北できたわけなんですが、今はコロナもあって、韓国ウォンで2000万ウォン（約220万円程度）以上が最小限の費用とされます。以前の10倍近い費用がかかり、大変な状況に現状なっている中、コロナ期間中に私に助けてほしいという連絡が来たのは、200〜300人です。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">しかし、我々の団体はそこまで規模も大きくないし、全部支援することはできません。そのため、『ビヨンド・ユートピア 脱北』を</span><span class="strongInContent">１</span><span class="strongInContent">人でも多くの方、教会や企業など、あらゆる人々に観ていただき、支援ができればと思っています」</span></p>
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<figure id="attachment_352884" aria-describedby="caption-attachment-352884" style="width: 907px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a265b979"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/01/78136ea7fe6e8125fbd8e4f7094ced98.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-352884" class="wp-caption-text">１月12日（金）TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開</figcaption></figure>
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<p><a href="https://transformer.co.jp/m/beyondutopia/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span class="strongInContent">■『ビヨンド・ユートピア 脱北』の公式サイト</span>はコチラ</a></p>
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<div style="width: 1920px;" class="wp-video"><video class="wp-video-shortcode" id="video-352868-3" width="1920" height="1080" preload="metadata" controls="controls"><source type="video/mp4" src="https://wpmediacdn.friday.kodansha.co.jp/app/uploads/2024/01/82a50ff5c35f6e27cc15895a3c43df9c.mp4?_=3"></source><a href="https://wpmediacdn.friday.kodansha.co.jp/app/uploads/2024/01/82a50ff5c35f6e27cc15895a3c43df9c.mp4">https://wpmediacdn.friday.kodansha.co.jp/app/uploads/2024/01/82a50ff5c35f6e27cc15895a3c43df9c.mp4</a></video></div>


田幸和歌子

安部まゆみ

報道などではよく見聞きする「脱北」。しかし、それが実際にどんなもので、どれだけの覚悟を要し、どんな苦難があるかを知る人はほとんどいない。そんな脱北の過程を、ありのままに描き出した映画が公開される。

「北朝鮮が私を２回も暗殺しようと」…「脱北」とは何なのか。1000人脱北させてきた牧師に聞く

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