田幸 和歌子

<h3><span class="strongInContent">40年経って…子どもの頃の原風景を取材することに</span></h3>
<p>乗り鉄、撮り鉄など、細分化している鉄道ファン。しかし、そうした鉄道ファン向けの様々な本と一線を画した本が登場した。</p>
<p>『貨物列車で行こう！』(文藝春秋)を著したのは、医療ジャーナリストの長田昭ニさん。なぜこの本を？</p>
<p><span class="strongInContent">「僕はいわゆる“鉄オタ”じゃないんです。ただ、子供の頃から地図を見るのが好きで、鉄道の路線図を見ていると、乗ったことがある路線もあれば乗ったことない路線もあって、乗ったことのないものに乗りたいと思うじゃないですか。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">それで、周りの大人に、『これはどうすれば乗れるの？』のと聞くと、『貨物線だから乗れないんだよ』と言われて、貨物列車に興味を持つようになったんです」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<figure id="attachment_371475" aria-describedby="caption-attachment-371475" style="width: 3118px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e2304672"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/f111f4cc514900d0f19df06bd23521e1.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371475" class="wp-caption-text">「子供の頃からの貨物列車への熱い思いを話したら、真剣に聞いてくれて取材OKになったんです」と長田昭ニさん（PHOTO:安部まゆみ）</figcaption></figure>
<p>当時、横浜に住んでいた長田さんは、放課後に自転車で港湾部の貨物線や貨物列車を見にいっていたと振り返る。</p>
<p><span class="strongInContent">「寂しいんですね、雰囲気が。線路も旅客線と違って草ぼうぼうで、こんな寂れているところに本当に列車が走ってくるのかなと思っていると、遠くから突然やってきて感動するわけですよ」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p>そうした原風景である貨物列車と本格的に「再会」を果たしたのは、50歳を過ぎてから。</p>
<p>編集者から「いつも医療で頑張ってもらっているから、たまには好きなテーマについて書いてみませんか」と月刊『文藝春秋』で様々な執筆者が東京の昔からある風景を取材する連載「50年後の『ずばり東京』」（’16年８月号～’19年１月号／後に『平成の東京　12の貌』として新書に）での執筆を提案された。そこで真っ先に思い浮かんだのが、貨物駅だったのだ。</p>
<p><span class="strongInContent">「東京には２つの大きな貨物専用駅があって、１つは品川にある東京貨物ターミナル駅、もう１つが 南千住にある隅田川駅で、古いほうの隅田川駅を取材してみたいと言うと、事情を知らない編集者は軽い気持ちで『どうせなら貨物列車に乗せてもらったら？』と言うんです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">僕は、乗せてもらえるわけないじゃないと思いながらも、ＪＲ貨物に取材依頼し、ダメもとで添乗もお願いしてみたら、本社に打ち合わせに呼ばれた。そこで子供の頃からの貨物列車への熱い思いを話したら、真剣に聞いてくれてOKになったんです」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<h3><span class="strongInContent">思いがけない反響、取材を通してわかった「貨物鉄道の重要性」</span></h3>
<p>記事が文春オンラインに掲載されると、思いがけない反響があった。知らなかっただけで、実は貨物列車ファンはたくさんいることがわかり、好評を受けて記事は２回、３回と続き、書籍になったと言う。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="羽田空港の下に…"></div>
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<p>ちなみに、長田さんが貨物列車に添乗したのは４回。１回目が土浦駅から隅田川駅の１時間強、２回目は新鶴見信号場から東京貨物ターミナル駅の約１時間。３回目は広島貨物ターミナル駅から西条駅を往復する往復約１時間半。最後は、『月刊文藝春秋』と一緒に乗り込み、青森信号場から青函トンネルを通って函館貨物駅までの約３時間。長田さんは感慨深げに２回目の添乗について、こう振り返る。</p>
<p><span class="strongInContent">「羽田空港の下を走る貨物列車専用の海底トンネルがあるんです。そこを毎日何十本もの貨物列車が走っている。僕は２回目の添乗取材でそこを通る貨物列車に乗りましたが、この上に海があって、その上に空港があって飛行機がいるんだなと思うとワクワクしました」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<figure id="attachment_371477" aria-describedby="caption-attachment-371477" style="width: 4274px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="8e118abb"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/d803b95bec5b0e6bfa7695880ed89b29.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371477" class="wp-caption-text">最初の添乗取材で乗ったＥＨ５００型電気機関車。愛称は「金太郎」</figcaption></figure>
<p>取材を通して貨物鉄道の重要性もわかったと付け加える。</p>
<p><span class="strongInContent">「１つはトラックドライバー不足を背景にした2024年問題の深刻度。もう１つは二酸化炭素の排出量が圧倒的に少ないことで、貨物列車が注目されていることです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">例えば、東京から札幌に行く貨物列車は、７つの区間を運転士が駅伝のように途中交代して走らせている。１つの車両に５つコンテナが載るとして、それをトラックで運ぶと100人以上のトラックドライバーが必要になるのに対し、貨物列車は７人の運転士で東京から札幌まで運べるのですから、今後重要になってくると」</span></p>
<p>実は国鉄がＪＲになり、分社化した当時、貨物輸送はトラックが隆盛を極めており、ＪＲ貨物は「いずれ潰れる」と言われ、お荷物扱いだったと言う。</p>
<p>昔は貨物列車専用線路が首都圏にたくさんあったが、ＪＲ貨物は極限までのスリム化を図るため、路線のほとんどを旅客会社に移譲した。そのため、今、貨物列車は線路使用料を旅客会社に払って走っているそうだ。</p>
<p><span class="strongInContent">「レールは旅客会社の持ち物だから、首都圏では昼間は旅客列車がいっぱいで、貨物列車は夜中に束になって走っています。今東京の人が貨物列車を見かけないのはそのせいです。ただ、夜中は夜中のニーズがあって、昼間に都内で集荷した宅配便を夜中に運び、翌日午前中に送り先に届ける――という流れが出来上がってもいる」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<h3><span class="strongInContent">災害時には、貨物列車の運転士がトラックを手配して‥‥</span></h3>
<p>ところで、運転士には何か特別な資格が必要なのだろうか。</p>
<p><span class="strongInContent">「貨物列車は機関車が引っ張るので、機関車の運転資格を取らなければいけないんです。ブルートレインがなくなり、機関車が引っ張る列車は一部の特別列車を除いて基本的に貨物列車しかない。地上を走る乗り物で１番大きいのが機関車ですから、憧れる人も多い。ただ、視力などの適性検査などで運転士にはなれず、それでも貨物輸送の仕事に就きたくて貨物駅の作業に従事している人などもたくさんいます」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="夜中に一人で…"></div>
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<p>災害時などは貨物列車が走れないことも当然ある。</p>
<p><span class="strongInContent">「西日本大豪雨で長期運休となった貨物列車の運転士が、貨物駅でトラックの誘導係をやったこともあるそうです。いかなる手段を講じてでも、荷主から預かった荷物を届けることが１番の目的なので。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">また、同じ西日本大豪雨の際、山陽本線が長期にわたって走れなくなり、普段貨物列車が走らない山陰本線を迂回して走らせたこともある。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">ただし、普段走ってない場所を走るには、運転士も一定のトレーニングをしなければいけない。単に信号機だけを見て運転するのではなく、周りの景色を見ながら、ブレーキをかける場所など全部頭に入れなければ運転できなんです」</span></p>
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<p>貨物列車の運転士にとって、実は景色は非常に重要なのだと言う。</p>
<p><span class="strongInContent">「例えば、あの建物が見えたらこの先危険な箇所がある、といったことを運転士は記憶しています。彼らにどこの景色が好きですかと聞くと、一応『尾道の海の見えるところ』とかって答えてくれるけど『景色は見ていられないんですよ』とも。景色が綺麗なところほど危険も多く、しっかり信号を見ないといけないんですね」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p>また、夜中に走るからこその怖さもある。</p>
<p><span class="strongInContent">「夜中に動物、特に鹿などが鉄分を補給するため線路を舐めに来て接触することもあるそうです。そうすると貨物列車は運転士が１人乗っているだけなので、長い編成の列車を １人で懐中電灯を持って点検しなければならない。深夜に山奥で何か生命体に接触したとして、それが動物とは限らない……。怖いですよね」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<figure id="attachment_371479" aria-describedby="caption-attachment-371479" style="width: 3015px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="50417192"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/905d163459cea29d66103b3789a1e4c2.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371479" class="wp-caption-text">「もちろん鉄道マニアの方々にも読んでもらいたいですが、旅好きの人に読んでもらいたい」</figcaption></figure>
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<h3><span class="strongInContent">奥深い「貨物列車」の世界</span><span class="strongInContent"> </span></h3>
<p>荷物は基本的に長距離を鉄道や飛行機、船が運び、近距離をトラック輸送するのが現在の流れ。中には、往路と復路の需給バランスから生まれた列車もあるそうだ。</p>
<p><span class="strongInContent">「金沢から大阪に行くときは満載で、帰りが空という列車があった。これをなんとかしたいと考えていたところに、２つのビール会社から『名古屋から金沢に製品を運びたい』という話が来た。名古屋から金沢に行く列車にはあまり余裕がないが、大阪から金沢に行く貨物列車なら空きがあると伝えたら、その二社は生産拠点を名古屋から大阪に移転して、その列車を利用することになった。それは『ビール列車』と呼ばれ、２つの違うビール会社のビールを１つの貨物列車で運んでいます」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="青函トンネル専用の機関車！？"></div>
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<p>津軽海峡線では新幹線の線路を走る専用機関車もあると言う。</p>
<p><span class="strongInContent">「新幹線はスピードが速すぎて信号機が見えないので、運転席に信号が出るんです。貨物列車も新幹線の線路を走る際には、乗り入れる手前で止まり、運転士がいろんなスイッチを切り替え、新幹線仕様にして走って、在来線に降りたら元に戻すというハイブリッドな運転をしています」</span><span class="strongInContent"> </span></p>
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<figure id="attachment_371478" aria-describedby="caption-attachment-371478" style="width: 2592px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f118560b"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/c51d64e0ca3cdd7b2b3e242c75896e91.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371478" class="wp-caption-text">貨物列車で青函トンネルに入っていく（本州側開口部）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_371482" aria-describedby="caption-attachment-371482" style="width: 2592px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="75457f46"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/41c6705723712fbee5d39240b179e574.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371482" class="wp-caption-text">青函トンネル内の前面展望。揺れを感じることなく滑るように走っていく</figcaption></figure>
<p>ちなみに、走行距離が１番長い列車は札幌貨物ターミナル駅から福岡貨物ターミナル駅に向かう列車で、約43時間かけて走っている。こうした長距離列車は「ちょい乗り」の荷物が多いため、途中駅でコンテナの上げ下ろしを幾度もするが、そこで活躍するのが各駅で待機するフォークリフトだ。</p>
<p><span class="strongInContent">「人間は駅に着けば自分で乗り換えてくれるけど、貨物はフォークリフトで動かしてあげなければいけない。ダイヤに合わせて決まった時刻に下ろし、所定の場所に戻して、また別の場所にあるコンテナを載せていくその作業を安全かつ確実に進めていくフォークリフトの操縦士のテクニックがすごい。コンテナを抜いた場所に次のコンテナを入れる。しかも、両隣のコンテナとの間、拳１個分しか空いていないようなスペースに差し込むこともある。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">何台ものフォークリフトが機能的に動き回る光景は、マスゲームを見ているみたいで感動的ですよ。貨物列車や貨物駅には、いろんなプロの仕事があることを知ってほしい」</span></p>
<p>隠れたファンの多い貨物列車だが、類書には写真集や、もともと荷主のために作られ、マニアの間で人気の『貨物時刻表』がある程度。今回の本をどんな人にどう読んで欲しいか聞くと、長田さんは言った。</p>
<p><span class="strongInContent">「この本はおそらく世界で初めての貨物列車の紀行文なんです。僕は子供の頃から内田百閒とか宮脇俊三などの鉄道紀行文が好きで、それを貨物列車から見た風景で書きたかったんです。</span><span class="strongInContent"> </span></p>
<p><span class="strongInContent">だから、もちろん鉄道マニアの方々にも読んでもらいたいですが、旅好きの人に読んでもらいたい。今までになかった紀行文として楽しんでもらえるんじゃないかと思います」</span></p>
<figure id="attachment_371480" aria-describedby="caption-attachment-371480" style="width: 1494px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3c207d93"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/c1be85a3457ebeeab27ec94c570c6c27.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371480" class="wp-caption-text">『貨物列車で行こう！』（文藝春秋）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_371483" aria-describedby="caption-attachment-371483" style="width: 4339px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="982f60e2"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/49117630c75d57a2462182ef9c7adba1.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371483" class="wp-caption-text">山陽本線の「瀬野八」とよばれる急勾配を、列車の最後尾から後押しする機関車にも添乗した</figcaption></figure>
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<figure id="attachment_371484" aria-describedby="caption-attachment-371484" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="85475670"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/46f2bef79e2094f97598849346e46a66.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371484" class="wp-caption-text">貨物鉄道には様々な職種があり、それぞれが「安全」と「定時運行」のために努力している</figcaption></figure>
<figure id="attachment_371485" aria-describedby="caption-attachment-371485" style="width: 1152px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f36ffd1a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2024/05/bb873ed4302bdab546e74eccc9af1640.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-371485" class="wp-caption-text">大型コンテナは上から吊り下げる「トップリフター」という特殊な車で積み下ろしをする</figcaption></figure>


田幸和歌子

安部まゆみ

乗り鉄、撮り鉄など、細分化している鉄道ファン。しかし、そうした鉄道ファン向けの様々な本と一線を画した本が登場した。『貨物列車で行こう！』を著したのは、医療ジャーナリストの長田昭ニさん。なぜこの本を？

なぜ人は「貨物列車に乗りたい」のか…医療ジャーナリストが貨物列車の添乗記を執筆した意外な訳

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